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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
38/61

始まりの終わり 前編

今日一つ目の投稿。あと二つ投稿予定。

なぜかうまく投稿できなくて遅くなってしまいました。申し訳ない。


本日で第一章が終わり、次回からは第二章に入ります。

少し大人になったエリアスをご期待ください。

なお、書き溜めがすり減ってきたので明日からは投稿スピードが落ちます。詳しくは後書きをご覧ください。



 その日の夕方、里長の館に集まった里の有力者たちによって話し合いが行われた。

 普段は呼ばれないエミリアもエリアスとクリスタを連れ、議場となった広間の次の間に控えていざとなれば里を落ち延びる用意を整えていた。

 それほどに彼らは事態を重く見ていたのである。

 その傍らには厳しい表情を浮かべたサンテリの姿もあった。


 話題になったのは無論、エリアスのことである。

 一通りの説明がアルトゥーリから語られた後、議場は紛糾した。


 アニム族に根付く人間への確執は根深く、アルトゥーリが予想したように二割ほどの者はエリアスを排斥しようと気炎を上げたのである。

 ところがこれに意外な人物が異を唱えた。

 ヴァルネリである。

 いの一番に排斥を唱えるものと思っていた者どもが瞠目したのも無理はない。


「正直に言わせていただければ、私とて忸怩たるものはありますがね」


 と実に嫌そうな顔を浮かべながらもヴァルネリは重い口を開いたのである。


「しかし同時に私は精霊を深く信じておりますれば、ここで……放浪者を無理に排斥してまで彼らの怒りを買いたいとは思いませんなあ。それとも、諸君の中に精霊を軽視できるほどの卑賤ひせんな考えを持つものがいるのですかな」


 常の旗頭にそこまで言われては排斥派も何も言えない。

 彼自身気が進まないのが目に見えてよく分かるので余計である。

 そこに、更なる爆弾を落としたのもまたヴァルネリであった。


「ただし、釘をさすようで申し訳ないがまさかに彼をアニム族の王に、などという愚かなことだけは肯定できませんな。あくまで放浪者は放浪者、我らはアニム族、線引きはいたすべきでしょう」


 再び、議場は紛糾した。

 擁護派の多くはエリアスに“最初の王”を重ねていたのである。

 当然と言えば当然であった。


 だが、意外にもエリアスを王にしようとする者は半数を超えなかった。

 ヴァルネリを頭とした先ほどまで排斥を唱えていた者の他にも思いの外に多くのものが反対し、少なくない数が中立を宣言したのだ。


 それは密かに人望のあるパーヴァリ翁が熱弁をふるったからでもあり、また里を駆けずり回ったヨウシアとエミリアの苦労の成果でもあった。


 喧々囂々けんけんごうごうとした会議が続く。

 やがて長々と続く論争に倦み疲れ、一頻りの意見が出揃ったところで皆の視線はとうとう里長アルトゥーリに注がれることになった。

 このように意見がどうにもまとまらない時に最終決定権を持っているのは里長である。

 しかし、彼は口を開かない。


 議場が奇妙な沈黙に包まれたその時であった。

 アルトゥーリの目がゆっくりと開かれると同時に、闖入者が現れた。

 アネルマと大甕を抱えたヘンリクである。

 珍しく欠席しているものと思っていた皆々が驚き身じろぐ。


「ア、アネルマ殿、一体全体何事ですぅ……!?」

「ほいほい、そこを退きな。置くものが置けないだろうが」


 老女の杖が二度三度振るわれ、少々乱暴ながらも広間の中央に空間が生まれた。

 そこに、情けない悲鳴をあげながらもヘンリクが手に持っていた大甕を下ろしたのである。

 中にはなみなみと水が入っていて、なぜか溢れた様子もない。


 これが他の者なら文句が出そうなものだが、ことアネルマにかかっては里の誰もが表立って逆らえない。

 それだけの信頼と畏怖がこの老女にはあった。


「まったく、こんな重いもんのおかげで随分と遅くなっちまった。すまないねえ」

「ぜえ……はあ……、運んだの……私、なんです、けど……!」

「うるさいねえ。あんたはババアに荷物を持たせるつもりかい?」


 あまりにも不可解なアネルマの行動、そして此の期に及んでも何も言わない里長に再び議場がざわついた。


 変化は、劇的であった。


 にわかに大甕の水が泡立ったかと思うと、広間に突風が吹きわたると同時にスフュレリアが顕現したのである。

 その圧に、ほとんどの者が震え上がった。

 このことを知っていたヴァルネリもまた、別の緊張から顔を蒼白にしている。


 アネルマが、会心の笑みをこぼす。


 そこからの話し合いは流れるように進んだ。

 彼女はエリアスを戦争の道具にすることを固く戒め、ただこの里で暮らせるように取り計らってくれと頭を下げたのである。


 ここまでされてなお、スフュレリアに表立って文句を言うだけの気概があるものは擁立を唱える者の中にいなかった。


「では、これにて決議とする」

『皆々様、よろしくお願いします』


 アルトゥーリとスフュレリアの言葉で話し合いは終わった。

 エリアスは他の子供たちと同じように扱われることに落ち着いたのである。

 これには、次の間に控えていた四人は気が抜けたようにへたり込んで声を潜めながらも喜びを分かち合ったものである。


 それぞれに思うところを抱えながらもほとんどの者は日が落ちる前にと三々五々に帰っていく。

 ヴァルネリもまた複雑な表情でスフュレリアに一礼して館を辞去した。


 残ったのはヨウシア一家とアルトゥーリ、サンテリ、それにアネルマである。

 疲れ切った様子のヘンリクはすでに部屋の隅で小さく丸まって眠ってしまっている。

 他には大甕に座るようにして微笑むスフュレリアだけである。


「ま、兎にも角にも一件落着ってわけだねえ」

「いやはや婆様には世話をかけた」

「やだね、大したことでもないだろうに」


 アルトゥーリが軽く頭を下げた。

 応じるアネルマはぞんざいなものである。

 それを見てエリアスが片眉を持ち上げた。


「なるほど、ばあちゃんがこの一件の絵図面を書いたのか」


 館でのやり取りやハミル湖での様子を知る少年はおよそ何事があったのか理解したのである。

 いまひとつ理解が及んでいないクリスタとサンテリは首を傾げるばかりだ。


「お兄ちゃん、“絵図面を書く”ってどういう意味?」

「あー、あれだ。ばあちゃんにみんな謀られたのさ」

「おぉ。おばあちゃんすごい!」

「けったいな物言いはよしな。謀るってほどでもないだろう」

「あら、でも直談判するなんておばあちゃんでもなきゃ思いつかないわ」

「これ、エミリアまでやめておくれ」


 親子三人に持ち上げられたアネルマはくすぐったそうに全身をよじらせた。

 揺れる尻尾がローブの上からでもわかる。


「だいたい、誰もかれもが畏れすぎなのさ」


 拗ねたようにアネルマが口を開いた。


「まあちょいと珍しい種族なのは認めるが、スフュレリアだって知性あるこの地の民に過ぎないんだ。話が通じるなら交渉だってできる。こんなこと誰でもできるんだよ」


 ぶっきらぼうにそう言ったきりそっぽを向いてしまったものである。


 そこでにじり寄ったのは意外にもスフュレリアであった。

 不機嫌さを隠そうともしない老女の手を取って見上げるように覗き込む姿は拗ねた子供を慰める母親にも見える。


『素直じゃないですね。本当はすごく優しいのに、恥ずかしいんですか?』

「っけ。ババアには余計なお節介だよ」

『あらあら、小さな頃はもっと素直だったのに。悲しいですね』

「いったいいつの話だいっ!」


 あまりに親しげなその様子に、皆の表情が固まった。


「ちょ、ちょっと待って。おばあちゃん知り合いだったの!?」

『ええそうですよ』

「腐れ縁だよ」


 嬉しそうなスフュレリアとふてくされたアネルマがあっけらかんと答えると、皆が皆言葉を失って呆然としたものである。

 さすがのアルトゥーリやヨウシアも驚愕を隠せていない。


『昔はよく勿忘草を摘みに来てくれまして、たまたま顔を合わせた時にあんまり可愛いお願い事をするので私もついつい……』

「そんなことは良いんだよっ!」

『あら、恥ずかしがっちゃって。とにかく、その頃からの付き合いなのですよ』


 珍しくも顔を真っ赤にしてアネルマはスフュレリアに詰め寄った。

 もっとも詰め寄られた方はからからと笑って余裕の表情である。

 皆の顔に笑いがこぼれた。


「あは、ははは。婆様もスフュレリア殿にはかたなし、か」


 呵々と笑いながらアルトゥーリが膝を叩いた。


【脚注のようなもの】

喧々囂々……大勢の人が好き勝手に意見を言い合うようす。ちなみに侃々諤々(かんかんがくがく)は大いに議論するようす。喧々諤々はこの二つが混同された言葉。


【今後の投稿について】

書き溜めの都合上、明日からは投稿スピードを落とします。

具体的には1話を分割した際に、分割した一個分を毎日投稿する形になります。

ただ閑話のように分量が少ない話は、これまで同様に単体で投稿することはないかと。

これからもエインヘリャル物語をよろしくお願いします。

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