第四章 再びのダンジョン その5
前日の夜にも更新をしております。読み飛ばしの無いようにご注意ください。
戦闘の場所はすぐに分かった。鳴り響く金属音と怒声、そして嵐の中の様な木の擦れる音。
戦闘は苛烈なものであった。
大人3人で手を伸ばして届くかどうかという太い幹の大木が、サザキの胴回りと同じくらいの太さの枝を振り回しているのだ。
正面の幹にはうろの様な空洞が顔を作っており、奥の見えない暗闇の中で赤い瞳がギラギラと光っていた。
絶え間なく振り回される枝を前面を遮る様に展開したイズカー達ががっちりガードをして、隙を見ては反撃をしている。その度に葉や小枝が舞ってはいるのだが、全体からみれば微々たる量でありトレントに応えた様子は無い。
「ボクが中心になるよ」
イズカー達の疲労を見取ったサザキたちは、すぐさまゴーテツを中心にしてイズカー達と入れ替わり前に出る。交代した兵士たちは皆大きなけがはないものの全身に傷を作っていた。
「状況は」
後ろには下がらず、一歩下がって指揮を続けるイズカーの傍にサザキは寄った。
「助かったのは一人だけだ。トレントの相手は不意を打たれるから一人助かっただけでもいいほうだ」
イズカーの向けた視線の先には兵が二人寝かされている。
「一人は取り込まれちまった」
イズカーは憎々しげにトレントを睨みつけた。
イズカーは水袋に一度だけ口をつけると、よしっと気合を入れた。
「クルナイス殿、ゴーレムでそのまま抑えてくれ」
クルナイスの操るゴーテツはトレント相手に善戦していた。
重鈍な動きのため防戦に徹しているが、振り回される枝を中央に立って防ぎ続けてくれるというだけで兵士たちの負担はかなり減らせていた。
サザキもイズカーから離れてクルナイスの傍で武器を構えた。先端に行くほど枝葉が広がるためゴーテツを回りこんで後ろに乗っているクルナイスにまで攻撃が届くときがある。それを防ごうと思ったのだ。
サザキはクルナイスに迫っていた一塊の枝葉を切り払おうと鉾を頭上から振り下ろす。と、地面に鉾がめり込むほどにあっけなく切断出来た。
思わず体勢を崩して前につんのめってしまう。そこに狙ったかのように目前に別の枝が迫った。
埋まった鉾を引っ張り上げる時間は無く、先端を地面に刺したまま鉾の影に隠れるように身を縮こませた。
ゴンッッと先ほど切った枝よりよほど太い枝が鉾にぶつかる衝撃にサザキは身を強張らせた。
「大丈夫?」
追撃が無いかと身構えていたサザキの元にクルナイスがゴーテツを寄せてくれる。
「大丈夫だ。助かった」
サザキは身を起こすと改めて戦線に立った。
一度の攻撃ではあったがサザキはトレントという魔物の厄介さを理解させられた。枝が葉に覆われているせいでそれが小枝なのか大枝なのか分からないのだ。全力で叩いたものが小枝であり、軽くいなそうとしたものが大枝であるなどして予想以上の速度で神経と体力を擦り減らされていく。
他の者達も同じ様で、皆過剰に防御を固めて思い切った攻撃が出来ずにいる。
「交代するぞ。準備しろ」
まだ5分と経っていない短時間で号令をイズカーが発した時、サザキは体力的には余裕があったが精神的には既にぎりぎりの状態であった。
「交代に合わせて火を使うぞ。燃えたら下がれ」
タイミングを合わせる掛け声とともに火の玉がいくつもトレントにぶつけられる。魔法では無い。虎の子である魔法部隊は駐屯地で温存されている。投げられたのは火のついた油の入った袋だ。
袋はトレントにぶつかると油を撒き散らし、トレントの至る所で火が広がった。
サザキの傍でも火が起こり、その熱で言われるまでも無く足が二歩三歩と下がった。
「終わったのか?」
火が燃えてから我が身をかきむしる様に枝葉を振り回すトレントに思わずそうつぶやいた。
「たぶん、まだだよ」
サザキの言葉に隣に下がっていたクルナイスが答える。
もがき苦しんでいるように見えたサザキはまさかと思って改めてトレントを観察すると、まるでその言葉を肯定するかのように燃えていた火の勢いが収まっていく。
燃えている枝葉を他の枝葉や地面に打ち付けることで火を消していたのだ。
一度消え始めると火はあっという間に消されてしまった。燃えていた場所は葉や細い枝が燃え落ちているが、露わになった太い枝はせいぜい表面が焦げたくらいであった。生技は燃えにくいということなのだろう。
「かかれー」
イズカーは火が消えたタイミングで号令と共にまたトレントの前へと飛び出した。
幾分葉が落ちたとはいえ大部分は健在である。そのため戦いは先ほどまでと同じ様相が繰り返される。
「クー、サザキ、大丈夫?」
負傷者の手当てにあたっていたルーネイが二人の元に駆け寄ってくる。
「大丈夫だけどきついな」
水の入った皮袋を受け取りながら答える。一口だけ水を含むと、皮袋はそのままクルナイスが伸ばしてきた手へと渡す。
「ボクも大丈夫。だけど目が回りそうだよ」
大雑把な動きしか出来ないゴーテツで手数の多いトレントを相手にするのは疲れる様だ。クルナイスも皮袋に一度口を付けると、残りの水は頭を冷やすかのように頭から被った。
「頑張ってください。けど無茶はしない様に。あとサザキにはこれを」
渡されたのは先ほどより小ぶりの皮袋だ。口を開けば中から油の匂いがした。
「次のタイミングで?」
「はい」
トレントとの戦い方は地道に葉を焼いて、露出した枝を切り落として丸裸にしていくようだ。
サザキはもう一度トレントを見た。確かに少量でも油のかかった場所は葉が焼け落ち、多量にかかれば枝や幹でも燃えている。逆に言えば油が掛からなければ燃えることは無いという事だ。
それを見てサザキは一つ試してみたいことが出来た。
「ルーネイ、空の噴射機を用意して」
「イズカーさん。次の油の投擲を俺たちに任せてほしいです」
迫る枝葉を打ち払いながらイズカーに近づくと、具体的な説明はせずに用件だけを言った。
「策でもあるのか?」
「はい」
「なら任せた」
下がって詳しい説明をと考えていたサザキに、イズカーは詳細を聞く事なく応じた。
そしてさっさと行けとでも言うように、周りに声を張り上げた。
「お前ら、サザキ殿が三ツ星の実力を見せてくれるらしいぞ。しばらく踏ん張れ」
張り上げられたその声に対抗するように他の者達からも威勢のいい声が上がる。
その声に後押しされる様にサザキは急いでルーネイたちの元へと戻っていった。
クルナイスとルーネイは二人でトレントの風上に来ていた。
ルーネイの手には角鎧の時に使ったものより二回りは大きな噴射機だ。中にはサザキの分だけでは足りずに周りの兵たちの分ももらった油が詰まっている。
「それではクー、お願いね」
「任せておいて。ルーネイには指一本触れさせないよ」
防戦一方になりつつもトレントを凌いでいたサザキの鼻に濃い油の匂いが漂う。
サザキはルーネイ達の準備を手伝った後、作戦のタイミングを伝えるために再びイズカーの元に戻り、そのまま隣り合ってトレントの相手を続けていたのだ。
「これが策か? 油は見えないが」
イズカーも気が付いたようだ。
サザキの考えた策というのは単純なもので、噴射器を使って風上からトレントに油を吹き掛けてもらおうというものだ。
霧状に噴射された油はサザキも確認できなかったが、匂いからすればかなりの濃度で撒かれたことが分かる。
横の森から重たい金属を打ち鳴らす音が三度聞こえてきた。事前に打ち合わせた油の噴射完了の合図であるゴーテツの手を打ち鳴らした音である。
「もうしばらくしたら下がります。それに合わせて火矢を。距離はかなり取ってください。俺たちも油を浴びてますから」
イズカーは油を浴びているという事に疑問を感じた様だが、聞き返すことなく周りにそれを告げた。
空気中を漂っていた油が無くなるようにしばらく時間をおいてからサザキたちが下がった。
下がったサザキたちを好機ととらえたのだろう。押し進もうとしたトレントに一本の火矢が放たれる。それをトレントはそれを障害とも思わなかったのか、防ごうともせずにその身に受けた。
放たれた火矢をサザキは目で追う。火矢がトレントに刺さって燃えるときに備えて身構えていたら、火矢が近づいただけでトレントを中心に炎が渦巻いた。
小規模な爆発と言ってよかったかもしれない。光と熱が波となってサザキたちに押し寄せて、兵士たちはあわててトレントから距離を取った。
サザキも距離を取って、光にくらんだ目をしばたたかせながらトレントの様子を見た。
炎に包まれたトレントは先ほどと違い明らかにもがき苦しんでいた。
「サザキ―。成功したよー」
クルナイスが森の中から現れてゴーテツの上で手を振ってくる。
「何をやったんだ」
傍らにいるイズカーはトレントから目が離せないでいた。
「油を霧状に噴射したんです。漂っていた匂いはそのためです」
「それは、俺たちにも油が掛かっているって事か」
「そうです。だから近づいたら火だるまですよ」
「なんというか、どうやったらそんな発想が思いつくんだよ」
イズカーは驚いてしばらく言葉を失っていたが、気持ちを切り替えたのか素早く兵士たちに体を拭うように指示を出す。といっても鎧の上などから濡らしたタオルで拭くだけだが、これだけでも火だるまになることは無くなるだろう。
トレントの火は10分以上燃え続けた。が、最後まで自分で付いた火を消し続け、その動きが鈍ることは無かった。
火が消えたトレントは葉のほとんどと小枝の多くを焼かれてはいたが、幹や太い枝は表面が焼けただけで健在であった。
「これが木の魔物かよ」
木といえば火が弱点とゲーム感覚であったサザキは全身を火に包まれても倒せないトレントが不条理な化け物のように感じられた。
一方、その結果を予想していたイズカーは号令のもと再びトレントへと襲い掛かっていく。
「三ツ星冒険者の実力は見たな。次は俺たちが騎士団の実力を見せる時だぞ」
威勢のいい声を上げて兵士たちが進み出る。
辺りにはまだ先ほど燃えた熱気が漂っており、深く呼吸をすればむせかえるほどでの過酷な状況であったが、勢い付いた騎士団は先ほどまでと逆にトレントを押していた。
葉を燃やされてもトレントの動きに陰りは見えなかった。しかし、目隠しであった葉が無くなってしまえばトレントの攻撃は単なる大ぶりのものであり、いくら威力があろうとも日々訓練を積んでいる兵士たちがいなせないものではなかったのだ。
これを好機ととらえ、兵士たち全員で取り囲むようにトレントを畳み掛けていく。サザキもそれに倣う。
周りの兵たちが手際よく枝を打ち払っていく中、サザキは攻撃には参加せず鉾を盾にしてトレントとの距離を詰めていった。大ぶりな武器では細い枝を打ち払うより幹か大枝を狙うべきだと思ったからだ。
同じく大物狙いのクルナイスが続く。
「左腕のを使うよ」
「わかった。フォローする」
迫るゴーテツを脅威と感じたか、トレントの攻勢が強まる。ゴーテツはじりじりと歩みを進めているが、大枝をぶつけられる度に押し戻されて一進一退の攻防となっていた。
「次の枝を防ぐから突っ込め」
サザキは自分に迫る細い枝を無視してゴーテツを押し戻す太い枝に狙いを定める。果たして、付加魔法で強化して上段から全力で振り下ろしたサザキの一撃は、ゴーテツを狙ってきた太い枝を見事に捉えた。
叩き付けられた鉾は枝を切断することこそ出来なかったが、押し潰す様に地面に叩き付けた。その枝に引っ張られる形でトレント自体もこちらに傾いてくる。
サザキはそのまま更に付与魔法を加えて鉾を枝にめり込ませていく。
みしみしと音を立てながら大枝に鉾がくい込んでいき、大枝を、そしてトレント本体を地面へと縫い付けた。
トレントは攻撃の対象をゴーテツからサザキへと変えて枝を幾本も寄せてくる。サザキはその枝を迎え撃つことはせずに、あっさりと鉾を手放して距離を取った。
一度防げればそれで良かったのだ。その間にゴーテツは距離を詰め終わっている。
ゴーテツの左手はバランスが悪い。先端についている万力は右手より小さく細長くなっているのに、腕部分は右手より太いのだ。これは意図してこうなったのではなく、追加した機能によって仕方なくこういう形になってしまったのだ。
右手より小ぶりで万力を閉じた状態では先端がとがり円筒形に近い。一見してそれは突くための機構だと分かるだろう。そして、現代人ならば円筒形に溝が掘られたものを見て一つのものを思うだろう。
魔石を一つ使いつぶして稼働できる時間が数十秒という、とても実用的とは言えないギミックをゴーテツにつけたのはサザキの遊び心であった。しかし、試作品だからと付けたそれはクルナイスに予想以上の高評価を得て、改善されてゴーテツにも備わることとなったのだ。
左腕に備えられたギミックが魔石の魔力を吸い上げ稼働を開始する。
閉じられた左手がゆっくりと円運動を開始し、すぐにそれは辺りに音を響かせるほどの高速回転へと至る。
唸りを上げたゴーテツの左腕は、今までこの世界で響いたことの無い音であった。兵士の多くが戦闘中であるにもかかわらずそちらを確認し、そして見たのだ。小さなハリケーンを腕に纏った金属のゴーレムを。
トレントの行動は今更であった。ゴーテツを妨害しようと余っていた枝を差し向けるが、主な枝はサザキに向けてしまっていた。
ゴーテツに迫った小ぶりな枝は左腕の回転に巻き込まれ、引き裂かれるか弾き飛ばされるかしてゴーテツの進行を妨げられるものは一つも無かった。
「ドーリールーーーーー」
クルナイスの叫び声と共にゴーテツの左腕がトレントの幹にあった顔へと叩き込まれる。
腕を叩き込まれたトレントはゴーテツの重量から後ろにのけぞるか弾かれるだろうとそれを見ていた兵士は思った。しかし、トレントは引き寄せられた。叩き込まれたはずの左腕に、さらにグンと引き寄せられたのだ。
ゴーテツとトレントが接触したかと思うと、両者は抱き合うかのように密着して離れなくなった。
しかし両者の姿は愛を語らう甘い者などでは全くない。
全身を震わせ、意識があるのか無いのか無秩序に枝を振り回すトレントと、トレントを離さないと言わんばかりにがっちりと右手で相手を押さえつけるゴーテツ。そして辺りには嵐の時の音を濃縮したような摩擦音が鳴り響いた。その音はトレントの悲鳴の様でもあった。
いつまで続くのかと思われたドリルの音は、終わってみれば想定通りに数十秒で止まっていた。
ドリルの威力はすさまじく、ゴーテツは腕の半ばまでめり込ませており、幹の中央をくり抜かれたトレントは既に動きを止めていた。
ゴーテツの必殺武器はパイルバンカーと迷って、最終的にこちらになりました。
どちらもロマンがあっていいですよね。




