第四章 再びのダンジョン その2
「大丈夫?」
至る所に触れながらルーネイが聞いてくるのをサザキはおざなりに返事をしていた。
「大丈夫だって。問題ないから」
起き上がって体をひねって見ても違和感は無い。鎧は脇腹のパーツが砕かれていた。うまく衝撃を吸収してくれたようだ。
「こっちも終わったよ」
クルナイスが地面に倒れたゴブリンと、そして木に鉾で縫い付けられたホブゴブリンから魔石を回収し終わり戻ってくる。
「それにしてもサザキ、怪我するくらいなら一人で戦おうとなんてしないでよ」
クルナイスはサザキの独断専行にぷりぷりと怒っていた。
「別に怪我はしてないから」
「怪我してなくても鎧は壊れたじゃん」
「それはそういう仕掛けだろ」
攻撃を受ければ壊れるのは設計したサザキが一番分かっている。だからこそ予備のパーツは揃えてあるし、鎧の壊れた部分はすでに取り替えてある。
「そういう話じゃないんだよ。一人で突っ込んで無駄にリスクを負って、しかも装備まで壊した事を怒っているの。直すのはボクなんだから」
意外なことにパーティの中でリスク管理を担っているのはクルナイスだ。普段の奔放な性格からは考えられないが、実はこのパーティの中にそれが出来る人が居なくて仕方なくやってもらっている。サザキはそもそもの経験も知識も足りないし、ルーネイは戦闘を避けるスタイルのため魔物と戦う上でのリスク管理というものがクルナイスしか出来ないのだ。
「分かったよ。もう勝手に戦ったりしない。自分の危うさはさっきのでよく分かったから」
だから戦闘に関してものを言われると折れるのはサザキの方であった。
「分かればよろしい。サザキには罰として鎧の壊れた部品代を自己負担ね」
「そのくらいなら構わないぞ」
クルナイスの言う罰則をサザキは特に気にせず承諾した。
「ゴブリンたちはサザキが1人で倒したんだから魔石はサザキが全部取っていいよ。鎧の修理代の足しにすればいいよ」
クルナイスが先ほど回収した魔石をサザキへと差し出す。小ぶりなものが二つに、わずかにサイズが大きく澄んだものが一つ。
「足し?」
魔石を受け取りながらサザキは聞き返した。ゴブリンの魔石はともかく、ホブゴブリンの魔石ならそこそこの金になるはずで、それで鎧の部品一つくらいは賄えそうなものだからだ。
「そう、足しだよ。その鎧の部品の造り方を教わっているのは今ボクだけなんだよ。技術も必要だし手間もかかる。そんなものをゴーレムの開発で忙しいときに頼むんだからその魔石程度じゃ到底足りないよ」
クルナイスはにっこりと笑ってサザキに伝えた。
「あの、クー、いやクルナイスさん。そのですね、もうちょっと安くなりませんかね?」
「それはサザキがこの後どれだけゴーテツの性能実験に貢献してくれるか次第かな」
それ以降はサザキが一人で挑むようなことはせず、数度の戦闘を挟んでダンジョン上層のかなり奥まで進んでいた。
ゴーテツを強大な魔物と思っているのか戦闘はそれなりに知能があるゴブリンタイプのみで動物タイプの魔物との戦闘は一切なかった。
「やっぱり避けられてるよね」
「そうだろうな。引き返すか?」
ゴブリン程度が相手では今のサザキたちの相手は務まらない。具体的にはゴーテツが前面に出た時点で正面から攻めてくるだけのゴブリンたちにそれを突破する手段が無くなるのだ。ホブゴブリンが居れば回りこむなどの戦法を取ってくるのだが、その際にはサザキとルーネイが最初にホブゴブリンを狙うのでやはりすぐに片が付く。
「そうしよっか」
カンカンカンと木々の間に響き渡る音に道を引き返していたサザキたちは足を止めた。
「何の音だ?」
少ない回数しかダンジョンに来ていないサザキには初めて聞くタイプの音であった。あえて似た音を探すなら火の用心と町内を回って打たれていた拍子木であろうか。
クルナイスも分からない様で、サザキと二人の視線は一番詳しそうなルーネイへと向けられた。しかしルーネイも分からないと首を振る。
「戦闘の音じゃないですよね」
「違うと思うよ。そういった音じゃなくて、なんていうか意識して立てている音みたい」
言われればサザキにも自然に発生した音では無く何かしらの意図した音に聞こえてくる。
「動物なら警戒音とか威嚇音? もし人なら、例えば助けを求めて自分の位置を知らせているとかかな」
サザキは自分の思いつく予想を口にした。その言葉にルーネイは表情を引き締める。
「確認しに行きましょう」
助けられるのなら助けたいとルーネイの表情が語っていた。
「まぁ待て。まだ相手が人だと決まったわけでも無いし、俺たちの手に負えるものだと決まったわけでも無い。そもそもああいった音を出して助けを求めることはあるのか?」
ルーネイとクルナイスの二人ともが首をかしげる。
「普通はしませんが、切羽詰まった状況なら何をしてもおかしくありません」
「ボクは無いと思うかな。あんな音出したら魔物を寄せちゃうことだってあるし」
参考になればと二人の意見を聞いたサザキであったが答えは見事に割れてしまった。サザキが悩んでいる間にもカンカンカンと音が響き渡る。
クルナイスがサザキの服を引っ張る。
「ねぇサザキ、あの音だんだん近づいてきてない?」
その言葉を肯定するようにまた音が響いてくる。
「確かに最初より近くなっているな」
音の相手は移動していることになる。そうなると助けを求めてという可能性はほぼないだろう。
「音の正体は気になるけど、今は急いで引き返そう」
サザキたちは止めていた歩みを再開して、先ほどより歩調を速めて進みだした。
「なんかさっきより音が近くなってない?」
クルナイスがゴーテツの上で心配そうに後ろを振り返る。
「音が鳴る間隔も短くなっていますね」
ルーネイも辺りの草木には目を向けず一目散に来た道を引き返している。
「というか、俺たちが追われているな」
音は明らかにサザキたちに迫ってきており、近づくにつれてこちらを威圧するように音の頻度は増していた。
「ゴーテツはこれ以上早くは動けないか?」
「これでめいいっぱいだよ。これなら来るときにきちんと道を作っておけばよかった」
一度通ったとはいえ道は不安定であり、来るときにへし折った木々も散乱しているのでゴーテツの歩みは決して速いとは言えない。またその巨体と騒音のために追っている相手がこちらを見失う事も無い。進む分にはいいが、引く分には枷になる。ゴーレムの特徴がこの場面で顕著に出た。
「後ろから襲われるのは避けたい。迎え撃とう」
逃げ切ることも、やり過ごすことも無理と判断したサザキは相手を迎え撃つ決心をした。
「相手が分からないから全力で。ルーネイもそのつもりで」
サザキはゴーグルとマスクを装着する。狭まった視界と耳に響く自分の呼吸音が嫌でも緊張感を高める。
足を止めたサザキたちに向かって音の主は速度を上げて迫ってきた。
どのようにでも動けるように構えたサザキたちの前に、森をかき分け姿を現したのは一匹の鹿であった。
「おおきい……」
ゴーテツに乗ってサザキ達の中で一番視点の高かったクルナイスがそれでも顔を上に向けてつぶやいた。
「鎧角です」
相手の正体を告げたルーネイの声にも硬さがある。
鎧角はサザキも知識として知っている。出会ったのは初めてだがダンジョンではメジャーな鹿が魔物化したもので、角が全身を覆う鎧のように広がるのが特徴だ。
しかし、目の前にいるそれは書物に掛かれていた鎧角とはすでに別種であった。まずサイズだが背丈だけでも2メートルを優に超えている。普通は1メートルを超える程なので倍近い。また、木の枝のように広がりながら全身を覆うはずの角は幾層にも重なる様に角が絡み合い、隙間なく全身を覆うフルプレートメイルとなっていた。
姿を現した鎧角は悠然とサザキたちを見回した後、近くの木に突進した。
カンッと先ほどまで聞こえていた音が発せられる。木に正面から突っ込んでいったというのに鎧角は何でもない様子で再びサザキたちに向き合った。突進を受けた木は樹皮どころか幹までかなり削り取られ受けた衝撃を物語っていた。
「あれは多分、ここら辺のボスなんだよ」
「ボス?」
サザキは鎧角から視線は外さずにクルナイスに訊ね返した。
「強い魔物ほど自分のテリトリーを持つんだよ。あれにとってはボクたち、というかゴーテツは自分の縄張りを勝手に荒らしているよそ者になるんだよ」
「なるほど。だから動物系の魔物なのに出てきたのか」
言われてみれば先ほどから鎧角はゴーテツに向き合っている気がする。わざわざ音を鳴らしていたのもよそ者に対しての威嚇というのなら動物らしくて分かりやすい。
「それなら逃げれば追ってこないってことは無いかな?」
「今の様子を見ると、縄張りから出るまで執拗に襲ってきそうだよ」
「それにどこまでが縄張りなのか分かりません」
クルナイスとルーネイの二人に続けてサザキの楽観的な考えは否定されてしまった。
「分かった。ここできっちり決着をつけよう」
サザキは気持ちを切り替える。
倒そうと考えて相手を見るとその途方もない体躯がより実感を持ってサザキを震わせた。
頑丈な外殻に大質量の巨体、バスを相手に体一つで張り合う様なものだ。
「クー、ゴーテツであれは抑えられるか?」
「出来ると思う。けど勢いを付けて突進されたらゴーテツでも弾き飛ばされそう」
いくら軽量化を重ねたとはいえ、金属の塊であるゴーテツを弾き飛ばすってどんなものだよとサザキは冷や汗をかいた。
「ルーネイは目つぶしでクーの援護、タイミングは目つぶしが効いたところで」
サザキはゴーグルとマスクがきちんと装着されていることをもう一度確認した。
「行きます!!」
ルーネイの声が聞こえ、視界の隅から赤い線が一本鎧角へと延びる。それは鎧角にぶつかり真っ赤に染め上げた。辺りには赤い靄がうっすらと舞い、先ほどまで悠然と構えていた鎧角は鳴き声を上げて縦横無尽に暴れ出した。
サザキとクルナイス、ゴーテツが赤い靄を気にせずに突っ込んでいく。そのためのゴーグルであり、マスクである。
普通冒険者はゴーグルやマスクなど付けない。毒を吐く様な魔物の討伐をするときのみ用意するくらいだ。しかしサザキたちはこれらを常備している。その理由が今回ルーネイの行った事だ。
噴射機、手動で空気を送り込んでその空気圧で内容物を勢いよく噴射する装置。園芸用の農薬散布用に用いられるそれをサザキはクルナイスに説明をしてルーネイ用に作ってもらっていたのだ。メイジとしての実力に不安を感じるルーネイに、ルーネイが薬師として戦えるようにと。
目つぶし、トウガラシの粉末を加えたものの影響でこちらを忘れてあばれる鎧角をゴーテツががっつりと抱え込むように抑え込む。
「サザキ、抑えた」
クルナイスの動きはサザキも確認していた。だから言われる前に次の行動を起こしていた。動作に移るために息を溜めていたので返事は出来ず、ただ視線は相手から外さずに頷いたがそれで十分に伝わったはずだ。
サザキは渾身の突きを放つ。鎧角の前面はそれこそ隙間なく角に覆われてしまっているため狙うのは隙間の目立つ後ろ。
後ろ足の付け根近くにあった角の隙間へと刃先を差し入れる。付加魔法と投擲スキルの補正を受けた鉾はするりとすべり込むように、角に覆われた奥にある肉へと滑り込んだ。
後もうひと押し入れれば片足が使えなくなる。柄から伝わる肉を裂く感触はサザキにその事を確信させた。
「ダメッ!!」
サザキが踏み込んだところでクルナイスが叫びが聞こえた。状況を確認しようとクルナイスを見ようとしたところで、暴れ出した鎧角に弾かれてしまう。
見れば鎧角はゴーテツを踏み台に上へと跳躍をするところであった。
クルナイスはゴーテツで前後左右の動きを抑え込んでいたため上下の動きに意表をつかれたのだ。
鎧角に蹴り飛ばされる様にゴーテツが尻から崩れ落ちる。
「大丈夫!?」
背後でルーネイがクルナイスに駆け寄る。サザキは距離を取った角鎧を警戒する。構えるのは投擲用のナイフだ。鉾は角鎧の足に刺さったままである。
「クーは大丈夫か?」
サザキは視線を角鎧から反らすことはせずに訊ねた。
「大丈夫だよ。ちょっと目が回ったくらい」
返事はクルナイス本人からである。その声は言葉通りに不調の色は見えない。
「また目つぶしを使いますか?」
今両者は距離を開けてのにらみ合いである。こんな時に自分たちに有利な場を作り出せるのがルーネイの毒のメリットである。
「やめておこう」
鎧角の目は腫れぼったいが最初の目つぶしの効果は既に見て取れない。あれだけ痛い目をみれば当然警戒しているはずだ。
「使ったところで避けられるだろう。それにだ」
鎧角は足に刺さった鉾が気になるのだろう。こちらを警戒しながらもしきりに後ろ足を動かして抜けないものかと試している。
「もしも逃げられたら、俺の新しい武器が持ち逃げされる」
ルーネイの毒を使えばすぐに追い払えるかもしれない。けれどそれではサザキが困るのだ。
「なんですか、それは」
「なんだよそれ」
真剣にサザキの言葉を聞いていた二人から非難の声が上がる。
「リーダー命令。決定事項だから従うように」
文句は言っても戦闘中である。二人は反論することなくすぐに体勢を直して鎧角へと構えた。
戦闘がイメージしきれずに書くのが遅くなっています。
予想異常に長くなり、半端に切れていますがご了承ください。




