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終章 新しい時代

「謝らないわ」

 別れ際、ミドリはセイに言った。セイはキョトンとした顔をする。謝るのはこっちのほうなのに。

 「シュン様がしたこと。だからあなたも謝らないで」

 「え・・・?」

 「シュン様が事を起こさなければあなたにも会えなかったし、こうやって時を進むこともできなかった。あなたが妖族の長に操られなければ、あなたの妹はシュン様と私たちを助けには来てくれなかった。・・・あなたがいなければ、シュン様はなにも変わらなかった。・・・知ってた?悔しいぐらいに、シュン様はあなたといるときが一番幸せそうな顔をしていたわよ」

 「ほんと。新参者にやられるなんてね」

 アオイはそう呟く。青い内掛けは切れたままだ。その先の腕もない。

 「あの、腕」

 セイがそういいかけると、アオイがすぐに扇子でセイの頭を叩いた。

 「あなたの頭にちゃんと脳みそはあって?それとも記憶力がかけていらっしゃるのかしら?」

 暗に姉の言ったことをちゃんと聞け、といっているのだ。謝るな、と。

 「腕ぐらい、一本なくたってやっていけるわ」

 あっさりとそう言いきる。

 「みんな着物ボロボロね」

 アカネがそういう。

 「シュン様にあたらしいのつくってもーらお」

 そういって先にシュンの元へ駆け出したのはアオイだった。

 「あ、ずるーい」

 続いてアカネも姉の後を追う。

 「そろそろイメチェンしようかしらね」

 ミドリは妹の背を見ながら呟く。そしてセイはふとした疑問を口にした。

 「・・・あんたたちの衣装って、シュンの手縫いなの?」


 「いいの?話さなくて」

 魔族たちは森へ残り、妖族と人族は森の外へと向かった。

 シュンとセイは一度も話をしていない。

 「いいんだよ。・・・いつでも話せるだろ」

 セイはそういいながら、森の外へと飛び出した。

 「でも、あれよね」

 リオは後姿を目で追いながら呟く。

 「セイってほんと・・・バカよね」

 ローズマリアとサウラはおもわず吹き出した。

 でもいつか、照れが収まったら、彼は親友のもとへ訪れるだろう。堂々と、妖族の耳を出して。


 「じゃあ私たちはここで」

 「うん」

 飛竜の背に乗った妖族の3人は2人に別れを告げる。

 「セイ」

 リオが翼を動かし始めた飛竜の勢いに負けないように叫んだ。セイは手綱を持ったまま振り返る。

 「いつか、私も東の半島に連れて行ってよ」

 それにセイは口の端をあげて答える。

 「それから!!」

 地面から離れた彼にもう一言叫ぶ。

 「あんた絶対、名前負けしてるわよ!!・・・あんたが『希望』なんて世も末ね!!」

 ローズマリアとサウラは笑いを堪えて肩を震わす。セイはそれが別れに言うことか、と怒鳴りながら東の空へと消えていった。


あれから3年の月日が流れた。

すこしずつ変わり始めたものもある。

まず、テーベルの民が名を名乗るようになったこと。そして山門が取り払われたこと。テーベルの民は語り部として街や村を旅するようになった。ローズマリアから語られた真実をすべての民に伝えるために。

それから、北の要が2年目に開放されたこと。魔族の家にはときどき人が訪れるようになった。シュンの一言で人間に対して悪意を持っていた魔族が激減したからだ。家の長にはオウカが就任し、どこで口説いたのか人間の妻をもらっていた。

そして月に一度、種族間の定例会議が行われていること。

種族間の代表者が数名、テーベルにあつまって会合を開く。おかげでテーベルは大陸一の街へと発展していった。もちろんリオを先頭とした機械工学者の数も増え、娯楽を楽しむ要素が増えてきた。


神官の家のすこし下がったところにおおきな大聖堂ができていた。ここは毎月行われる定例会議の場所だ。吹き抜けの会議室。席が30近くある円卓に様々な衣装をした種族が座っている。

「これより、第・・・えーと、33回?34?・・・の定例会議を行います!!」

人間の司会者が頼りなく円卓に向かって叫んだ。

「しっかりしろよ~、回数なんてどうでもいいからさぁ」

「よくなぁい!ちゃんと区別しないと今後わからなくなるだろう」

「だったらちゃんと数えろよ」

妖族の代表者の1人と言い合いをはじめる。

「話し合うのはそういうことじゃないでしょ」

バンッと机をたたいて立ち上がったのは魔族の代表者の1人、ジナであった。

「えーと、それじゃあ今月よせられた意見書を」


「随分仲良くなったようだね」

「えぇ、このまま無事に進めばいいんですけどね」

定例会議の様子を上のテラスから覗いている2人の男女がいた。

始めたばかりのころは事情を飲み込めない人族に、まだ落ち着かない妖族、血の気の多い魔族と、十人十色のメンバーで構成された定例会議はひとつの題材に三日三晩かけていたぐらいだ。喧嘩が始まるたびにローズマリアが諫めに走る。

「あぁ、ほら言った側から」

男は苦笑して指を指す。円卓の上で取っ組み合いが始まった。女は小さくため息をついて階段へと向かおうとする。

「待ちなよ」

その手を掴んで、視線を下へとむけさす。

「う、るさぁいいい!!!」

ジナよりも迫力ある声で思い切り円卓の上に立ち上がる女性がいた。

「毎度毎度おんなじ喧嘩してんじゃない!!これ以上喧嘩したらやめてもらうわよ」

その姿は少し大人びたリオで。そして彼女はキッとこちらを睨みあげてくる。

「そこの2人!!あなたたちも会議に参加しなさいっていってるでしょうが!!」

指をさして大声で叫ぶ。2人は驚いて顔を見合わせて笑う。

「シュン様にタメ口きくの、リオ様ぐらいだろうな」

ぼそりと他の議員が呟く。リオはそれさえも聞き逃さない。

「そこ!間違ったこと言わない!!」

指を指されてその議員はビクリとうなだれる。

「まだいるわよ、もっと失礼なやつが」

「は、はぁ」

そういった矢先に、定例会議中には開かれない扉が勢いよく開かれる。

「し、失礼します!!」

「なに!?」

リオの虫の居所が悪いときに、タイミング悪く開けてしまった兵士はすこし顔を引きつらせて用件を告げる。

シュンは後ろを振り返ってガラスの外をみる。そして笑みをこぼす。

「重役のご到着だ」

女性は振り返ると同じように笑う。シュンは少し小走りに階段を下りていく。

外で男がこちらに向かって手を振っている。

「ほんと、重役ですね」

短く切りそろえた金髪を揺らしながら女性は再び下を見た。

「ローズマリア!!バカがきたわよ」

「わかってるわ。シュンが迎えにいったわよ」

くすくす笑いながらローズマリアは答える。リオは腕を組んでため息をつく。


 「やあ、シエル」

 丈の長い白の服を持ち上げて、シュンはセイのもとへと来た。

 「セイでいいって言ってるだろ。お、正装しちゃってどうしたんだよ」

 「リオがうるさくて」

 すこし照れたようにシュンが言う。こんな服、年に一度しか着ない。聖職者のような格好で、どうも自分には似合わない。

 「お前はいいなぁ、3年ぐらいじゃ顔変わらないもなぁ」

 そういうセイも変わっていない。ただ仕草に落ち着きが現れ始めたぐらいだ。

 「あんたの馬鹿面もかわってないわよ!!」

 腕組みをしたリオが入り口から叫ぶ。セイはあからさまにいやな顔をする。それはリオに背を向けているのでリオには見えないが、シュンはその表情に思わず吹き出してしまった。

 「おひさしぶりです、セイ」

 「よ、ひさしぶり。あ、髪切っちゃって。もったいねぇな」

 腰ほどあった髪をばっさりと肩口で切りそろえたローズマリアにセイは悔しそうにいう。

 セイも同族にあったためか、ずいぶんと陽気な性格になってきた。

 「で、その格好は何?」

 「へ?」

 ローズマリアも白い正装ドレスをきている。首が少しレース状の襟で隠れ、白くしなやかに伸びる腕にぴったりと沿うように作られた袖口はすこし広がってここもレースでできている。リオは正装用の官吏服を手に持っている。下に着ている服はほんとうに3年前と変わらずラフな格好だが、その服を着れば誰もが頭を下げる高官吏になる。まぁ、着なくてもリオの場合は顔も名も知れ渡っているのでみんな頭を下げるのだが。

 「今日が何の日か知って、来たんでしょう?招待状、送ったわよね」

 「あ、わりぃ。俺東の半島に最近戻ってねぇの。今日はたまたま寄っただけで」

 リオは今にも殴りそうな様子でセイに詰め寄る。

 「いいよ、リオ。いちいち正式ばらなくて。内輪でやりたいから」

 その言葉にリオも怒りを抑えざるを得ない。

 「今日って・・・?」


 定例会議が終了して、4人は森へと入っていった。道も開拓され、夜道も安全なようにリオの発明したランプが所々の木に下げられている。何かが通るとセンサーが反応して灯りがつく仕組みになっている。

 そして崩れた廃墟に辿り着く。

 「そっか・・・命日か」

 ちょうど3年前だ。父をこの手で殺したのは。

 「あぁ」

 あれからほんとうにいろいろあった。3ヶ月ぐらいしてはじめてセイと対面したときは妙に照れくさかった。お互いが過去の罪を忘れたわけではないが今更蒸し返すのも野暮というものだ。

 「シュンさまぁ」

 シュンの後ろから飛びついてきたのは3姉妹の末子、アカネだった。

 「あ」

 シュン以外は3年前以来ずっと会っていなくて、その変化に驚いた。

 まず化粧をしていないこと。

 「スッピン?」

 「そぉ。お姉さまがね、イメチェンしようって」

 現れた2姉妹をみても驚く。化粧をしていたときから綺麗な人だとは思っていたが、化粧を落とすと素直に綺麗と言える。

 「ほんとにイメチェンしてるよ」

 セイは少し呆れたように言った。

 彼女たちの格好は着物から中国服に酷似したものに。もちろん色は名前に肖って。

 「あ、アオイちゃん。腕復活?」

 もうこのメンバーでわだかまりはない。それぞれが勝手に好きなように呼んでいる。リオは気兼ねなく、アオイに声をかけた。

 「そうなのよぉ。シュン様がねぇわざわざ私のために力をわけてくださったのぉ」

 「キャラ変わったね」

 リオがローズマリアにぼそりと呟く。

 「トカゲの尻尾みたいに生えたのか」

 その言葉にアオイの額に筋が立つ。そしてすぐさま扇子が飛んできた。どうやら扇子は飛び道具と化しているようだ。

 「無神経な男だわ。・・・妹にばかり頼って、愚図で甘えん坊で我侭なおぼっちゃん」

 「な」

 セイは顔を赤らめてアオイに飛び掛ろうとした。その襟をリオが掴む。

 「真実は認めなさい」

 その台詞に笑いが起こる。

 「ウソだぁ!!」

 セイはこれまでにない音量で、森中に響き渡るがごとく、叫んだ。


 簡単な墓参りを済ませた後で、そのままローズマリアの家で食事会となった。ここにはこれまで仕えてきた女中と、新たに長老と医師が住むようになった。もちろん医師は若いまま。

リオもこの街に帰ってきたときはここで寝泊りをしている。最近は各地を回って機械工の発展に力を尽くしているとか。

セイは自由奔放で、はじめは妖族の長になっていたのだが、あまりの統率力のなさに妹のサウラが代わりに勤めるようになった。それで暇になったセイは勝手に飛竜を飛ばして各地を遊山している。

シュンは魔族の代表をジナに決めて、自分は結構自由に暮らしている。ほとんどは3姉妹と4人で魔の森のあの泉の側に家を造って静かに暮らしている。週に一度はテーベルに顔を出し、他愛ない話を住民たちと繰り返す。テーベルの民がどのような語りをしたのかはしらないが、シュンの顔をみるとみなが頭をさげたり遠くから手を振ったりと、手厚い歓迎をしてくれる。ときどき、変装して各地を散歩してみたりするけれど、結局みつかって大騒ぎになったり。あるいは魔の森に入ってきた人族たちがついでとばかりにシュンの家に来る。シュンはどうやら魔族はもちろん、人族の間でも英雄らしく、妖族の子供たちにもシュンは英雄になりつつある。彼はいまや万民のアイドルとなりつつあるのかもしれない。

ローズマリアは相変わらずテーベルにいて、いつもどおりの生活をしていた。いまは家の住人も増えて暇のない生活を送っているようで、本人はいろいろと忙しいなりにも満足しているようだ。

それからこの2人の関係はとくに変わったこともなく・・・よき相談相手といったところか。




いつか、自分たちの作り上げた世界が、みなに幸せを運ぶ。

いまはそれだけを願っていまできることをしよう。

この大地にだれもが願う平和があることを。

それが絶えることなく続いていくことを。


1人になることはあっても、ちゃんとみんないる。

同じ時を過ごしてきた仲間がこの世界のどこかで生きている。

もうすぐ冬がくる。寒い季節はみんながこの家に集まる。


「ねえ、ローズマリア。今度一緒に旅行しよ?」

リオが食事を終えて、談笑しているときに言った。

ローズマリアはそれにだまって首を振った。


「だってここにいないと、いつ家出人が帰ってくるか、わからないでしょ?」


もうすぐ冬が来る。

みんなが集まってくる冬が来る。

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