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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第二章 行きて帰りし旅路
54/61

布石 前編

遅くなって申し訳、本日分の投稿です

明後日からしばらくは投稿時間が遅めになるかもしれないです


 メンカルトゥールの森を、サンテリは歩いている。

 グルジアのチョハにも似た膝丈まである柳鼠やなぎねず色のコートの上から皮鎧を当てており、肩に髪と同じ濡羽色のストールを巻きつけている。

 背中には、青漆せいしつでもって塗り込められた柄がなんとも美しい長身ながみの槍を担いでいる。


 コートとストールは、去年の誕生日に啓吾とクリスタから贈られたものだ。

 里から見て霊峰アルプの向こう、モンメリアンの森のアルヴ族が好んで着る衣装を元に一から設えた力作である。


 槍は、同じ年に養父から譲られた。

 アルトゥーリが若い時分に愛用していた逸品である。


 サンテリたちは魔獣を相手にした実践を終えた帰りであった。

 目標であったソードラビットを単独でしとめ・・・、ラッセやイスモとの連携も特に瑕疵なくこなしたのである。

 すでに、ヨウシアからも三人揃って太鼓判を受けている。

 自然と彼らの足取りも軽いものだ。


(……それにしても)


 ふと、サンテリの顔が傍を向く。

 その視界に映るのは狩人たちが運んでいるロックボアである。

 死してなお、堂々とした威容を感じさせるその姿は大したものである。


(頑張って追いつかないとね)


 微かな微笑みを浮かべながら、サンテリは意気込みを新たにした。

 あれから六年、修行に修行を重ねてもなお、彼の親友は一つ高いところにいる。

 いつかその頼もしい背中に追いついて、肩を並べて戦うことがサンテリのしるべであった。


 そのサンテリの耳に、小さな舌打ちが聞こえた。


「ったく、バカじゃねーの」


 苛立ちを顔に表しているのはラッセである。

 彼の視線は列の最後尾で何やらクリスタと喋っている啓吾に向けられていた。

 イスモには兄の呟きが聞こえたのだろうか、宥めようとしている。


 あえて、サンテリは聞こえなかった振りをした。

 ことを荒立てても仕方のないことであるし、なによりイスモが気の毒であった。

 寡黙なこの少年にとってはラッセだけが唯一の味方なのである。


 サンテリは彼らの事情を知っている。

 いや、知ってしまった、というのが正しい。

 六年前のあの時からイスモを気にかけていたサンテリに、アルトゥーリがその重い口を開いたのである。


 縮れた赤墨色の髪に埋もれて平常には分からぬが、イスモには熊耳がある。

 ラッセの蜜柑色の髪から出ているのは猫耳だ。

 対して彼らの両親はというと、父ケビは焦茶色の髪で猫耳、母ドリスは代赭たいしゃ色の髪に犬耳である。


 ところで、アニム族が持つ獣のそれに似た耳と尻尾はほとんどの場合両親のどちらかを受け継ぐのが普通のことである。

 そして彼らの祖父母の代に遡っても熊の特徴を持つものはいないのだ。

 ではイスモが不義密通による子かというと、そうではない。

 彼の顔立ちは父ケビによく似ているし、細かい造作は母ドリスのものである。


 けれど、常道から外れたイスモの存在を受け入れられるほどに両親の心は強くなかったのであろう。

 最低限の世話と交流で育てられた彼には味方がいなかった。

 血の繋がった兄ラッセだけがその例外であったのだ。


 何がそれほどにラッセを駆り立てたのかは分からない。

 分からないが弟にだけは心を開いていたようで、なにくれとなく世話を焼いたのだ。

 ご飯が足りていないと見れば自分の分を分けてやり、時には台所から掠めてでも弟を飢えさせないようにした。

 両親もまた、それを咎めることはさすがにできなかったようである。


 このことを語った時、アルトゥーリは、

『おそらく、あの兄がいなければイスモがまとも・・・に育つことができたのかどうか……。少なくともあれほど頑丈な体に鍛えられたのはラッセのおかげであろうよ』

 そう言って頭上を睨みつけていた。


 アルトゥーリとて思うところはあったようだが、妥当な理由もなしに他人の家庭へ表立って介入できるほどには里長の権力は強くない。

 もしもイスモが危急を訴えたり、飢えるほどに無視されていれば堂々と介入し場合によっては二人目の養子にすることも考えていた。

 しかしながら、幸か不幸かイスモはラッセのおかげで困窮することはなかったのだ。


 アルトゥーリはこのことをサンテリ一人の胸に納めるように言い含めた。

 それゆえ、啓吾やクリスタにも伝えてはいない。


『できうるならば、あの二人とも仲良くしてやることだ』


 アルトゥーリはそう言った。

 味方が増えるだけで随分違うのだと、そして時間と共に彼らが大人になれば両親からの束縛に抗えるようになるだろう、というのである。

 不思議なことにラッセはそれほどサンテリを毛嫌いしていない。


 今では、会えば多少の会話を交わす程度には仲がいいのだ。

 イスモもサンテリにはよく喋るようになった。


 思い定めたかのようにサンテリは一つ頷いた。

 濡羽色の豹耳が震え、すぐ後ろを歩いている二人の声を拾い始めた。


「俺だって、すぐにあれくらい……」

「ねえ、ラッセ」


 徐ろに振り向きながら、サンテリはブツブツと呟くラッセに声をかけた。

 顔を上げたラッセは不機嫌ながらも敵意はないようである。


「なんだよ」

「剣は誰に習ったんだい? ひょっとしてヘルマンニ老師?」


 ヘルマンニとは、ヨウシアの前に戦士を取りまとめていた老人である。


「……オヤジだよ。オヤジはヘルマンニ老師に学んだつってた」

「なるほど、それで剣筋が似てたんだね」

「それがどうしたっての」

「ううん。随分やりこんだんだなって、一年やそこらじゃできることじゃないよ」

「……褒めても、なんもでねえぞ」


 そっぽを向くラッセの顔はほのかに赤く染まっている。

 こういう褒められ慣れていない彼のうぶ・・な仕草はサンテリも嫌いではない。

 ついつい、兄の後ろで微笑むイスモと目配せをしながら忍び笑いを漏らしてしまう。


「ちぇっ、なんだよ」

「……兄さん、が、照れてる」

「んなっ……!」

「ふ、ふふ」

「ば、ばかにしやがって」


 拗ねてしまったのか足音も荒くラッセが先に行ってしまう。

 その横顔は先ほどよりもさらに赤みを増しているようであった。


「あはは。怒らせちゃったかな」

「……大丈夫。恥ずかしい、だけ」

「そっか」

「……そう」


 サンテリの横に並んだイスモは穏やかな笑みを浮かべている。

 六年の歳月が随分と大人びた落ち着きを彼にもたらしたようである。

 啓吾を特別とすれば、ともすると同年代で最も成長したのはイスモではないか、と時折サンテリはそう思う。


「ちなみにイスモは誰に習ったんだい?」

「……ニコ、老師」

「どうりで強いわけだ」


 ニコは牧場のパーヴァリ翁の兄に当たり、槍と盾を巧みに遣う戦士である。

 すでに老境に差し掛かっており肉体の衰えは隠せないが、卓越した技量は健在だ。

 ここ数年は戦士として働くよりも里の若者を捕まえて後進を探しているとは聞いていたが、その中の一人がイスモであったとはサンテリも知らなかったのである。


 微笑みを浮かべて隣を見たサンテリは、そこで凝然とした。

 イスモがどこか寂しそうな目をしていたのである。


「……老師は、僕に、才能が、ないって」

「それ、は……」


 とっさにサンテリは言葉が出なかった。

 老師と呼ばれるほどの達人が、そこまで断言するのはそれだけの意味がある。

 例えば、早いうちに諦めて自分にあった道を探させるためであろうか。


「……でも、食らい、ついてくる、姿勢が、嫌いじゃない、って」


 思いの外、イスモは気にしていないようである。

 むしろどこか誇らしげにそう言うと、微笑みすら浮かべてサンテリを見つめた。


「……だから、やれるだけ、やって、みる」

「そっか。……イスモは強いね」

「……そうか、な?」

「そうだよ」


 莞爾として、二人は笑いあった。


「これからもよろしくね、イスモ」

「……こちら、こそ」


 二人の前腕ぜんわんが交差する。

 背中を預けることを意味する、里の戦士たちが使う挨拶のようなものである。


「なにしてんだよっ、置いてくぞ!」


 しびれを切らしたラッセが前の方で声を上げた。

 黒歌鳥の鳴き声が遠く聞こえている。





 オーストレームの里、知恵の館近くの裏通りに一際大きな店構えの鍛冶屋がある。

 石造りのがっしりとした店先から垣間見える工房はどうにもとっ散らかっているのだが、その中で煌々と燃えさかる炉がなんとも言いようもない雰囲気を醸し出している。


 実のところ、この鍛冶屋で里の武器のほとんどを一手に引き受けている。

 それだけの鍛治師が揃っているのである。

 ここで働く五人それぞれが確たる技術を持っており、その中の三人に至ってはヴェルノルク山のドヴェルグの元で修行した匠なのだ。


 ヤーキマは、その筆頭と言っていい鍛治師である。

 茶鼠ちゃねず色の剃り上げた髪から熊耳を覗かせ、角ばった顔立ちに渋面を浮かべながら、七尺はあろうかという長身で一心不乱に鎚を振るう姿は凄まじい迫力がある。

 まだ五十を過ぎない中堅どころの年齢にもかかわらず、天性の才と不屈の努力でもって師匠のドヴェルグから秘技を授けられたというから驚きである。


 そのオーストレームの里で一番の鍛治師、ヤーキマであっても何を持って作られたのか分からずじまいであったのが、啓吾が履く打刀と短剣クレドである。

 本人は忸怩たる思いもあったようだが、おかげで啓吾との交流が生まれたと言って過言ではない。


 いま、その啓吾が鍛冶屋の扉をくぐろうとしていた。

 両手にはあのロックボアの魔核と角一つを抱えており、後ろに続くクリスタの背負い籠には毛皮の一部が詰め込まれている。


 開け放たれた扉の向こうには、矢だの砥石だの消耗品を陳列した棚と巨大な木製のカウンターがあるだけである。

 既製品を作り置きしておくほどにこの里は大きくないのだ。


 来客に気付いたのだろう、カウンターの上で鉱石を眺めていた男が立ち上がった。

 天井に届かんばかりの長身の持ち主はヤーキマに他ならない。


「ンア、いらっしゃい。……エリアスか!」

「うん。仕事を持ってきた」

「フーム。こりゃ立派な魔核だわなあ」


 言いながら、カウンターを乗り越えたヤーキマの視線は啓吾の持つ魔核に吸い寄せられている。

 あの巨大なロックボアから取り出された魔核は、さしわたし一尺はあろうか。

 同じ魔獣から取れるそれが平均五寸もあればいいことを鑑みれば、やはり尋常のものとは言いがたい。


「これなら、作れるか?」

「前に言ってたへんちくりんな槍のことかあ……」


 言葉にならない呻き声を漏らしてヤーキマが沈黙した。

 その目が、ロックボアの素材や魔核を行き来し、しまいには虚空を睨みつけた。


 変な槍、とは上鎌あがりかま十文字槍じゅうもんじやりのことである。

 これを啓吾はどうにか手に入れたいのである。

 無名流を創始した橘無雲むうんはどうやら宝蔵院ほうぞういん流を学んだようで、十文字槍による槍術を残しており、その型にも類似する点が多く見受けられる。

 つまりは啓吾が十全に槍を振るうにはどうしても十文字槍が必要であったのだ。


 それゆえ、啓吾は以前からヤーキマに相談していた。

 しかしながら啓吾の技量に見合った頑丈さや諸々(もろもろ)を鑑みるに、とてもではないが材料が足りない、というのがこれまでのヤーキマの結論であったのだ。

 自然、少年は真剣な目で思案する鍛治師を見つめている。


「できないこともねえな」


 随分と時間をかけて、絞り出すようにヤーキマはそう言った。

 当然に啓吾の顔が喜色に満ちる。

 ずっと後ろで黙っていたクリスタも、どことなく嬉しそうである。


「本当か!」

「安くはねえぞ? 少なくともミスリルは仕入れなきゃならねえしなあ」

「それは構わない。得物に金をケチるのは阿呆のすることだ」

「しゃあねえなあ。あんたの頼みだ、やってみようか」


 そう言いながらもヤーキマの顔色は満更でもない様子である。

 生来の職人肌であるこの男、やりがいのある仕事が好きなのだ。


 二、三の打ち合わせを済ませると、啓吾とクリスタは追い出されるようにして鍛冶屋を後にした。

 無論、抱えていた素材は置いてきている。

 二人が思わず顔を見合わせている内に、工房の方が騒がしくなった。

 どうやらヤーキマが嬉々として働きだしたようである。


「よかったね。お兄ちゃん」

「本当に、な」


 無邪気な笑顔を浮かべる妹の頭を啓吾が撫でた。

 クリスタの尻尾は左右に揺れている。


【脚注のようなもの】

チョハ……旧ソ連の構成国、グルジア(またはジョージア)の民族衣装。丈が長い、おしゃれなコート。風の谷のナウシカのあの衣装の元になった服だと言われている。

柳鼠色……薄い緑がかった灰色。上品な風合いがなんとも綺麗な色。

青漆……深く渋い緑色の漆塗り。漆に藍などを添加することで独特の色合いが出てくる。

長身の槍……”ながみ”と言う場合、穂の部分が長い槍を指す。具体的には凡そ刀身が一尺を超えるもの。

代赭色……”赭”は赤土を指し、代赭色は赤土から作られる天然の顔料の色を指す。明るい茶色。

上鎌十文字槍……左右に突き出た鎌の先が上に向かって反り返っている十文字槍のこと。

宝蔵院流……十文字槍で著名な流派。著名な使い手に高田又兵衛や川路聖謨がいる。


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