布石 後編
今日は少なめで申し訳。
そんなわけで本日分の投稿、割とむさ苦しい話です。
薄暮。どこかで柄長鳥がさえずっている。
仕事を終えた人々が帰宅の途につき、北庄の牧場ではアウィたちに誘導されてモンスが畜舎へと入っていく。
オーストレームの里の一日が終わろうとしていた。
その一方で、人目を憚るように里長の館へと集まった者たちがいる。
アルトゥーリはもちろん、アネルマ、ヨウシア、それからカレルヴォ、イェオリ、ヤンネ、アンティア、リューリ、ヤルマリの六名の戦士である。
部屋の片隅に座り込み杖に寄りかかっている老婆を除いた面々は車座になっていた。
「婆様、よいか?」
里長の問いかけに、アネルマが首を縦に振った。
いつになく真剣な表情で目を瞑る老婆からは仄かな光が立ち上っている。
彼女ほどに精霊魔法を遣う者なればこそ、冥王のしもべからこの場を包み隠すこともできるのである。
アルトゥーリに無言で促され、ヨウシアが口を開いた。
「ここに集まった以上、みんな概要は理解していると思う。これから話すことは口外無用、それぞれの身を守る為にも胸の内に収めておくように」
全員の肯定を確認して、ヨウシアはさらに続ける。
「魔法使い殿や里長の見解では、早晩“穢れた山”のゴヴリンが不撓砦に攻め寄せてくると読んでいる」
不撓砦とは、穢れた山の北、ドヴェルグ族の国ヴェルノルクへと繋がる坑道に築かれた砦のことである。
ゴヴリンがヴェルノルクを攻めるのであれば、これを無視することはできない。
「おそらく、その際には精霊の峰にも軍勢が差し向けられることになるだろう。あそこは冥王のしもべにとって無視できない場所だからね」
集まった戦士の顔が厳しく引き締まった。
精霊信仰が厚い種族にとって、それは悪夢に他ならない。
「したがって、ここに集まったみんなには精霊の峰への援軍になってもらう」
「……師父。里の防備は、どうします」
「そちらは里長と私、それに妻が出張る予定だ。少なくとも奴らが責める前に見つけ出し、守りきることは約束するよ」
何人かが安堵の吐息を漏らした。
三人が人並みはずれた達人であることを、ここにいる者はよくよく知っている。
彼らがいる限りは里の安全は保たれるだろう。
場が落ち着いたところで、ヨウシアは二人の戦士に顔を向けた。
「里長とも話し合ったが、向こうの戦士たちも含めて今回のリーダーはカレルヴォに、補佐はヤルマリに頼もうかと考えている。いいね?」
「……了解です」
「承った」
言われた二人がそれぞれに頷きを返した。
カレルヴォは戦士の筆頭株であり、ヤルマリは実践も経験している猛者である。妥当な判断と言ってよい。
周りの反応も好意的である。
ふと、それまで黙って腕を組み髭を撫でていたアルトゥーリが口を開いた。
「……カレルヴォ」
「はっ」
「里を離れれば、おぬしに全ての裁量を委ねる。流れを読み、的確に行動することだ」
「……っ!」
思い切りの良い発言である。
よほどの信頼がなければ、こうは言えない。
さすがにカレルヴォの表情が引き締まっている。
「よいな」
「最善を尽くします」
「なれば、よい」
覚悟を込めて返した弟子に、アルトゥーリは微笑みを浮かべた。
こういう時、彼は頼り甲斐のある弟子たちに囲まれていることを感謝せずにはいられなかった。
「さて、先に進む前に、言っておきたいことはあるかい?」
空気を入れ替えるかのように、勤めてヨウシアは明るくそう言った。
とはいえ適当な発言というわけでもない。
どのみち、詳しく打ち合わせる前に不満があれば聞き出しておく必要があったのだ。
「……失礼ながら」
徐ろに口を開いたのはイェオリである。
錫色の髪から飛び出た犬耳は左右に広がりながら後ろに引いている。
何を言い出すのかすでに察しながらも、ヨウシアは柔和な笑みを浮かべて問いかける。
「どうしたのかな?」
「今回の任務、アンティアには早いと思います」
「……ッ、イェオリ!」
「未熟な奴を連れて行って無駄死にさせる必要はありません!」
アンティアが顔を紅潮させて悲鳴のような声を上げた。
憤懣とも慨嘆ともつかぬその表情に、イェオリはしかし応えることなく言い切った。
皆が憮然とする中、ヨウシアは落ち着いた様子でイェオリに答えた。
「はて。私の知る限り彼女は十分な技量だと思うけれど?」
「それでも俺の方が強い、です」
「……ッ!!」
「ふ、ふふ。殺し合いというのは、時の運もあるんだよ」
なんともいえぬ顔色を隠すことなく、ヨウシアはそう言った。
その仄暗い表情に誰もが言葉を失っている。
先ほどまで激昂していたアンティアまでもが、悄然として項垂れた。
逆に義憤に駆られて声を荒げたのはイェオリの方である。
「……っ、そんなところに貴方は弟子を送り込むのかっ!!」
言ってから、イェオリは「しまった」という顔を見せた。
彼とてヨウシアがそんな人物でないことは分かっていたのである。
「君は、私が好き好んで皆を送ろうとしている、と。そう思うのかい?」
ヨウシアは声を荒げていない。
むしろ、阻遏に耐え忍ぶような顔なのである。
もとよりヨウシアは自ら最前線に立とうという性分なのだ。
状況が許すのならば、とどれほど思ったことか。
しかし、彼が、いやエミリアやアルトゥーリの誰かが抜けても里を守れるかは分からない。
それほどに“穢れた山”のゴヴリンは数が多く、厄介な狡猾さを持っている。
三人と残された面子で里を守れるのかも実のところ危うい。
それでも守りきると、この男は思い定めている。
彼らの背中には家族の命が、仲間の命が、帰る場所かかっているのである。
「すまない」
だからヨウシアは頭を下げた。
危地へと送る仲間たちに詫びることに、ためらいはない。
皆が唖然とする中、間断なくアルトゥーリが口を開いた。
「儂からも謝ろう。皆を戦に送らねばならぬ不甲斐ないこの身を許してくれ」
そう言って彼もまた頭を下げた。
もとより、この男も思うところはあったのである。
さすがに色めき立った面々が声を上げる。
「そんなっ!」
「……我々は、やることをやる、だけです」
「そうです。頭を上げてください!」
皆の懇願を受けて、二人がようやく顔を上げた。
ここまでされてはイェオリも文句は言えなかった。
彼とて、戦士になった時から命を捨てる覚悟はできている。
「……ありがとう。無茶を頼むが、生きて帰ってきてくれ」
そう言ったアルトゥーリの様は篤実としか言いようもない。
一同の頷きが重なった。
夜が更けていく中、里長の館の灯は遅くまで耿然と照らされていた。
【次回投稿について】
明日は仕事の関係で投稿が遅くなります。多分夜10時過ぎかな、もしくは11時。申し訳ない。
【脚注のようなもの】
薄暮……日没後の黄昏を指す。地平線が細長く橙に染まる頃。
柄長鳥……スズメ目の鳥。小さな体だが尾が長い。柄が長い柄杓に例えられたことからこの名前がついた。顔が可愛い。
不撓……どのような困難にあっても挫けないこと。不屈不撓とも言う。
慨嘆……憂い嘆くこと、また憤り嘆くこと。「このままでは……!」「そんな……!」「ウァァアアアン!」
耿然……明るく光るさま。光り輝くさま。




