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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
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始まりの終わり 後編

今日二つ目、あと一つ投稿します。



 それから少しばかりの談笑の後、ヨウシア一家はもう一晩館に泊まることになった。

 もういい時間であったことも確かであるが、万が一に備えて旅出の準備までしていたために今から戻っても包丁する余裕すらなかったのである。

 さて誰が台所に立つかという段になって口を開いたのはスフュレリアである。


『そうですね、私とアネルマで何か作りましょうか』

「ひっひっひ、あんたにまともなもんが作れるのかい?」

『あら、これでも一度は家庭に入った身ですから』

「あ、それなら私も……」

『ダメです』


 立ち上がった二人に続こうとしたエミリアをしかしスフュレリアは押しとどめた。

 驚いた顔を見せた一同に彼女は柔らかい笑みを浮かべながら言葉を続けた。


『せっかくですから早いうちに話を聞いてあげてください』

「……っ!」


 その言葉に息を飲んだのはエミリア一人ではない。


「……仕方ないねえ。ほら! ヘンリク、起きな! あんたは手伝うんだよ!」

「ふうむ。わしも何か手伝おうかな」


 空気を読んだアネルマとアルトゥーリが寝ぼけたままのヘンリクを引き連れて一足先に部屋を出て行く。

 ついて行こうとしたサンテリは隣に座っていたエリアスによって封じられている。


『頑張ってくださいね』

「ああ、ありがとう」


 エリアスの礼に、スフュレリアは朗らかに笑って去っていった。


 残った四人の視線がエリアスに集まる。

 心配そうに固唾を飲んで見守る母を、何かを堪えるように凝然とする父を、決然として見つめる妹を、困ったように笑う親友を、エリアスは順繰りに見てから徐ろに口を開いた。


「最初に、聞いておいて欲しいことがある」


 そうして彼が語ったのは橘啓吾としての前世であった。

 全く違う世界で小さな流派を受け継ぐ家に生まれ、大事なものを失い、祖父に救われ、剣の道に邁進し、人知れず死んだ青年の物語である。


「だけど、幸運なことに俺の物語はそこで終わらなかった」


 橘啓吾は生と死の狭間で“代行者”に出会い、放浪者としての新たな生を手に入れた。

 前世の記憶を封じられヨウシアとエミリアの元へ預けられた赤ん坊はエリアスへと成長し、心地よい居場所で愛する家族と大切な友に恵まれた。

 そうして、昨日という日を迎えたのである。


「俺は、自分が何者なのか怖かった。エリアスなのか、橘啓吾なのか。ひょっとして一人の人生を奪ったんじゃないか不安だった。クリスタに目を覚ましてもらうまで、さ」

「……お兄ちゃん」


 不安が滲みだした妹の頭を撫でながら、彼はハミル湖でのことを語った。

 スフュレリアに導かれて再会した代行者の言葉は、彼にとってなによりも重い救いであった。


「だから、俺は確信できた。俺はエリアスでもあって橘啓吾でもあるんだ。どっちもあって今の俺がいるんだ。間違いなく父さんと母さんの息子で、クリスタの兄で、サンテリの親友だって。胸を張っていいんだって」


 気付けばその瞼から熱いものが溢れている。

 それを拭いもせずに、ずっと葛藤していた胸の内を吐き出すかのように彼は喋り続けた。


「随分変わっちゃった部分もあるけどさ。こんな俺でも受け入れてくれるかな」


 泣きながら笑った彼の身体を、家族が抱きしめる。

 エミリアもクリスタも泣きながらエリアスの名を呼び、サンテリもまた嗚咽を漏らしながらその光景を眩しそうに見守った。


「当たり前だ!」

「当たり前だよ」


 ヨウシアとサンテリの言葉が重なる。

 あとはもう、誰も言葉にならない。




 やがてひとしきり泣いて皆が落ち着いたところで、少し気恥ずかしそうにけれど敢然と少年が口を開いた。


「一つ、考えがあるんだ」

「どうしたの」

「俺はエリアスであることを捨てるつもりはないけれど、橘啓吾の名前も捨てたくないんだ。どっちも両親がくれた大切な名前だから。名乗る機会なんてそうそうないとは思うんだけどさ」


 照れたように笑う少年に皆が頷きを返した。

 思うところもあるのだろう、とりわけヨウシアとエミリアは感慨深い表情である。


「……うん、いいと思うよ。両方の名前を私たちが覚えておこう」

「タチバナ、ケイゴ……。頑張って覚えないとね」

「ありがとう、みんな」


 気持ち良い返事が少年の心を温かく照らしていた。。

 どこかで、小夜啼鳥さよなきどりが鳴いている。




 後の世に“橘啓吾”の名で知れ渡った一人の剣客が、本当に親しい者からは“エリアス”と呼ばれていたことを知る者は少ない。

 いまに伝わるこの剣客の自筆文書には、タチバナ=エリアス=ケイゴの署名が書き留められている。


【啓吾の自筆署名について】

今のところ作中では触れていませんが、エリアスたちが喋っているのは日本語ではありません。

詳しいことはまだ秘密ですが、かなり特殊な言語と考えていただければ大丈夫です。

とはいえ、さすがにその言語の中に漢字までは表しようがないわけです。

したがって啓吾エリアスの署名は発音頼りの表記になるはずで、そのためあえてカタカナ表記にしたわけです。


脚注に書くことがなかったので今回はこんな解説をちょこっと載せてみました……(´・ω・`)

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