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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
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フェロー 中編

色々と立て込んでしまい遅くなって申し訳ありません。

今日、一つ目です。あと二つ投稿予定です。



 彼女の先にいるのは牧の入り口にぽつねんと立つ小柄な老人である。

 皺の寄った平たい丸顔に厚ぼったい瞼、その下にくりくりとした目が隠れていてなんとも愛嬌がある。

 頭頂近くまで禿げ上がった白髪を突き出すようにして俯いた老人の口元には、黒々としたオームポール型のブライヤー・パイプがでんと居座っている。


「おい酔いどれじじい、まあたキツいのをやってやがるね」

「あぁん?」


 アネルマが目の前まで来てようやく顔を上げた老人は、確かになるほど、かなりキツい香りの煙草を吸っている。

 日に焼けた赤ら顔もあって酔っ払っているように見えなくもない。

 腑抜けた表情を浮かべていた老人はアネルマの顔を見ると、途端に喜色満面の笑みを浮かべた。


「よぉう、我らがアニーちゃんじゃねえか」

「はん、ババアを捕まえて“ちゃん”はないだろう」

「んなこたねえ、相変わらずのべっぴんさんだよ」


 アネルマの口から溜め息がこぼれた。


「分かった分かった、それよかさっさと頼むよ」

「へぃへぃ、分かった分かった」


 アネルマに促された老人がしょうがなしという風にエリアスを眺めた。

 その視線を受けてエリアスが瞠目する。

 傍目にはろくでなしにしか見えない老人の目には思いの外深い色が宿っている。


 ふと、エリアスの脳裏に前世で出会った偏屈な職人たちが浮かんだ。


 “橘啓吾”であった頃は、祖父に連れられて漆器や陶器、煙管を拵える一廉ひとかどの連中のところへ訪うこともあったものである。

 思えば、彼らは類まれな腕前を持ちながらどこか客を試すような節があった。

 ついつい懐かしさからエリアスの顔に微笑みが浮かぶ。


「……ふぅん」


 ハゲかかった額を撫でつけながら、老人はエリアスの顔を覗き込む。

 嘲りの類を一切浮かべることなく見つめ返した少年に老人はニヤリと笑みを浮かべると口を開いた。


「おめえさん、変わった奴だねえ」

「そりゃ光栄だ」

「ふんっ。いいだろう、おいらはパーヴァリってんだ。覚えときな」

「エリアスだ。世話になる」


 言いながら固い握手を交わした二人をアネルマは呆れたように眺めるだけである。


「さあて、それじゃちょいちょいとやっちまおうか」


 言いながらパーヴァリ翁はエリアスを連れて牧の入り口を潜った。

 同時に、それまで何の関心も寄せていなかったアウィたちが二人に顔を向ける。

 自然とエリアスの両目が細まった。


「それで、俺はどうしたらいいんだ?」

「ま、難しいこっちゃねえ。気になったらやっこさんから寄ってくらあな」

「……分かった」


 言い置いて、エリアスは牧の中央へとゆっくりと歩き出した。

 無造作に歩む姿はいたって自然なものである。


 最初に興味を示したのは小柄な若い一羽のアウィである。

 白と黒の縞模様というなんとも珍しい羽色のその一羽は、若手の中でも生気溌溂せいきはつらつとしたいたずら小僧である。

 少し驚かせようとでもしたのか、背後からするするとエリアスに近づいたそのアウィは四尺ほどを残したところでピタリと立ち止まった。


 不意にエリアスが振り向いたのである。

 別にどうということもない様子で泰然とした少年はただ縞模様のアウィを見つめているだけである。

 だが、どうしたことか見られているアウィは凝然として微塵も揺るがない。


 やがて、縞模様のアウィが一歩、二歩と後ずさった。


 同時にエリアスを眺めていたアウィたちがどよめく。

 牧にいたほとんど全てが立ち上がって少年を興味深そうに眺めながら近寄ってきた。

 そうして、やはり四尺ほどの距離をおいて一羽残らず立ち止まったのである。


 完全にアウィに取り囲まれて、しかしエリアスは気にした様子もない。

 どことなく嬉しそうな顔色でアウィを眺めながらぼんやりと立っている。


 パーヴァリ翁はその様子から目を離さぬままにアネルマに声をかけた。


「アニーちゃん、あの坊主なにもんだ?」

「ヨウシアとエミリアんとこの坊主だよ」

「んなことは分かってるがよ……。あのアウィたちが雁首そろえてお出迎えたあ、おいらは白昼夢でも見てるってのか」


 さも面白いものを見たと言わんばかりの笑みを浮かべるパーヴァリ翁の顔はしかし、少なくない脂汗が流れている。

 里で誰よりもアウィを知り尽くしたこの老人でも、これほどの数のアウィを同時に御しきれるかは分からない。

 分からないがこの牧場を預かる者として背を向ける気もない。


「ま、そのうち分かるさ」

「ふうん」


 気のない返事にパーヴァリ翁が鼻声を返した時であった。

 それまで遠巻きに囲っていたアウィたちが唐突に固まったのである。


「……!」


 その光景を見てパーヴァリ翁はパイプを取り落としかけた。

 進み出た一匹のアウィに他のアウィが道を譲ったのである。


 そのアウィは他と比べても一回りは大きな体格である。

 濡羽ぬれば黒檀こくたんの濃淡を描いた羽色は艶麗としか言いようのない美しさで、その下肢も際立って優美な曲線を描いている。

 このアウィ、名をフェローと言ってこの牧場の同胞を束ねるリーダーである。


「おやまあ、あの子まで興味を示すとはね」


 顎が外れんばかりに驚くパーヴァルを横目にアネルマはそう呟いた。

 人一倍に誇り高いこのフェローというアウィは、ごく限られた者にしか背を許さない。パーヴァルやアネルマを加えても乗れるものは両手の数に足りるほどしかいないのだ。

 十にも満たない少年が初回で興味を示されるなどよほどの珍事であった。


(こりゃあの子もいよいよ本物だねえ)


 ひとりごちたアネルマの視線の先で、事態が動く。


 エリアスを矯めつ眇めつするかのようにその周りをゆっくりと廻っていたフェローがやにわに一歩踏み込んだのである。

 小年の顔をじっと見つめるように顔を近づける様子はなんとも危うい。

 だがエリアスはむしろ微笑みを浮かべてフェローに何事か囁いた。


 暫時の静けさの後、フェローは鷹揚に頷いた。

 その首元にエリアスの手が伸びてゆっくりと撫でる。


 よほど良い手触りだったのだろう。

 莞爾として笑う少年は周りの緊張から場違いなほどである。


「信じられん……」


 パーヴァリ翁の嘆息が溢れた。


 どれほどの間か、エリアスはよい・・ところを探すように撫でまわしていた。

 そのうちに、二、三度首を降ったフェローがついと背中を差し出した。

 エリアスは一瞬驚いたようであったが、直後には躊躇なく飛び乗っていた。


 さすがにアネルマの顔色が変わる。


 フェローが易々と背中を許したことも驚いたが、エリアスが軽やかに乗ったことに危機感を覚えたのである。

 全く騎乗の経験がない少年が初めてアウィに乗るのである。あの巨体から振り落とされたらひとたまりもない。


 だが、ことここに来て手を出せるような状況でもない。


【脚注のようなもの】

一廉……ひとかど。いっかど。それ相応であること。一際優れていること。

黒檀……エボニー。銘木。古来から珍重される木材。強く、重く、硬い。味わいのある上品な暗い茶色。

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