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第五章 戦争 その3

「クー、クー」

クルナイスが声に気が付くとサザキが荒れた地面に足を取られながらも駆け寄ってきていた。

場所は大亀の真横だ。今は正面、勇者に気を取られているとはいえ、横に動いただけで運が悪ければぺしゃんこにされる。

「ちょっとサザキ。あぶない、あぶないから」

クルナイスがその場を離れろと大きく身を振って合図をするもサザキはお構いなしに突っ込んできた。


「ああ、ああ。クー」

サザキは体当たりをするような勢いでクーに抱き着く。

「苦しいよサザキ」

そんなサザキをクルナイスは引きはがす。それでも手を伸ばしてクルナイスに触れようとするサザキに、クルナイスは赤ん坊の様だと思った。

不思議と冷静だった。たぶん恐怖に感情が凍りついてしまったのだろう。自分の状況を確認した後、クルナイスは傍らに倒れているゴーテツを確認する。


「ここを離れるからサザキも手伝って」

傍では勇者が未だ大亀を抑え込んでいた。ゴーテツを大急ぎで起こし、駆動部などに詰まったゴミを大雑把に払う。

乗り込んだゴーテツは片足を引きずる様な格好ではあったがなんとか動いた。

「掴まって」

なんとか動き出したゴーテツにサザキを引き上げてクルナイスは一目散にその場を離れる。

「周りの魔物を見ておいてよ」

「分かってる」

幾分落ち着きをサザキは取り戻していた。さっきの事を照れているのか、返事がぶっきらぼうになっている。

それでもサザキは普段ゴーテツに乗るときにはわざわざ身を離すのに、今は支える様に肩に手を回して体を密着させている。伝わってくるサザキの体温が気持ち良くて、クルナイスもサザキにもたれ掛る様に体重を預けた。


クルナイスの帰還に砦の門が埋まるくらいの人が押し寄せた。特にドワーフは他の人を押しのっけてでも一番に同胞を出迎えようと待ち構えていた。

しかし出迎えの一番は別の人に取られてしまう。ゴーテツの姿が見えたところで門を飛び出して駆け寄るルーネイを押しどけることはさすがのドワーフ達にも出来なかった。

「まったく、サザキもルーネイも大げさなんだよ」

クルナイスは言葉を出さずに抱き着いて泣いているルーネイの頭をなでながらの帰還となった。




戦場が見渡せる砦の壁で二人の皇子がサザキ達を出迎えた。

イグリス皇子だけであれば礼儀は不要だが、ホーフロト皇子がいるのであればそれなりの対応が必要である。サザキ達は膝をついて頭を垂れた。

「よくぞ無事に戻ってきた」

ホーフロト皇子がクルナイスに労いの言葉を掛ける。その間も戦場からは激しい戦闘音がサザキ達の元に聞こえてくる。

「戦場が気になるだろ。立っていいぞ」

イグリス皇子がこちらに気を効かせてくれる。有り難くサザキ達は戦場へと目を向けた。


大亀の巨体は変わらず鎮座している。もしこちらに突っ込んできたらそれだけで砦は崩壊するだろう。

そんな大亀の眼前に一人立ちふさがり抑え込んでいる者が居る。

「あれが勇者ですか」

サザキは王都の式典で姿を見たことがあった。

武田からその能力も聞いていた。

しかし実際に見てしまうとその本質を全く理解していなかったのだと思う。


自分の体躯の数十倍で済むかという大亀の一撃を手に持った盾で当然のように受け止める。そして反撃とばかりに盾で相手を打ち据える。その衝撃はあっさりと大亀が体を浮かせる。

勇者は大亀と正面からぶつかり合っていた。

「そうだ。敗北の無い神が遣わせた救世主、それが勇者だ」

勇者の特性『不敗』。

相対した者より強くなるという説明を聞いた時には強さのイメージをサザキは持てなかった。しかし今目の前の事態を見ればその異常さが分かる。

自分の数百倍の質量を持つ相手の一撃に打ち勝つ。それはステータスがどうのというレベルをはるかに超えていた。


「でも、勇者は王都に居たのでは」

ルーネイの言う通り勇者は王都に居ると伝えられていた。表立っては予測できない事態に対応して王都を守るためとされていたが、他にもイグリス皇子のこの作戦をこの世界の者達だけで成し得たいなどいくつかの理由もあったはずだ。

「その通りだ。朝、サザキから話があった時に賢者殿の創られた魔導具で王都に連絡をいれておいた。この砦に何かあった時のためにと行った連絡であったが、予想外に早く勇者が来てくれたようだ」

王都までといえば早馬でさえ半日かかる距離だ。勇者は早馬の倍以上の速さで移動してきたことになる。

「何か移動魔法のようなものがあるのですか」

「自分の足で来たらしい」

大亀との戦いを見ていると馬よりも早く走れると聞いてもそうなのかと納得してしまう。


大亀の勇者の戦いは他の者の介入を許さなかった。戦いは一昼夜におよび、冒険者や騎士団が参加できたのは大亀が体力を使い果たしてほとんど動けなくなってからであった。

大亀が崩れ落ちる際、人々は勝鬨を上げる事も忘れて見上げていた。

今回は今までと違う、自分たちの力で勝利を手にできると挑んだ戦いが、結果を見れば勇者でしか抑えられない強大な相手が平然と現れたのだ。死しても自分たちの前に巨大な壁となって佇む大亀がまるでそれを伝えているようであった。




人々の感情を余所に戦は進んでいく。

作戦は第二段階、ダンジョンの攻略へと移行していった。

ダンジョンの奥への進出に際しては大亀の通って来た道なりを辿ることで予定の大幅な短縮が可能となり、瞬く間にダンジョン中層に拠点となる砦が作り上げられた。

再生力の強いダンジョンに敷かれた道は毎日のように魔法使いたちの火の魔法で地面ごと焼き固められ、ゴーレムに踏みしめられてようやく維持していた。

そんな道を多くの冒険者や商人が通っていた。


冒険者が中層に進出するに置いて壁となることはいくつかある。その中で一番大きな壁と問われれば日帰りできる上層と異なり野営が必要になる点だと満場一致で答えが返ってくるだろう。

砦の建設はその壁を取り払った。今までにない数の冒険者たちが大亀の道を通って中層のダンジョンへと日々挑んでいった。




日々冒険者が押し寄せる砦の中、拠点用の広場に張られるテントの中の一つにサザキは居た。

他より二回りは大きいテントで在ったが、数多の物が置かれて場所に余裕は無い。そんな狭いテントの中でゴリゴリとルーネイが薬草を擦る音が響く。

サザキは部屋の隅で邪魔にならないようにルーネイを見ながら座っていた。

それを呆けていたと思ったルーネイが声を掛けてきた。

「さすがに中層は疲れますか?」

ルーネイが気にしたのは最近の探索の事だ。中層に慣れる意味もあって砦の周囲になんどか探索に出ていた。魔物のほとんど狩られた場所で採集だけをしてきたが警戒が要らないわけでは無い。それを担ってきたサザキの負担は確かに増えていたが、ルーネイが気にするほど疲れが残るほどのものでは無かった。


「いや。最初の宿を思い出すなって」

サザキに言われてルーネイは手を止めると、辺りを見渡してそうですねと頷いた。

「けれど、前はこんな金属だらけじゃなかったですよ」

指したのはクルナイスの持ち込んだ道具類だ。

テントに押し込まれていた物のほとんどはルーネイとクルナイスの荷物であった。

それもそうだとサザキは改めて部屋を見回す。見覚えのあるものもあれば、全く用途の分からないものもある。

サザキの意識が逸れたのでルーネイが再び薬草を擦る音が部屋に響く。


そもそもなぜサザキたちが実力に不相応のこの場所に居るのかというと、その理由はクルナイスに起因する。急ピッチで建造を進めた砦では馬力があり、それなりに細かい動きの出来るゴーテツはこの上なく重宝された。要請に従いこの砦に来てからクルナイスは常に引っ張りだこで、サザキとルーネイはそのおまけで来ているに過ぎない。


部屋の中をさまよっていたサザキの視線は気が付けばルーネイに吸い寄せられていた。

大きな鉢を足に挟んで固定して棒を動かす姿は色気など無いのだが、サザキには魅力的に思えた。

「なんですか?」

視線に気が付いたルーネイが顔を上げる。

「手伝おうか」

ルーネイを見ていたなんて言えるわけも無く、サザキは誤魔化すように腰を上げた。

「それじゃあお願いします」

ルーネイは手早くいくつかの物を集めると、自分の脇にそれらをドンと置いてサザキが座れるように横にずれた。

サザキは先ほどのことで意識してしまったルーネイの横に座るというのは恥ずかしかったが、ここで断って妙に勘ぐられるのも嫌だったので何食わぬ顔でルーネイの横に座った。

くっ付いているわけでは無いが、体温を感じられる距離ではある。

サザキは気持ちを紛らわすように作業に没頭した。干した薬草を手で擦り合わせて細かくしながら硬い葉脈を除いていく。


「下手になりましたね」

ようやく作業に専念出来たころにぬっとルーネイが覗き込んでくる。

目の前の髪からはここ数日ろくに洗えてもいないだろうが草葉の匂りとどこか甘い匂いがして心臓が跳ねた。

「そうか?」

だからサザキはあえてそっけない態度を取った。

「そうですよ」

言われてみればサザキがルーネイの手伝いをするのは久しぶりであった。

「久しぶりだからな」

「そういえばそうですね」

ルーネイはそれ以上言うことなく、手に取っていた葉の欠片をもどして自分の作業にもどっていった。

サザキも離れたルーネイにほっとしながら、ルーネイの隣での作業を続けていく。


「あー、二人でくっ付いてなにしてるの!」

テントの入口をまくって入って来たのはクルナイスであった。

サザキは反射的にルーネイから離れようと腰を上げて、足元に置いていた道具に引っ掛かり盛大に転んだ。

「薬草がっ」

ルーネイはサザキの傍にあった器を慌てて持ち上げた。

「荷物がっ」

クルナイスはサザキが転んだ拍子にぶつかった荷物をサザキを踏み台にして支えた。

「ちょ、痛い、痛いから」

思わずサザキが悲鳴を上げる。

「ボクが働いているのに二人でいちゃいちゃしてたから罰が当たったんだよ」

クルナイスはそう言うとわざと反動を付けてサザキの背中から飛び降りた。その下でサザキはカエルがつぶされたような声を上げた。




「伝えることが二つあるよ。一つは砦の仕事が終わったよ」

「そっか。なら街に戻れるな」

前の戦から落ち着くことなく過ごしてきていたのでようやく一息つけるとサザキは思った。

「それなんだけど、もう一つが新しい仕事の依頼なんだ」

「新しい? 砦への物資運搬とかか?」

砦の作業が終わったなら、後ゴーレムの力が必要になりそうな仕事で思いつくのは運搬関係である。

「物資運搬はそうなんだけど、内容は深層に向かう人たちの荷物運びだよ」

サザキは顔をしかめた後、ルーネイが煎れてくれた薬草茶を飲んで間を置いた。

「説明してくれるか」

「うん。ところでサザキたちは深層探索の計画をどこまで知っている?」

「精鋭部隊で深層を目指すってことぐらいかな」

自分には関係ないと割り切っていたサザキはあまり詳しくなかった。隣のルーネイも同様であった。

そんな二人にクルナイスがボクも今日聞いたんだけどと前置きをして話し出す。


深層探索は勇者たちを含めた精鋭6パーティ、50人ほどで行われる。

ただ、彼らだけで砦から出発するわけでは無く、下層までは護衛を付けて彼らの体力を温存していくらしい。

クルナイスが今回頼まれたのは下層までの護衛に交じってのゴーテツでの荷物持ちだ。


「それなら、まぁ大丈夫そうか」

ゴーテツという存在のせいでクルナイスが実力不相応の深層にまで引っ張り出されるのではと危惧したサザキは説明を聞いて肩の力を抜いた。

クルナイスの身は心配ではあったが、自分は待つだけだとサザキが思ったところで、話を聞いていたルーネイが身を乗り出した。

「私も行きます」

「ルーネイ?」

「どこに?」

「クーと一緒に下層までです」

「無理だよ!? 危ないんだから」

「そんな事は知っています」

「薬草ならここら辺でだって探せばあるって」

「ほしい薬草がある訳じゃありません」

サザキとクルナイスの言葉にルーネイは首を縦には振らなかった。

「だったら何で」

「もう待っているのは嫌なんです。クーが大亀の前に立っている間ずっと怖くて見てられなくて、けど目を離した間に何かが起こるのはもっと怖くて……そんな思いはもうしたくないんです」


ルーネイは体を抱くように身を縮めるとつぶやくように言った。

クルナイスはルーネイをそっと抱きしめる。

「分かった。ルーネイも一緒に行こうね。ボクが絶対に守ってあげるから」

サザキはどう声を掛けていいものか悩んでいる間に先を越されてしまった。

「そういう事だから、サザキは留守番よろしくね」

ルーネイを抱きしめたままクルナイスはサザキににやりと笑って見せた。

「いやいや、二人が行くならさすがに俺も行くって」

「大丈夫だよ。ルーネイはボクが守るから」

ねーとクルナイスがルーネイに同意を求めるとルーネイも浮かんでいた涙をぬぐいながら笑った。

「そうですね。私もサザキよりゴーテツの方が安心できます」

「いやいやいやいや、そうかもしれないけど俺だって多少は役に立つだろ」




大勢で移動するから大丈夫だろうと楽観的に捉えて行軍に参加したことをサザキはようやくたどり着いた下層入口で盛大に後悔した。


森の中から笛の音が短く3回鳴るのが、先行している偵察隊から進行方向に避けられない魔物がいる合図であった。

「13隊、対処にあたれ」

その度に指揮官はその度に言葉少なく指示を飛ばし、誰もが粛々と与えられた指示に従った。

決意の表情で離れて行く者達をサザキは何度も見送った。

割り振られるのは魔物に対応できる最低限の人数、例え魔物を倒しても拠点まで自力で戻らなくてはならない。

楽観的に捉えられるものではないのに誰一人文句を言う者は居なかった。

サザキ以外は隊列を離れて森の奥に消えて行く者たちを見送ることも無く、一団は足早に先へと進んでいった。


前回の戦争で削った魔物が戻ってくるまでに一ヶ月かかると専門家は予想した。拠点の作成と調査で既に半月近くが経過していた。つまり後わずか半月ほどで最深部へ踏破しなければならない状況であった。

その限られた時間の中でダンジョンを踏破するために取られたのが引きつけ作戦になる。

可能な限り魔物は避け、避けきれない魔物は護衛の一部が受け持ち本体を通す。その強硬策で早くとも四日はかかると言われた下層までの道のりを二日で進んだ。


一団は魔物との遭遇以外にも純粋に付いてこられずに脱落した者、気が付けば奇怪なダンジョンに飲まれて姿を消した者など次々と脱落者を出していった。

結果、砦近くでは有志の冒険者が引きつけ役を買ってくれて無傷で進んだというのに、二日後の野営地にいるのは当初の200名の半数にすら満たない80名ほどであった。


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