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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
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再会 後編

本日最後の投稿。


「最後の贈り物は君の居場所だった。だから僕は“橘啓吾”の記憶を封じて思いつく限り最高の夫婦の元に導いた。幸運なことにオーストレームの里は放浪者の影響が色濃く残る土地の一つだったしね」


 そこまで言って代行者は両腕を組んでしまった。

 なんとも悔しそうな表情を浮かべる様子はただごとではない。

 代わりに口を開いたのはスフュレリアであった。


『そこで、いずれ時が来れば貴方の記憶を段階的に呼び起こし、最終的にあの洞窟で完全に思い出していただく予定だったのです。私は、そのために代行者から頼まれていたわけですね。短剣クレドは代行者と私、そして貴方とを繋ぐ約束の証、ということになります』

「……つまり」


 再び片眉を吊り上げたエリアスの目が細まる。

 スフュレリアも物憂げな表情を浮かべて言葉を続けた。


『ええ。今回のことは想定外でした。本来ならばもっとゆっくり貴方の身体が整う頃に動き出す予定だったのです』

「……完全に裏をかかれた」


 にわかに口を開いた代行者の左手が上を向く。

 再び宙に浮かんだ映像は、かつて見たこの世界の地図である。

 一つ違うのはそのあちらこちらに赤い光点が見えることだろうか。


「実のところ、エルソスのあちこちで冥王のしもべ・・・が蠢動している。彼らは統率された動きで何らかの目的を持って動いていることは明白だ」


 その言葉と共に地図はガウル王国を大きく映し出した。

 オーストレームの里を含めた数箇所に光点が浮かび上がっているのが見える。他の光点と共にトゥールーズ、ガスコーニュ、アルデンヌの名前がエリアスの目に入る。


「どうしてか奴らは自分たちの敵となる何かを知っているように思える。今回だって君自身こそ狙われなかったけれど、あの洞窟を攻めてきたのは確かだ。そうでもなければ彼女にあれだけの無茶をお願いしなかったよ」

『ふふ、私は久しぶりにわくわくしましたよ』

「それならいいんだけど。……まあ、その辺りはこっちの話か。あまり気にしないでおくれ」


 溜め息をついた代行者の表情は苦悶としか言いようがない。


「ともかく君には申し訳ないことをしてしまった。危険な目にあわせたばかりか色々と心労をかけただろう」


 深々と頭を下げようとした代行者を、しかしエリアスは両手で押しとどめた。


「謝らないでくれ。結果論だけど、どうにかなったんだ。唯一の心配事も氷解したんだし、あんたには感謝こそすれ恨む筋合いはない」

「……しかし」

「あんたは、確かに俺の望みを叶えてくれたじゃないか。自分でも気づいていなかった望みを、さ」


 エリアスは莞爾として笑う。


 少年は幸せであった。

 かつて失ったものを、求めてやまなかったものを、彼は確かにこの世界で再び手にしたのである。


 目の前の真摯な超越者に怒りを抱くことなどエリアスにはできなかった。


「そっか……」

「そうなんだ」

「なら、良かったよ」

「ありがとう」


 代行者は微笑みを浮かべた。

 そうして気を取り直したように口を開いたのである。


「一応、これで君を招いた目的は果たしたわけだけれど。訊きたいことはあるかい、ちょっとしたサービスに答えられる範囲で答えてあげるよ」


 エリアスは逡巡した。

 もとより、再び会えるとは思ってもみなかった相手である。

 訊きたいことなどさほどに多くもない。


「そうだな、なら一つだけ」

「欲がないねえ」

「あんた、結局のところ何者なんだ?」


 その質問に、側で聞いていたスフュレリアが吹き出した。

 訊かれた代行者もなんとも言えない顔で固まっている。


「ああいや、言いづらいことなら別に構わないんだが……」

「んー、そんなことはないんだけど。まあ君らしいといえば君らしい質問かな」


 苦笑しながら代行者はティーカップを傾けた。


「そうだね、君が思うところの超越者、というのはあながち間違いでもないね。もっとも全知全能の神さまには程遠いけれども」


 その顔色は自嘲しているようにも見える。

 知らず知らず、エリアスは両の手を強く握りしめていた。


「僕はただただこの世界を愛し護ろうとしている存在にすぎないさ。できることはひどく限られているのだけれど、ね」

「……そうか」

「曖昧な物言いですまないね」

「いや十分だ」


 頭を掻いて謝る代行者に、しかし啓吾ははっきりと言いきった。


「少なくとも、あんたが信じるに足る人物であることは分かった」


 驚いたように代行者が目を瞬かせた。

 スフュレリアが、笑みを浮かべている。


 彼の言う“制限”にはきっと自分に喋れる内容も含まれているのだろう、と少年は理解していたのである。

 それでもなお代行者は真摯に向き合ってくれている。

 だからエリアスはそう答えたのだ。


 少年は残りの紅茶を呷って立ち上がった。

 いつの間にか傍にはスフュレリアがいる。


『もうよろしいのですか?』

「あんまり長居も悪い気がするし、な」

『だ、そうですよ』


 言われて代行者が慌てて立ち上がった。

 困ったように笑いながら「まいったな」と呟く姿はエリアスの目にも珍しいもののように思えた。


「君は大した人だよ」

「そうか?」

「そうなんだよ」


 言いながら差し出されたその手を、エリアスは確りと握り返した。


「ま、俺なりに頑張ってみるさ。まだまだ未熟だと気付かされたばかりだしな」

「それじゃあ僕はそんな君を見守っているとしよう」

「心強いな」


 二人の手が離れ、今度はスフュレリアの手がエリアスのそれと重なった。


『いつでも大丈夫ですよ』

「……世話になった」

「こちらこそ。さあ、いってらっしゃい、君の旅路に光明あれ」

「ありがとう」


 エリアスとスフュレリアの姿が靄に覆われたように滲んで、消えた。

 満足げな笑みを浮かべながら代行者はそれを見送る。


 代行者にできることは少ない。

 運命を託した少年を見守り、ほんの少しの手伝いをするだけだ。


 次に会えるかどうかもわからない。

 余程のことがなければまずないだろうと彼は知っている。

 それでも、あの少年ならば、と漠然とした確信があった。


(今はまだ旅の始まりですらないけれど、君ならばきっと……)


 代行者の千草色の瞳が鈍く光った。




 強烈な浮遊感の直後、エリアスは自身がハミル湖に戻ってきたと気付いた。

 隣にはスフュレリアが柔和な笑みを浮かべている。


「やぁっと戻ってきたかい。ったく少しはババアをいたわってくれないかね」


 出迎えた悪態はアネルマのものである。

 白い勿忘草わすれなぐさの原にポツリと立つ老女の姿はなんとも言えぬおかしさである。


「すまん。待たせた」

「まあいいさ。おかげでスフュレリアともゆっくり話せたしね」


 驚いたエリアスが思わず隣の美女を仰ぎ見た。

 先ほどまで一緒にいた彼女がどうしてアネルマと話ができたというのか、しかし少年の疑問にスフュレリアは微笑むばかりで答える様子はない。


『なかなか可愛い声でしたよ、アネルマ』

「はんっ、バカをお言いでないよ。次に背中から声をかけたら消し炭にしてやるからね」

『あら、乱暴はいけませんよ』

「ババアに何言うんだか」

『ふふ、私から見たら貴女も立派な淑女だわ』

「けっ」


 エリアスが知らない間に随分と仲良くなったのであろうか。

 気を取り直した少年は近寄ってきたフェローの首元を優しく撫でた。


「ばあちゃんの負けだな。ほら、そろそろ帰ろうか」

「へーへー、どいつもこいつも雑な扱いだよ、まったく」


 言いながらエリアスはひらりとフェローの上に飛び乗った。

 続いてアネルマが後ろに乗り込む。


「色々ありがとう。また落ち着いたら顔を出すよ」

『楽しみにしていますね』

「ふん、どうせすぐに会うことになるよ」

「ん?」

「いいからさっさと出しな。ババアは気が短いんだ」

『あらあら』


 何があったのか機嫌が悪いアネルマに急かされ、エリアスは頭を下げるとフェローの首元を軽く叩く。

 フェローもまたスフュレリアに一つ首を下げてから颯爽と走り出した。

 勿忘草に囲まれながら手を振るスフュレリアの姿はじきに見えなくなった。


「ったく、このあたしが小娘扱いとはねえ」

「なんか言ったか?」

「なあんにも」


 首を傾げながらエリアスは帰途を急いだ。

 すでに太陽は西へと傾き始めている。


今回も脚注がない……(´・ω・`)ショボーン


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