第二十七話/三月二十一日
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
今朝、鉄騎で駆け上がった山道を、ゆっくりと下っていく。
見上げると、木々の切れ間から陽光が降り注いでいる。
しばらく走ると、見覚えのある小高い山が姿を現した。
吉備の中山だ。山の端に荘厳な社殿がそびえている。
「立派な神社だな」
「あれが吉備津神社だよ。私の実家」
「えっ! あんなに大きくなったのか?」
「来たことあるの?」
「ああ。昔、みさきと一緒に何度か来たことがある。昔は中山の向こうに海が広がっていてな。社殿はいくつかあったが、こんなに大きくはなかった」
昔の情景が思い起こされる。
あの頃見えていた海は陸地になっていた。
今では林のように建物が並び立ち、波打ち際だった往時の面影は微塵もない。
吉備津神社は、みさきの父神である温羅と、温羅を征伐した吉備津彦命が祭神として祀られている。
神話の時代から続く由緒があり、一二〇〇年前に訪れた際は、すでに吉備国一帯の中枢を担う神社だった。
「そういえば、あの時は揉めたんだよな。鬼に見せる社殿はないとか言われて」
「それまで私は父の祀られている御釜殿を参拝することはできませんでした。いつも遠くから手を合わせて帰るだけだったのですが……」
「つべこべ言うから、錫杖で地面を割ってな。直接みさきを父に会わせてやろうとしたら、急に態度を変えおって」
「私が必死に止めたから……。それからは私も神格で顔パスになりました。それどころか今に至るまで、庇護を受けられることになって……。結果、真魚には悪役を押しつけてしまいましたね」
「結果としては良かったのかもしれんが、部外者が口を挟んで申し訳なかったと思ってるよ。若かったからかな。誰であろうとお参りの邪魔をするなんて、許せなかったのだ」
「真魚……」
「私のご先祖様は真魚に恫喝されてたんだね」
「そんな人聞きの悪い」
「まぁ、気持ちはわからないでもないかな。お参りを邪魔するなんて無粋だし。真魚がいなければ、今のようにみさきと仲良くはできていなかったかもしれないしね」
そんな話をしていると、吉備津神社の麓まで辿り着く。
車は神社を迂回するように、細い道へ入っていった。
大社殿を見下ろす場所に、伽耶の居宅はある。
みさきは建物に沿うように車を停めた。
「よっ、みさきちゃん」
車を降りるとすぐに、軽快な声がかけられる。
「っげ、兄貴……」
どうやら、伽耶の兄のようだ。
「相変わらず、渋い車に乗ってるね」
笑いながら、話しかけてくる。みさきも笑顔で応じた。
「それは褒めてるのでしょうか?」
「褒めてる褒めてる。ぜひ俺も乗せてほしいな」
「鬼の車に乗りたいなんて、奇特ですね」
「おや、そちらの女の子は? 初めましてだね」
返事をする前に、伽耶が不機嫌そうに答えた。
「みさきの友達よ。関わらないで」
「ほう、みさきちゃんの友達か。じゃ、俺とも友達になろうよ。俺の名前は、那珂彦。君の名前は?」
「真魚」
ぶっきらぼうに答える。こいつは……
「法力を使えるのか?」
「おっと、さすがはみさきちゃんのお友達。法力を感じられるのかい?」
「お前からは只ならない雰囲気を感じる。強かな法力の脈動を……」
那珂彦は白い一本の棒を取り出した。
口に咥えて指を鳴らすと、その先に火が灯る。
香とは違う、燻煙が漂った。
「俺の法力はこんなもんさ」
「ちょっと! 近くにいる時は吸わないでって言ってるでしょ!」
伽耶が口調を厳しくする。
那珂彦は笑いながら、手をヒラヒラと振った。
その笑顔の奥には自らの懐を探らせまいとする威圧感を感じる。
「みさきちゃん、ドライブに連れってってよ」
「残念! この車は三人乗りですぅ!」
伽耶が憎たらしげに答えた。
「また今度ね」
みさきが優しく諭すように言う。
「二人とも、私の部屋に行こ!」
伽耶に促され、みさきに続いて車から降りた。
那珂彦は煙を燻らせながら、またねーと手を振っている。
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