第五章 戦争 その1
部隊の編成に1日、行軍に1日。戦闘の火ぶたが切って落とされたのは3日目の朝であった。
ダンジョンの森から続く平地には騎士団が砦を最終防衛ラインとして陣地を築いており、サザキの居る冒険者たちは陣地の西にある丘に遊撃部隊として構えていた。
叩かれた銅鑼の音が森の奥まで響く。その音に驚き飛び立つ鳥を追うように森から煙が上がり始めた。
サザキは最初朝靄かと思い、続いて火事かと思ったが煙の量は増える事無く一定の量が上がり続けていることからそれが人為的なものであると分かった。
「あれがそうなのか」
事前の伝達で魔力影が出るだろうと伝えられていた。分からずに聞き流していたが、あの煙のことらしく辺りの冒険者たちも慌てずに立ち上る煙を眺めている。
「魔石を用いて魔力濃度を上げているのだ。濃さでいえば中層の奥に匹敵する。そして一番濃度が高いのが」
独り言のつもりであったが傍にいたイグリス王子が応えてくれる。彼が指差したのは騎士団陣地の後方。気が付けばそちらからも煙が上がっていた。
「あそこの濃度は下層に届く」
魔物は自分に適した魔力濃度の土地を住処にする。その習性を利用して濃い魔力濃度を作り下層近くの魔物をおびき寄せ、その魔物達に追われる形で中層、上層の魔物も森から追い立てようというのが今回の作戦になる。
戦争の開始と言うにはあまりに緩やかな始まりであった。午前中には動物が魔力に身を変じたものやゴブリンがポツリポツリと現れた。それらは編隊を組む騎士団に接することなく陣地から放たれた弓や砲弾に倒れて行った。
午後から次第に数が増えて、オークなども混じる様になったが時々現れる大物は、それも遠距離から魔法が撃ち込まれ陣地にたどり着くことなく倒れていった。
夕方ごろ、銅鑼が響き騎士団後方の煙が止められ本日の戦闘は終了となった。夜行性の魔物も多いので常に警戒と応戦は必要ではあるが、それでもあっけない初日であった。
初日の続きのように二日目の開始も穏やかなものだった。冒険者たちは既に慣れたようで食事を取りながら娯楽として戦闘の様を観戦していた。
冒険者側の陣地は漏れてきた魔物を倒すだけでもっと敵をよこせという野次まで飛んでいた。
午後からはトロールが混ざりはじめる。サザキが命懸けで殺し合ったあのトロールである。
しかしその巨体はオークに混ざっても良く目立ち、森から出るなり集中砲火を受けてあっけなく沈んでいった。
いつしか冒険者たちの野次は減っていた。中層クラスの敵が混ざりはじめた事、絶え間なく敵がやってきている事にじりじりと危機感を募らせていった。
動きがあったのは二日目の夕時、太陽が沈みかけオレンジの光と深い影が世界を染める時刻であった。
森がざわついたと思えば今までに無い数の魔物が森からあふれてきていた。
オークやトロールといった昼に活動する魔物と、ダークウルフやアイアンスネークといった夜に活動する魔物が纏まって襲い掛かって来た。
空でもハーピーやコカトリス、ジャイアントバットなどが混じった空の魔物の影は森が一回りも二回りも大きく見える程であった。
途端に陣地が騒がしくなる。魔物が入れ替わる間に夕食を済ませてしまおうと多くの者が食事をしていたため、そこらじゅうで食事をかき込む者や鍋をひっくり返しての怒鳴り声などが響いた。
「落ち着け。我々の出番はまだ先だ」
その混乱をイグリス皇子の一言が沈めた。カリスマ性とでもいうのだろうか。一言発しただけで人々の注目を集めてしまう。
イグリス皇子は人の視線が集まった後、たっぷりと十秒は黙って皆を見回してから口を開いた。
「我々が出るのは騎士団が防衛ラインを下げてからだ。見てみろ。まだ残った汁をさらえるくらいの時間はあるぞ」
イグリス皇子の指し示す先では、怒涛の勢いに騎士団は押されながらもしっかりと陣形を保ったまま下がっていた。そして下がれば下がるほど陣からの支援は厚くなり、高台からは魔物達がおびき出されていることがはっきりと見えた。
「分かったであろう。それでは、愚かな魔物を根絶やしにしてやろうではないか」
「「「おおおー」」」
先ほどの慌てた様とは一転、落ち着き、自信に満ちた表情で冒険者たちが声を上げ、拳を振り上げて応えた。
サザキは指揮官用のテントで戻ってきたイグリス皇子を迎えた。
「皇子も出られるんですか」
手早く身支度をする皇子にサザキは訊ねた。
「最初くらいは景気づけにな。後になればなるほど指揮に忙殺されてそれどころでは無くなる」
「分かりました。お気を付けて」
指揮官が先陣を切って出るのなら士気は上がるだろうとサザキは他人事のように思った。
「サザキも出るのだぞ」
「は?」
「将軍が出るのだ。副将が付いてこずにどうする」
森から魔物の大群が現れて半刻ほど、騎士団が下がったことを確認して丘の上に陣取っていた冒険者たちが動いた。
丘を駈け下りる勢いそのままに魔物に切り込んでいく戦闘に居るのは馬に乗ったイグリス皇子と、敵の動きを知って後方からサザキの元にやって来たクルナイスとそのゴーレムのゴーテツ、そしてゴーテツに捕まるサザキであった。
王子の騎馬とゴーテツが辺りの小物を蹴散らしながら魔物の中を突き進む。
イグリス皇子が剣を掲げて一方向を指した。先に居るのはトロール3体。
「いやいやいや」
サザキは思わず声に出して否定したが、離れて馬を駆るイグリス皇子に聞こえるはずも無い。
「いっくよー」
傍らのクルナイスもノリノリで突っ込んでいく。サザキも腹をくくるしかなかった。
騎士団の兵士たちは無事に砦近くまで戦列を下げ終えていた。未だ正面からの魔物の襲撃はすさまじいが、雨のように降り注ぐ攻撃に魔物たちは瞬く間に肉塊となっていく。横合いから突っ込んでくる冒険者たちを見るくらいの余裕はあった。
先陣を切ってきたのは戦争の直前に導入された新型のゴーレムだ。
ゴブリンどころかオークまで弾き飛ばして見えていたトロールの群れに突っ込む。トロールも気が付いたのだろう。ゴーレムを正面から迎え撃つ。
今までの常識ではトロールに力で張り合おうなんて誰も考えなかった。あれは頭の出来はいまいちだが、力だけは出鱈目だ。人なんでそれこそ一発でミンチにされる。
そのトロールにゴーレムは正面から突っ込んでいった。それどころか、進んでいた勢いを乗せて組みついて来たトロールをそのまま押し倒す。
マウントポジションを取った時点で勝負は決していた。いくら頑強なトロールでも金属の塊のゴーレムの重さには耐えられない。ゴーレムに圧し掛かられてメキメキと骨が折れていく音が騎士団の元まで聞こえてきた。
押し潰され、悲痛な叫びを上げるトロールを助けようと仲間のトロールがゴーレムに棍棒を振り上げる。
しかしそれも、ゴーレムから飛び出した物によって粉砕される。その射出の勢いにゴーレムにはバリスタまで搭載されているのかとそれを見て思ったが、予想に反して打ち出されたものは付いていた紐に引っ張られる様に向きを変え、ゴーレムの上に立った一人の男の手元へと戻っていく。
男は友人に物を投げて渡すかのようにアンダースローで、手元に戻った巨大な武器を緩くトロールへと投げる。その緩慢な動作とは対照的に、武器は爆発的な勢いを得てトロールへと打ち出された。
素手となったトロールは両手でそれを防ごうとしたが、打ち出された武器はその手を意ともせず砕いて腹へと突き刺さり、その勢いを持ってトロールを押し倒し地面へと縫い付けた。
ゴーレムの上の男はさっそうとトロールの上に飛び移ると腰に差していた変わった形の剣を取りだしそれをトロールの眼球へと突き立てた。
あっという間の出来事であった。冒険者は魔物達に自分の力を、人々の力を見せつけるかのようにトロールの血を滴らせる剣を天に掲げた。
サザキは後ろに続く冒険者と、そして横合いに居る騎士団から歓声が上がるのを聞いてトロールを倒せたことが分かった。
辺りでは既に冒険者たちが戦闘を始めていた。ゴーテツも並み居る魔物達をかき分けるように腕で吹き飛ばしている。イグリス皇子はと探せば、その姿はかなり先に見えた。通った後と思われる場所には胸に巨大な穴の空いたトロールの死骸が転がっている。
鉾がトロールの体に刺さって抜けなくなってしまった時にはサザキはかなり焦った。乗り移ったトロールは未だ息があり咄嗟に鉾を引き抜く事を諦めて験担ぎとして持ってきていた刀を使ってしまったのだ。
国宝である。クルナイスからは実戦には耐えられないと言われたものである。サザキの背中をじっとりと嫌な汗が流れていった。
トロールに刺さった刀を南無三と引き抜くと、幸いに折れてはいない。
血肉が滴る刀をわずかに陽の光が残る空にかざしてみても、致命的に欠けた部分などは無さそうだとほっと息を吐いた。
三日目、勢いを増した敵の進行は、波はあるものの未だに続いていた。
ローテーションを組んで対応に当たってはいたが、ひっきりなしの襲撃に騎士団、冒険者共に疲労の色を濃くしていた。
事態が進んだのは明け方の昼夜混成の魔物の大群を退け、あたたかくなり始めた気温と一晩の疲労で瞼が下がりそうになる頃であった。
最初だけと言っていたイグリス皇子は言葉に反して片手では収まらない回数先陣を切って切り込んでいる。当然サザキも突き合わされて、今ようやく自分たちのテントに転がり込むことが出来た。
「おかえりなさい」
荷物の整理をしていたルーネイがサザキに気が付いて顔を上げる。
冒険者たちは大体がPTごとにテントに振り分けられていた。だからルーネイがここに居る事はおかしくない。問題は寝床を占拠しているクルナイスだ。
「何でクルナイスが」
ゴーレムは視界の利かない夜運用する事は危険なので、クルナイスは最初の突撃以外は参加していない。だから夜は休めたはずだ。
「徹夜でゴーテツの整備をしていたみたいですよ」
ルーネイの言葉に適当に相槌を打ちつつ、斜めに寝転がって場所を取っているクルナイスを隅へと押しやる。一晩徹夜で気力も体力も限界であった。相手を気遣う余裕も無く、サザキはクルナイスの横に倒れ込んだ。
「ちょっとサザキ」
ルーネイの声も、うなされる様なクルナイスの寝言も無視してサザキは意識を手放そうとした。
そんな折であっても、戦場で張りつめた体は外から聞こえてくる音の微細な変化を聞き取っていた。
「なんだ?」
「何?」
サザキとルーネイ、二人が同時に声を出す。そして互いが同じものを感じ取った事で、何かが起こっていると確信を抱く。
「クー、起きろ」
寝ているクーを足で転がしながらサザキは武器だけを手にしてテントの外に飛び出した。
今まで通りに騎士団と魔物を挟み撃ちにできる様に森に添うように出撃していた冒険者たちがたった一体の魔物に突撃を止められていた。
「あのトロールおかしくないか」
「あれはトロールではありません。サイクロプスです」
隣で同じように目を凝らしていたルーネイが言う。
サザキの位置からはその特徴となる単眼を確認する事は出来ないが、確かに横に広いトロールより縦に高かった。
「中層奥の魔物か。この目で見るなんて思ってなかったな」
「そうですね」
計画の段階で説明されて覚悟していたとはいえ、実際に目にすると身震いをしてしまう。
サイクロプスの振る棍棒に冒険者が空に打ち上げられる。冒険者は囲んで八方から攻撃を仕掛けているが、既に片手で足りない数の冒険者がやられていた。
陣地から銅鑼が鳴らされ、撤退の狼煙があがる。騒がしい方を見れば先ほど別れたばかりのイグリス皇子が声を上げて指示を出していた。すぐに出撃では無かったがその気迫にサザキとルーネイまでピリピリとしてしまう。
そんな二人にクルナイスがテントからにょっきりと顔を出す。
「ごはん?」
未だ開き切っていない眼を瞬かせながら食事の匂いを探してスンスンと鼻を鳴らす。
さっきまでの雰囲気は、クルナイスのその様で一気に霧散してしまった。
「朝食にするか」
「そうですね」
サザキとルーネイは笑い合ってから朝食の準備に取り掛かった。
中層奥の魔物の出現を受け、昼までに冒険者、騎士団共に陣形の変更が行われた。
冒険者たちは丘の陣地を引き払い、隊列を組む騎士団の後ろにパーティやクランごとで集まっていた。
魔物の波は騎士団が受け持ち、大物は冒険者が各個に倒すという作戦だ。そして挟み撃ちでは無く、正面に魔物しか居ない状態になったためいくつかの兵器が新たに配備された。
素早く跳ね回るコカトリスを冒険者が剣の一振りで上と左右に居た三匹を斬り裂く。背を合わせた槍使いは空へと逃げようとした一匹に槍を突きだす。槍は全く届かない距離であったにもかかわらず、突きを向けられたコカトリスは体に穴を空け吹き飛ばされる様に空を舞った。
冒険者たちがコカトリスの相手をしている間にオークの一団が騎士団へと距離を詰める。20体に及ぶかという大集団は騎士団に多大な負荷をかけるかと思われた。
一目散に突っ込んでくるオークの群れに巨大な影が差す。見上げたオークが見たのはトロールよりさらに大きな、首が痛くなるほど見上げないといけないサイズのゴーレムであった。
別の方ではトレントが撃ち込まれる弓や魔法をものともせず、後ろに続く魔物の盾となって迫っていた。対していた騎士団が二手に分かれた場所に現れたのは破城槌を思わせる巨大な金属の筒。辺りに張り付いているドワーフが筒につながった手漕ぎポンプを必死に動かしている。その作業もほどなく終わり、筒が迫りくるトレントへと向けられた。
サザキは砦の外壁に昇り戦場を見渡していた。
冒険者たちがおとぎ話に出てくる魔物達をあっさりと下していく。ある者は見えない刃で相手を切り刻み、ある者は手にした斧で大地をかち割って見せた。
一歩下がった騎士団の所ではゴーテツより二回り以上大きな、そして武骨なゴーレムが迫りくるオークの群れを腕を振り回すだけで薙ぎ払っていく。上半身と下半身、二人で操縦する巨大ゴーレムはクルナイスの操作の様な繊細さは無いが、巨大な金属の塊が敵に向けて振り回される、それだけで魔物は蹂躙されていく。
視界の端に光を感じて視線を移せば炎の海が出来ていた。破城槌かと見間違うような巨大な火炎放射器は油を空気で飛ばすだけでなく風と火の魔法も用いているらしい。5分以上も続く火炎の波を受けたトレントは後ろの魔物共々灰となり崩れていった。
サザキがこちらの世界に来て知った戦いはもっと地味で、剣ひとつ槍ひとつで戦うようなものだった。それが、今、目の前では全く別の光景が広がっている。その原因となる物はどれもサザキが関わって来たものばかりであった。
戦場は熱にうなされていた。今まで届かなかった領域に手を掛け皆が熱狂している。命を懸けた戦場だというのに、誰もが一生の晴れ舞台であるかの様に表情を輝かせていた。
サザキはそんな戦場を一人見下ろしている。自分の手がこの光景を作ったのかもしれないという腹の底から這い出してくる不気味さと、肌を通して染み込んでくる高揚感に揺さぶられながら。




