第五章 戦争 その2
陣形が変わりサザキは暇になっていた。
もともと実力が乏しく乱戦になる今の戦場ではやっていける気がしない。
そういう冒険者は少なくなく、騎士団に混ざっている。が、一応副将のサザキがそれをするわけにもいかない。
朝、既に外で動き出す人の音を聞きながらサザキは寝床を何度も転がっていた。後方に下がったおかげで体は疲れていないのだが、ずっと戦場が傍にあるせいで気分がたかぶってほとんど眠れなかったのだ。
耳を澄ませば朝の喧騒の先に戦場の音が鳴り響く。戦場の様子が分かる訳が無い。それでもサザキは地面から響いてくる音に耳を澄ませた。
騎士団の移動には足並みのそろった足音が伴う。
ゴーレムたちはその重量から一歩動けばすぐにわかる。
あとは絶え間なく様々な足音が響いてくる……いや、違った。
遠く、戦場の後方、森の奥からわずかだが響いてくる音がある。今は小さくても距離から見ればそれはかなりの重量のものであった。
「森の奥から何かが来ている?」
音の確認をしてサザキはイグリス皇子を訪ねた。皇子は朝食らしかったが、その食事は戦場を見通しながら片手でサンドイッチをほうばるという簡素なものであった。
「気が付いたか?」
「いいえ、私には」
「そうか。それがなんであるか分かるか?」
「分かりません。ただ、かなり距離はありますが、足音はゴーレムと変わらないくらいだったので、それよりもかなり大きいかと」
「ゴーレムより大きな魔物か。ぱっとは思いつかんな。とりあえず報告はわかった。こちらでも調査と対応を練っておく」
朝方サザキが気が付いたその音は、時間が経つにつれ大きくなり、昼を過ぎたころには戦場一帯に響き渡る様になっていた。
「何が出てくるんだろうね」
「不安ですね」
サザキと合流したクルナイスとルーネイが対照的な思いを言ってくる。
この音によって陣形がずいぶんと変わっている。余剰戦力はどんな事態にでも対応できるように砦に集められていた。
サザキは砦の上でじっと音の主が現れるのを待った。
ばりばりと木々を砕きながらそれが姿を現した。
ぬっと森から出てきたのは皺だらけで干からびているのではと思うような首。しかし食欲は旺盛で噛み砕いた木を数本まとめて咀嚼する。そして同じような首がもう一本。こちらは逃げようとしていたトロールを、周りのゴブリンごとぱくりと丸呑みにしていく。
魔物達はそれから逃げようと距離を取り始める。それを追うように首の元、胴体が姿を現す。
ビルが建っているようにサザキは感じた。それほどまでに現れた首の主、双頭の亀はでかかった。
亀の出現を受けて下が慌ただしく動き始める。時折イグリス皇子の声が聞こえてきていた。
「あれって何なんだ」
サザキは亀から視線が外せず、そのまま傍の二人に聞いた。
「分かりません」
「ボクも」
二人は言葉少なくそれだけ答えた。それまで人が対したことの無い未知との戦いが始まった。
大亀から魔物が逃げて出来た隙間をイグリス皇子一団が馬を駆る。大亀が首を伸ばしても届かない距離を見極め、挑発しながら眼前を幾度も横切っていく。その隙にゴーレムが2体横から距離を詰めて行く。
ゴーレムの手には巨大な杭、破城槌が掴まれている。皇子たちに気を取られていた大亀にその巨大な杭が撃ち込まれる。狙われたのは露出している足。前足から血しぶきを上げ、大気を揺さぶるような悲鳴を上げながら大亀は自分を傷つけたものを探した。
大亀が視線を巡らせたときにはすでにゴーレムは背を向けて一目散に逃げていた。大亀が後を追ったとしても、怪我をしている状態ではそれも叶わないだろうと誰もが思った。
その予想が覆る。
前足を怪我した大亀はわずかに身を起こす様な素振りを見せ、そして、跳んだ。
後ろ足だけでの跳躍。距離はそれほど無かったはずだがその巨体だ。
大地を捲り上げながら百メートル以上も巨体が滑っていく。巻き上げられた土塊が辺りの魔物を押し潰す。
サザキ達も飛んで来た細かい破片を建物の陰に入って慌ててやり過ごす。
三人は意図せず互いに身を寄せ合ってわずかな時間を過ごした。
飛来物がなくなり建物の陰から身を乗り出すと景色が変貌していた。
大亀の巨体が滑った場所にはよじ登れるほどの溝が出来ており、辺りには巻き散らかされた土塊が散乱している。
その中に巨大な鉄の塊、元の形が分からないほどに壊れたゴーレムも見て取れた。
クルナイスが悲鳴を上げる。
飛び出そうとしたクルナイスをとっさにサザキが手を伸ばして抑え込んだ。ドワーフの力にサザキは押しのけられそうになるも、ルーネイも抱き着くようにクルナイスを止めに入った。二人に抱き締められる形でクルナイスは名前を叫びながら涙を流した。
戦場は膠着状態となっていた。大亀はその場に留まり森から出てくる魔物を片っ端から食べている。観測によると前足の傷がかなりの速度で回復しているらしい。
それに対してイグリス皇子を含め人々は打つ手がなく、静観するしかなかった。
「大亀の今後の動きが分からない以上、最悪の事態を想定すべきだろう」
有効な対策案の出ない作戦室で騎士団を率いている、イグリス皇子の兄である第一皇子のホーフロト皇子が告げた。
「それは、襲撃の際にはこの砦を破棄するという事でしょうか」
「いいや。後方の街をあれが襲う事が最悪の事態だ。それを防ぐためには、今いかなる犠牲を払ってでもあれをこの場で食い止めなくてはならない」
号令の元、大亀に対しての決死の作戦が決行される。
「本当にやるのか」
「敵も取りたいから」
クルナイスはサザキに言葉少なく答えた。対大亀の作戦はシンプルであった。左右から迫って足をつぶし跳べないようにしてから総攻撃を仕掛けるというものだ。足それぞれに残った3体のゴーレムが割り当てられた。
集団で子供を育てるドワーフは仲間意識が強いようで、ゴーレムを操縦するドワーフは誰もが怒りに震えていた。
ただ、左右から攻めるだけでは大亀がどれかに向かって跳んでしまう恐れがある。そこで正面から大亀を引きつける役割が必要になるのだ。
それにクルナイスが志願した。
「ボクのゴーレムが一番早く動けるし、他のゴーレムほど力は無いから」
彼女に任せることに多くの者が反対したが、結局その意思を変えられる者は居なかった。
カモフラージュ用のネットをかぶせられたゴーレムの傍らを寄ってくる魔物を倒しながらサザキは静かに進んでいく。周りにいる冒険者たちも大亀に気づかれない様に無駄口を発する者は居ない。
囮役の同行を申し出たサザキを少しでも重さは減らしたいからとクルナイスは断った。それでも何かせずにはいられず、サザキは足を破壊する役割のゴーレムをサポートする一団に参加している。
所定の位置に着くころ、拠点から煙がたかれ始める。煙に紛れてクルナイスのゴーテツが近づいているはずだ。
クルナイスは大亀が跳ばない距離、具体的には首で攻撃してくる距離で大亀を引きつける。その間に他のゴーレムは残りの足を破壊する。足は一ヶ所破壊できればいいので杭を打ち込めた班は合図をして、他の班は即撤退する。足の遅いゴーレムは可能な場合のみ持ち帰るものとする。
サザキは頭の中で作戦の手順を繰り返す。失敗の無いように、少しでも早く終わる様に、クルナイスの負担が減る様に。
「いくぞ」
誰かが上げた声にはっとして顔を上げる。大亀の傍まで流れていた煙からゴーテツが飛び出すのがサザキは見えた。
そちらに意識を取られながら、周りから一歩遅れる形で慌てて動き出したゴーレムの後に続く。
ゴーレムの邪魔をする魔物を倒さなくてはいけないのだが、サザキの目はどうしてもクルナイスを追ってしまう。クルナイスはゴーテツを華麗に操り、同じサイズの迫りくる二つの亀の顔を躱し続けていた。
けれど相手の巨体である。躱す動作は大きくなり、大亀はそのゴーテツを追うためにわずかだが移動をする。それによる足の移動が杭の打ち込みを邪魔していた。無防備に近づいて足にぶつかればゴーレムとて壊れるだろう。大きい。巨大である。ただそれだけでこれほどまでに厄介なのだ。
一分一秒が長く感じられる。サザキは紙一重で大亀を躱し続けるクルナイスから目が離せなかった。早く終わってくれ。そう願うも杭を打ち込んだ合図はいっこうに上がらない。
クルナイスの動きにも精細を欠いてきたように思う。握り込んだ手の爪が皮膚を破るのにも気が付かずにサザキは居た。
左右から交互に迫る亀の頭をクルナイスは右に左に飛び跳ねる様に躱していた。どうせ一撃もらえば終わりなので装甲も武装もほとんど置いて来た。機動力でいえば一番最初にドワーフの街中を暴走したゴーレムに近い。
クルナイスはこんな状況だというのに少し懐かしくなって笑みを浮かべた。
暴走に近い動作をさせればゴーテツのボディも動力である魔石も長くは持たない。先ほどからゴーテツの至る所が軋んでいた。それでもクルナイスはその未来が一秒でも先になる様にゴーテツを操縦していた。
攻撃をかわしてゴーテツが跳ねた時、右足から今までに無い異音がする。
駆動の一部が動かなくなったのか、それとも全部がダメになったのか。クルナイスは跳ね上がった空中でわずかに右足を動かして状況を確認した。右足は幾分か力が弱くなりながらも動いた。
その事にほっとしながら着陸の姿勢を整えようとしてぞっとした。今まで攻撃するたびに引っこんでいた首が引っ込まずにそのままいたのだ。つまり、ゴーテツの着陸する方向に待ち構える様に。
空中で姿勢を整える方法などゴーテツには無い。大亀の顔にぶつかり、ゴーテツは地面へと無様に転がり落ちた。
クルナイスはゴーテツから振り落とされないための安全ベルトにより大した怪我も無かった。しかしそれが幸運なのかは分からなかった。
自分の前をうろちょろして邪魔だったものがようやくいなくなる。感情があるかすら分からない亀の目にクルナイスはそんな思いを幻視した。
巨大な口を開けた亀の頭が迫りくる。クルナイスはそれを死を覚悟して見ていた。自分が食べられるその隙に杭を打ち込めればいいと。
辺りの地面を削ぎながら進んでくる大亀の口の奥にはすべてを飲み込む闇しか見えなかった。
「サザキッ」
思わず声が漏れて決意が揺らぐ。しかしもうどうしようもない。手遅れである。クルナイスはせめてもの意地で涙を拭って自分を飲み込もうとするその闇を睨みつけた。
そのクルナイスの前に影が過ぎった。赤い色が翻る。
クルナイスはその赤がマントの色だと相手が一歩進んだことで分かった。
クルナイスの前に立った相手は迫りくる大亀の口に向かって一歩進んだのだ。
あまりに低すぎたその音は、音というより衝撃であった。はたから見ていた者はそれが物がぶつかり合った音だと分かったが、見えていなかったクルナイスにはその衝撃をやり過ごそうと身を竦めた。
その間にもクルナイスの前に立った者が踏ん張る様に足を地面に沈ませた。そして目の前の者がさらに踏み込んだかと思うと目の前の者の背の向こうで大亀の頭が跳ね上がった。
「もう大丈夫です」
相手が振り向いたことでクルナイスはそれがまだ子供といえる年齢の男子であることに気が付いた。
大亀の攻撃に盾ひとつで押し勝って見せた男子は余裕を見せるためか笑ってみせながら名乗った。
「白石といいます。勇者をやっています。ここは任せてください」




