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第三十一話/三月二十一日

“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”

佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。

圧倒的な祈りの力、法力を伴って……


千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。


弘法大師『空海』・・・真魚

吉備の鬼神『温羅』・・・みさき

『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶

空海を追う『摩』法少女・・・七瀬


四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。

小旅行気分でお読みください。


弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。

 また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。


「女とは何かと面倒くさいのう。さっさと浸かって、さっさと出たいもんじゃが」


 浴槽には満面に湯が張ってあった。

 みさきに教えてもらった作法の通り、掛け湯をしてから浴槽へ入る。

 ふちを越えた湯が溢れ出し、贅沢にも流れていった。


「はぁーあー……」

 たまらない……。

 今日一日の疲れが染み出すように、思わず声が洩れた。

 身体中の力が抜けるとともに、頭の中は冷静になっていく。


「今日一日で色々あったが、明日からはどうなるのだろう」

 答えの無い問いに、思わず考え込んでしまう。


「とりあえず、身体を洗うか」

 浴槽から出ると、渡された布に石鹸を擦りつけて泡立てる。


「本当に泡立ってきた。これだけ見事に泡立つと不気味だな」

 身体を隅々まで洗っていく。

 浴室に花のようないい香りが充満した。

 洗い終わると、浴槽の湯を使って洗い流す。


「次はこれか……」


 教えてもらった通り、シャンプーを取り出した。

 髪をまんべんなく湯で濡らすと、シャンプーの液を手に取り、頭全体を泡立てていく。


「ん?」


 これは目をつむった状態でどうやって流すのだ?

 手探りで桶を探すが、うまく見当たらない。思わず目を開くと、


「うぎゃー!」


 眼が焼けるように熱い。染みる。

 思わず大きな声が出てしまった。


「真魚、大丈夫ですか⁉」

 みさきが浴室に飛び込んでくる。


「シャンプーが目に入った……」


「なーんだ」

 伽耶の呆れた声が聞こえる。


「ちょっと待ってて下さいね」

 みさきは桶に湯を汲むと、泡をきれいに流してくれた。


「はー、シャンプーは恐ろしいな」


「なに幼稚園児みたいなこと言ってんの」


「コツがあるんですよ。泡が顔に流れないように、こうやって掻き上げて洗うんですよ」

 みさきが手を取って洗い方を教えてくれる。

 なんとも不思議な感覚に気恥ずかしくなる。


「そ、そうか。わかった」


「いやー、真魚……じゃないか、美緒のカラダって意外と……」

 伽耶が不敵な笑みを浮かべる。みさきがその先の言葉を遮った。


「ちゃんとコンディショナーもして下さいね」


 念押しすると、伽耶を連れて出ていった。

 その後は教わった通り、コンディショナーと洗顔をして、また湯船に浸かる。


「終わった……。これを毎日しているのか。女は偉大だ」

 一仕事を終えた達成感に包まれる。

 身体がよく温まった所で風呂を出た。

 タオルで身体を拭き、みさきの服に身を包む。


 居間へ戻ると、みさきと伽耶がテレビを見て笑っていた。

 豊かで平和な日常に心が緩む。

 この完成された世の中で、何を祈ることがあろうか。

 この世界における己の存在価値を問われているようで、不意に侘びしさが胸を衝いた。


「真魚、さあ、こちらへ。髪を乾かしましょう」

 手招きのままにみさきの隣へ座る。


「あれ? 涙が出てますよ?」


「えっ? ああ、シャンプーが目に染みたかな」


「あらら。ちゃんと目を洗った方がいいよー」


「ああ、もう大丈夫だ」


「じゃ、次は私ねー」

 伽耶が風呂場へ向かう。

 みさきがドライヤーという機械の熱風を当てて、髪を乾かしてくれる。

 髪の吹き上がる感覚が心地いい。


「これだけ便利な世の中だ。祈りや救いは不必要なのかもしれん」

 法力を持つ者が少ないというのも納得してしまう。


「そんなことは無いですよ。むしろ、昔よりも人の心はもろくなり、生きづらい世の中になりました。助けを必要とする人のなんと多いことでしょう」


「そんな風には見えないがなぁ」


「一見すると、便利で平和な世の中ですが、だからこそ何かに縋ることが許されないように感じる人が多いのかもしれません。もっとこの世界の事を知れば、今こそ真魚が必要とされていることがわかるでしょう」


「そういうもんかな」


「先ほどの涙はそういう意味でしたか」

 みさきは何かと鋭い。


「だから、シャンプーが目に染みたんだって」


「私からのお願いです。美緒だけでなく、多くの方を救ってあげて下さい」


 茶化すのが躊躇ためらわれるほど、みさきの瞳は澄んでいた。


「言われなくても、そうするつもりだ。それこそが儂が存在する意義だからな」


「よし! 乾きましたよ」

 みさきは背中をポンっと叩くと、何のテレビを見ますかー、なんて話し始める。

 うわの空でテレビを見ていると、伽耶が風呂から出てきた。


「あー、いい湯だったー」

 その呑気な感じに、気の迷いもうやむやになる。


「では、次は私が入ってきますね」

 入れ替わるように、今度はみさきが風呂場へ向かった。

 伽耶はテレビを見ながら、ドライヤーで髪を乾かしている。


「真魚ってさー」


 不意にドライヤーを止めた伽耶が話し始めた。

 その横顔の真剣さに、ドキッとして背筋が伸びる。

 そんな伽耶の表情が一転した。


「みさきと付き合ってたの? 一緒に暮らしてたんでしょ? 今でも好きなの?」

 怒涛の質問に出鼻をくじかれる。


「お前は気楽でいいなぁ」


「なにそれ! どういう意味よー」


 伸びた背筋は急速に力を失い、耐えきれなくなって床へ転がった。


お読みいただきありがとうございます。

皆様の応援が、執筆の糧です。


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感想はもちろん、

舞台となる岡山・香川の旧跡・名所のリクエストもお待ちしております。

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