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第四章 再びのダンジョン その1

久方ぶりに訪れたダンジョンはずいぶん様相が変わっていた。

その理由は人の多さだ。以前来たときにはぽつぽつと見えていたテントが今ではひしめく様に設置されており、その人数を商機と捉えた商人たちが多くの露店を出している。

そして、その先には冒険者たちのテントとは比べるべくもない立派なテント群、騎士団の臨時駐屯地が広がっていた。この人の多さは騎士団に由来するものらしく、どうやら対魔王戦争の一環として冒険者を雇ってダンジョンに仕掛けを作っているらしい。




「浅い所だと魔物の数は少ないってさ」

辺りはすでに日が暮れ、サザキ達三人はテントの前で唯一の光源である魔道ランプを囲みながら座り込んでいた。各々の手には露店で売られていた料理が握られている。今日からストイックな冒険者生活だと思っていたので肩透かしである。

辺りのテントからも同じように光と話し声が漏れていた。


「そりゃこれだけいればね。薬草とかも採りつくされていそうだね」

「そうかもしれませんね」

浅い所でパーティとして慣らしていこうと考えていた三人は方針の転換を迫られて頭をひねっていた。奥まで足を延ばすか、キャンプから離れた場所に行くかだ。

「キャンプから離れるのは避けたいですね。気休め程度だとしても何かあった時に助けを呼べないというのは危険すぎます」

「ボクも賛成」

冒険者はキャンプ地を中心に奥へと攻略して行くので、その周りに関しては地形にしろ魔物にしろ情報がそろっている。一方でキャンプ地から離れてしまえばそれらの情報が少ないうえに盗賊などが潜んでいる可能性も跳ね上がる。

「これだけ人がいるなら奥に行ってもなんとかなるだろうし、ちょっとばかり予定より奥に行くことにしよう」

予定が決まれば三人は早々に眠りについた。一応見張りは順に回したのだが、さすがにこれだけの人数で不逞を働く輩などおらず何事も無く朝を迎えた。




日が昇ってすぐに中層以上の奥を目指す者達が出発をし、しばらくしてから上層で魔物を狩ることを目的にした者達がダンジョンへと入っていく。奥を目指すベテランにかき乱されて混乱しているところを狙う算段なのだろう。

残って居るのは騎士団とそれを手伝う冒険者、それに採集目当てで魔物の動きが落ち着くのを待っている冒険者達だ。その者達はしばらく出発は無いのでまだのんきに朝食を取っている。


そんな人たちの間を抜けながらサザキたちはダンジョンへと向かった。適当に魔物と戦えて、一足先に採集も出来ればという考えだ。

テントの間を抜けて行くサザキたちは誰もが振り向くほどに目だっていた。

三ツ星の貫禄が、などではなくゴーテツのせいでだ。大きな音を立てて動く巨体はテントから突き抜けて見えるので遠くからわざわざ見に来る人もいた。


サザキたちは足早にダンジョンへと入っていったが、それでも結構な時間好奇の目にさらされる事となり、ルーネイは早々にローブで耳まで真っ赤になった顔を覆ってしまった。

サザキもそうしたかったのだが、途中で顔を隠すとなにか負けた気がして意地でダンジョンまでたどり着いた。クルナイスだけがゴーテツの上でご機嫌に手を振り返したりしていた。


ゴーテツがダンジョンに入る際には、一体その巨体でどのように木々の中に入るのかと人々が固唾を飲んで静まり返り、細い木々をへし折りながらダンジョンへその身を進め始めると感嘆の声が上がった。その声に見送られる様にサザキたちはダンジョンへと姿を消していった。




森の中に木々がへし折られ、倒れ込む音が響き渡る。普段は生命の活力にあふれる森も今はその暴力の嵐が過ぎ去るのを待つように息を潜めている。


「全くと言っていいほど生き物が姿を見せないな」

小休止の場で、倒木に腰かけながらサザキは水筒を煽った。気配はするのだが、どれも巣穴の奥に潜り込んでしまっていて戦闘訓練など出来そうに無い。

「そだねー」

クルナイスはゴーテツの周りをちょこちょこと動き回っている。予想よりも土が柔らかくて足回りに負荷が掛かりすぎているらしい。ダンジョンで動けなくなるなどシャレにならないので表情は真剣そのものだ。

「ゴーテツすごいですね。魔物も寄ってこないですし、採集がすごい楽です」

一人だけ、ルーネイは機嫌が良かった。手元にはここまでで採集してきた薬草を手早くまとめている。朝一番で誰にも荒らされることの無い状態であり、大いに満足できる成果があったようだ。


「ここからは少し俺が先行するよ」

休憩があけるとサザキが提案をした。このままではサザキの目的である装備の確認と腕試しが出来ないため先行する事にしたのだ。

ゴーテツが木々を踏み分ける音を背後に聞きながらしばらくダンジョンを進んだところでサザキは魔物と思われる気配を見つけていた。




藪の隙間に紛れる様に三体の人影が潜んでいた。

皺の寄った茶色の肌にバランスの悪い大きな頭、ゴブリンである。そのゴブリンが二体ともう一体はゴブリンより二回りは体格が良く、肌も緑がかっている。サザキにとって忘れることの無い相手、ホブゴブリンである。

サザキはルーネイたちとの合流しようとは考えなかった。経験、装備、レベルのすべてが依然の自分とは違うのだ。実力ならば自分一人で十分なはず、それを確かめるためにここに来たのだからと。


ゴブリンたちはゴーテツの立てる音に気を取られていた。

隠遁スキル『ハイド』のおかげか藪に潜みながら側面から近づいたサザキの方は気にするそぶりすら見せない。


ゴーテツがまた木をへし折ったのだろう。木が倒れ込む音が辺りに響き渡る。

ビクリとゴブリンたちが反応した。その時を逃さずサザキが藪を飛び出す。

駆け出しながらナイフを二本投擲。振り返ったゴブリンの頭と腹に狙い違わず突き刺さる。そのゴブリンは驚愕の表情を浮かべたまま倒れて行く。


ナイフの刺さったゴブリンが倒れ込むのを確認することなく、もう一体のゴブリンへとサザキは斬りかかった。

背負っていた鉾を背から上段に構える勢いそのままに振り下ろす。

ゴブリンはサザキに気が付き棍棒を構えたが、反射的に取っただけの行動で防御と呼べるものではなかった。振り下ろされる鉾に対して棍棒は脆すぎ、また片手で支えられる勢いでもなかった。

鉾は棍棒を砕きながら押しのけて、抵抗をものともせずゴブリンの頭を叩き潰した。


奇襲は思い描いた通りに成功した。残って居るのはホブゴブリン一体である。

ゴブリンたちが襲われている間にホブゴブリンは距離を取って体勢を立て直していた。手には冒険者の遺品かブロードソードが握られている。

大ぶりの剣だが鉾と正面から打ち合ったなら武器の質量の差で鉾が押し切れるだろうとサザキは見立てた。


先手必勝。サザキが先に仕掛けた。重さとリーチを活かした突き。しかしそれは警戒していたホブゴブリンにあっさりと躱される。

長物の武器の弱点は攻撃した後の隙にある。

セオリー通りにサザキが鉾を引くのに合わせてホブゴブリンが攻めに転じる。サザキが鉾を引き終え、改めて突くよりもホブゴブリンが剣を振る方が早い。

下がる、躱すなど選択肢はいくつかある。その中でサザキは前に出ることを選んだ。

鉾を引くことなく前面に構えて迫ってくるホブゴブリンにサザキの方から突進した。これはホブゴブリンの意表をついたらしく慌てて守りに入る。けれど剣は振り上げてしまっていたため腕を割り込ませただけであった。

ホブゴブリンの腕を鉾の柄が打ち付ける。サザキの考えでは体勢を崩したホブゴブリンに追い打ちをかける予定であった。しかし、大木を叩いたような予想とは違う揺らがない感触に押し返されたのはサザキのほうであった。


密着といえる状態、そこからサザキが一歩下がった距離は剣の距離であった。好機ととらえたホブゴブリンが剣をふるう。

サザキは鉾の柄でそれらを受け止めていく。『クイック』の補正であろう。連続して繰り出される剣戟をサザキは遅れることなく捌いていった。

防御に不安は無かった。しかし攻撃に転じることも出来なかった。鉾という大ぶりの武器を持って、自分より早い相手に隙を作るほどの技量がサザキにはなかったからだ。


サザキが幾度となく剣をはじいていく。ホブゴブリンはいつまでも剣が当たらないことにいら立っているのかだんだんと剣筋が雑になっている。勢いは強くなっているが、それでも付け入る隙が出来たとサザキは考えた。

そこから数度打ち合ったところでサザキは行動に出た。相手の剣を弾くに合わせて更に踏み込んでホブゴブリンを押し込んだのだ。

よほどうまくいったのか、下手に躱そうとして足を滑らせたのかほとんど押し込むこと無くホブゴブリンが倒れ込むように体制を崩した。




押し込むのに合わせて倒れ込むホブゴブリンに相手が滑ったか、力負けしたのかとサザキは思った。しかし、倒れ込むホブゴブリンの目はしっかりとサザキを見据えていた。背筋がぞっとした。

ホブゴブリンは倒れ込みながらも構えていた剣を振りおろしてくる。


相手を押し込もうと前に力を込めて居なされたサザキは鉾は前面に押し出し、体勢も前につんのめっている。側面からの攻撃を受ける手段は無かった。

「うおぉぉぉぉぉぉ」

ピンチに声が出た。前のめりになっている足のつま先に力を込め、全身のばねを使って強引に体をねじって、サザキは横に飛んだ。

横腹で金属のこすれあう不快な音が響いた。

強引に飛んだサザキは受け身も取れず背中から地面に落ちしたたかに打ち付けられた。

背中の痛みのせいで斬りつけられた横腹がどの程度の傷を負ったのか分からない。武器である鉾は手放さなかったが、地面に打ち付けられた際に肺の中の空気はすべて外に出してしまい動くには大きく息をする必要があった。一呼吸分の時、それは勝負においては致命的な時間であった。

背中から落ちたサザキと対称的に自ら転びに行ったホブゴブリンは転ぶ前に手を付いて体勢を立て直し、倒れ込んだサザキに止めを刺すべく襲い掛かった。




自分が体勢を立て直す前にと迫りくるホブゴブリンを見てサザキはほっとした。肺の中に空気が無い状態で長く耐えられるとは思わなかったし、かといって一度呼吸をしてしまえばしばらく呼吸が乱れると分かっていたからだ。


寝たままで鉾の先端だけを向けてくるサザキを見て、抵抗する力の無くなった獲物が最後に悪あがきをしているとでも思ったのだろうか。ホブゴブリンは醜い笑みを浮かべてサザキに近づいてきた。そしてもう一歩で剣の間合いというところで後ろへと弾き飛ばされて木に叩き付けられた。


付与魔法で打ち出した鉾がホブゴブリンを木に縫い付けた事を確認してサザキはようやく息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出した。

課題の多い結果であったと戦いを振り返る。

スキルの能力を全開にした奇襲は成功したが、ホブゴブリンとの純粋な打ち合いでは常に相手が優位であった。そして止めもスキルに頼ったものとなった。

装備や能力に浮かれていたが、圧倒的に実力が足りていないことを思い知らされる結果となった。


先ほどの声を聴いたか慌てて近づいてくるルーネイたちが来る前に、サザキはもう一度大きく深呼吸をした。


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