第四章 再びのダンジョン その4
森の中で異質な鈍色の巨人が木々を押しのけながら闊歩していく。時刻は朝靄が晴れたかという頃合いで足元の草には朝露が光っている。
クルナイスとゴーテツを中心とした一団はサザキとルーネイの他に手伝いの騎士団を含めて20名ほどで動いていた。
騎士団の半数は盾と剣を構えた普段通りの装備であったが、もう半数は鉈や斧といった獲物を持ち、鎧さえしていなければ猟師か木こりに間違われそうであった。
鉈や斧を持った者達はゴーテツが踏み鳴らして大雑把に作った道の後に続き木々や藪を打ち払っていく。剣と盾を持った者達はその護衛だ。
とはいえ、昨日と同様にゴーテツのおかげか魔物はほとんど姿を現さないので土木作業に勤しむ者達は汗水を流し、警備の者達はどこか暇そうである。
「呆れるほどにすごいな。このゴーレムさえあればダンジョンの中に砦を維持できるかもしれない」
ルーネイと共にゴーテツの脇を歩いていたサザキにイヅカーが声を掛けてきた。団長自らが同行する事に何か思惑があるのかと考えもしたが、最近体が訛ってきたからと団員に交じって土木作業に従事する様をみると単に暇なのかもしれない。
「土木作業ばっかりなんてボクはいやだー」
ゴーテツの上からクルナイスの悲鳴が降ってきたが応える者も無く黙殺された。
「ダンジョンの中に砦?」
「そうだ。ダンジョンの中に拠点を設けられれば冒険者の活動はもっと安全になるし、森から出てくる魔物も減らせるだろう」
前回の件でダンジョン内に拠点を設けることがどれほど大変か思い知ったサザキはそれがあまりにも無謀なことに思えたが、イズカーの様子からは個人としてでは無くダンジョンに関わるものにとっての悲願であるようだ。
ゴーテツの道作りはゴーテツ自身の能力の高さと魔物の襲撃が少なかったことにより午前中で本日の分は終了となりサザキたちは騎士団の野営地へと戻ってきていた。起こった戦闘はゴブリンタイプと数度の他、偶然にも巣穴にぶつかってしまい襲い掛かってきた魔物を一度倒しただけで、それもサザキたちが出る事無く騎士団の手であっという間に倒されてしまった。
そんなわけで微妙に体を動かし足りないと感じたサザキは断りを入れて訓練場に来ていた。訓練場といっても、駐屯地の中に地面を固めて石などを取り除いただけの簡単なものだ。
実戦を経て改めて感じた事だが鉾は大剣と比べれば当然重心が遠い。そのために体を持って行かれやすいのだ。体の重心を意識して腰を落として踏ん張りながらゆっくりと構えを取っていく。太極拳といった緩やかな動作をする訓練を真似てみているのだ。本当に役に立つのかは分からないが、体への負担は確かに在り動かしたという満足感は得られる。
そんなサザキの様子を騎士団員たちは横目に興味深そうに見ており、中には見よう見まねで真似る者も居た。
サザキを見る視線の数はやって来た団員たちが帰ることなく留まるので時間と共に増えていった。その数が20にもなろうとするとさすがにサザキも居心地が悪くなり、訓練をいったん中止して訓練場の隅に腰降ろした。
団員たちの視線を避けるために隅に移動したのだが、サザキが休憩に入ると団員たちがどっと押し寄せてくる。
「お疲れ様です。自分は第一騎士団のキマノと言います。噂のワイバーン殿の訓練を見ることが出来て光栄です」
寄ってきた団員は目を輝かせながらタオルと飲み物を差し出してくる。他の者達も同じように目を輝かせてサザキを取り囲んでいる。
「あ、ああ。ありがとう」
好奇の視線は街で多かったが、尊敬の視線というのは初めてであったためサザキは対応に困った。しかもサザキを取り囲んでいるのは若い者だけでなく、サザキより一回りは年上のベテランとして頼られていそうな者まで混じっている。
「さっきの訓練は何か特殊なものなのでしょうか?あ、自分は第一騎士団のイッタといいます」
若い団員がビシッと敬礼を決めて聞いてくる。
「特殊という訳ではないけど、ゆっくり動かすことで体の動きを常に意識できる……みたいな」
なんとなくやってみただけのサザキにきちんとした理由を説明できるはずが無く、思いついたことをそれっぽく理由付けしてみた。適当な答えだというのに聞いた隊員たちはなるほどなどとしきりに感心しているので居心地が悪い。
「よろしければそのやり方をご教授願えないでしょうか」
最初にタオルと飲み物を渡してきた年配の団員、キマノが周りの者達の意見を代表するようにサザキに頼んできた。
サザキは今、取り囲まれる様に尊敬のまなざしを浴びせられ、そして渡されたタオルで汗をぬぐい、飲み物で喉を潤している。この状況で断れるというのならそれは日本人では無いだろう。
「教えるといってもさっき言った事が全てだからなぁ。ゆっくり動かして、体のどの部分に負担が掛かっているかを確認して鍛えるなり、修正を加えるなりしていくんだ」
「なるほど。負担のかかる場所を集中的に鍛え上げればいいという事ですな」
「もしくは魔法で補助するか」
「魔法ですか?」
そこまでの話には納得した様子であったキマノが聞き返してきた。
「魔法で動きを補助してって、ここに第二騎士団は居ないの?」
サザキの言葉に幾人かが手を上げる。その者達の中に王城で共に訓練した顔見知りは居なかった。
「王都で第二騎士団がやり方を教えているって聞いたんだけど」
自らでスキル強化という方法を獲得した第二騎士団の面々は他の者達に教えるために奔走しているとサザキは聞いていた。だからここに居る者達も魔法を使った方法は知られていると思っていたのだ。
「王都での話は伺っております。サザキ殿が指導した団員がそれぞれに強力な技を会得したと。追々我々にも伝授頂けるという事ですが、まずは王都内の騎士団から強化を図っています」
この駐屯地にいるのは王都とは全く別の人たちであったようだ。分かってみれば彼らは王都の守護を担っていたのでこの場に来ているはずもない。
「なら概要だけ教えておこうか」
自分たちの居る街を守る騎士団には強く成ってほしいサザキである。自然と教えられることは教えておこうという考えに至った。
「よろしいのですか?」
キマノの伺うような言葉には、そう簡単に教えてしまっていいのかという疑問と、騎士団内での順を飛ばして一足先に覚えられるのならばという欲が混在していた。
一方のサザキは第二騎士団からは技術を編み出した師範と扱われているが、今から教えようとしているスキルを強化する技は第二騎士団の面々が編み出したものなので、自分の手柄だという認識が無い。王都を去る時にも技を多くの人に伝えてほしいとその面々より頼まれているので技術を秘匿しようという考えは一切ないのだ。
「構わないだろ。皇子からも民の為に尽力するように言われているし」
迷っていそうだったので皇子という言葉をサザキはあえて出してみた。お決まりの口上であろうが授与式で言われたのは事実だ。
「そうまで言って頂けるのなら」
そこからの動きは早かった。魔法が使える者の方が覚えが良いというサザキの意見により駐屯地に居た騎士団の中から適したものが選ばれ、30分後にはサザキの前に20名の団員が一糸乱れずに整列をしていた。
その場にいる人たちにコツの一つでも教えればいいかと思っていたのだが、止める間もなく大事になってしまった。しかもここまで用意されては今更断ることも出来ない。
「うちのもんを鍛えてくれるらしいな。ありがとう」
騒ぎを聞きつけてやって来たイヅカーもちゃっかりと20名の中に混ざっていたのがなんか腹立たしかった。
「暇なんですか?」
「部下が優秀だからな」
サザキは嫌味のつもりで言ったのだが、いい笑顔でイズカーに返されてしまう。
兵士たちに教えるとなった際にサザキが行った事は多くの者が予想していたものと違い座学であった。というか、サザキには実技を教えられるほどの実力が無いのだ。
昔取った杵柄ではないが、教え始めてしまえば王都で一度行った事もありすらすらと進んでいった。
「つまり付与魔法には属性は関係無いという事ですか?」
地面に枝で説明を書きながら魔法を使ったスキルの効果について説明をしていく。
「俺が使っているのは単純に勢いを付けるだけだから関係ないかな。王都で教えた人たちでも属性に関係していた人は居たかな?」
記憶を探ってみても皆スピードかパワーを上げていたと思う。
「なるほど。では属性は気にしなくていいのですね」
質問をしてきた者は得心いったと手を下げた。
「そうとも限らないぞ。難しくなるだろうが武器で攻撃すると同時に魔法で牽制するなり、逆だっていい」
「なるほど。さすが三ツ星冒険者殿です」
その賛辞にサザキは苦笑いで返した。
「さて実用的な使用方法だが、これは第二騎士団の面々が編み出したのだが……」
一時間ほどで座学を終了し、その後は日が暮れるまでをそれぞれの訓練に当てていろいろと試してもらった。訓練の間サザキがしたことは魔法を使ったスキルをうまく想像できない者にきっかけとなるアドバイスを与えて行ったくらいだ。
さすがに目に見えて形になる成果などは無かったが、訓練が終わるとなにかしら手ごたえを感じた様に騎士団の面々は互いに議論を交わしていた。
「さすがはサザキ殿ですな。まさかここまですごいとは」
先ほどまで団員に交じっていたイズカーも汗も拭かずにサザキの元へやって来た。団員たちはようやく何かをつかみかけたところだが、この者だけは別であった。短時間で自分なりにスキルを形にしてみせたのだ。それも魔法の属性を考慮して。
イズカーの魔法属性は土らしく、ウォーリアスキル『パワーアタック』で強化された槍の突きに合わせて土魔法で作り上げた槍が現れ二方向から相手を突ける様にしてみせたのだ。
「ご謙遜を。まさかあの短時間で形にするとは思いませんでした」
最初はサザキを取り囲んでいた団員たちであったが、イズカーがスキルの強化に成功するとその後はイズカーを囲むようになっていた。三ツ星冒険者より団長の方が話しやすかったという理由もあるのだろうが微妙に悔しい思いであった。
「おつかれー」
サザキが敗北感による重い足取りでテントに戻るとクルナイスが出迎えてくれた。
「ルーネイは?」
「ずっと中だよ」
あきれ顔でクルナイスがテントを指さす。サザキが出てからずっとテント内で調薬を行っていたようだ。しかし、見ればクルナイスもずっとゴーテツをいじっていたようで片手には工具を持ったままだ。サザキは他人の事は言えないだろうと思った。
「サザキは遅かったね」
「ちょっと騎士団と稽古をしていてね」
「サザキって騎士団に入りたいの?」
「そんなことは無いけど、なんで?」
全く思い当たることのない質問に、テントに向かっていたサザキはクルナイスへと振り返った。
「王城でも仲良かったし、冒険者の憧れる老後って騎士団での技術指導とかじゃん」
「もう老後の話かよ」
「だってサザキじじくさいじゃん。リスクを犯さずこじんまりとやっていけたらいいとか」
「そこがサザキの良い所なんだから。採集メインの冒険者パーティなんてめったにないのに」
素直に納得できずに反論を考えていたサザキにテントから出てきたルーネイがフォローなのか追い打ちなのか分からないコメントをしてくれる。
「そこはボクも助かってるよ」
「クーは戦闘メインのパーティでも問題なさそうだけどな」
ゴーテツを操るクルナイスは嬉々として敵に挑んでいく。まず戦闘を避けようとするルーネイとサザキとは微妙に路線が違うのだ。
「それは今回がゴーテツの動作確認だからさ」
そういう理由があったのは事実だが、クルナイスの性格、というかドワーフの特徴として進む先に障害があると避けるのではなく叩いて壊そうとする性格があるようにサザキは思った。
「まぁルーネイに、そしてクルナイスに出会えたのは俺にとっても幸運だったよ」
もちろんそんなことを言えば機嫌を損ねてしまいそうなので、聞こえの良い事を言って好感度を上げておく。サザキの言葉に二人とも足取り軽くテントの中へ入っていく。
「ほらサザキ、晩御飯買いに行くんだからぼけっとしてないで早く準備してよ」
サザキを追い抜いてテントに入ったクルナイスが、再び顔を出して手招きするのでサザキも後にそそくさと続くことにした。
ダンジョン探索三日目。昨日と同じようにゴーテツを中心とした一団が進んでいく。その歩みは昨日よりさらに早い。クルナイスが森でのゴーテツの扱いになれたことと、昨日の作業でノウハウを学んだからだ。
時間に余裕が出来たことで一団は道から少し離れた場所の状況も探索しながら進んでいた。
最初にそれに気が付いたのはルーネイであった。
「止まってください」
珍しくルーネイが発した鋭い声にサザキも含めて注目が集まる。
「ここら辺の薬草が周りと違います。多分近くに魔力溜りがあると思います」
採取した薬草を両手に乗せ、周りの者に分かるように見せる。サザキには他との違いがよく分からなかったが、幾人かは頷いていた。
「厄介だな。この場でいったん止まって辺りを調査する」
イズカーの指示で3人組4PTが四方に探索に向かう。
魔力溜は偶然に発生する辺りより濃い濃度の魔力がある場所を指す。奥地にしか生えていない薬草があったりとメリットはあるのだが、同時に強力な魔物が生まれる恐れもあり、今回の様に人が通る傍にあるというのはとても危険であった。
サザキたち居残り組は何かあった際にはすぐに対応できるようにしながらも休憩をしながら報告を待った。
探索に向かったPTは30分ほどで三方向からは戻ってきたが一方向は戻ってこなかった。そして三方向から魔力溜りの報告は無かった。つまり戻ってこないPTが魔力溜りに遭遇したという事だ。
さらに10分、焦れるように時間が過ぎていく。だれもが不安を胸に抱いていたが、口を開く者は無く、時折する森からの音に皆が過剰に反応していた。
「不測の事態が発生したと判断する。待機組は俺と一緒に来い。調査組は3人を拠点に増援要請、残りはこの場でサザキ殿たちを守れ。20分経っても戻らなければ拠点に戻る様に」
予定の時間を過ぎても戻らないことからイズカーが捜索を決断する。
「サザキ」
クルナイスがサザキの名を呼んだ。言わんとすることはサザキにも分かっている。ルーネイを見れば彼女も同じ考えのようであった。
「俺たちも行きます」
すぐにでも出発しようかというイズカーを引き留める。
「頼んだのは森の開拓だ。今回の件はそこに含まれない」
「この場で一番の戦闘力はゴーテツだろ。それに俺たちが動けば護衛も必要なくなる」
この場に人を残す判断をしたのは明らかにサザキたちを気遣っての事だ。躊躇するイズカーをサザキは畳み掛ける。
「これでも三ツ星冒険者ですよ。守られていちゃ笑われる」
「すまん」
イズカーはいつもとは違い神妙に頭を下げてきた。
ゴーテツは歩みが遅いので先行するイズカー達と二手に分かれて進む。分かれて10分ほど、イズカーと共に先行した一人が戻ってきた。
「前方に魔力溜りがあり、そこでトレントと戦闘になりました」
トレント、木に擬態した魔物だ。振り回される枝はそれだけで凶器となり、また擬態から不意を討たれることも多く危険な魔物である。
「戦うのか?」
トレントは普通なら中層で強敵に分類される。その強さがどの程度のものかは知らないが、突発的な遭遇で戦う事にサザキは不安を感じた。
「撤退の指示は出ていません。トレントは一度見失うと改めて見つけることが難しいですから」
騎士団としてはここで倒しておきたいらしい。
「やるしかないか」
サザキは気持ちを切り替えて歩みを速めた。




