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第二十九話/三月二十一日

“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”

佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。

圧倒的な祈りの力、法力を伴って……


千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。


弘法大師『空海』・・・真魚

吉備の鬼神『温羅』・・・みさき

『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶

空海を追う『摩』法少女・・・七瀬


四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。

小旅行気分でお読みください。


弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。

 また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。


 吉備津神社を出発し、点と点を繋ぐように鬼ノ城から備中福山びっちゅうふくやまを巡る。


 最後に訪れたのは正木山の山頂にある、麻佐岐まさき神社。

 吉備国において最古といわれるこの神社は、粗末な社殿ながらも立派な磐座いわくらを有し、大地から溢れ出る力強い霊力を感じた。


 山頂からは、今しがた渡ってきた大橋が小さく見える。

 米粒のような車列の往来が楽しい。

 大橋が架かる高梁川たかはしがわは緩やかに弧を描きながら、南へ南へと吸い込まれるように流れを伸ばしている。

 その遥か先には瀬戸大橋の白い橋梁を望み、零れんばかりの紺をたたえた海が輝いて見えた。

 地上の喧騒けんそうを忘れたように、澄み渡った空気が静かに漂っている。


 伽耶は社殿のかげに塩を盛ると穴を掘り、独特の模様が描きこまれた霊符を埋めた。

 祓いと祈りの言霊ことだまを唱えると、拍手かしわでを打つ。

 終わる頃には、空の色が変わりつつあった。


「はぁー、疲れた!」

 伽耶が大きく伸びをした。


「お疲れさま。伽耶、夜ご飯を食べていきますか?」


「うん! そうさせてもらう。ありがとー」


「では、帰りましょう」

 みさきに続いて車へ乗り込む。


「二人は明日も学校なのか?」


「明日は学校は無いよ。春休みだからね」


「春休み?」


「季節の変わり目は学校がお休みになるの」


「次に学校へ行くのは入学式ですね」


「でも、真魚が学校へ通うことが決まったら、改めて挨拶に行かないとね」

 そんな話をしながら、帰路についた。




 居間に入った途端、伽耶は長椅子に飛び込んだ。

 あー疲れた疲れた、と身体を伸ばす。

 みさきは、前掛けを着けると台所へ入っていった。


「みさき、今日の献立は?」

 うつ伏せの身体をぐったりさせたまま、頭だけを上げた伽耶が話しかける。


「今日は何も準備をしていないので、鍋にしようかと」


「いいねぇー」


「白菜も消費したいですし、鍋もそろそろ終わりの季節ですからね。伽耶、コンロを出してもらっていいですか?」


「はーい」

 伽耶は起き上がると、台所から謎の箱型の装置を持ってきた。


「これも驚くと思うよ!」

 伽耶は箱型の装置を見せびらかすように机の上へ置くと、つまみを回した。


「おお、火が点いた!」


「移動型の囲炉裏いろりのようなもので、料理を温かいまま食べられるんですよ」


「びっくりした?」


「ああ、驚いた。だが、驚き慣れてしまったのか、スマホほどではないな」


「まあ、スマホと比べたら、そりゃそうか」

 伽耶は残念顔でつまみを捻って火を消すと、今度は椀と箸を持ってきた。


「はい、真魚、これを並べて?」


「適当でいいのか?」


「いいよー、働かざる者食うべからず、だからねー」


「確かにそうだな。みさき、なんでも言ってくれ」


「特に手伝うことはないですよ。もうできました」

 そう言うとみさきは、鍋へ具材を山のように盛ってきた。


「さあ、食べましょう」


 コンロに鍋を置くと、閉まり切っていない蓋を取る。

 温かな湯気とともに食欲をそそる香りが立ち込めた。

 色とりどりの具材が鍋の中でクツクツと揺れている。


「いただきまーす!」

 伽耶が一番槍を突き立てた。


「あぁー、やっぱり鍋はいいねぇーあったまるー」


「うん、うまい」


「でも、お肉が入ってるけどいいの?」

 箸をくわえながら、心配そうな面持ちの伽耶が問いかける。


「何が?」


生臭なまぐさ坊主にならない?」


「そういう事か。出されたものは感謝して頂く事が何よりだ。お釈迦様も肉を食べていた」


「そうなの?」


「ああ。ただ、ちゃんと火を入れていなかったからお腹を壊していたが……。それに」


「それに?」


「美緒の身体を損ねるような事があってはいかん。今の時代に合った食事をすべきだろう」

 なるほどーと呟いた伽耶は、安心したように再び箸を動かしはじめた。


「野菜がやけに美味しく感じるのう。これも一二〇〇年の進歩かな」


「みさきが畑を耕して、野菜を育ててるの。手間が違うからそりゃ美味しいよ」


「そうだったのか。まだ畑を続けていたのだな」


「ええ。真魚から教わった頃からずっと続けていますよ」


「えっ! みさきって真魚から農業を教わったの?」


「ええ。真魚からは言葉も畑も、人との繋がりも。全て教わりました」


「今では立場が逆転して、教えを乞う側だけどな」


「それなら真魚にも畑を手伝ってもらったら?」


「真魚にはお勤めがあるでしょうし、大きな畑ではないので大丈夫ですよ」


「手伝わせてくれ。働かざる者食うべからず。お勤めとは言うが、祈ることはどこにいても何をしていても、信心があればできることだ」


「でも、朝早いですよ」


「早起きは得意だ」


「そこまで仰られるなら、お願いしましょうか。では、朝五時に起こしますね」


「起こしてくれるんだな。わかった」


「あ、そうだ。真魚に渡しておくものがあったんです」

 みさきは立ち上がると、棚の引き出しから何かを取り出した。


「これをどうぞ」


 見ると数珠のようなものである。


「これは?」


「時計といいます」


「あー、確かにこれは大事だね」


「今が何時かわかるんですよ。腕を出して下さい。着けて差し上げます」

 腕を差し出す。


「この世界では時間はとても重要です。皆この時間に沿って行動しているのです」


「スマホでも見られるけどね」


「今は十八時十四分ですね。二十四時になると一日が終わり、新しい一日が始まります」


「十二辰刻しんこくと基本は同じだな」


「一二〇〇年前にも時間の概念はあったんだ?」


「ああ、こんなに正確ではなかったがなぁ。都ではお役人のために鐘を打ち鳴らしていたが、庶民は太陽の高さで大体の時間を計っていたもんだ」


「太陽って……見る角度によって違うんじゃ……」


「まぁ、日の出と日の入りが基本の生活だからなぁ。正確な時間なんてのは必要なかった。むしろ、時間に縛られるとは、窮屈な感じがするよ」


 時間が正確過ぎるのも考えものだ。

 そんな話をしながら食べ続けていると、程なくして鍋は空っぽになった。


お読みいただきありがとうございます。

皆様の応援が、執筆の糧です。


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