第四章 再びのダンジョン その3
「クーは俺の前に出て相手が逃げ出さない様にゆっくり近づいてくれ。ルーネイはその場で。あの鹿はルーネイを一番警戒しているぞ」
ゴーテツがじりじりと距離を詰めて行く。鼻息を荒げてしきりに足で土をかいていた鎧角がぴたりと動きを止め、今にも飛び掛からんばかりの前傾姿勢になる。
あと一歩で鎧角が飛び掛かってこられる距離、それが分かっているのでクルナイスもゴーテツの歩みを止めた。
鎧角とゴーテツの無言のにらみ合いが続く。
その沈黙を破ったのは、サザキであった。
ゴーテツに隠れるように進んだサザキは途中からハイドで気配を隠しながら鎧角へと近づいて行った。
派手な見た目と音で注目を集めるクルナイスに毒の散布という一発要素を持るルーネイに比べて武器で斬りつけるだけのサザキはあまりに平凡であった。しかし、それをサザキは敵の注目が自分に集まらないメリットと捉えていた。現に本能が強いであろう魔物相手にすらサザキの存在の優先度は低いものであった。
気が付かれるぎりぎりまで近づいたところでサザキは身を潜め、鎧角がゴーテツに意識を集中する時を待った。
鎧角とゴーテツがにらみ合い、互いの一挙種一動に神経をとがらせたタイミングでサザキは鎧角へと一気に駆け寄った。狙うのは刺さったままの鉾である。
飛びつくように鉾の柄を握り込むなり、付与魔法を奥では無く手前に引くように掛けて一気に引き抜く。
足を断つほどでは無かったとはいえそれなりに深く刺さっていた鉾である。ずるりと抜けるとともに血が噴き出し、鎧角の腰が落ちる。
そこにゴーテツが殴りかかった。
右手の形は万力状だが、振り下ろせばハンマーと変わらない。そのハンマーの様な腕が二度三度と振り下ろされる。
金属同士をぶつけるような甲高い音が辺りに響く。サザキはゴーテツの手で何度も殴られても壊れる様子の無い角の鎧の強度に感心を通り越して呆れていた。
しかし、いくら角が硬くても肉体の方はゴーテツのラッシュには耐えられなかったらしい。鎧角は何とか踏ん張っていたが、何度も腕を打ち付けられると最初に鉾で傷つけられた足が膝を付き、そうなると踏ん張ることが出来ずにゴーテツに押し込まれるのみであった。
ゴーテツに押し込まれ横倒しになったところで、一時的に離れていたサザキが動いた。
全身が角に覆われているといっても下にまで角は伸びていない。横倒しになれば無防備な体があらわとなるのだ。
付与魔法で加速されたサザキの鉾は違える事無く鎧角の首を裂き、そして内側からその体を覆う角にぶつかり大きな音を立てて止まるまで貫き通した。
「ひまだねぇ」
帰りの道すがらクルナイスがぼやいた。その言葉にはサザキも同意であった。ルーネイだけは行きの見落としが無いかと辺りを見回しているが、視線は地面に向いており周りの警戒という意味では用を成していない。
その三人の様子はなんとか最低限の緊張感は保っているが、逆にいえば最低限しか保てていなかった。
理由は単純で行き以上に周りから生き物の気配がなくなっているのだ。原因はゴーテツに担がれた鎧角にある。
普通は血の匂いをさせた獲物を担いでの移動、しかも消耗した後の帰還など神経をすり減らすものだ。しかし元々ゴーテツは強力な魔物と思われており、そのゴーテツが一帯のボスだった魔物の血の匂いを漂わせているのだ。そうなるとゴブリンですら寄り付かなくなっていた。
「この角とかゴーテツの外装に使えないかな」
「いくら硬いっていってもさすがに今の金属から替える必要はないだろ」
「そうだけど、かっこいいんじゃないかな」
「そのセンスはどうかと思う」
「ひどっ!!」
サザキもクルナイスと他愛のない話をしながらの帰還となった。
ほどなくキャンプ場に戻った三人は行き以上に大きく注目を集めていた。
ただでさえ目立つゴーテツが普段は見ることも稀な大物を担いできたのだ。野次馬が代わる代わるやってくる。
その対応に追われたせいで野営の準備もろくにできない。この場合の野営とはテントはすぐに張れるので、薪集めや竈作りといった主に夕飯の準備である。
「露店で売っている物でいいんじゃないかな。まだ全制覇してないし」
クルナイスはサザキに気軽に答えた。
「なんだかダンジョンに来ている気がしない」
サザキの知っているダンジョン前の野営とは、もっとストイックなものだったはずだ。けれどここまで周りに人が多いと、お祭りの様に浮かれた雰囲気になってしまっている。
「そうですね。けどこういうのも好きですよ」
ルーネイも戸惑いつつも今の状態を受け入れているらしい。
「俺はなんか微妙なんだが……」
街の喧騒を離れて自然の中でストイックな生活をと思って来たサザキだけが居心地の悪さを感じているようだった。
「それならサザキの晩ご飯は干し肉齧ってる?」
「いや、俺も屋台で探す」
クルナイスの提案をサザキはきっぱりと断った。
日が落ちてそれぞれが各々のテントに引っ込んだ時間、サザキ達の元に複数の来訪者があった。
サザキたちの仕留めた鎧角を売ってほしいと商人が訪ねてきたのだ。
「こんなところまで買い取りにくるとはすごいですね」
「今回は特別ですよ。これだけ冒険者が多いと現地に買い取りに来ても元が取れる」
普通ダンジョンで取れた素材は街まで持ちかえらなくては買い取ってくれるところは無い。けれど今回の騒動を聞きつけた商人のいくらかはこのキャンプ地まで来て買取を行っているらしい。
「どうする?」
サザキはクルナイスに判断を任せた。現地で買い取って貰う一番の利点は荷物の運搬の必要が無い事だ。けれどサザキ達にはゴーテツがあり運搬については心配が要らない。
クルナイスは腕を組んでうんうんと唸る。
「肉は買い取れないんだよね。だったらもうちょっと値が上がらないかな」
クルナイスが引っかかっていたのはその部分だ。普通冒険者は保存がきかず、重量の多い肉は自分たちで食べる分しか取らないのだ。だから商人も肉を買い取る準備はしておらず、買い取りを断られたのだ。
実際サザキ達も大量の鹿肉の扱いに困ってもおり、周りの冒険者に配ってしまおうかとも思ったほどであった。
「ならその肉俺たちが買い取るぞ」
交渉が平行線の二人の元に、カンテラの光が届かない闇の中からのっそりと一人の男が現れた。
全身に見えるフルプレートの鎧から彼が冒険者で無い事はすぐに分かった。冒険者なら例えフルプレートの鎧を着てもその上からマントや収納袋を羽織るので鎧が表に出ることはまずないのだ。
「騎士団?」
サザキは腰を上げて男に対応した。
「この駐屯地を指揮しているイヅカーだ。会えて光栄だよワイバーンのサザキ」
サザキとしては警戒を示したつもりであったが、イヅカーは気にすることも無く笑みを浮かべて握手を求めてきた。
「ワイバーンは勘弁してください。恥ずかしいんで」
サザキとしては本音であったが、イヅカーは謙遜と受け取ったようで、手を取りながら肩を叩いて来た。
「それで何の御用で?」
「君たちが大物を仕留めたというので、見物ついでに挨拶をしにきたのもあるが、頼みたいこともあってな。まずは買取の件から済まそう」
イズカーはクルナイスに相場より割高な値段での肉の買取を提示することであっさりと商談を成立させた。鎧角の解体に関しては商人が行い、肉は後で商人から騎士団に届けると話が纏まると商人は鎧角をリアカーに乗せて馬に引っ張らせながら去っていった。
「あの鎧角をそのゴーレムで運んで来たんだろ。すごいな」
リアカーからはみ出した鎧角を商人が必死に運ぶ様を見てイズカーはゴーテツを見上げた。
「それで頼みたいことってなんですか?」
サザキが再度尋ねると、イズカーは君は事を急かしすぎるなと言いながらも答えてくれた。
「今日君たちがそのゴーレムで森を切り開きながら進んだだろ。最初は未知の魔物が出たかと騒ぎにもなったんだが、それがゴーレムの仕業で安全だと分かってからはダンジョン内に荷物を運ぶのに都合がよい道になってくれたんだ」
「騎士団がダンジョンで何をしているんですか?」
対魔王戦争の為の何かをしているとは聞いていたが、話してくれる冒険者たちは自分たちが何をしているのかは把握しておらず、正確な情報は知らなかった。
「君たちもご老人方から聞いているかもしれないが、今までの魔王との戦いでは人は常に後手に回ってきた。それは魔物がダンジョンに潜んでいて、大挙してくるまで手が出せないからだ。けれど今回は違う。この仕掛けによって魔物を強引にダンジョンから引っ張り出すのだ」
イズカーは話すことが好きならしく、この作戦の有用性から思いついた皇子のすごさ、そして自分の意気込みまでを長々と話してくれた。
「それで、ボクのゴーテツに何をさせたいのさ」
その長話をサザキは適当に、ルーネイは真面目に聞いていたのだが、クルナイスは早く話を進めたいらしくせっついた。
「おお、すまんすまん。頼みたいのはこちらに居る間、指定したルートで今日みたいにダンジョンを切り開いてくれないかというものだ。当然報酬は出そう」
提示された金額はそれなりであった。相手に断って三人でテントの中で話し合った所、今日の探索で魔物が少ない事を実感していたために早々にこの依頼を受けるという決定がなされた。




