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第九章 決意と混沌

 「シュンが死ねば・・・私たちも死ぬことになるのね」

 その沈黙を破るようにローズマリアがぽつりと呟いた。

 「みんなも死にたいの?」

 その問いかけにリオが顔をあげた。どこか凛とした表情でリオとセイを見る。リオは少し困った顔をしたままローズマリアを見て、セイは顔すらあげなかった。

 「私は・・・いままでどれだけちいさな世界に住んできたかを思い知りました。役目を忘れ、ただ守られて生きてきた。・・・シュンが苦しんできたのはそれが原因でもあるはず。だから私は、彼を責めることはできない・・・。というより責める権利はない」

 ローズマリアは手を広げてその平を見た。

 「私は彼を死なせはしない。彼が可哀想だからとか、同情しているわけじゃない。彼が死ねばいずれ私たちも死ぬ。それが自然の摂理なら、私は死にたくない。やっと、自分のなすべきことを見つけて・・・私にどこまでやれるかわからないけれど、彼のお父様が目指していたものにすこしでも近づけれるものになるなら」

 「あいつはその父親の理想郷が嫌いでこんなことしたんだろ!」

 「・・・彼は、後悔しているわ。自分が憎くて仕方がない、そう聞こえたから・・・。彼はああ言っているけれど、本当は、お父様の願いを叶えてあげたかったのよ」

 ローズマリアが手を握り締めて言った。その瞳は誰よりも強く輝いている。セイは少なからず苛立ちを覚えた。被害者は自分のほうなのに、目の前の人間は魔族の行いを許そうとしている。

 「俺だって、死にたくはねぇ。でもあいつは」

 「赦せないのはわかります。でも・・・」

 「あんたの話は聞きたくねぇ!あんただって結局はシュンの味方をするんだろ!!」

 長老がシュンを庇ったように。

 「セイ・・・」

 リオはセイの肩に手を置いた。セイは黙ってリオの肩に頭をうめた。そんな彼をリオは母親がするように黙ってセイの頭を撫ぜた。

 ローズマリアはそれを見て、踵を返した。彼らにこれ以上なにも望むことはできない。シュンはこうなることを望んで打ちあけたのだろうか。否、彼はきっと救われることを望んでいる。ミドリが言っていたように、彼は救わなければならない。自分のためにも、彼のためにも。


 「シュン様」

 大広間からすぐ横の階段を上がって魔の森を見渡せるバルコニーにシュンの姿があった。ミドリがその後姿に声をかけた。

 「どうした」

 「先ほどのことで・・・」

 ミドリはシュンの横に立って主が自分のほうを向くのを待った。

 「なに」

 しばらくしてゆっくりと向いたシュンの頬をミドリはすばやく叩いた。一瞬、何が起こったか分からなかったシュンはその頬に手を当てて視線をミドリに向けた。

 「我々があなたに仕えているとしても、アオイとアカネは私の妹です。アカネに対するあの仕打ち。姉として許せません」

 「・・・」

 シュンは黙って視線を森へと戻した。朝靄が森を覆っていて、所々で鳥族が啼いているのがシュンの耳に届く。そのときようやく朝がくるのだと気付く。

 「それでも我々はあなたについていきます。あなたがどのような判断を下そうとも」

 ミドリは深く頭を下げてその場を去った。シュンはその気配がなくなるのを待ったが、それがバルコニーの入り口で止まる。何かと思って振り返る。

 「少しよろしいですか」

 ミドリの背からこぼれる金髪が視界に入る。

 「なにも、持っていませんわ」

 ミドリが少し険しい顔をしたのを見て、ローズマリアは手をあげた。ミドリはスッと足を引いて、シュンへと道を作った。そしてそのまま階段を下りていく。

 「ここからだと、テーベルも見えるんですね」

 シュンの左に立って髪を風になびかせながら、東のほうを見る。朝日が昇る前の遠い地平線が青紫色に染まっていく。冬が近付くといっても日の出の時刻は夏とそうかわらない。そのまま顔を右に向ければ崖の上に建つ鐘の塔が朝靄の中にうっすらと見える。

 「あそこからはココは見えないのに」

 「結界があるからね。人の目には見えないよ。もちろんセイにも」

 朝の少し冷えた風があたりに吹き渡って朝靄を少し流していく。

 「夜明けを見るのは初めてです」

 「姫様は早起きだと思っていたよ」

 シュンもつられて他愛ない話をする。

 「私は太陽が昇ってから起きますよ。医師のように早起きはしません」

 「あぁ、あの人は早く起きそうだ」

 自分の手当てをしてくれたあの老女。彼女は自分の正体に気付いていたのかもしれない。それでいて黙っていた。最後に見送ってあの瞳は、そう言っていたように思えてきた。

 沈黙があたりを支配した。ローズマリアは大きく息を吸ってから、前を向いて話した。

 「あなたは生きるべきです。全ての種族のために」

 シュンはその横顔をちらりと見る。そしてクスリと笑みをこぼした。

 「なんだ、俺を殺しにきたわけじゃないんだね」

 「誰もあなたを殺せませんよ」

 「どうかな。セイはやりそうだけど」

 腰ほどの高さの手すりを飛び越えてそのままそこに座る。足をぶらぶらさせながら笑う。

 「彼もあなたは殺せない」

 その笑みにつられることなく、ローズマリアは真剣な表情でシュンを見た。

 「俺は疲れたんだ。なにもかも終わってしまえば、それでいい」

 「ミドリさんが泣いていました。あなたを救ってくれと」

 「そりゃ俺が死ねばみんな死ぬからね」

 「はじめは彼女たちの願いだと思っていました。けれど」

 ローズマリアがシュンの左腕を掴んだ。魔族といえど自分と変わらない腕。肌の色も、髪の色も、人間と変わらない。

 「本当はあなたの願いじゃないの?」

 見透かしたような瞳で真直ぐにシュンを見てくる。

 ああ、この瞳・・・母と同じ瞳だ。真直ぐに、僕だけを見て・・・10年前からずっとこんな風にみてきた。妖族戦争の原因を知ってか知らずか、言葉ではなにも咎めることがなかった母はここを出てからずっと、全てを知っているかのような瞳で僕を見てきた。それの奥に父がいるのだと気付くまで、それは母の愛情だと思っていた。

 シュンはその瞳に吸い寄せられるかのように右手を伸ばした。そっとローズマリアの頬に触れる。父もこうして母を愛しいと思ったのだろうか。種族の違う人を愛して・・・後悔をしなかったのだろうか。

 ローズマリアは黙ってその手に触れた。その瞬間、シュンはビクリと身体を震わせてその手を引いた。

 「シュン?」

 「この世との別れはできたのか?」

 ローズマリアの言葉をかきけす様な低い声にシュンは後ろを振り返った。そこにはセイが立っている。その手に持っているのは魔族の血がこびりついた剣。左には簪。

 「所詮は魔族だな」

 セイは嘲るように言ってその簪をシュンのほうへ投げた。足に当たって止まった簪は鈍い光を放つ。

 「お前・・・」

 ミドリの愛用していた簪だ。昔、旅をしていたとき簪職人に造らせてミドリにあげた。

 「望み通り、殺しに来てやったよ」

 ヒュンと音をたてて剣にこびりついた血を払う。

 「セイ、やめて」

 「邪魔をするなら姫さん、あんたも殺す。どうせ魔王が死ねば俺たちも死ぬ。いつ死んだって、同じだろ」

 これまでにないセイの迫力にローズマリアはなにも言葉が出なかった。

 「俺に流れている血がそうさせない。お前が言っていたことはこのことだな」

 冷たい目だ。まるで全ての感情を捨ててしまった、氷の瞳。

 「剣がいるか?フェアに死にたいだろ」

 そういって腰に下げていた剣を投げる。それは簪の上に落ちて、簪の細工が小さな音を立てて割れた。

 「いらないよ。お前が俺を殺してくれるなら、それでいい」

 「ダメ!!」

 ローズマリアがシュンの前に立った。両手を広げてシュンを庇う。しかしセイにはもう躊躇う気持ちはない。

 「ローズマリア」

 初めて名を呼んだ。そっと触れた肩の手に力を込めて振り返らす。

 「え・・・」

 その強引な力に足元をふらつかせるとそのままみぞおちに痛みを感じた。

 「夜明け、また今度、ね」

 閉じていく目蓋の隙間から困ったように微笑むシュンの顔を見た。

 シュンはローズマリアを寝かせるとそのままそこから離れた。

 「こいよ」

 立ち止まってセイのほうへ振り返る。両手を広げて、まるで親が子供を迎えるかのような仕草で、セイの剣が自分の胸に刺さるのを待った。

 「だめ!セイ!!やめて」

 階段から上がってきたのはリオだった。腕から血を流して、蒼白した顔で間に入る。

 「だめ、やめて・・・。正気に戻ってよ。ここでシュンを殺したら絶対後悔する!!もうセイがセイでいられなくなるよ!!」

 「リオ」

 諫めるようにシュンが声をかけた。

 「あなたもあなたよ。死ぬなんて許さないからね。私が死ぬまで、生きなさいよ!あなたの道連れなんて死んでもいやよ!!」

 リオはそういうと傷を負っていない左手に短剣を握った。

 「セイは正気じゃないのよ。頭打っておかしくなったのよ」

 どこに頭を打つ経緯があったのかは分からないが、リオにもセイが正気ではない原因が分からないため、そう叫んだ。

 「邪魔を、するな!」

 セイは真空波を剣で起こして、リオを吹き飛ばす。

 「きゃあ!!」

 その衝撃で右胸から腹に掛けて長い斜めの切り口ができる。シュンの足元まで転がってきたリオを抱き起こすと、おびただしい血が流れ出している。

 「リオ!!」

 「どうせお前が死ねば死ぬ。心配するな」

 「セイ・・・お前」

 セイが正気でないことはよく分かった。

 「たとえ死ぬこととなっても、お前だけは俺が殺す。一族の恨み、この場で晴らさしてもらう」

 その言葉でその原因が、あの殺した妖族の意識だということに気付く。

 だがシュンにそれから抗う理由はない。

 リオを寝かすとそのままリオの前に立つ。そのとき、階段から新たな人物が飛び出してきた。

 「お姉さまをよくも!!」

 先に出てきたのはアオイだった。すぐに扇子を広げて全てをなぎ払うように仰いだ。その先から大量の水が流れ出してセイを飲み込んでいく。それに足元を掬われたセイはバルコニーの手すりに打ち付けられる。セイは剣を杖にして起き上がると、アオイに斬りかかった。だがまるで水が生きているかのように動いてアオイの前に盾を造る。そして水は鋭い刃となってセイを傷つけた。

 だがそれにひるむことなく、消えた盾が持ち直す前にセイはアオイの胸を刺した。きれいに化粧された顔が苦痛に歪む。対照的にセイは頬から流れる血に気を止める風もなく微笑む。

 「アオイ!!」

 アオイは力なくその場に倒れこんだ。セイはそれに足を当てて剣を抜く。その非情なまでの様にシュンはどれほどあの手にかけた男が自分を恨んでいるかを思い知った。

 「ぐ・・・」

 アオイは執念深くセイの足を掴んで、残った力をすべてセイの身体に注ぎこんだ。

 「あああぁぁぁっ」

 セイの悲鳴が響き渡る。アオイはセイの中に流れる液体に負荷を与えたのだ。血液が逆流してしまうほどの力。セイはその痛みから逃れるためにアオイの二の腕を斬り落とした。そして斬られてなお掴み続ける腕を引き剥がす。

 「はぁっ、はぁっ」

 セイは荒い息を繰り返して呼吸を整える。

 「アオイ・・・」

 鮮やかな青い着物はどす黒く変色していく。

 一瞬の出来事だった。

3姉妹のなかで一番気の利いた女だった。何も言わず察してくれるミドリ、自分の感情を全身で感じ取るアカネ、2人は自分が何も言わなくても分かってくれた。けれどアオイは友達のような存在だった。お互いに話をして、姉でもなく妹でもない。親友、という言葉が一番近いのかもしれない。ただ近くにいすぎて今の今まで気付かなかったけれど。

 「アオイ・・・?」

 呼びかけてもその身体はピクリとも動かない。

 「おねぇさま!!」

 その光景を見たアカネが、幼い顔を怒りにゆがめる。

 「よくも・・・!!」

 怒りに震える手で扇子を広げた。

 「やめろ!!」

 シュンはその場から駆け出した。おくれてセイがアカネに向かって足を踏み出した。

 

 ローズマリアが目を覚ました。ぼんやりとした視界の中で3人の人間が見えた。少し鳩尾が痛むがたいしたことではない。視界がはっきりしないまま、ゆっくりと身体を起こす。そうしてようやく音が耳に入ってきた。

 「やあぁぁっ、シュンさまぁ!!」

 アカネの悲鳴。

 「シュン!!」

 セイの叫び。

 はっきりしかけた視界に飛び込んできたのはアカネとセイの間で倒れているシュンの姿。

 立ち上がった瞬間に地響きがした。すこしずつ、建物にヒビが入っていく。

 「な・・・に」

 音を立てて揺れる足元にローズマリアは慌てた。少し離れたところに血を流して倒れているリオがいた。

 「崩れるぞ!!ここから離れるんだ」

 階段から出てきたのはオウカだった。遅れてジナが飛び出してきた。

 「オウカ」

 「話はあとだ」

 オウカは強引にシュンを抱きかかえると、そのままバルコニーから飛び降りた。

 「きゃあ」

 アカネはリオを抱えて、ジナはローズマリアを抱いてオウカのあとに続いた。少しずつ建物が下がっていっている。セイは階段の下に倒れているミドリとアオイを抱いてバルコニーから飛び出した。

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