第六十二話【全六十七話】/三月二十四日/七瀬①
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
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岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
ああ、寒い……。お腹が減った。
近江の料理も好きだけど、みさきのご飯も美味しかったな。
でも、もう食べられないんだよな、二度と……。
おかしな奴らだった。
もっと早く出会っていれば……いや、そんなのはただの思い上がりだろうな……。
空海がいて、みさきがいて、久しぶりに騒がしい食卓を囲んだ昨日の夜、不覚にも部屋で泣いてしまった。
遠い昔の記憶が蘇ったんだ。
父がいて、母がいて、幼い私は理由もないのに泣いていて、二人を困らせて……でも父も母も私を温かく包んでくれて、安心して、ゆっくり眠ったっけ……。
想い出だけは失ってはいなかった……本当は私の内にもあったんだ……忘れていただけで……。
最期に思い出せて良かった。
心からそう思う。
これは罰だ。
私も同じように奪った。
人からも、神からも、無慈悲に。
私の心にぽっかりと空いた穴を埋めるために、無心で刀を振るい続けた。
正義なんて、何もわかっていなかったのに。
これは罰なのだ。
ああ、寒い……真っ暗だ。
暗く冷たい水の中を漂っているようだった。
鈍重な浮遊感に、ただただ身を委ねる。
黒く深い水底にゆっくりと沈んでいく。
命を燃やし続けてきたのだね、お前は
「誰だ……」
あのお方の言う通りだ。縁起が結びなおされている……
「縁……起……?」
不意に左手の小指がまばゆい光を放つ。
小指の先に結ばれた細い糸が空間を裂くように輝き、広がっていく。
暗闇を上書きするように、世界が淡い青に包まれた。
身体の奥底から光が溢れる。
温かい……。
それは遠い昔にあった、今は失ってしまった温かさに似ていた。
さっきまで目を開けるのも億劫で、浮遊感に委ねていた身体を起こす。
立ち上がる。
目の前には白く巨大な影が浮かんでいた。
「優鉢羅龍神……」
「立ち上がったか。また、命を燃やすのだね、刑部七瀬」
「何をした! これは、この温かさは、お前の魂だろう!」
「結ばれていたのは縁起の糸。こうなる事は決まっていたのだ。遥か昔から、ずっと」
「縁起の糸だと……」
「私と結ばれた『縁』によって、お前は死を免れる。死へ導く『因』たるお前の業を塗りかえたのだ。縁起とはそういうものだ。天命幾ばくもない私の魂だとしても、人の一生を一回りするくらいは残っているだろう。糸を、あのお方に結んで頂いたのだろう?」
「佐伯美緒――!」
「現世ではそのような名前なのだな」
「現世では、だと……。どういうことだ!」
「二〇〇〇年の昔、百襲姫によって私はこの地に封じられた。次に会うのは、私の天命が尽きる時だと言い残して。そして先日、再び私の前に現れた。姿かたちは変わっていたが、確かに百襲姫だった……。その糸を結べるのは百襲姫だけなのだ」
「そんな……では、佐伯美緒は……」
「百襲姫の生まれ変わりだろう。百襲姫は縁起を操る。知っていたのだ。お前が自らの業に囚われ、天命を待たずして死ぬことを。お前が生まれる遥か昔から……」
「そんな事、ありえない!」
「百襲姫は言っていた。縁起とは高き水が低きに流れ、溜まり、溢れるようなものである。その根源さえ知れば、いつどこで溢れるかを知るのは容易い、と」
「そんな事……百襲姫はどこまで知っているんだ」
「すべて」
「すべて、だと?」
「この世の理のすべて。時間だ……私の天命は尽きた。お前の一生はまだ続く……」
生きろ!
「待てっ!」
龍神を捕まえようと伸ばした手が虚空を切った。
足元から水が湧き上がってくる。
水は次第に嵩を増し、身体を呑み込んでいく。
水底に光が差し込むように、辺りがまばゆい輝きを放ちはじめた。
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