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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第二章 行きて帰りし旅路
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戦士たち 中編

遅くなって申し訳

今夜もそーっと更新します


 あまりにひどい汗の量に啓吾は裏手の井戸で体を流していた。

 こういう時のために常に着替えと厚手の手拭いを持ってきているのである。

 と、桶からたっぷりと水をかぶった啓吾に手拭いを差し出した者がいる


「ほれ」

「ああ、ヤンネさんか」


 手拭いを受け取りながら啓吾は笑顔を浮かべた。

 啓吾の前に立っているのは陰気臭い顔の男である。


 ひょろりと細長い体躯に引き結んだようなまなじりで、肩口より長い錆鼠さびねず色の髪を無造作に結んでおり、その合間から薄い犬耳が垂れている。

 それでいて口調もぼそぼそとしているから、どうにもすっきりしない。


 このヤンネという男、啓吾よりも前からヨウシアに師事している戦士でなかなかの実力者である。

 それどころか見た目に違って篤実な人格者なのだ。


 里にやってきたばかりの頃はヨウシアの一家をよく支えてくれたものである。

 啓吾やクリスタのおしめ・・・を変えたことがある唯一の門弟、ということになる。


 彼に言わせれば、

「……師弟なれば。家族も同然、ですから」

 ということになる。


 今でも季節の折々の挨拶はもちろん欠かしたことがないし、昨日、啓吾が訪れた時には特別に誂えた筆を用意していたほどである。


 それでいて自分のことにはとんと無頓着なものだから、いい歳になっても女っ気ひとつないのである。

 しかもそれを全く苦にしていない。

 この不器用な人柄が、啓吾は好きなのだ。


「腕を上げた、な」

「あはは。いやはや綺麗に負けたよ、さすがにカレルヴォさんは強い」

「ふ、ふふ。……なに、二年、いや三年もあれば。うむ、追い越せようよ」


 そう言ってヤンネはニヤリと笑った。

 結婚する予定もその気もないこの剣客は、啓吾とクリスタを我が子のように思っている。

 ゆえに、自分でも勝てるかどうか分からぬカレルヴォに、「勝てる」と言い切っておいて満足げに笑えるのだ。


「ま、頑張ってみるよ」

「やるか、やらないか、さ」


 二、三言葉を交わすうちに啓吾は着替えを終えてヤンネに向き直った。


「もうすぐ、新人が来る」

「ん。それじゃあ戻らないとな」


 二人が連れ立って稽古場の中に戻ったのと、ヨウシアに連れられて新人三人が入ってくるのがほとんど同時であった。

 どういうわけか里長アルトゥーリはいなくなっている。


「……ふむ。さすがに、里長の息子は、やりそうだ」


 ヤンネの呟きに促されてそちらを見やった啓吾は凝然とした。

 そこにいたのは思いもよらない面子であった。


 サンテリが来ることはもちろん知っていた。

 しかし、よもや残りの二人がラッセとイスモだとはさすがに予想だにしていなかったのである。


(まいったな……)


 啓吾の片眉が吊り上がった。

 未だにアッツォとラッセは啓吾のことを敵視している。

 町中で会う分には相手にしなければいいだけであるが、もしも彼らが戦士になれば協調が必要になるのだ。


 見れば、緊張しつつもどこか誇らしげにしていたラッセがこちらに気づくところであった。

 一転して不満そうな表情を浮かべる辺りはいつも通りというべきか。

 蜜柑色の髪から突き出た猫耳がぴるぴると震えている。


「みんな、ちょっといいかい」


 ヨウシアの掛け声に、各々鍛錬していた戦士たちがその手を止めた。

 自然と三人の新人に視線が集中した。


「知っていると思うけれど、今年成人を迎える三人が仲間入りに名乗り出てくれた。そこで今日、彼らの試しを行いたいと思う——」


 彼らが課せられるのは二つの試験である。

 現役戦士との試合と、監督されながらの実践演習だ。

 もちろん試合をするには相手が必要であって、新人はその相手を選ぶことができることになっている。

 つまりは誰を相手にするか、も見られるわけであった。


「さて、それじゃあ相手を……」

「あいつがいい」


 被せるように声をあげたのはラッセであった。

 憎らしげな笑みを浮かべ、啓吾を見やるその目には嘲りが映っている。

 未だに、彼は啓吾を“本の虫”と思い定めていたのだ。

 不敵な笑みをラッセが浮かべている。


「まさか、逃げねえよな」

「俺は別に構わないが」


 啓吾は恬然てんぜんとして答えた。

 両者の確執を知るヨウシアは苦笑を浮かべながら頷く。

 この頃は、彼も息子の器量に深く信をおいている。


「ま、いいかな。サンテリはどうするんだい」

「……えっと」


 サンテリは困ったように言葉に詰まった。

 そのわずかな目配りに、親友の思いを感じ取った啓吾はさすがというべきか。


「いいよ、やろう」

「ありがとう」


 ホッとしたようにサンテリがはにかんだ。

 なんといってもこの二人、互いに切磋琢磨する身である。

 サンテリとしては好敵手でもあり一つの目標でもあり、なにより全力をいかんなく発揮できる相手であった。


「ふむ。それじゃあ、イスモはどうだい?」


 暫時、イスモは思案していたようである。


「……おまかせ、します」

「そうか。どうせならエリアス、全員お願いできるかい?」

「了解です」

「イスモも、それでいいね」

「……はい」

「それじゃあ、私の言う順番で試合をしてもらうよ」


 最初に啓吾と向かい合うことになったのはイスモであった。

 そのあとにラッセ、最後にサンテリである。

 ラッセなどは何やら不機嫌な様子であったが、ヨウシアの決定に異論を唱えるつもりはさすがにないらしい。


 稽古場の中央が広く開けられる。

 他の戦士たちも思い思いに座って三人の新人を観察している。

 自分たちの戦友となるやもしれないのだから当然であった。


 用意を終えた啓吾とイスモが、向かい合う。

 イスモが構えているのは縦に三尺ほどもある大盾と木棒だ。

 それに合わせて啓吾も再び木棒を持っている。


(へえ……)


 内心で、啓吾は感嘆していた。

 思いの外にイスモの構えは様になっていたのである。

 少なくとも一朝一夕で身になるものではない。


 対して啓吾は自然体に槍を構えた。

 すでに、イスモの顔には汗が噴き出している。


「はじめっ」


 ヨウシアの掛け声で試合が始まった。

 イスモは、動けない。

 よほど謹厳に鍛えたのであろう。

 啓吾の構えに、隙を見出せなかったのである。

 生半可な者ではそうとすら気づかない。


「……」


 敢えて、啓吾はゆっくりと前に出た。

 勝負ではないのだ。

 このまま向かい合っていても仕方がない。


「……ッ!!」


 するすると、イスモの間合いに入ったその時である。

 圧迫感にとうとう耐え切れなかったのか、イスモの巨躯が動きだした。

 大盾から猛然と槍が突き出されたのである。


 腰の入った中々の突きである。

 片手ながら勢いもあり、魔獣を相手にするのに決して非力なものではない。


 とはいえ相手は啓吾である。

 間断なく弾かれた槍が、すぐに大盾の奥に戻された。

 実のところこの時、啓吾はイスモの槍を弾き飛ばすこともできた。

 それをしなかったのはイスモの実力を見るためである。


 イスモは、動けない。

 攻め切れる筋がとうてい見えなかったのだ。


「それじゃあ、いくぞ」


 動いたのは啓吾の方であった。

 一声かけるやいなや、猛烈な勢いで槍を繰り出したのである。


「うぅぅうう!」


 対するイスモが呻き声のような喚声を上げた。

 滑らかに動いた盾が斜角に槍を捉え、うまく力を受け流している。

 啓吾の一撃一撃はなおも凄まじい衝撃を与えるのだが、それすらもイスモは耐え切ってみせた。


 稽古場がどよめく。

 イスモのその技量は飛び抜けたものでこそなかったが、魔獣の攻めに十分に耐えうるものだったからである。

 盾をよく遣うというのは、意外に難しいのだ。


「……ッセェイ!!」


 直後、イスモの喚声が上がった。

 盾もろ共にぶち当たるようにして啓吾へ突貫したのである。

 凄まじい勢いで、巨躯が突っ込んできた。


 しかし、その時にはすでに啓吾は引いていた。

 突貫せんと身を竦ませたその一瞬に、後ろへ飛びすさっていたのである。

 啓吾はくるりと独楽こまのように綺麗に回りながら、飛び込んでくるイスモを掠めるようにしてすれ違った。


 やにわに、イスモがどうと倒れこんだ。

 すれ違いざまに啓吾の槍が足元を掬ったのである。


「そこまでっ」

「イスモっ!」


 ヨウシアの掛け声とラッセの叫びはほとんど同時であった。

 弟の元へとラッセが駆け寄っていく。

 圭吾のことは眼中にも入っていないようである。


 イスモがのそりと立ち上がった。

 大きな怪我もしていない。


「……エリアス、強いね」

「大丈夫かよ!?」

「……ん。大丈夫」


 悔しそうな笑みを見せながら、イスモが答えた。

 負けた相手を恨むような素振りもない。

 その屈託のない表情にラッセの方がにわかに飲まれたようであった。


【脚注のようなもの】

錆鼠色……茶色を帯びた藍鼠色で、青味の暗い灰色を指す。鉄が湿気に触れて黒ずんできたような色のこと。

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