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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第二章 行きて帰りし旅路
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戦士たち 前編


 啓吾がオージンと出逢った翌日である。

 昨晩、願い通りに息子と煙草を楽しむことができたヨウシアが上機嫌で通りを歩いている。

 エミリアの予想通りに不機嫌になったクリスタも、朝方、兄と連れ立って出かける時には気を取り直していたようである。


 ヨウシアは愛剣二振りを腰に下げ、深々とサイドスリットが入った前合わせの着物の下にゆったりとしたズボンを履いている。

 ここから遥か北東のアルヴ族が好んで着る衣服なのだが、その利便性ゆえにヨウシアも重用しているのだ。


 今日は三人の新人が稽古場にやってくる予定である。

 そのうちの一人はサンテリだ。

 六年の歳月を武の道に打ち込んだ少年の実力のほどはヨウシアもよくよく知っている。


 とはいえ、里の戦士は重責であり命の危険もある。

 ただ希望すれば成れるというものでもない。


 今日来る新人たちも皆の前で色々と試されることになる。

 サンテリがどれほどの武辺を見せつけるか、実のところヨウシアも内心で楽しみにしているのだ。


 春の陽気が照りつけ、シガル川が燦然と輝いている。

 その上を悠然と渡る橋にさしかかったところで、ヨウシアの表情が急に険しくなった。


 変わらぬ足取りの先にいるのは里長アルトゥーリである。

 稽古場の入り口に陣取ってヨウシアを出迎えていたのだ。


 ヨウシアはそれに常ならざるものを感じていた。

 里長はワイネン流の継承者であり戦士たちの中にも弟子がいる。

 それゆえ稽古場に来ること自体は珍しいことでもないが、わざわざ外でヨウシアを待っているなど普通のことではない。


 誰に聞かれても良いことなら中で待っている。

 アルトゥーリはそういう男であった。


 案の定、アルトゥーリはヨウシアを迎えると見通しの良い隅に誘った。

 よほど人を選ぶ話であるらしい。


「すまぬ。待ち伏せのようなことをして」

「それは構わないけれど……。どうしたんだい?」

「昨晩、魔法使い殿がわしの元を訪れた」


 その言葉にヨウシアの目が細くなる。

 かの英傑が人目を偲ぶようにして訪れるということは即ち、どこかで騒乱が起きようとしている、ということである。

 かつてコントゥラータで戦っていたヨウシアはそのことをよくよく知っている。


「どうも“穢れた山”のゴヴリンが騒がしい、と」

「……つまり、精霊の峰が危ない」

「そういうことだ」


 思わず、ヨウシアは溜め息を溢した。

 この里から見て南東の一際高い黒々とした“穢れた山”にゴヴリンの一大王国があることは子供でも知っていることである。


 その王国から遥か北に位置するドヴェルグの国ヴェルノルクを繋ぐ山道の途中に、一年中雪に吹き閉ざされた峠があり、ここを“精霊のニュンパ”という。

 この地は精霊信仰が厚い種族にとってはとりわけ重要なところである。

 最も近いこの里の戦士はもちろん、遥か北のヴェルノルクに住むドヴェルグや、そこからさらに遠い西にあるモンメリアンの森からアルヴまでもが防衛のために人員を割いているのである。


「詳しくは語れぬが、近いうちに攻めてくると彼の人は見ている。わしも同意見だ。すでに各地から戦士たちが密かに精霊の峰へと旅立った」

「なら……」

「この里からも戦士を送らねばなるまい」


 アルトゥーリは厳しい表情でそう言った。

 もとより、この里はそれほど大きいものではない。

 いま残っている戦士は啓吾やヨウシア、アルトゥーリを入れても十六人しかいない。

 サンテリはともかく、新人は数には入れられないだろう。


「ゴヴリンどもの動向が分からぬ以上、わしとお前は動くわけにはいくまい」

「となると、……カレルヴォとイェオリ、かな」

「ふむ、妥当なところか。残りは内々に決めるしかあるまい。分かっておるとは思うが、このことは内密に、な」


 ヨウシアが頷きを返す。

 冥王のしもべ・・・たちは魔獣とは違う。

 どこに目があり耳があるかも分からない連中である。

 アルトゥーリのそれは心配のしすぎではないのだ。


 じきに、二人は連れ立って稽古場に入っていった

 すでに先ほどの剣呑な様子はない。

 こういうつくろいのうまさは、さすがというほかない。




 啓吾は、カレルヴォと猛烈に打ち合っていた。

 途中で師範たるヨウシアと里長であるアルトゥーリが入室しても何の反応も返せなかった。

 それほどまでに没入していたのである。


 前世、祖父に教導された無名流は明治時代に初代、橘無雲によって創始された小さな流派である。

 明治維新を己が腕で生き抜いた無雲は侍の時代の終わりを感じ取りながらも、その流れに逆行した古流の在り方を是とした異端だ。


 戦さ場に己を置くことで自ずと“命を捨てて生きる”という思想の真髄を理解できるという無雲の思想の元、実戦的な剣術を主軸にしつつ柔術、抜刀術、槍術、手裏剣術を伝えているのだ。


 従って、啓吾は槍もよく遣う。


 いま相対するカレルヴォは里の戦士でも別格であり、ワイネン流槍術を教えるアルトゥーリの直弟子にして筆頭という武人である。

 六尺余りの体躯は筋肉に盛り上がっており、骨ばった厳しい角顏に縮れた鉄黒色の髪に熊耳がほとんど隠れている。

 当然、彼の得物は槍である。


 つまり、二人は木棒を槍に見立てて打ち合い稽古をしているわけである。


 螺旋を描いて穿つように繰り出されるカレルヴォの槍は凄まじいもので、一息の間に二つも三つも突き込んでくる。

 一方の啓吾もさすがのもので、槍の中程を軸にして的確に弾き返しながら隙あらば突き込まんとしている。


 そうかと思えば互いに縦横無尽に叩き込み、打ち落とし、まるで舞っているかのように干戈を交えるのである。


 ワイネン流は言うなれば“動”の武術である。

 もの・・の本には精霊との感応で死角を潰しながら、強大な魔獣や多数の敵兵を打ち倒すように生み出されたとまで書かれている。

 ともすれば、なるほどこれは“静”と“動”の戦いであった。


 猛烈に攻めるカレルヴォと、それを受けて反撃を狙う啓吾である。

 共に類い稀なる武人であり精霊の感応にも長けているだけにこれほどまでに打ち合えるのだ。


 とはいえ、カレルヴォの方が体格も経験も上である。

 すでに流汗淋漓りゅうかんりんりの啓吾に対して、幾分余裕のある表情である。


 さらに十数合も打ち合って、とうとう啓吾の槍が弾き飛ばされた。


「それまで!」

『ありがとうございました!』


 その場で二人の声が重なった。

 肩で息をしながらも啓吾は確りとした大声である。


「連勝記録おめでとさん」

「……ディックか」


 じんわりと汗ばんだ首筋を拭っていたカレルヴォは苦笑を浮かべた。


 声を掛けてきたのは彼の幼馴染の同僚、ディックである。

 カレルヴォよりも三寸ほどは低い身の丈で小太りにも見えるが、ワイネン流の槍遣いとしては卓越したものだ。

 面倒見のいいこの弟分が啓吾のことを気にかけているのをカレルヴォもよく知っている。


「年の差で勝ったようなものだ。あと三年もすれば追いつかれるだろうよ」

「ふうん……」

「第一、あいつはもっと近い間合いの方が得意だろう。なんでもありなら、勝てるかどうかも分からん」

「ほう、意外だな。お前がエリアスをそこまで認めているとは思わなんだぜ」

「……どういう意味だ」

「いやはや、俺はてっきりあいつのことが嫌いなのかと」


 そう言ってディックは呵々として笑った。

 思わず、カレルヴォは舌打ちを漏らしそうになる。


 確かにカレルヴォはあまり啓吾と語らおうとしない。


 彼とて武人である。

 啓吾の資質も実力もよく理解しているし、素晴らしいものと認めている。


「……別に、嫌いではないさ」

「ああん、それにしちゃわりかし冷たくねえか?」

「そんなつもりはない。単に……」

「単に?」

「昔の俺を見ているようで、な。どう接したらいいか分からんだけだ」


 カレルヴォの呟きに、しかしディックは訝しげに首を傾げた。

 しようもないことではある。

 頑健な武人であるカレルヴォが空虚感とでもいうべきものを抱えているなど、他の誰も知りようもない。

 彼もまた、わざわざ事細かに語るつもりもない。


 溜め息を溢したカレルヴォは次の瞬間に身を正していた。

 ヨウシアとアルトゥーリがやってくるのに気付いたからである。

 隣でディックが身じろぎするのを傍目に、カレルヴォは嫌な予感を感じ始めていた。


今日は脚注なし……(´・ω・`)


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