戦士たち 後編
そーっと投稿。
今日は早めに時間が取れました。
今回は後書きにイラストがありますので、嫌いな方は非表示設定をお願いいたします。
「ラッセ、準備を」
「……ッ!」
ラッセが、憤然として立ち上がった。
ひったくるようにして手に持ったのは差し渡し二尺ほどの丸盾と木太刀である。
向かい合った圭吾も、すでに木太刀に持ち替えている。
啓吾を睨みつける目が激情に揺れている。
ラッセが弟を溺愛しているのは周知のことであった。
弟が打ち負かされた怒りなのか、侮っていた相手への屈辱なのか。
あるいはもっと別の感情なのか。
そこまでは啓吾には分からない。
しかしつい先ほどまでの侮蔑的な油断は、少しもないようであった。
「……覚悟しろ」
「いつでもいいぞ」
言いながら啓吾は木太刀を正眼に構えた。
もとより、油断はない。
「……はじめっ」
「ッセイ!」
ヨウシアの掛け声と共にラッセの猛攻が始まった。
丸盾を脇に引き付けながら次々と打ち込まれる剣筋はなかなかに鋭い。
弟と同様、こちらも昨日今日で身につけたものではないらしい。
躱し、受け流し、啓吾はそう見極めた。
一方で、攻め立てるラッセも啓吾を見極めようとしていた。
しかし泰然として攻勢にも出ない相手に隙一つ見出せないのである。
これならば剣を教えてくれた父親とやりあう方がまだ勝機があるのでは、とまでラッセには思えてしまう。
「……っ」
やにわに、啓吾がひらりと飛びすさった。
ラッセは追撃しようとして、できなかった。
自分に向けられた木太刀から吹き出る威圧感が、それを許さなかった。
啓吾が八相へと構えを変えた。
「チェイ!」
裂帛の気合いと共に啓吾が打ち込む。
ラッセはそれを盾でまともに受けてしまった。
「……ぐっ!?」
受け流せなかった強烈な衝撃に、ラッセが後ずさる。
躱すべきだった、と気づいても後の祭りである。
その後も数合は耐えたが、じきにラッセは崩れ落ちた。
啓吾の木太刀がその首に添えられる。
「そこまでっ」
ラッセには、ヨウシアの声が遠く聞こえた。
すぐにイスモが近寄ってきて助け起すのだが、それすらもどこか他人事に思えたのである。
啓吾はすぐに木棒に取り替えて、次のサンテリに備えようとしている。
その姿には疲労の色も見えない。
(……俺は、負けたのか)
目の前で繰り広げられる戦いをラッセは呆然と眺めていた。
かつての“本の虫”と“意気地なし”は凄まじい槍捌きを見せつけている。
先ほどのラッセやイスモとの試合などとは比べるべくもない。
稽古場を縦横無尽に飛び回りながら干戈を交えているのだ。
それでいて、どちらも実に楽しそうな顔をしている。
見れば、周りの戦士たちも感心した様子で二人を見守っている。
(俺は、間違ってたっていうのか……?)
半ば無意識にラッセは弟を仰ぎ見た。
イスモは啓吾たちの戦いを見ることもなく、ただ兄に寄り添っている。
縋るようなイスモの目がラッセを射抜いた。
(そんなことっ。あってたまるか……!)
ラッセが激しく頭を振った。
同時に、サンテリの木棒が弾き飛ばされる。
湧き上がる観衆の中、イスモだけが兄を見つめていた。
試合の後、戦士たちは車座になって三人の新人について是非を論じていた。
当人たちは少し離れたところで固唾を飲んでそれを見守っている。
議論は白熱した。
サンテリの技量が賞賛される一方で、ラッセとイスモへの意見は分かれた。
健闘は認めるものの特筆するまでの技量はない、というのだ。
一通りの意見が出尽くしたところで自然とヨウシアに視線が集まった。
戦士たちのまとめ役になって九年、それ相応の信頼を彼は勝ち得ていた。
ヨウシアの目は息子に注がれている。
「……エリアスはどう思うんだい? 実際に矛を交えた相手として、ね」
場がざわめいた。
それも当然である。
啓吾がアッツォやラッセから蔑まれていたことは知られている。
ヨウシアは何を考えているのか、と非難がましい目を向ける者すらいる。
しばしの沈黙の後、啓吾は徐ろに口を開いた。
ヨウシアはただ微笑みを浮かべて答えを待っている。
「そう、ですね。まあサンテリは十分に過ぎるかと」
「過ぎる、ね」
「ええ。十分過ぎるので二人が損しているだけ、でしょう」
「つまり?」
「イスモもラッセも技量は十分。やる気はあるようだし基本はできてる。筋も悪くない。足りないのは経験だけです」
「ふむ、なるほどね」
一同が再びざわめく。
啓吾の言葉は割合に公平なものであったし、ラッセへの恨みもないように見えたからである。
一方のヨウシアはただ、満足げな微笑みを浮かべて相槌を打つだけであった。
父が何を意図したのか、啓吾はなんとなく察していた。
ヨウシアほどの人物が彼らの技量を見誤るとも思えない。
啓吾が言うことに、何かしらの意味を見出しているのだろう。
「俺は十年以上剣を振っていて、サンテリも六年。いま比べても仕方ないことです」
「それは、これから先は分からないと言うのかな」
「当たり前です。二年後、三年後、負けているのはこちらかもしれない。先のことは誰にも分からない」
「ふ、ふふ。それじゃあその時、啓吾はどうするんだい」
「今もこれからも俺は己自身を鍛え続ける。それだけです」
いつの間にか稽古場は静まり返っていた。
それぞれ、啓吾の言葉に思うところもあるのだろう。
一同を見回したヨウシアが、一つ頷いて口を開いた。
「異存はないようだね。それでは三人とも次の試しに挑んでもらうとしようか」
皆がヨウシアに頷きを返す中、ラッセの鋭い視線だけが啓吾へと向けられていた。




