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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第二章 行きて帰りし旅路
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メンカルトゥールの森 後編

こそっと更新、本日の投稿分です。

兄妹のいちゃいちゃだよ、いちゃいちゃ(死語?)


 あれから数羽のテイルバードとソードラビットを射止めたクリスタとヤーンは里への帰途であった。

 この時期、春の陽気に当てられて魔獣が活発に動きだす。

 場合によってはもう一狩りしても良いのだが、さすがに二人の背負い籠もいっぱいになっていた。


 不意に、クリスタが立ち止まった。

 クンカクンカと鼻を動かした少女の顔が嬉しそうに笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんだ!」


 クリスタが満面の笑みで振り向いた。

 思わずヤーンまでもがつられて微笑んでいる。


「どちらですかな」

「あっち、魔獣の匂いもするから戦ってたのかも!」

「ほぅむ。そういえば今日は戦士の試しが行われているそうでしたな」

「ね、ね。おじいちゃん、行ってみてもいい?」

「ふふ。構いませんぞ」


 帰りの道であれば共に行動する方が危険が少ない。

 それゆえ、こういった時に同道するのは何も珍しいことではない。

 ヤーンは間断なくクリスタの提案を承諾した。


 啓吾たちはすぐに見つかった。

 クリスタも知る解体を専らとする狩人たちが連なって今日の獲物を運んでいるのだ。

 とりわけ大きなロックボアなどは六人がかりで運んでおり、戦士たちは狩人全員を囲むようにして守っている。


「お兄ちゃん!」


 妹の声に、最後尾を歩いていた啓吾が素早く反応した。


「ん? ああ、クリスタか」

「ああってなにー」

「わかったわかった」


 じゃれつくクリスタに周りは苦笑するしかない。

 彼女がどれほど兄を慕っているか、この里で知らないものはいないだろう。


「はてさて、これはまた立派なものですなあ」


 ヤーンなどは気にも止めずにロックボアを眺めている。

 この老人にとっては兄妹のじゃれ合いは十二分に見飽きた光景であった。


「だろ?」

「こらっ、ティア。言葉遣い!」


 声を掛けたのはアンティアであった。

 追いかけてきた方はリューリである。


「ホッ。構いませぬて、ティアは昔からこうですからな。リューリも気にせぬことです」

「すいません、ヤーン老師」

「言ったじゃない、リューリが固いんだって」

「ティア!」

「ホッホ。……ところで、試しの方はいかがで?」


 ヤーンの問いかけに、ティアとリューリが顔を見合わせた。


 新たな戦士の登場というのは狩人たちにとっても重要なことである。

 森の中では共闘することもあれば、戦士になれなかった者が狩人に立候補することもある。

 それゆえにヤーンは事情をよく知るであろう彼女たちに声を掛けたのだ。


「悪くないとは思います。特にサンテリくんは素晴らしいですね」

「確かにね。一人でソードラビットを倒してたし、森での動き方もよくできてた」

「ふむ。さすがは、というところですな。残りの二人は?」

「ウヘ、そんなことまで知ってんの」

「それなりの耳は持っとりますでな」


 白い鹿耳を振るわせてヤーンが答えた。

 このお茶目な仕草をすると若いものは苦笑しながらも滑らかに答えるものである。 

 ところが、アンティアもリューリも口が重い。


(はて……?)


 良かったにせよ悪かったにせよ、この二人が言い澱むようなことでもないはずである。

 訝しく思いながらも、ヤーンは口を開いた。


「よほど悪かったりしましたかな?」

「いや。そんなことはなかったけどなあ」

「ええ、ラッセくんは隠れるのも探索もうまかったですし、イスモくんの盾はよく訓練されていました。将来的には戦士として活躍できると思いますよ」

「だよな。あの二人で組ませたら今でも十分働けるだろうね」

「はて、それでは……?」


 言い澱みながらも言葉を紡いだのはリューリの方であった。

 アンティアはどこか、不機嫌にも見える。


「ラッセくんはどうにもエリアスのことが気になるみたいです」

「ほぅむ。そういえば彼は人間のことを嫌っておりましたな」

「ありゃほとんど病気だね。恨み骨髄、ってやつでしょ」

「もう、ティアったら」


 叱るリューリも思うところがあるのか、その語勢はさほど強くもない。

 兄弟子の啓吾への思い入れを鑑みても、この二人がそれほど言うのは滅多にないことである。

 思わず、ヤーンの右手が己の鹿耳へと伸びた。

 耳先をつまむようにしてしまうのは彼の癖である。


「ふうむ」


 鼻息を漏らす老人は何を考えているのか。

 アンティアとリューリは再び顔を見合わせる他になかった。


 一方、クリスタは啓吾の体のあちこちに自分の鼻を押し付けている。

 押し付けて匂いを嗅いでいるのである。

 鍛錬の末、彼女は嗅覚を頼りにある程度の情報を引き出せるようになっている。

 無論、エミリアの指導によるのは言うをたないだろう。


「……気が済んだか?」

「うーん。これはティアさんとリューリさんの匂い? あ、ひょっとしてロックボア狩ったのもお兄ちゃんだ」

「おーい。まだかー」

「いいじゃない。少し練習台になってくれても」

「……はあ」


 まとわりつかれながら歩くのはそれなりに苦行である。

 にもかかわらず文句らしい文句を言わないあたりは啓吾も随分と妹に甘い。


 そこに、近寄ってくる男がいる。


 六尺ほどの身の丈を無駄なく鍛え上げており、印象的な切れ長の目元を持ったなかなかの美男子で、背中まで垂れたすず色の髪を後頭の高いところで結んでいる。

 その髪の毛から覗いているのは狼の耳である。


 この男、名をイェオリと言ってアンティアの従兄弟に当たる。

 里の戦士では筋骨隆々としたヴァルネリと小腹の出た力士のようなディックの二人とは幼馴染であり、自然と年頃の女たちからは人気が高い。


 そのイェオリが詰め寄るようにして啓吾に声を投げかける。


「ふんっ。妹とじゃれつきながらご帰還とはいいご身分だこって」


 噛みつくような鋭さで言いすてるイェオリに、けれど啓吾たちは気にした様子はない。

 むしろ友人でも迎えるような気軽さでもって口を開いた。


「ん、イェオリ先輩か。おつかれさま」

「おつかれさまー」

「お、おう、おつかれさ……。じゃねえよ!」


 激昂したイェオリが地団駄を踏む。

 それがまたなんとも滑稽な仕草で、少し離れたところからアンティアやリューリにまで笑われているのだが、本人は気づいた様子もない。

 それを、クリスタだけがどうにも不思議そうに眺めている。


「どうしたんです。そんなにいきりたって」


 片眉を上げながらようやく啓吾がまともに答えた途端、イェオリは仕切り直すかのように渋面を作って見せた。


「けっ、森の中で遊んでんじゃねえよ」

「遊んでないよ?」

「そういうのを遊んでるっつうんだ」

「……なんで意地悪言うの?」

「い、いじわ……」

「言ってやるな、クリスタ。先輩は好きな人と一緒に過ごせなくて拗ねてるんだよ」


 恬然てんぜんとして取り合わなかった啓吾が、肩をすくめて見せながら妹にそう言った。

 イェオリの態度に不機嫌さが滲み出ていたクリスタも、

「ふーん、なんだあ」

 と言って途端に矛を収めてしまった。


 この不器用な先輩戦士が一回り近くも年下の従姉妹に懸想しているのは公然の秘密、というものであった。

 知らぬは当の二人のみ、なのである。


「おま、お、おまえ……!」

「いい加減言ってあげたらどうです。待っていると思うけど」


 言われたイェオリが、俯いてしまった。

 彼が年の差を気にしていることを啓吾は知っている。


 知っているのだが人間よりも長生きするアニム族にとって、一回りくらいの歳の開きはそれほど問題ではないとも思っている。

 どちらも成熟した大人で、どちらも働き盛りなのだ。

 ヴァルネリの妻も九歳ほど夫より年下だが、円満な夫婦として知られている。


「……お前には関係ねえだろ」

「しかしなあ。肝心なことを言わずに過保護なのもどうかと思いますが」

「お、お、お」

「お?」

「……お前やっぱり嫌いだぁああ!」


 叫びながらイェオリが走っていく。

 なんとも哀愁をさそうその姿は、じきにカレルヴォに捕まって止まった。

 森の中での奇行をさすがに咎められているようである。


「嫌われちゃったね」

「ま、大丈夫だろ。悪い人じゃないしな」

「ふふ。そうだね」


 兄妹の呑気な台詞が森に溶けていく。

 どこかで、黒歌鳥が心地よさそうに鳴いていた。


【脚注がないのでキャラの雑記】

ヤーン……お茶目な老狩人。クリスタを指導中。技能は随一。どうしても照れているように見える作者は病気。

イェオリ……初登場のかませ犬、ではない。戦士としては有能、ただしポンコツのツンデレ的なにか。アンティアにお熱。

ヤンネ……ヨウシアの弟子その1。寡黙な実力者。

アンティア……ヨウシアの弟子その2。腕は悪くないが感情に波がある。昔はかっこいいお兄さんだったイェオリに仄かな恋心を抱いているが、果たして。

リューリ……ヨウシアの弟子その3。丁寧な口調が特徴。索敵能力が高い。アンティアとは昔馴染み。

カレルヴォ……アントゥーリの弟子その1。戦士の中では随一の強さ。なにやら悩みを抱いている様子。

ディック……アントゥーリの弟子その2。カレルヴォに継ぐ実力者。力士体型のおっちゃん。

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