第五章 サザキ流 その2
サザキは一度夜半に目を覚ました。暖の無い訓練場ではあったが、周りにはサザキと同じように潰れて寝ている者達がおり寒さは感じなかった。結局、自室に戻るのも億劫でそのまままた寝てしまったのであった。
再びサザキが目を覚ましたのは引き戸を開ける音と、瞼越しに刺してくる光によってであった。
夜中に寒くて誰かが閉めたのだろう。引き戸が開け放たれると朝日と共に朝の冷気が押し寄せてくる。
サザキ以外にも辺りで身震いしながら体を起こすものが幾人も居た。
「おきろー」
引き戸を開けていたのはクルナイスであった。その後ろにはメイドが付き従っている。
「片付けるんだからとっとと帰る」
クルナイスは昨日ドワーフ達としこたま飲んでいたはずだが、やはりけろりとした様子である。寝て居る者達を無慈悲にひっぱたき、蹴り飛ばしながらサザキの元までやってくる。
「こんなところに居た」
「おはよう」
なんとなくサザキはクルナイスに挨拶をしたが、クルナイスにはそれがお気に召さなかったようだ。
「おはようじゃないよ。昨日会場をボクたちだけに任せて逃げ出すんだもん」
「だって、あそこに居たってほとんどの人はルーネイかクルナイス目当てだろ」
街での評判通り昨日訪れた者の多くはルーネイとクルナイスが目当てであった。だからサザキは居場所が無く訓練場に引っこんでいたのだ。
「男の人が居るだけで全然違うの。ルーネイなんてどれだけ婚約の申し込みがあったと思っているの」
その話を聞いてサザキは多少むっとした。身近な女の子に男が近づいて来ると聞いて良い気はしない。
「それにサザキにだってあったんだよ。ボク何度もサザキさんはどこですかって聞かれたんだから。ライバルに気を使わないといけないボクの身にもなってよ」
「ライバル?」
「サザキを狙っているライバルだよ」
ライバルの意味が分からずに聞き返したが、まずかった。
「目も覚めた事だし、顔洗ってくるよ」
続いて何かを言われる前にサザキはさっさとクルナイスから逃げ出した。
水場から戻ってきたサザキは有無を言わさずに片付けに参加させられて、気が付けば日は完全に昇りきっていた。
「あー、腹減った」
すきっ腹を摩りながらサザキはすっかり片付いた訓練場にいた。メイドたちは片付くなりどこかに行ってしまって、いま訓練場にいるのはサザキと片づけを手伝ってくれた顔見知りの冒険者たちだ。
「これからどっかに飯食べに行きませんか?」
手伝うだけ手伝ってもらって解散というのも失礼かと思いサザキは冒険者たちに声を掛けたが、そこで彼らの雰囲気が先ほどまでと違う事に気が付いた。
「サザキ、少し話があるがいいか?」
スドーンの真剣な表情にサザキは声を出せずに首を縦に振った。
その言葉が合図のように、残って居た10人ほどの冒険者がサザキの前に座っていく。それもこの世界では誠意を表す方法として伝わっている正座である。
「ちょっと皆さん。どうしたんですか?」
サザキだけが状況を分からずに慌てた。
「三ツ星冒険者サザキ様。どうか我々にあなたの技を伝授ください」
大の男たちがそろって頭を下げている。意識してみればここに居る全員がそれぞれでパーティを持っている者達だ。つまりこの場にはパーティの代表として来たのだろう。彼らがわざわざ残って片づけをしていたのもこのためであったのだ。
彼らの纏う真摯な空気にサザキも混乱していた意識が落ち着きを取り戻していく。彼らはパーティを担うリーダーとして、これから魔王と戦う兵士として、自分なんかに頭を下げてきたのだ。その事に胸が熱くなった。
自然サザキも彼らと向かい合い腰を下ろす。
「未熟なこの身でどれほどの事が出来るかは分かりませんが、持てるすべてを伝えることをお約束します」
厳かに互いに頭を下げていたが、凛と張ったその空気は長くは持たなかった。誰ともなしに笑いが漏れだし、最後にはその場にいた皆が声をあげて笑った。
「似合わない事はするもんじゃないな」
「そうですね」
スドーンはサザキに手を貸して立ち上がらせると改めて手を出してきた。
それをサザキはがっちりと握り返す。先ほどの雰囲気はもうどこかに行ってしまったが、握りしめられた手の力強さがスドーンの、彼らの思いの強さを表しているようであった。
門下生、と言うのにはまだサザキは抵抗があるが、サザキの元に技術を学びに来たものたちが使い終わった訓練場の掃除をしている。最初は身内にのみ教えていたのだが、同じパーティのメンバーにも、知り合いのあいつにもといったように増えてあっという間に教わりにくる人数は増えていった。
「サザキー、こっちの鉱石ちょうだい」
積み上げられたアイテムの山に顔を突っ込んでいたクルナイスが興味の物を掘り当てたようだ。
「おぅ、肉はいいから魚ないか。ちょっと誰か見てこいよ」
離れたところで訓練後の定番となった酒盛りを始めていた一団から一人がやってきて、同じくアイテムの山を漁り始める。
「あ、サザキ。ちょっと毒消し草が足りなくなったんだけど、こっちに無いですか?」
外から入って来たルーネイまでもがアイテムの山へと寄っていく。
そうこうしているうちに掃除が終わったのだろう。
「「「教官お疲れ様でした」」」
門下生たちが宴会を始めていたスドーンたちに挨拶をしてこちらにやってくる。
がやがやと喧しくやって来た門下生たちは入口の奥でアイテムの山を整理しているこちらに気が付いたようであった。
「おい!! あれクルナイスさんじゃね!?」
「マジだ。今度は何作るんだろうな」
「ちょっとまて。もう一人ってルーネイさんじゃないか?」
「ホントかよ。俺初めて見たよ」
「ルーネイさん普段研究室だからな。会えたのはラッキーだったぜ」
「「「先生、お疲れ様です」」」
訓練生たちはサザキの前を頭を下げて外へと通り過ぎて行く。
「ところでさ、三ツ星冒険者ってもう一人居るんだろ」
「ああ、ワイバーンなんて呼ばれている人がいるぜ」
「うっわ。名前だけで怖すぎなんだけど。どんな人なんだ」
「知らないけど、この訓練場のお披露目で素手で大岩を砕いて見せたんだって」
「なにそれ。ワイバーンじゃなくてオーガだろ」
静かになったのはサザキの脇を通る時だけで、また再開された雑談が耳に入ってくる。その内容をサザキは笑いをこらえながら聞いていた。
サザキに技術を習う者、門下生が増えて困ったのは手が回らないことだ。
人数が少ないうちはサザキが座学で教え、実演し、指導していたのだが人数が増えると回せるものでは無かった。そのためにいくつかのルールが設けられた。
まず座学はサザキが、実演と指導は初期のメンバーが人を増やした責任として行う。
また、教わる者は対価として手土産を用意する事。この手土産は教える側の報酬とする。
大まかにはこの二つだ。これにより人手不足は解決をした。当初は対価の手土産が漠然としすぎていて機能するのかと思われたが、いい物を持っていくほど熱心に教えてもらえると噂が立ち、高価な物なども結構持ち込まれている。
役割を分けるようになると、スドーンたちの様な最初に倣って教える側に回った人は教官と呼ばれるようになり、少しでも実力のある人に教わろうと朝一番に列を成して待つ人が居るほど人気の奪い合いとなった。一方のサザキは座学しか教えていないので、ルーネイかクルナイスの下についている研究者かと思われるようになった。事情を知っている者もこの悪乗りに参加し、先生と呼ばれるようになった。
持ち込まれたアイテムの整理を終えて館に戻るとギルド職員のミールシナがサザキを待っていた。
「おつかれさま」
「お疲れ様です」
「今日は報告の日でしたっけ?」
ギルドの協力を得て建てられた研究所であり、工房であり、訓練所である。週に一度は成果の報告を上げていて、その窓口がミールシナとなっている。
「いいえ。今日は別の要件です」
ミールシナの抱えていた紙の束からひらりと一枚の紙が差し出される。
「今度皇子が街にいらっしゃいます。その時にこちらにも寄られるので、その日程ですね」
やってくるのはイグリス第四皇子という事だ。どうも彼とは縁があるらしい。
時間はめまぐるしく過ぎて行った。皇子が来るという事で戦が近い事を感じ、慌てて訓練場を訪ねてくる冒険者も増えた。
ギルドでは通常の討伐依頼などを見かけなくなり、代わりに森の外に陣地を作る手伝いの依頼が増えていた。
久しぶりの再会となったイグリス皇子は、以前この街でしていた冒険者らしい格好ではなく、無く王族らしくマントをなびかせた服装であった。
「お久しぶりです、皇子」
けれど気さくな態度に変わりは無く、膝をついて慇懃に挨拶をしたサザキの手を取って立ち上がらせた。
「かたっくるしいのはやめてくれ。それよりも噂は聞いている。この短期間に予想以上の成果をだしたらしいな」
「周りが手伝ってくれたからです」
「そう周りが動くのも資質だ」
謙虚になりすぎるのも嫌味となるので、サザキはその賛辞を素直に受け取った。
「今回の戦は冒険者が主役かもしれないな」
訓練場を見て回ったイグリス皇子はそう口にした。
「騎士団が前面に展開すると聞いてますが」
噂で聞こえてくる今回の作戦は森からおびき寄せた魔物を騎士団が抑え込み、冒険者は側面から削る役目だ。陣地を見てきた人たちの話なのでかなり信憑性は高いらしい。
「正面は確かに騎士団だ。人数も多いしな。しかし、お前が広めた新しいスキルが、集団で動かなくてはならない騎士団ではまだ使いこなせていない。戦になれば冒険者が騎士団の数倍の功績を上げるだろうな」
その状況を作り上げたのがお前なんだぞと肩を叩かれても、サザキには実感が無かった。
「しっかりしてくれよ。お前には副将として立ってもらうんだからな」
「はぁっ!?」
酒場の喧騒はいつもにも増して騒がしく、熱が籠っていた。酒場だけでは無い。ここ数日街全体が熱気を帯びていた。
「おお、我らが副将殿がお出ましだ」
酒場に新しく入って来た男、サザキはスドーンに大声で呼ばれた。
「その呼び方やめてくださいよ」
サザキは集まった視線を避ける様に身を縮こませてそそくさと席に着いた。
「なら三ツ星冒険者のワイバーン様か」
席に付いてしまえば皆がそれぞれの話に夢中である。他の席の話など聞く者は居ない。
サザキのテーブルには顔なじみたちがそろっていた。主に訓練場で教官役をやっていた者達だ。
「みんな明日から出兵だっていうのに、ずいぶん飲んでいるな」
テーブルには既に飲み、食い散らかした後が大量にあるし、辺りからは酒を注文する声がひっきりなしに聞こえている。
「明日からって言っても、どうせ初日は歩くだけだしな」
応えたのはクラン『ドラゴンヘッド』のリーダーであるベオロだ。
「ねぇ、ルーネイちゃんは来ないの」
他のテーブルに行っていたモモノも戻ってきてサザキに絡み始める。かなり酒が入っているのか抱擁するように引き寄せてくる。かなり大胆であった。
「ルーネイもクーも今晩は準備でこっちにこれませんよ」
来る前に声はかけたのだが、体一つの冒険者と違い二人とも持ち場で他の人に指示を出しながら忙しそうにしていた。
「なーんだ。残念」
モモノはひょいと身を離してしまう。少しでも肌の感触をと寄せられるままにもたれていたサザキは支えが無くなり顔から床に転んでいった。そんな事すら余興にして人々は杯を傾ける。
酒も回り辺りの大半が追い潰れてもサザキはまだちびちびと酒を飲んでいた。付き合っているのはペオロとスドーンだ。
「あの時強引にでもうちのクランに入れとけば、うちも三ツ星になれていたのにな」
サザキにはペオロの言葉が意外であった。
「ペオロさんはあまり名誉とか気にしていないと思ってましたけど」
「俺もそう思ってたんだけどな。実際にサザキの活躍を見ていると、自分たちが置いて行かれるような気がしてな」
「それには同意だ。この前まで何もできないひよっこだったはずが、気が付けば手の届かないところにいやがるからな」
スドーンもその言葉に同意した。
「一番熟している時期の二人が何を言っているんですか」
酒の飲み方が悪かったのか気弱な事を言う二人をサザキがフォローしても、二人の反応は良くない。
「そもそも二人は俺と戦って負けると思っているんですか?」
「それは、 」
「無いだろうな」
二人とも迷うことなく答える。その事に微妙にサザキは傷ついた。
「冒険者は実力主義なんでしょ。なら二人とも俺より上に居るじゃないですか」
「そう思ってたんだがな。サザキ、お前には純粋な力じゃない、何というか俺たちの知らない異質な強さがあるんだよ」
「そうそう、それだよそれ。なんつうか占い師や呪術師なんていうみょうちくりんな奴らに近いよく分からない不気味さってのだよな」
スドーンの言葉にペオロも同意した。
「そういいますが、二人ともそのよく分からない強さをもう使っているじゃないですか」
サザキが言っているのはスキルの強化の事だ。スキルの強化に関していえば二人ともサザキよりよほど練達している。
「だいたいが、よく分からないって言ってますがそれを相手にするのが冒険者でしょ。怖気付いてどうするんですか」
サザキが煽ってやると酒が入っている二人はすぐに言い返してきた。
「怖気づいてなんてねぇよ。俺は森のダンジョンが終われば岩のダンジョンをうちのパーティだけで深層到達してみせるからな」
「お前のとこが深層にいけるならうちは海の端を見て来てやるよ」
そこからは気勢を取り戻した二人が競うように目標を語り合い、最後は呑み比べという冒険者らしいパターンでサザキも巻き込まれて酔いつぶれていった。
かなり間が空いてしまい申し訳ありません。
難産で悩んでいる間に他の物語に手を出してしまったり……。
ラストまで早く仕上がるように頑張りますのでおつきあいください。
あと、明日、明後日と予約投稿しておきますので3話分は更新されます。
時間は朝の6時になります。




