第五章 ダンジョンの奥にあるもの その1
サザキは木の幹に背を預けて疲れを取るために瞼を閉じていたが、そうすると離れて行った者達の姿が鮮明に思い出されてしまう。
「顔色がすぐれませんよ」
ルーネイが湯気の立つカップを渡してくる。
その顔はサザキと同じように憔悴していた。
「もう折り返しだ。あと半分くらいはなんとか持たす」
あえて明るくサザキは応えた。
「む、ごはん?」
サザキたちの声によってか、はたまたカップの香りにつられてか、この場に付くなり地べたでマントに包まって寝ていたクルナイスがむっくりと身を起こす。
「夕飯はまだだ。飲むか?」
サザキが半分ほど残ったカップを鼻先に差し出すとクルナイスはもぞもぞとマントの中から手を出してきて受け取ってこくこくと飲み干した。
「夕飯には起こすからもう少し寝て居ろ」
サザキが解けたマントを合わせてクルナイスを包み込んでやるとクルナイスはまたあっという間に寝てしまった。
一日中ゴーテツを動かしているクルナイスの疲労はサザキ達の比では無かったようだ。
太陽が沈み夜の闇が広がっていく。
誰もが追いつめられるようにたき火の周りに集まり、辺りの木々には多くの影が舞っている。
しかし寄り集まる安心感は無かった。
木々の隙間の暗闇はたき火に近づくほどその暗さを増し、目を向けた者に不安を抱かせた。
炊事担当から食事を受け取ったサザキは、汁物を3つ器用に持ち人々の間を抜けながらルーネイとクルナイスの元に戻ってきた。
具が豪勢なわけでも、量があるわけでも無いが温かいものを口にできるというだけで汁物はありがたかった。
元の場所に戻るとルーネイがクルナイスを起こそうと奮闘していた。
「食べ物の匂いで目が覚めるんじゃないのか」
サザキは汁物をルーネイに渡すと、ついでにあぶってきたパンと干し肉を手に取った。
干し肉をクルナイスの鼻先に持っていくと寝ながらにして鼻をスンスンと鳴らし始め、口元に持っていくとパクンと食らいついた。
「起きました?」
「いや。寝ながら食べているみたい」
サザキは面白がって続いてパンを口元に持っていくとそれもパクンと食らいついた。
パンは口の中の水分を持っていかれるせいか食べにくそうにもごもごと口を動かしている。
「かわいそうですよ。ちゃんと起こしてあげましょう」
ルーネイが諌めようとしたが、サザキは最後にと汁物をすくって口先に持って行った。
もう動きを覚えたのか、クルナイスはこれもパクンとスプーンごとかぶりついた。
サザキが少しずつ飲まそうと思っていた量を丸ごとだ。
「あっつーーーー!!!」
食事が終わり、多くの者が木の根元や岩陰でマントに包まり身を休めている。
わずかに弛緩した空気が漂う。
そんな中、サザキはゴーテツの陰に身を寄せながら、しかし休むことはせずクルナイスの肩をもんでいた。
「なぁ、そろそろいいだろ」
「まだまだ」
クルナイスは体は女性らしく柔らかいのだが、ドワーフらしく頑丈でちょっとやそっとの力で押したくらいではマッサージにならない。そのためサザキは体の柔らかさを堪能なんてする余裕は無く汗だくで肩をもんでいた。
「手に力が入らなくなってきたから。ルーネイからも言ってくれよ」
「自業自得ですね」
ルーネイは我関せずとくるりとマントに包まって背を向けてしまう。
サザキの手がふと止まる。
「手が止まってい……」
疲れて手を止めたと思ったクルナイスは、振り返った先のサザキの表情に言葉を止めた。
サザキは横になっていたルーネイをゆすって起こす。
ルーネイが身を起こす頃には辺りの雰囲気は一転していた。
何かがあったわけでは無い。
けれど主にスカウト技能を持った者を中心に発せられたピリピリと張りつめた空気はすぐに伝染し、誰しもが武器を手繰り寄せていた。
サザキは武器を抱えて、いつでも動ける様に腰を浮かせていた。
焦らされる様に時間が過ぎて行く。
四度、五度と腰を上げては降ろしを繰り返したのち警笛が森の奥から響いて来た。
ピッピッピッピッと短い警笛音が鳴りやむことなく続く。
「これは……」
ルーネイがその意味に息を呑む。
「大量の敵が来たらしい」
サザキは言うが早く武器を収め荷物を纏めだした。
遅れてルーネイも動き出す。
クルナイスは既にゴーテツに取りついていた。
サザキたちは荷物持ちなので基本護られる側である。しかし、押し寄せた魔物はそう言っていられない数であった。
乱戦の中、飛び掛かって来た狼の魔物をサザキは鉾の腹で突進を受け止めてそのまま押し返した。
狼の魔物はわずかに体勢を崩したが空中で立て直し見事に着地した。
が、着地の隙をついて横合いから突き入れられた槍がその喉元を貫く。
槍を突いた冒険者は一度槍を振るって刺さっていた狼の魔物を振り飛ばすと、飛んで行った死体には目もくれず次の獲物へと向かっていった。
サザキたちはルーネイがゴーテツに掴まり、サザキとゴーテツは背中合わせで立ち回り死角をカバーして動いていた。
冒険者たちは目印となり易く、物資を抱えているゴーテツを中心に自然と集まり陣を作っていた。そこに皇子と勇者を中心に据えた騎士団たちが合流する。
「魔物の数が多い。このままでは囲まれるぞ」
先導する形で魔物を切り捨てながらイグリス皇子が合流する。
「どうするんですか」
騎士団が盾を並べたおかげで魔物の浸透がなくなり、サザキは荒くなった呼吸を落ち着ける時間が得られた。
「強引に突破して深層組を先に送り出す。最初の突進をゴーテツに頼みたい」
「わかったよ」
ゴーテツの上からクルナイスが応えた。
イグリス皇子はそれだけ聞くと、合図用の音玉をクルナイスに渡し、鉾にもたれて呼吸を整えているサザキの肩を叩いて他の者達の説明に離れて行った。
「サザキ大丈夫?」
問われたサザキは鉾にもたれたまま手だけ上げて答えた。今後を考えて今少しでも体力を回復しておきたかった。
「サザキもゴーテツに掴まる?」
その言葉にサザキは悩んだ。これから陽の落ちた森を戦闘をしながら移動をするのだ。
明らかにサザキは実力不足であった。
しかしゴーテツに掴まるという事は完全にお荷物になるという事だ。ちっぽけな意地とプライドが逡巡を生む。
騎士団の居る方角から破裂音が響いた。
イグリス皇子からの突撃の準備が整った合図である。
行動に移さなくてはならない。決断をしなくてはならない。その事がサザキの焦りとなって判断が遅れる。
「サザキ! 」
差し出された手をサザキはとっさに掴んでいた。ルーネイであった。
サザキはあっさりとルーネイによってゴーテツへと引き上げられ、それを見届けてクルナイスは音玉を叩き割った。
取り囲んできた魔物を押しのけるようにゴーテツが囲いを突き破る。
そのまま加速しながら闇に沈んだ森へと、ゴーテツに乗ったサザキたちは突っ込んだ。
木々の中に数歩踏み込めばそこはたき火の灯りも届かない漆黒の世界であった。
魔導カンテラが照らす範囲はごくわずかであり、ゴーテツの一歩先すらまともに照らせていない。
そんな辺りを覆う闇の中から幾度も飛び出てくる魔物をゴーテツはその質量を勢いで弾き飛ばしながら進んだ。
しかし本当に恐ろしかったのは森自体であった。
突如現れる大木にボディをこすりながら、その脇を駆け抜ける。
泥濘に足を取られ、蔦に絡み取られそうになりながら、その度にサザキ達三人は互いに体を支え合ってゴーテツから振り落とされない様にした。
暗闇に目を凝らし、互いの息遣いと体温だけを感じてどれだけの時間が過ぎただろうか。
辺りを覆う様に在った魔物の気配が後方に感じられるようになり、ようやくサザキは後ろを確認するだけの余裕ができた。
「どこまで行けばいい」
後ろに続いていた騎士に声を掛ける。
「包囲は抜けたがまだ喰らい付いて来ている」
「わかった」
サザキは向き直るとクルナイスを支え直した。
「がんばってくれ」
「まかせっっっ!!!」
サザキが声を掛けたことで気が散ったのか、そうでなくても気が付けなかったのか。
クルナイスが返事をしようとしたタイミングでゴーテツは地面を踏み外してそのボディを宙に浮かせた。
完全に浮いた時間はわずかであったが、その後がりがりと地面を削りながら滑り落ちる感覚はずいぶんと長く感じた。
「大丈夫か」
崖から落ちたかとサザキは慌てた。
クルナイスとルーネイの二人を抱き寄せながらサザキは大声を上げる。
「大丈夫です」
「平気だよ」
その言葉にほっと力が抜けた。
「おーい、無事か?」
ルーネイでもクルナイスでも無い声が意外なほどすぐ近くから声が掛けられる。
サザキが驚いて振り返れば手を伸ばせば届く距離から先ほどの騎士がしゃがんでこちらを見下ろしていた。
「大丈夫だ」
落ち着いてみればゴーテツは3メートルほどの段差を滑り落ちただけで転倒もしていない。
「こちらに戻れるか?」
サザキはざっと辺りを見渡す。といっても、見えるのは照らされている滑り落ちてきた段差くらいだ。
サザキはそれを見てゴーテツで戻るのは難しいと考えた。クルナイスを見ても同じく首を横に振った。
ゴーテツはここに置いていくしかない。その事にサザキは言葉が詰まった。
「ゴーテツじゃ無理だからボク達だけ登るよ」
サザキの横でクルナイスがはっきりと告げた。
「わかった。引き上げる」
騎士は近くの木に手を掛けてこちらにもう片方の手を伸ばしてきた。
一番そばのルーネイがまずはとその手を取ろうとして、その体が崩れ落ちた。
とっさにサザキが支えたのでゴーテツから落ちることは無かったが、その顔は苦痛にゆがんでいた。
「どうした?」
ルーネイは口を開き掛けて、しかし顔を反らした。
「どうしたんだ」
サザキは嫌な予感を感じながらもう一度問いかけた。
「……さっきの転落で足を挫いたみたいです」
ルーネイは顔を伏せたままつぶやいた。
「クーと二人で行ってください」
敵に追われているこの場で足を怪我した者を抱える余裕が無いことは誰もが理解していた。
「どうした。時間が無いぞ」
騎士の声に焦りが強くなる。
彼の後ろを何人もの後続が過ぎて行く。あと少しもすれば追ってきている魔物が現れるだろう。
「待ってくれ。クー、ゴーテツはまだ動くか?」
ゴーテツに取りつけていた荷物を取りに行っていたクーが下から顔を出す。
「動くけどそこの段差を超えるのは無理だよ」
ルーネイ言葉は聞こえていなかったらしく、何事かと操縦場所に上がってくる。
「何があったの?」
ルーネイの様子を見て何かがあったとクルナイスは察した。
「ルーネイが足を怪我した」
クルナイスが息を呑む。クルナイスを見ることが出来ずルーネイはうつむいた。
「俺はゴーテツでルーネイと行く」
クルナイスほどでは無いが、サザキもゴーテツの開発者である。基本的な操縦は分かっている。
「サザキっ!」
ルーネイが顔を上げて何かを言う前にサザキは操縦桿を握ろうとした。
しかしそれより早く、クルナイスが操縦桿の前にすべり込んだ。
「夜の森なんてサザキが運転したら三歩で意にぶつかるよ」
「いいのか?」
「ボクの、ボクたちのゴーテツは無敵だからね」
返事になっているのかいないのか分からない返事をクルナイスがしてくる。
「クルナイス!!」
ルーネイの声は悲鳴に近かった。
「口を閉じてないと舌を噛むよ」
サザキはルーネイを抱きしめ、その顔を胸に押し付ける。
もごもごとルーネイが何かを言ったが濁っていて聞き取れなかった。
「どうした!」
手を伸ばしていた騎士には暗くてこちらの様子がよく分かっていなかったようだ。
「こっちはゴーテツでこのまま進む。そっちはそっちでやってくれ」
サザキはそれだけ叫ぶとルーネイを抱き寄せたままクルナイスを後ろから抱きしめる。
「鎧を着てるのが残念で仕方ないな」
「街に戻ったらゆっくり堪能させてあげるよ」
クルナイスはゴーテツを夜の森に疾走させた。




