第四章 再びのダンジョン その6
「お疲れ様」
兵士たちが立ちすくんでいる中、サザキだけがひょうひょうとゴーテツの元へと進んだ。
「ドリルすっごいね」
疲れ果てているかと思ったクルナイスは、初めて実戦で使ったドリルの威力に鼻息を荒くしていた。
「そうだろ。けど、大丈夫なのか?」
ゴーテツの腕は未だトレントにめり込んだままなので、サザキにはドリルがどうなっているのか見ることは出来ない。
「大丈夫だと思うよ。動いているときおかしな感触は無かったから」
確認をしようとクルナイスはトレントからドリルを引き抜こうとするが、ゴーテツがいくら引こうともがっしりとめり込んだ左腕はびくともしない。またゴーテツ自身もトレントの重量で動くことが出来ない状態であった。
「どうしよう」
「増援が来たらトレントをばらしてもらおう」
おろおろと困るクルナイスの姿にサザキはようやく戦闘が終わったという実感が持てて、その場でゴーテツにもたれ掛る様に座り込んだ。
クルナイスもしばらくゴーテツが動かせないか考えていたが、しばらくするとゴーテツから降りてきてサザキの隣で同じようにゴーテツにもたれ掛った。
どちらも言葉を口にすることは無く、辺りの音に耳を澄ませながら時間が過ぎて行く。
そんな二人の元にルーネイが重症者の治療を終えてやって来た。
「もう、二人とも座り込んで」
今まで忙しく動いていたルーネイは休んでいる二人にぷりぷりと怒りながらも手際よく二人の怪我を確認していった。
「擦り傷があるくらいでした。大した怪我も無いんですから後片づけ手伝ってくださいね」
それだけ言ってルーネイはまた別の者のところへと行ってしまう。
辺りでは休んでいた兵士がのろのろと立ち上がり始めているところであった。
ゴーテツは人手が集まるまで動かせないので、サザキとクルナイスは二人して片付けの指示を出していたイズカーの元にやってきた。
「おお、お疲れ様。策というので期待してたが、まさかあれほどとはな」
「うまくいってなによりです」
「これがボク達の実力だよ」
クルナイスの言葉にイズカーは素直に感心してしきりに頷いた。
「三ツ星冒険者には今まであったことがあるが、サザキ殿たちはなんというか、特別だと思う」
「そうですか?」
すごくあやふやな言葉で褒められてサザキはどう返したものかと戸惑った。その戸惑いを察してかイズカーは言葉を付け足してきた。
「他の人はぱっと見て分かる強さなんだがな。剣一振りでトロールを両断してしまうとか、空を飛ぶ鳥を落とせるほどの弓の腕だとか。けど、サザキ殿たちはすごいんですが、どうすごいかが分からないんですよ」
うまく言えないですがとイズカーは断ってのその言葉に、サザキは得心がいった気がした。
三ツ星どころか、ダンジョンの中層に進む者の多くがトレントを相手にする技術を、戦うにしろ逃げるにしろ持っているのだ。
しかし今回、トレントに遭遇したのがサザキ達だけだったなら討伐はもとより無事に逃げ出せたかすら定かでは無い。トレントを相手にするだけの実力が無いのだ。
サザキの付加魔法、ルーネイの新薬、クルナイスのゴーテツとそれだけを見ればすごく見えるが、しかし逆に言えばそれしか無く、サザキ達は装備で底上げした背伸びパーティに過ぎないのだ。
それがイズカーに普通とは違う印象を与えたのだろうとサザキは考えた。
イズカーの指示で辺りに散ったトレントの枝を大方集め終わったところでようやく増援部隊が到着した。
これから戦闘だと意気込んできた一団は既に倒されていることに拍子抜けし、イズカーの指示のもとそのまま後始末に駆り出されて行った。
増援部隊と作業を交代して休憩となったところでサザキはどっかりとその場に腰を着いた。枝を拾い集めて運ぶという単純な力作業に腰が悲鳴を上げている。
クルナイスは先ほどまでドワーフの怪力を遺憾なく発揮し誰よりも動いていたのに、次はゴーテツのめり込んでいるトレントを解体すると聞いて元気に手伝っている。
「お疲れ様です」
ルーネイがサザキの隣に腰かけながらカップを差し出してくる。サザキはカップを受け取り、それから湯気が出ていることに驚いた。
「治療に沸かしたお湯の余りです」
役得ですとルーネイは舌を出した。
「クーは元気ですね」
ルーネイは手でカップを弄びながらクルナイスを目で追った。
「子供なだけだろ」
興味があることにはひたすら熱を注げるのがクルナイスだ。もっともそれはルーネイも同じだとサザキは思った。
「三ツ星冒険者ってすごいですね」
いつの間にか視線をカップに落としていたルーネイがぽつりと言った。
サザキはルーネイが言いたいことがなんとなくだが分かった。騎士団と行動をしていると事あるごとに三ツ星冒険者として尊敬や信頼、評価をされるのだ。それも自分より実力も経験も、年齢さえ上の人から等しく目上の者として扱われるのだ。
今回の作戦もすんなりと受け入れられたのは三ツ星冒険者だったからだろう。分不相応、という言葉がサザキの頭には付きまとっていた。
「重たいよな」
「持て余しますよね」
ルーネイと互いに顔を見て被った言葉に笑い合った。
「ルーネイはフィールドワークメインの薬師になりたいんだよな」
「そうですよ。だから冒険者としての称号をもらっても扱いに困ります。サザキは冒険者として名誉を得られたんですから満足ですか?」
出会った時から、王都で誘われた時でもルーネイは自分の師の様に村々を回る薬師になりたいと言っていた。三ツ星冒険者になるメリットは当然あるのだろうが、騎士団の人たちの反応を見ると村人の傍に立とうとしても距離を空けられてしまいそうな気はする。
「どうかな。俺はただの冒険者でよかった気がするよ」
けど、家は欲しかったけどなとサザキは付け加えた。
「あー二人だけでなんか飲んでる」
作業がひと段落したクルナイスがサザキたちに気が付いて駆けてくる。
「クーは……三ツ星冒険者とかどうでもよさそうだな」
「ですね。今はゴーテツだけあれば満足してそうです」
トレントの素材のダンジョンからの運び出しは大部分がゴーテツで引っ張ったためサザキが再び重労働に駆り出されることは無かった。
トレントの木材は自己修復機能があり砦などで重宝されるらしく全て騎士団が引き取ることとなった。代わりに魔石はサザキ達がもらい、使ってしまったゴーテツのドリル用の代わりに装着された。
トレントとの戦いで疲れたサザキは昨日と違い体を動かす気も無く、駐屯地に帰ってからはテントでぐーたらとしていた。
しかし、日が中天を過ぎて幾ばくかするとだんだんと暇になってくる。だからといってこの世界にねっころがりながら楽しめる娯楽など無く、暇になったサザキは起きて調薬をするルーネイやゴーテツの整備をするクルナイスの周りをうろうろとし始めた。
「暇なら手伝ってくださいよ」
自分の周りをうろうろとするサザキにルーネイは強引にすり鉢と薬草を押し付ける。サザキはよほど暇だったのかあっさりと受け取るとテントの隅に行って作業を始めた。しばらくはすり鉢をこする音がゴリゴリと子気味よく響き、ルーネイは再び自分の調薬に集中することが出来た。
「こっちは出来たぞ」
ルーネイが声に顔を上げればペースト状になった薬草をサザキが持ってきていた。
「じゃあ次はこれね」
持ってきた薬草を受け取るとその手に次の薬草を押し付けてルーネイはサザキに何か言われる前に自分の調薬を再開した。
そんなやり取りを数度繰り返すとサザキの表情がその度に苦いものに変わっていき、五度目にはルーネイの気が付いた時にはすり鉢を残してサザキの姿は消えていた。
「逃げた」
もともと自分でやるつもりだったので、手伝ってもらえた分だけ得だったと思ってルーネイはすり鉢を取りに立った。
すり鉢を手にしたところでルーネイは笑ってしまった。てっきり薬草もそのままだと思っていたら渡した分はきちんとすり潰してあったのだ。妙な律義さがサザキらしかった。
ルーネイの元から逃げ出したサザキは凝り固まった体をほぐすようにひねりながらテントの外、クルナイスの所へやって来た。
ルーネイにいいように使われた愚痴の一つでも聞いてもらおうと思ったのだ。
「あれ? ルーネイの手伝いしてなかった?」
サザキに気が付いたクルナイスは作業の手を止める。部品を分解しながら洗浄していたようで、作業着は水と泥が飛び散っている。
「そっちは自主的に終わらせてきた」
その言葉にクルナイスは状況を察したようで、笑いながらサザキの予定を聞いてきた。
「テントには戻れないね。騎士団の訓練所にでも行くの?」
「そのつもりも無いな」
「じゃあサザキは予定も無く今手空きなんだね」
クルナイスはよっこいしょとゴーテツの装甲を持ち上げる。装甲として分割されているとはいえ大きな鉄板を運べるのはドワーフの怪力ゆえで、サザキには持ち上げることすら出来ない重量だ。
「じゃあ装甲お願い。中はボクがやるから」
そんな装甲をクルナイスは次々とサザキの前に並べて行く。そして最後におまけのようにバケツと布が渡される。
「俺、ゆっくりしたくてルーネイから逃げてきたんだけどなぁ」
「だからだよ。金属磨いているとほっとできるでしょ」
いい笑顔で応えるクルナイスにサザキは説得は無理だと悟り、仕方なく布を手に取った。
その日の夜。自分たちの好きな事を行って英気を養った女性二人とは対照的にサザキは一日中の労働に疲れ果てていた。
「午前中の疲れが夜まで引くなんて体調管理が出来ていませんよ」
「単に年なんじゃないかな」
そんな理不尽な罵りを受けながらサザキの久々のダンジョン探索は終わりを告げるのであった。
翌日、サザキ達は予定通りに街への帰路についた。
「ゴーテツもあるし、引き留められるのかと思ったけどな」
サザキ、ルーネイ、ゴーテツに乗ったクルナイスと並んで街道を進む。ゴーテツの歩みに合わせながらなのでのんびりとした歩みである。
「見送りはすごかったよね」
騎士団から引き留めは無かったが、わざわざ大勢が見送ってくれた。騎士団が集まっているのを何事かと冒険者たちまで集まり、サザキ達がキャンプ地を出るときにはかなりの人数が集まっておりひたすら恥ずかしい思いであった。クルナイスはゴーテツでポーズを取ったりして人々を沸かせていたが、ルーネイはあまりの恥ずかしさにこっそりと先に抜け出していたりした。
「魔王相手に戦争するんだよね」
道すがら話している中で、話が途切れたときにクルナイスが漏らした。別れ際にイズカーに言われた事が思い出される。
「今度の戦争、サザキ殿たちが鍵となるという皇子の言葉を、私は若者を奮い立たせるためのものだと思っていた。けれど実際に会えて、皇子の言葉はそのままであったと分かった」
次の戦争はあなたたちが作るだろう、そう言って握られた手の感触はずっしりと重たかった。
「実感がありませんよね。魔王との戦いなんて数百年後の事だと思っていましたから」
「だよねー。戦争を作るなんて言われても分からないよ」
ルーネイとクルナイスもイズカーの言葉に思うところはあったようだが、戸惑う部分の方が多いのだろう。
「悩んでも仕方ないだろう。出来ることをいつものようにやるしかないんだよ」
そんな二人の悩みが少しでも無くなればとサザキはことさら軽く言ってのけた。
「いつも通りって言ったって」
「戦争の事なんて知りませんよ」
「ルーネイは薬作りでいいだろ。いくらあっても多すぎることは無いんだから。クーだってゴーレムを作ればいいだろ。ゴーテツみたいなのじゃなくてもっと簡単な自動の投石器とかさ」
「それでいいのでしょうか?」
「それでいいだろ」
「そうだよね。それ以外にできないし」
二人は気持ちの折り合いがついたのか、強張っていた表情がほっとしたものになりサザキも安堵した。
「だけど、それだとサザキは何をするの?」
「俺? 俺は……」
尋ねられてしばらくサザキは考え込んでいた。ルーネイやクルナイスのように技術も情熱も無い。そんな自分に出来ることはあるのかと。
「やっぱり騎士団でやったみたいに他人にいろいろと教える事ぐらいかな」
今のサザキにできることといったら第二騎士団が形にしたスキルを広めることぐらいだろう。
「なんかそれすっごいえらそ―で感じ悪い」
クルナイスがゴーテツの上から茶化してくるのをサザキはふんぞり返って答えた。
「いいんだよ。三ツ星冒険者様はえらいんだから」
「なんですか、それ」
ルーネイが笑い出し、サザキ達もつられて笑い出した。
そんな三人は街への帰路をゆっくりと進んでいった。
第四章終わりです。次は街に戻って新居訪問ですね。




