第五章 サザキ流 その1
サザキたちがダンジョンに行っている間に館とその周りの改築はすっかり済んでいた。そのおかげでサザキたちは館に来て初めてゆったりとした朝食をとることが出来ていた。
食卓を囲んでいるのはサザキ、ルーネイ、クルナイスの三人に加えてマイサの4人だ。といっても、マイサはとうに食事を終えており給仕に専念している。
マイサはサザキの養子発言に左右されること無くメイドとしてにサザキに接してきている。果たして口数の少ないこの少女がどういった考えで行動しているのかサザキには分からないが、やりたいようにさせていた。
食後のお茶でくつろいでいると話題に出たのはこれからの事だ。といっても、ルーネイもクルナイスも既にやることは決まっているので訓練場をもらったサザキだけが何をするのか決まっていなかった。
「とりあえず訓練場を見て、それからかな」
「流派とか立ち上げるのかな。開祖サザキとか」
自分の流派、その響きを一度はサザキも魅力的に感じたがすぐに未来で未熟な流派として笑われているのが想像でき慌てて首を振った。
「そういうガラじゃないから」
訓練所の中は冷え込むようになってきた朝の空気がそのまま残っており、中に踏み入れたサザキはぶるりと一度身震いをした。
明かりとして魔導カンテラもあるが、魔石がもったいないため入口から順に窓を開けて光を取り入れていく。
休憩室や着替え用であろういくつかの部屋を通り過ぎた最奥に訓練所は作られていた。訓練場の壁は引き戸となっており開け放てるようになっている。床は無く代わりに押し固められた土が敷いてあった。
サザキは感触を確かめるように二度三度と足踏みをし、冷たい土の感触を足裏に感じながら思わずにやけてしまった。
自分用の訓練場を貰えると聞いた時には扱いに困ったものだが、いざこれだけ立派なものが自分のものだと言われると我が城を得たようで悪い気はしない。
サザキは訓練場の奥に進むと持ってきていた台を置いて足を掛ける。
視線が一つ高くなり、目の前に小さな棚が現れた。訓練場の一番奥の壁にサザキが作ってもらった棚である。
手を伸ばしてようやく届き、物置にしては小さすぎる棚は作ってもらう際に何度もこれでいいのかと確認を取られた代物である。
サザキはそこに台座を置き、一振りの刀を収めた。
王子から下賜された刀である。国宝の宝剣ではあるが、タダノカタナという名前を聞く限りは名前の通りに唯の刀なのだろう。
翻訳の魔法は固有名詞をそのままの音で伝える。この刀も当時の勇者は普通のものだと仕えたかったはずが、なぜか固有名詞として認識されてそのまま伝わったようだ。
クルナイスに見てもらうと、狂信的な技術の追求は見て取れるが実用性は無いと評された。刀を打った人もトロールなどの魔物を相手にすることは考えていなかっただろうから当然である。ちなみにサザキは刀の扱いなど全く分からないので手入れはクルナイスに任せっきりになっている。
訓練所という事で神棚的なものがほしくて棚を作り、刀を置いたが思った以上にしっくりきた。王子からもらった道場にもらった刀を飾るというのも理にかなっているように思える。
出来た棚を見ながらサザキは浮ついた気持ちを落ち着けようと土の上に腰を下ろす。
訓練場の中心で正座をし、目を閉じていると辺りの様子がよく分かる。気配察知が影響しているのか訓練場の入口に誰かが立ったことすら手に取る様に把握できた。
その者は躊躇なく扉に手を掛けると、サザキが窓を開けながら通った道をそのまま辿ってくる。勢いのよい、それでいて体重の軽いこの足音はクルナイスだろう。
サザキはクルナイスが訓練場に入って来るのに合わせて腰を上げて振り返ろうとした。
「なにしてるの?」
クルナイスが訓練場に入って一番に目に入って来たものは正座で足がしびれて無様に転んでいるサザキの姿であった。
「どうかしたのか?」
「うん、ちょっと相談」
用事があって来たかと思ったクルナイスは、しかし訓練場をふらふらと見て回るだけでいた。
ようやく足のしびれが取れたサザキはクルナイスの隣にたち、同じように訓練場を見渡した。
「何もないね」
「そりゃな」
「じゃあちょうどいいかな。今度、館のお披露目パーティをやるんだけど場所が足りないんだって。だからここ使わせて」
王子からもらった館であり、しかもギルドの協力も得ているために結構な規模のお披露目をしなくてはならないらしい。庭や館も使うが、それだけでは収容人数に不安があるってどんな規模だよとサザキは思った。
お披露目の当日はあっという間にやって来た。準備など分からないサザキは言われるままに机や椅子を移動させるといった雑用や知り合いの冒険者を招待するなどして街中を駆け回った。
門を入ってすぐの前庭には立食出来るようにとテーブルに様々な料理が盛りつけられており、近所の人も、といってもそれなりの立地なので相応の身分の人となるのだが、気軽に参加できるようになされていた。
ここには工房で働くドワーフ達も多くおり、酔ったり騒いだりはしないものの礼服には似つかわしくない勢いで酒を煽っていた。
屋敷の中、ホールには前庭より一つランク上の様相となっており、領主やギルドの関係者が笑顔で腹の探り合いをしている。ルーネイはそんな中を必死に愛想笑いを浮かべながら挨拶に動き回っていた。
そして最後、サザキのいる場所だが自分の訓練所であった。
そして冒険者たちはまるで押しやられる様に訓練所に集まっていた。
誘われてただでうまい飯にありつけると喜んだ冒険者達であるが、いざ会場に来てみれば周りは礼服や着飾った者達だらけ。一応小奇麗な格好はしてきたつもりであったが、場違いにしか思えない。
なんとか居場所は無いかと探した先が自分たちの領分ともいえる訓練所である。
皆同じ気持ちだったのだろう。訓練場にはあれよあれよという間に冒険者たちが集まり、そして自分たちしか居ないとなると礼儀など知った事かと地べたに座り込んでの宴会が始まった。
そしてサザキも授与式で着た服を汚しながら地べたに座り込んで酒を片手に料理を漁っていた。
宴会が盛り上がり、酒がしっかりと回って来た頃サザキの元へ寄って来る者があった。
「こっちにいたのか」
スドーンであった。ジグも訓練場の入口に居るのが見て取れた。二人は冒険者にしては珍しくきちんとした服装であった。今まで見かけなかったことから他の場所にいたらしい。
「スドーンさん、来ていたんですね」
「おう。名前を売るいい機会だからな」
実力のある冒険者はこういう場でパトロンを見つけたりするようだ。つまり、今ここで宴会をしている冒険者たちは……。
そんなサザキの視線を感じた冒険者たちがやいのやいのと反論をするがサザキはきっぱりと無視をした。
「モモノさんは来てないんですか?」
「モモノはルーネイさんと話していたぞ」
スドーンがルーネイをさん付けするのは違和感がすごかった。
「俺にはさん付けは無いんですか?」
「死体見てゲロ吐いてた姿を知っているからな。さん付けなんて鳥肌が立っちまう」
言われてずいぶん昔の事に思えたが、あの時から半年も経っていないのだ。自分を取り巻く状況の変化を改めてサザキは感じていた。
「ところでモモノを気にして、会えるのを期待してたのか?」
スドーンが腕をからませながらサザキを逃がさない様に引き寄せる。
「そんなんじゃないですよ。ただ、来ているなら挨拶しておかないと後が面倒そうで」
サザキの言葉にスドーンもあぁと納得した。
「あいつもどうせ後で来るだろ。今は俺と呑めや」
話の内容はやはりルーネイのポーションから始まる三ツ星授与までのもの、そしてクルナイスのゴーレムについてだ。
今街で知られているのはルーネイの偉業についてであり、注目を集めているのはゴーレムらしい。
ポーションで三ツ星になった冒険者が戻って来たと思ったら見たことも無いゴーレムを連れていて巨大な工房を作ってしまったというのがサザキ達に対する認識だそうだ。
「それでお前はどうなんだ?」
「どうとは?」
「有名になった二人に囲まれて、こんな立派な場所までもらったのに慌てている様子が無いからな」
「相手をねたむほど若くないですし」
サザキにとってルーネイは応援したくなる少女であり、クルナイスはサザキの与えるわずかな地球の知識で新しいものを作りだす見ていて楽しい友人だ。その二人の名声を喜ぶことはあれど、ねたむことは無い。
「俺は俺で自分にできることをやっていくますよ」
「流派でも開くのか? そう言えば変わった武器を持っているらしいな」
「そんなんじゃないですよ。ただ、騎士団に広めてほしいってたのまれた技なんかもあるんでそれを教えて行こうかと」
騎士団の技と聞いてなんだなんだと辺りの者達が寄ってくる。騎士団相手に教えたところなのでサザキは魔法によるスキルの強化についてスムーズに説明が出来た。
「で、つまりはなんだ?」
今までで一番良くまとまっていたと自分を評していたサザキにスドーンは言い放った。辺りを見れば他の者達も理解した様子は無い。
「だからですね、魔法を……」
「いやいやいや。言葉よりも実際に見せてもらえればそれで分かるって」
説明を繰り返そうとするサザキをスドーンが押し止める。
「これは説明を聞くのが一番分かるんですが」
「冒険者ってのは考えるより感じるタイプが多いからな。そこら辺は騎士団とは違うんだよ」
なぁとスドーンが問いかければ辺りの者達もそうだそうだと同意する。
そこからは宴会芸とでも思っているのか、酔っ払い達による見せろの連呼である。
サザキも酒が良い感じに回っていたのだと思う。だから普段はしないようなことをやろうと思ったのだ。
「分かった。見せてやるから。だけど一回だけだぞ」
訓練場から外に出ながらサザキは辺りを見回し目当てのものを見つけた。増築で余ったと思われる板である。
「ちょっとそれを支えてくれ」
見物者の二人に両端を持ってサザキの前に立ってもらう。その場に居た者達はサザキが何をしようとしているのか理解した。
結構な厚さがあり、しっかりしているその板を素手のサザキがそれを折るとなるとかなりの技量が必要になるだろう。
だからこそ、皆新しい三ツ星冒険者の実力を計るのにはちょうどいいだろうと思っていた。それまでの魔法だの、スキルだのという話を忘れて。
板を前にしたサザキは腰を落とし、斜めに構えて右手を前に突き出した。伸びきった拳の先に板が丁度あたっている。
と、大仰に構えを取ってみたが実はそれに意味は無かった。何をどうやってもサザキは自分が素手で前の板が割れるとは思わない。それっぽく構えているのはその場のノリで、マンガで拳法の構えを真似ただけである。
サザキが動きを止めるのに合わせ、周りも息を呑み、しばしの静寂が訪れた。
「ハッッッ!!」
気合の一喝。サザキの口から発せられたその声は、板の割れる破砕音に押し消された。
サザキは全く動いていなかった。それだというのに、声を上げたと思えば板が砕け、支えていた二人が吹き飛ばされた。それが見ていた者達の認識だった。
高速で打ち抜いたんだ。いや、特殊な技で指先だけ動かしたんだ。
背後で喧々と意見を言い合う者達に背を向けてサザキはゆっくりと、しかし背中に汗をびっしりかきながら訓練場に戻ってきていた。
吹っ飛ぶ人を見てやり過ぎたと思ったのだ。吹き飛ばした相手が怒っているのではないかといったものから、見世物としてつまらなかったのではないか、あの板は壊して良かったのかなどまで後悔と心配が頭の中をぐるぐると回る。
そんな思考と、上がった心拍数により酒が全身へと回っていき、終いには思考だけでなく意識すらぐるぐると回り始める。
外で意見を交わしていた者達は結局本人に聞かなければ分からないという事が分かって訓練場に戻ってきた。そこで目にしたのは訓練場で泰然と寝ているサザキであった。これに皆はあれだけの事をやってのけて寝ているのはよほど胆が据わっていると驚くのであった。




