第二十八話/三月二十一日
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
広い玄関で靴を脱ぐと、案内されるままに伽耶の部屋までやってきた。
ずいぶんと物が多く、雑然とした部屋である。
「那珂彦は何者なのだ?」
「私にもよくわからない。兄貴は後継ぎだから何かと修業してるみたいだけど……」
引き出しを漁る伽耶の横顔に寂しげな影が差していた。
いくつかの品物を取り出しては次々と袋の中へしまっていく。
棚から透明の珠を取り出すと、一人に一つずつ手渡した。
「強い霊力を感知すると、この水晶珠が砕けるように術を掛けるから、無くさないでね」
「伽耶、針金はありますか?」
「この辺にあったはず」
振り向くと、藤で編まれた行李をごそごそと漁る。
「はい、どうぞ」
伽耶が細い銅色の針金を取り出した。受け取ったみさきは、器用に珠を包んでいく。
「こうしておくと、不意の衝撃で割れることがないでしょう。鞄にもつけられますし」
「さっすが、みさき!」
伽耶は素直に感心の声を上げた。
「さぁ、準備はできた。出発する前に父へ紹介するよ。こちらへどうぞ」
伽耶の部屋を出ると、廊下を何度か曲がった先に、重厚感のある木製の扉が現れた。
伽耶がコンコンと扉を叩く。
中から、どうぞ……とくぐもった声が聞こえた。
「父さん、いてくれて助かったー」
「おお……」
扉を開くと、白い衣に白紋の入った紫袴を身に纏った男が立っている。
手を挙げて応じた男は長身のやせ形で、顔色が病的に良くない。
隣には、落ち着いた鶯色の着物を着た老婆が腰掛けていた。
男とは対照的に鋭い眼光を放っているが、伽耶の声に相好を崩した。
「お婆ちゃんも来てたのね!」
「みさきちゃんが来ると聞いてね」
「土岐子、お久しぶりです。お身体の具合はどうですか?」
「この歳になると、身体が言う事をきかなくてねぇ。若いままのあなたがうらやましいよ」
「長く生き続けるのも、考えものですよ」
何気ない会話が二人の関係の長さを物語っていた。
「で、相談というのはその子の事かな?」
男がゆっくりと歩み寄ってくる。
「私は伽耶の父で藤宮嘉治と申します。あなたは?」
「儂は空海。遍照金剛の空海だ」
「なんと!」
「本当よ。みさきが嘘をつくとも思えないし、私もこの目で大日如来の姿を拝んだの……」
「では、先ほど空が金色に包まれたのも……」
「そう、その時に私は如来様と会った」
「ただの女の子に見えるけどねぇ」
土岐子が値踏みするようにジロジロと見回す。
「今は訳あって、法力を封じ込めているんです」
そう言うと、みさきは今日の一連の出来事を二人に話した。
「なるほど。私は信じますよ。伽耶もみさきさんも嘘を言うとは思えない。ですから、危険を冒して証拠を示す必要はありません」
嘉治は母の顔色を窺うように視線を移した。
「みさきちゃんと伽耶が言う以上、疑う余地は無いよ。二人を惑わすような術士であれば、私たちとて一たまりもないだろうし」
「信じてもらった所で、相談なんだけど……」
伽耶がおずおずと切り出す。
「真魚も高校へ通わせたいけど、ダメかな? 三人で一緒に行動した方が安全だと思うの」
「伽耶、簡単に言うがなぁ……」
嘉治は血色の悪い顔を更に蒼くした。
閉口する息子をよそに、土岐子が淡々と問う。
「お大師さま、あなたはどう考えていらっしゃいますか?」
「学校という所には興味がある。行ってみたいと思う」
「そうですか。それならば……」
土岐子は嘉治に向き直ると、諭すように語り始めた。
「私たちは人と人ならざる者を管理する責を負っている。それは一方的に排除するという事ではない。居るべき者を居るべき場所に居させる事なのです。わかるかね、嘉治」
「母さん……」
嘉治は呆れた顔をしている。
「つまり、学校に通わせてもらえるという事かな?」
「ええ。吉備津神社があなたを庇護します。私もみさきちゃんと通った学校の事、今でも楽しく思い出しますからね。伽耶にもいい経験になるでしょう」
みさきは静かに微笑んでいる。
「お婆ちゃん、ありがとう!」
伽耶は土岐子へ駆け寄ると、抱きついた。土岐子は伽耶の頭を優しく撫でている。
「うちの女衆は一度言い始めたら、聞かないからな。伽耶から相談があると聞いた時点で色々とあきらめてはいたが……」
嘉治の顔色が悪い理由がわかった気がした。
「嘉治よ、手間をかけるな」
「いやいや、まぁ、戸籍がある分、みさきさんよりはすんなり進むと思います。美緒さんの実家の連絡先を教えてもらえますか? 後は私の方で処理しておきますよ」
「ただ、追っ手の刃物少女のその後が気になるね。美緒は高野山へ行っていたんだね?」
「ええ、一週間前に高野山を訪れていたようです」
「……もしかしたら、御影明かしかもしれない」
神妙な面持ちで土岐子が呟いた。
「御影明かし?」
「高野山の秘術を護る一族がいると聞いた事がある。今までの情報から考えると、美緒はどうにかして秘術に辿り着いたのかもしれない。相手の出方を探るためにも、感知術を施しておいた方がいいだろうね」
「そうそう、これから感知陣を設置するつもりだったの」
そう言って伽耶は銅線で覆われた水晶珠を取り出して見せた。
「どこに設置するつもりなんだ?」
大きく息を吐き出して、長椅子に腰を落とした嘉治が伽耶へ問いかける。
「ここと、鬼ノ城、あとは備中福山かな、と思っているけど」
「それだけだと地脈を網羅できていない。正木山にも設置した方がいいだろう」
「麻佐岐神社ね」
「そうだ。神主さんには私から連絡しておこう」
「ありがとう。それじゃ、行ってきます」
伽耶は神社の境内へ出ると、早速、御神木である大銀杏の隣に感知陣を施した。
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