第六十六話【全六十七話】/終章②
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
土岐子の案内で居宅へ上がり込む。
廊下は所々にブルーシートが掛けられており、先日の攻防の跡を垣間見せていた。
執務室の厚い扉を開くと、奥のソファへ促される。
腰をかけて待っていると、お茶が差し出された。
「早速だが問おう。土岐子、お前は伽耶に試練と言った。試練というには簡単ではない、危険な状況だったことは、お前と嘉治であればわかっていたはず」
「……」
土岐子は何も言わない。
まっすぐに前を見つめている。
「それに、人払いの陣法は賀陽のものではなかった。この神社の者によって事前に張られていたものだ。執務室に籠城したタイミングも早すぎる。明らかに何者かに襲撃される事を予測した行動だ」
「……」
「何を知っている?」
「三年前……」
土岐子はおもむろに口を開いた。
「文化財研究者から社宝の再調査を依頼されました。最新のCTや年代測定法を使用した精密調査です」
そこで一度、言葉を切った。
言うべきか逡巡したようだが、大きく息を吐き出すと、覚悟を決めたように話を続けた。
「社宝の古代鏡に新たな刻印が発見されたのです。『金色の光が不吉を呼び、破滅を祓う』、と。その時は何の事か全くわかりませんでした。しかし先日、本当に金色の光が降り注ぎました。そして、伽耶が空海を名乗る少女を連れてきたのです……」
土岐子は表情を変えなかったが、その眼には恐怖を湛えていた。
「あの金色の光を見た時から、何かが起こるという確信がありました。これは御祭神からの戒めなのだと思って、心構えをしてきたのです」
「だから、全ての対応が早かったのか……その鏡は百襲姫のものか?」
「なぜそれを!」
「やはり……。百襲姫とはいったい何者なんだ?」
「我らが御祭神である吉備津彦命の姉神が百襲姫です。倭迹迹日百襲姫命。聡明叡智にして、巫蠱神仏に通じていたと云われています」
「龍神が言っていた。百襲姫は縁起を操る、と」
「縁起……ですか……。つまり、因縁生起。この世のすべての物事は『因』と『縁』によって相互に繋がり、成り立っているという考え方ですね」
「龍神が私の命を救ったのも、百襲姫が縁起を結びなおしたのだ、と。本来なら、私は自らの業に囚われ、命を落とすはずだった……」
「縁起を結びなおすなんて、そんなこと……」
「美緒だ。佐伯美緒は百襲姫の生まれ変わりなんだ」
「そんな……! 佐伯美緒は百襲姫にして、空海の魂をその身に宿していると?」
「今回の一連の流れは、二〇〇〇年前から定まっていた……。龍神はそう言っていた」
「つまり、龍神の異常も、空海の顕現も、それを追ってあなたがこの地で命を落とす事も全ては定めだった、と。縁起の導きだったと、そういう事ですか?」
「信じられないが、そういう事になる」
「百襲姫の真意を測ることはできません。しかし、きっとそこには意味があるのです。美緒が自ら語る事はないでしょう。その答えはあなた自身がお大師さまの元で見つけるしかない。私はそう思います」
「見つけられるのだろうか、私に……」
「それがあなたに課せられた龍神に報いる道であり、自らの業と向き合う法なのでしょう」
「重いな」
「あなたはまだ若い。重荷を背負う位が丁度いいのです」
土岐子はその目じりに刻まれたしわを緩ませて、諭すように言った。
「我々は縁起に抗う事はできないのですから」
「そう言われると抗いたくなる」
「まあまあ。勇ましいことで」
やっと土岐子から笑みがこぼれた。
「あぁー! 話したらスッキリした!」
「こんな事、あの子たちには話せませんものね」
「真魚に話すのはともかく、美緒に聞かれるのは癪に障るからな。この事はもうしばらく私の胸へ秘めておくことにするよ」
「そうですね。それがいいでしょう」
土岐子に見送られ、吉備津神社を辞した。
『金色の光が不吉を呼び、破滅を祓う』
古代鏡に刻まれていた言葉が、脳裏に焼きついて離れない。
疑問はまだ残されていた。
龍神は私の業を塗りかえた、と言った。
すなわち、今回の不吉を呼んだのは、私の業だ。
そして、破滅というには大袈裟な事件だった。
導き出されたのは、身の毛もよだつ仮定。
予言は未だに続いているのではないか、と。
病院への帰り道、考えは尽きなかった。
しかし、どんな状況でもお腹は空くものである。
途中、ラーメン屋へ寄り道したことは、近江には秘密だ。
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