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第六十二話【全六十七話】/三月二十四日/七瀬①

“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”

佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。

圧倒的な祈りの力、法力を伴って……


千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。


弘法大師『空海』・・・真魚

吉備の鬼神『温羅』・・・みさき

『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶

空海を追う『摩』法少女・・・七瀬


四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。

小旅行気分でお読みください。


弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。

 また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。


 ああ、寒い……。お腹が減った。

 近江の料理も好きだけど、みさきのご飯も美味しかったな。

 でも、もう食べられないんだよな、二度と……。

 おかしな奴らだった。

 もっと早く出会っていれば……いや、そんなのはただの思い上がりだろうな……。


 空海がいて、みさきがいて、久しぶりに騒がしい食卓を囲んだ昨日の夜、不覚にも部屋で泣いてしまった。

 遠い昔の記憶が蘇ったんだ。

 父がいて、母がいて、幼い私は理由もないのに泣いていて、二人を困らせて……でも父も母も私を温かく包んでくれて、安心して、ゆっくり眠ったっけ……。

 想い出だけは失ってはいなかった……本当は私の内にもあったんだ……忘れていただけで……。

 最期に思い出せて良かった。


 心からそう思う。


 これは罰だ。

 私も同じように奪った。

 人からも、神からも、無慈悲に。

 私の心にぽっかりと空いた穴を埋めるために、無心で刀を振るい続けた。

 正義なんて、何もわかっていなかったのに。

 これは罰なのだ。

 ああ、寒い……真っ暗だ。


 暗く冷たい水の中を漂っているようだった。

 鈍重な浮遊感に、ただただ身を委ねる。

 黒く深い水底にゆっくりと沈んでいく。




 命を燃やし続けてきたのだね、お前は




「誰だ……」


 あのお方の言う通りだ。縁起えんぎが結びなおされている……


「縁……起……?」


 不意に左手の小指がまばゆい光を放つ。

 小指の先に結ばれた細い糸が空間を裂くように輝き、広がっていく。

 暗闇を上書きするように、世界が淡い青に包まれた。


 身体の奥底から光が溢れる。

 温かい……。

 それは遠い昔にあった、今は失ってしまった温かさに似ていた。

 さっきまで目を開けるのも億劫で、浮遊感に委ねていた身体を起こす。

 立ち上がる。

 目の前には白く巨大な影が浮かんでいた。


優鉢羅うはつら龍神……」


「立ち上がったか。また、命を燃やすのだね、刑部七瀬」


「何をした! これは、この温かさは、お前の魂だろう!」


「結ばれていたのは縁起の糸。こうなる事は決まっていたのだ。遥か昔から、ずっと」


「縁起の糸だと……」


「私と結ばれた『縁』によって、お前は死を免れる。死へ導く『因』たるお前の業を塗りかえたのだ。縁起とはそういうものだ。天命いくばくもない私の魂だとしても、人の一生を一回りするくらいは残っているだろう。糸を、あのお方に結んで頂いたのだろう?」




「佐伯美緒――!」




「現世ではそのような名前なのだな」


「現世では、だと……。どういうことだ!」


「二〇〇〇年の昔、百襲姫ももそひめによって私はこの地に封じられた。次に会うのは、私の天命が尽きる時だと言い残して。そして先日、再び私の前に現れた。姿かたちは変わっていたが、確かに百襲姫だった……。その糸を結べるのは百襲姫だけなのだ」


「そんな……では、佐伯美緒は……」


「百襲姫の生まれ変わりだろう。百襲姫は縁起を操る。知っていたのだ。お前が自らの業に囚われ、天命を待たずして死ぬことを。お前が生まれる遥か昔から……」


「そんな事、ありえない!」


「百襲姫は言っていた。縁起とは高き水が低きに流れ、溜まり、溢れるようなものである。その根源さえ知れば、いつどこで溢れるかを知るのは容易い、と」


「そんな事……百襲姫はどこまで知っているんだ」


「すべて」


「すべて、だと?」


「この世の理のすべて。時間だ……私の天命は尽きた。お前の一生はまだ続く……」




 生きろ!




「待てっ!」


 龍神を捕まえようと伸ばした手が虚空を切った。

 足元から水が湧き上がってくる。

 水は次第に嵩を増し、身体を呑み込んでいく。

 水底に光が差し込むように、辺りがまばゆい輝きを放ちはじめた。


お読みいただきありがとうございます。

皆様の応援が、執筆の糧です。


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感想はもちろん、

舞台となる岡山・香川の旧跡・名所のリクエストもお待ちしております。

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