第十一章 つながれた恨みと希望
しばらくの間、沈黙があたりを支配したあと、ローズマリアが口を開いた。
「ねぇ、どうしてこんなことになったの?」
リオが怪我をしていること、アオイまでもが死んでしまったこと、リオがセイに対して「正気?」と尋ねたこと。
セイはそれに固く拳を握る。
「それは・・・」
リオがちらりとセイを見る。その視線を感じたのか、セイはこちらを向いてそのまま地面に腰を下ろした。
「全部、俺のせいなんだ」
ローズマリアが部屋から出て行った後、2人は黙ったままでいた。しばらくしてセイが口を開いた。
「リオは・・・くやしくないのかよ」
「・・・くやしいわよ。でも・・・私たちにシュンは殺せないわ」
セイはゆっくりと顔をあげた。
「あなたも、私も。殺したら、絶対後悔する。・・・仲間でしょ」
「でも」
セイはまるで子供のように駄々をこねる。
「死なせない。生きるのよ、私たちは。シュンと共に。彼は死にたがっている。復讐に託けて殺してしまえばそれは彼の思いのままになる。本当に復讐したいなら、彼の望みなんか叶えてあげたくないわ」
どこか生き生きした口調に、セイは笑みをこぼした。
「かなわないなぁ、お前には」
「あら、私に勝とうと思ったの?100年早いわよ」
つられてリオも笑う。
『赦さん』
「え?」
セイの身体が一瞬痙攣を起こしたかのような震えを起こすと同時に、低い声が聞こえた。
「セイ?」
リオが恐る恐るセイの肩に触れた。
『赦さん、あの男は・・・』
セイの焦点が合っていない。遠くを見ているような、近くを見ているような。小刻みに震える体が止まらない。
「・・・どうしたの?」
覗きこむように顔を見る。その瞬間にリオは突き飛ばされた。悲鳴さえも上がらない、一瞬の出来事だった。
「セ・・・イ?」
痛みを堪えて起き上がってふらふらと歩くセイの前に立った。
『どけ』
剣の柄を握ると、セイは有無を言わせず間合いを詰め寄ってきた。条件反射でリオは後方の入り口のほうへ飛びのく。短剣に手をつけると、その腕にセイの剣の切っ先がかすった。
「いたっ」
抜刀の勢いで切っ先に引っかかった袖をそのまま持っていかれる。
「きゃ」
リオはそのまま入り口の扉に叩きつけられた。
「っ」
痛みと打ち付けられた衝撃で一瞬呼吸が止まる。そしてそのままリオは意識を手放した。
「私はそこで気を失って・・・」
「あのとき、頭の中で急に声がしたんだ」
リオの後をセイが続けた。
「シュンを赦すなって。抵抗もできなくて、なんか体が勝手に動いていくんだ。長い階段の上にあいつがいるって・・・感じて・・・そこを上っていった。そしたら」
長い階段だった。なんども折り返して、やっと自然の明かりを視界に捉えたとき、その踊り場にはミドリがいた。
セイは剣を持っていた。しかもリオの血がついていて。
その光景をみたミドリはすぐにセイを敵だと認知した。
「邪魔をするな」
冷たい声だ。
「お前・・・そこまでしてシュン様を・・・。あの女を斬ってまで!!」
ミドリは帯に隠していたナイフを2本出してかまえた。
「たとえ主が死ぬことを望んでいてもお前のような輩に御方の命をやるわけにはいかない!!」
ミドリが先に足を踏み出してセイの顔をめがけてナイフを繰り出す。すばやい腕の動きで常人には見えない速さだ。セイはその腕の動きすらも難なく掴む。
「な」
そのままセイは腕を捻る。
「っ」
痛みに顔を歪め、ナイフを一本落とす。
この男・・・何?
ミドリは魔族の中でも上級の実力を持つ。本来セイが全力で戦ってもミドリには勝てない。そのミドリを難なく押さえ込むセイの力。
「お前・・・何者?」
「50年前は世話になったな」
その言葉にミドリは目を見開く。そして突き飛ばされて、すぐにセイの方を向く。
「妖精族の長か」
「いかにも。お前が主にはずいぶんと面倒をかけたからな。その礼にきた」
「バカな」
あれは50年前に主の手にかかって死んだはずだ。あのときの呪いの言葉が50年の時を経て実現することがありえるのか。
「妖精族は一族のつながりがどの種族よりも強い。このようなこと、造作もないことだ」
ミドリの思いを見透かしたようにセイが答える。
「主はたしかに妖精族の長を殺した。けれど彼は復讐されることを覚悟していた。だからあのとき若夫婦と3人の子供を逃がしたんだ」
「何を・・・あれはお前たちが見逃しただけであろう」
セイは口元に柄を寄せて笑った。そしてすばやい動きで間合いを詰めた。
それをさらに後ろへ飛んで避けるが、場所が狭かった。すぐに背中が壁に当たる。
小さく舌打ちをして、ミドリは横に振りぬく剣を屈んで交わし、下から残ったナイフで突き上げる。セイはそれを横にひらりとかわす。
この強さはたぶんセイと長の力が合わさったものだ。長はシュンにしか殺せないほどの強さがあった。それにセイの能力が合わさればミドリの力どころか、シュンすら倒せるかどうか分からない。
「50年・・・長かったな」
それだけ言うとセイは柄を握りなおして、逆手で背中から剣を刺した。
心臓を一突き。
痛みに悲鳴を上げる間もなく、そのまま倒れる。
「シュン・・・さ、ま」
セイの胸に倒れこんで、ミドリは目蓋を落とした
セイはそのままミドリの身体を振り払った。
「ミドリは俺が殺した、この手で」
固く握ったままの拳からはいつのまにか血が流れ出していた。
「そのあと気がついて、すぐに階段を上ったの。そしたら姫様倒れてるし、シュンとセイは今にもぶつかりそうで」
「間に入ってきたリオを斬ったのも俺だ。あとから上がってきたアオイも・・・それからシュンも」
「違うわ!!シュン様を斬ったのは私よ」
アカネが顔を伏せて叫んだ。
「やめろ!!」
シュンは思わず駆け出した。セイよりも速く、アカネに辿り着く。アカネは姉を殺された怒りから今にも攻撃をしようとしていた。
主が自分を背に庇ってくれているのに気付くのが遅すぎた。
怒りは魔王との契約さえも凌駕する。発動してしまった力は止めることもできず、刃となってシュンの背を斜めに切り裂いた。
セイは本気だった。邪魔してくるものがいれば誰であろうと殺す。それが恨む相手ならなおさらだ。躊躇わずに剣を振り下ろす。
反射でかすかに避けたが剣はシュンの右肩から真直ぐに振り下ろされた。
「・・・っ」
アカネは主が倒れていく様を動けずに見ていた。ゆっくりとひざを折って倒れていく。血が赤い内掛けにかかっても同じ赤ですぐにわからなくなる。倒れた向こうで薄気味悪く笑っていたセイの顔が一気に驚きの顔に変わる。
「シュンっ」
剣を落としてその身体を抱き留めようと手を伸ばした。だがそれよりもはやくシュンは倒れこんだ。
「シュンさまぁっ」
アカネがすぐに傷を押さえた。薄く目を開けたシュンの唇がかすかに動く。
「アカネ・・・ごめんね」
そっと頬に触れる。何に対しての謝罪か、誰にも分からなかった。そしてゆっくりと視線をセイへとむける。シュンはただ微笑んで目を閉じた。
「シュンの返り血を浴びたとき、やっと体が動いた。抵抗できないまま・・・俺はシュンを殺した」
リオの言うとおりだ。シュンを殺したら後悔する。
落ちてくる涙が止まらない。これほどまでに自分はシュンがどんな存在であろうとも、自分にとって不可欠なものだと実感した。
「一族とか、んなの関係ない!俺自身がっ、シュンを必要としていたんだ」
こんなにも大切な存在だと、傷つけた後で気付く。
「いきものとは愚かだね」
医師が口を開く。
「失くしてはじめて大切なものに気付く。当たり前すぎて気付かない」
「シュンは・・・助からないの?」
リオが涙を流しながら呟く。
「なんとかならないの!?」
顔をふせて叫ぶ。自分の着ている赤い打掛けに、わずかに見えるシミ。シュンの血だと気付くのに時間はかからなかった。長老は静かに言った。
「もう我々は滅びを待つしかないのだよ、人の子よ」
静寂があたりを支配したまま、時間だけが過ぎていく。
このまま時が止まってしまえばいいのに、とローズマリアは思う。そうすればもう誰も死なない。
朝露も消えて、すこしずつ泉にも太陽の光が届くようになってきた。
誰も動かない。時々、水浴びにくる小鳥が泉で音を立てているのが聞こえる。自然の音しか聞こえない。鳥のさえずり、泉の流れ、風の音、木の葉の揺れ。
その静寂を破るかのごとく、オウカが立ち上がった。
「『家』のことが心配だ。長老、俺は向こうへ戻る」
「あぁ、頼んだよ。指揮はお前にまかす。好きなようにしなさい」
つまりもうここへは戻ってくるな、と。オウカはそれに気付いたのか、一礼してから茂みの中へと駆け込んだ。ジナもしばらく思案して立ち去ろうとする。
「ジナ」
その背に声を掛けて告げる。
「残された時間を自由に使えと、オウカに」
それをきいてすこしジナの耳がピクリと揺れた。振り向かず軽く頭を下げて高く跳躍した。木々の間を抜けていく音がいつまでも耳に残った。
暖かい木漏れ日を浴び始めて、昨夜の貫徹が今頃になって睡魔を呼び寄せてきた。ローズマリアはコクリコクリと舟をこぎ始めていたし、リオも傷のせいか、横になっていることが多かった。セイは木にもたれたままじっとシュンを見つめていたし、アカネもシュンの側から離れようとはしなかった。医師と長老も目を閉じてじっと座ったまま微動だにしない。
セイはそんな様子を見て本当にこのあとこの世界が崩壊するのかと不思議に思った。これまでにない静寂と平穏。これが嵐の前の静けさだというのだろうか。
そのとき、草木を分け入ってくるいくつかの足音を聞いた。思わずセイは剣の柄に手を当てた。アカネはシュンを庇うようにその音がする方向に向いた。
いまさら何を守ろうとしているのか、セイには分からなかった。それでも身体に染み付いた感覚はそう簡単には離れはしない。
「誰!?」
アカネが先に叫んだ。ガサリ、と草を分けた音がやんで、子供が1人飛び出してきた。
「ママ。いたよぉ」
人間でいうと4,5歳だろう。小さな手を振ってさっき出てきた茂みから出てくる人物を待った。
「・・・なに?」
子供の声にローズマリアとリオが目を開ける。
「そんなに急ぐと転びますよ」
そこから出てきたのは女性だった。おっとりとした雰囲気で、淡い黄色の髪を束ねて、丈の長いスカートについた葉っぱを払う。
そしてあたりを見渡して緊迫した空気を読み取ると、やさしく微笑んだ。
「ご心配なく、怪しいものではありませんわ」
そうは言っても、怪しいもの以外なにものでもない。この危険な森に女子供で、しかもこんな奥地までやってくる存在が、どうしてあやしくないと言えようか。




