第二十九話/三月二十一日
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
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岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
吉備津神社を出発し、点と点を繋ぐように鬼ノ城から備中福山を巡る。
最後に訪れたのは正木山の山頂にある、麻佐岐神社。
吉備国において最古といわれるこの神社は、粗末な社殿ながらも立派な磐座を有し、大地から溢れ出る力強い霊力を感じた。
山頂からは、今しがた渡ってきた大橋が小さく見える。
米粒のような車列の往来が楽しい。
大橋が架かる高梁川は緩やかに弧を描きながら、南へ南へと吸い込まれるように流れを伸ばしている。
その遥か先には瀬戸大橋の白い橋梁を望み、零れんばかりの紺を湛えた海が輝いて見えた。
地上の喧騒を忘れたように、澄み渡った空気が静かに漂っている。
伽耶は社殿の蔭に塩を盛ると穴を掘り、独特の模様が描きこまれた霊符を埋めた。
祓いと祈りの言霊を唱えると、拍手を打つ。
終わる頃には、空の色が変わりつつあった。
「はぁー、疲れた!」
伽耶が大きく伸びをした。
「お疲れさま。伽耶、夜ご飯を食べていきますか?」
「うん! そうさせてもらう。ありがとー」
「では、帰りましょう」
みさきに続いて車へ乗り込む。
「二人は明日も学校なのか?」
「明日は学校は無いよ。春休みだからね」
「春休み?」
「季節の変わり目は学校がお休みになるの」
「次に学校へ行くのは入学式ですね」
「でも、真魚が学校へ通うことが決まったら、改めて挨拶に行かないとね」
そんな話をしながら、帰路についた。
居間に入った途端、伽耶は長椅子に飛び込んだ。
あー疲れた疲れた、と身体を伸ばす。
みさきは、前掛けを着けると台所へ入っていった。
「みさき、今日の献立は?」
うつ伏せの身体をぐったりさせたまま、頭だけを上げた伽耶が話しかける。
「今日は何も準備をしていないので、鍋にしようかと」
「いいねぇー」
「白菜も消費したいですし、鍋もそろそろ終わりの季節ですからね。伽耶、コンロを出してもらっていいですか?」
「はーい」
伽耶は起き上がると、台所から謎の箱型の装置を持ってきた。
「これも驚くと思うよ!」
伽耶は箱型の装置を見せびらかすように机の上へ置くと、つまみを回した。
「おお、火が点いた!」
「移動型の囲炉裏のようなもので、料理を温かいまま食べられるんですよ」
「びっくりした?」
「ああ、驚いた。だが、驚き慣れてしまったのか、スマホほどではないな」
「まあ、スマホと比べたら、そりゃそうか」
伽耶は残念顔でつまみを捻って火を消すと、今度は椀と箸を持ってきた。
「はい、真魚、これを並べて?」
「適当でいいのか?」
「いいよー、働かざる者食うべからず、だからねー」
「確かにそうだな。みさき、なんでも言ってくれ」
「特に手伝うことはないですよ。もうできました」
そう言うとみさきは、鍋へ具材を山のように盛ってきた。
「さあ、食べましょう」
コンロに鍋を置くと、閉まり切っていない蓋を取る。
温かな湯気とともに食欲をそそる香りが立ち込めた。
色とりどりの具材が鍋の中でクツクツと揺れている。
「いただきまーす!」
伽耶が一番槍を突き立てた。
「あぁー、やっぱり鍋はいいねぇーあったまるー」
「うん、うまい」
「でも、お肉が入ってるけどいいの?」
箸を咥えながら、心配そうな面持ちの伽耶が問いかける。
「何が?」
「生臭坊主にならない?」
「そういう事か。出されたものは感謝して頂く事が何よりだ。お釈迦様も肉を食べていた」
「そうなの?」
「ああ。ただ、ちゃんと火を入れていなかったからお腹を壊していたが……。それに」
「それに?」
「美緒の身体を損ねるような事があってはいかん。今の時代に合った食事をすべきだろう」
なるほどーと呟いた伽耶は、安心したように再び箸を動かしはじめた。
「野菜がやけに美味しく感じるのう。これも一二〇〇年の進歩かな」
「みさきが畑を耕して、野菜を育ててるの。手間が違うからそりゃ美味しいよ」
「そうだったのか。まだ畑を続けていたのだな」
「ええ。真魚から教わった頃からずっと続けていますよ」
「えっ! みさきって真魚から農業を教わったの?」
「ええ。真魚からは言葉も畑も、人との繋がりも。全て教わりました」
「今では立場が逆転して、教えを乞う側だけどな」
「それなら真魚にも畑を手伝ってもらったら?」
「真魚にはお勤めがあるでしょうし、大きな畑ではないので大丈夫ですよ」
「手伝わせてくれ。働かざる者食うべからず。お勤めとは言うが、祈ることはどこにいても何をしていても、信心があればできることだ」
「でも、朝早いですよ」
「早起きは得意だ」
「そこまで仰られるなら、お願いしましょうか。では、朝五時に起こしますね」
「起こしてくれるんだな。わかった」
「あ、そうだ。真魚に渡しておくものがあったんです」
みさきは立ち上がると、棚の引き出しから何かを取り出した。
「これをどうぞ」
見ると数珠のようなものである。
「これは?」
「時計といいます」
「あー、確かにこれは大事だね」
「今が何時かわかるんですよ。腕を出して下さい。着けて差し上げます」
腕を差し出す。
「この世界では時間はとても重要です。皆この時間に沿って行動しているのです」
「スマホでも見られるけどね」
「今は十八時十四分ですね。二十四時になると一日が終わり、新しい一日が始まります」
「十二辰刻と基本は同じだな」
「一二〇〇年前にも時間の概念はあったんだ?」
「ああ、こんなに正確ではなかったがなぁ。都ではお役人のために鐘を打ち鳴らしていたが、庶民は太陽の高さで大体の時間を計っていたもんだ」
「太陽って……見る角度によって違うんじゃ……」
「まぁ、日の出と日の入りが基本の生活だからなぁ。正確な時間なんてのは必要なかった。むしろ、時間に縛られるとは、窮屈な感じがするよ」
時間が正確過ぎるのも考えものだ。
そんな話をしながら食べ続けていると、程なくして鍋は空っぽになった。
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