第二十二話/三月二十一日
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
仕組みはわからないものの、食い入るようにテレビに見入る。
知識の吸収には自信があった。
画面の中の一挙手一投足に集中し、この世界の情報を貪欲に取り込んでいく。
同時に、今日の出来事が脳裏に浮かんでは消えていった。
何が起こった? 何故襲われた? これから何が起こるのか? 美緒は何を考えている?
一人になったことで堰を切ったように疑問の波が押し寄せる。
しかし、すぐに一つの結論に行き着いた。
この世界の事をもっと知らねばならない。
そして、己の役割を見定める事だ。
一二〇〇年もご無沙汰だったのだ。
まずはそれからだろう。
「酔った……」
光と色と動きが激しすぎる。
情報収集の重要性を自覚していても、わずか半刻で集中が途切れた。
文字も文化も違うと理解が追いつかない。
「みさきの旧宅はどうなっているかな……」
気分転換に少し歩いてみるか。頭の整理にもなるだろう。
朝からの目まぐるしい展開に、多少の眠さを感じている。
しかし、一度眠ってしまうと二度と戻ってこられないのではないかという不安が、その選択を拒否していた。
腰掛から身体を起こすと大きく伸びをする。
立て掛けてあった錫杖を手に取り、玄関へ向かった。
外へ出ると薄ら寒さに目が冴える。
ふと目を移した庭からの眺めに足を止めた。
淡い空色を背に、鮮やかな緑と土。
遠く望む山の端まで、大地を切り貼りするように田畑が敷かれていた。
一面の荒れ野だった面影はなく、人家の屋根がポツンポツンと芽吹き、大きな道が十字を描いて横たわっている。
その寂莫たる景色に息を呑んだ。
時が経てど人の営みには変わりがない。
全てを包み込む大地の寛大さが胸を震わせた。
さぁ、行こう。向かうは鬼ノ城。
ゆっくり歩き始める。
庭から坂を下ると、鉄騎で駆け上がった山道へ出た。
記憶を辿り、鬼ノ城の方向へ歩を進める。
昔は急坂の獣道だった。
今はなだらかに塗り固められていて、歩きやすい。
景色を見ながら登っていくと、「鬼ノ城」の看板とともに矢印が見えてきた。
どうやらここから登れという事らしい。
何とも親切なことだ。
ただ、誰ともすれ違わないことに一抹の寂しさを感じる。
昔は山岳信仰が盛んで、修験者が多く居ついていたもんだ。
丘を越えると、そこには真新しい楼閣が建てられていた。
城のあった往時を模した意匠である。
周りを囲む石積みだけが、わずかに昔の面影を残していた。
「諸行無常よのう」
あの頃声を交わした者、一緒に飯を食った者、修業した者、全てはいなくなった。
石積みだけの遺構に思い出を重ねると、万感の想いが入り混じる。
寂しさとは少し違う、時の流れにポツンと置いて行かれた焦りに身が竦んだ。
楼閣からは吉備の平野が見渡せる。
目の前には光彩陸離たる景色が広がっていた。
風はささやかに木々を揺らし、緑が波打つように煌めいている。
空へ向かって一直線に伸びる道を辿ると、瀬戸大橋の白く巨大な橋梁へぶつかった。
瀬戸の海を抜けて、島々を越えて、彼方に讃岐富士の丸い稜線がぽっかりと浮かんでいる。
「この景色を見られただけでも、美緒には礼を言わねばならんな」
続いて、みさきの旧宅へと足を向けた。
昔は城の北の森にひっそりと住まいを構えていたはずだ。
記憶を頼りに探し回ってみるが、見当たらない。
そのうち、朽ち果てた一本の大樹に行き当たった。
見覚えがある。
ここにみさきの居宅があり、しばらく厄介になった。
しかし、今では草が生い茂るのみである。
「一二〇〇年だものなぁ」
改めて時代の流れに思いを馳せ、その悠久の刻に……
「……刻」
夢中になり過ぎた!
「もう一辰刻は経っておるぞ! 急いで戻らねば!」
急いでみさきの家へと引き返す。
玄関に辿り着いたところで、聞き覚えのある鉄騎の咆哮が山にこだました。
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