第四章 三ツ星冒険者 その5
魔物に頭から齧られる夢を見てサザキは目を覚ました。夢見の性なのか、ずっしりと汗をかきひどく喉が渇いていたが傍らに置かれた水瓶に手を伸ばすのすら億劫であった。
二日酔いである。
なつかしき冒険者の街、ドイルズレイド領に戻ってきたサザキたちは領主自らの盛大な歓迎を受ける事となった。それが昨日の昼になる。そこでは軽く酒を飲んで日が暮れる前に与えられた屋敷に着いたわけだが、二度見どころか五回も見直してしまうくらいに立派な館であった。
木造で三階建てでサザキの記憶では昔の学校の校舎が一番違い、それくらいの規模がある。しかも説明された所、敷地内には既にあるルーネイ用の研究施設の他に、追加でサザキ用の訓練場にクルナイス用の工房、更にはそこで働く者達の宿泊用施設まで建てるというのだからもう館というよりは施設というべきだろう。
そんな施設の関係者を集めて行われた歓迎会は、クルナイスに付いて来たドワーフ達も参加したことで当然のように朝までコースとなった。
窓の外はすでに日が昇ってから時間が経っているようで、起きなくてはならないと思いつつも体が鉛のように重くて動かせる気がしない。
サザキはベッドの上で寝返りも打てずにもぞもぞと這っていた。外からはすでに働き始めている人がいるのか話し声が聞こえてくる。何とはなしに耳を傾けてみるも言葉はかすれてしまって聞き取ることは出来ない。そのあいまいさが再び眠気を連れてくる。
と、ゴンッと振動を感じるほどの重たい音が響き渡った。
「いッッ」
二日酔いの脳髄を直接揺さぶるそれにサザキは悲鳴を上げてベッドから転がり落ちた。しかし、音は無慈悲にも追い打ちをかけるように連続して響きサザキを苦しめるのだった。
「……おはよう」
部屋に入ってきたルーネイにサザキはテーブルに突っ伏したまま片手をあげて応えた。ルーネイが前の席に腰かけたところでようやくサザキは顔を傾けてルーネイを見た。頬はまだテーブルに引っ付いたままだ。
見上げたルーネイの顔色は悪い。二日酔いと騒音に悩まされた表情だ。そして自分も同じ表情なのだろうとサザキは思った。
二人は互いの顔を見てため息を付いて同じようにテーブルに突っ伏した。
二人が突っ伏しているのは食堂である。
屋敷の中央に配された場所は外の音が最も聞こえにくい場所である。例えそれが気休め程度のものだとしても二人は導かれる様にこの部屋に辿りついたのだ。
しばらく、二人のただ苦行に耐える時間が過ぎて行ったが、それは勢いよく開けられた扉から入ってきた人物によって壊される。
「二人ともようやく起きたんだ」
食堂に入ってきたクルナイスは昨日の酒など無かったようにはつらつとしている。
「クー、頼むからもう少し小さい声で」
サザキが絞り出すように告げる。
「なんで二人してそんなグロッキーなの?」
クルナイスは騒音の鳴り響くこの部屋に居ながら全く分からない様子で訊ねてくる。酒もそうだが工房で育つドワーフに騒音という言葉は存在し無いのかもしれない。
「この音が頭に響くんだ」
「そうかな。確かに賑やかだよね」
賑やかという表現はおかしい、と突っ込みたかったがその元気すらない。
「工事の音が気になるなら外に行けばいいんだよ。ボクこれから街を見て回るだけど二人も一緒に来ない?」
動く事はすごく億劫であったが、工事の音は昼にかけて更に大きくなるとクルナイスに言われてサザキとルーネイはゾンビの様に体を這いずりながら街へと繰り出す事に決めた。
平穏を求めて館を出てきたはずであった。
「宿屋に戻ろうかな」
宿屋というのは以前ルーネイと泊まっていた宿屋の事だ。今の状況を鑑みて他人に邪魔されず落ち着ける場所はそこくらいしか思いつかなかった。
「ダメだよサザキ。宿の人に迷惑がかかるし、どうせ大して落ち着けない」
隣のルーネイも同じことを考えていたのか、げっそりとしながら答えてくれる。
街に出たサザキたちはクルナイスの見たい場所、主に金属製品を扱う店とサザキたちの知り合いに顔見せをしながら街を回っていたのだが時が経つごとに取り巻きが増えて行った。
それはギルドにたどり着いたところで最大人数となった。顔見知りはまだいい。見ず知らずの、それも年上の冒険者などからも握手を求められたりするとサザキとしては対応に困る。中には弟子にしてくれと土下座をする者までいた。
「大変ですね」
お茶を出してくれたのは顔なじみのギルド職員、ミールシナだ。再会した時はサザキ様などと敬語を使われたので、慌てて以前の通りでお願いしますとサザキが頼んだ。今までで一番三ツ星の影響力というものを感じたかもしれない。
今サザキたちが居るのはギルド長の部屋である。ギルド長自身とは昨日の領主の歓迎会で会っているのだが、混乱を知ったギルド長が気を効かせて部屋に招き入れてくれたのだ。
「なかなか収まりませんね」
ギルド長といわれるとボーボンのイメージもありごつい人かと思っていたが、実際には温厚に見える獣人の老人であった。ひょこひょこと頭の上で動いている兎耳も毛が抜けたところが目立ちもの悲しさを醸し出していた。
「すいません。ご迷惑をおかけします」
サザキが頭を下げるとギルド長はホッホッホッと笑った。
「これからあなた方には冒険者たちを導いてもらわねばならんのだから、この程度で恩を売れるならいくらでも迷惑を掛けてくだされ」
「導くなんて、年はいっていますが冒険者としてはまだまだ駆け出しの自分にはとても……」
「謙遜なさらずとも今までの功績は聞き及んでいます。ギルドとして要望はありませんが、全力でサポートさせていただきますのでよろしくお願いします」
深々とギルド長に頭を下げるギルド長に見送られながらサザキたちは部屋を後にした。
一時間近くもギルド長の元にお邪魔していたためさすがに野次馬は居なくなり、ギルドの中にわずかに残って居た冒険者たちがチラチラとこちらの様子を伺う程度だった。
「もう館に帰るか」
街中に居たとしても落ち着く場所が無いことは明確だったためサザキは提案をした。
「そうしましょう」
「ボクも用事は終わったからいいよ」
二人からの賛同も得られたことだし帰ろうかとギルドから出たところで、サザキの首が背後から締め上げられた。
とっさに手を挟みこもうとしたが間に合わずぎりぎりと首が絞められていく。
「この後に用事は無いようだし、付き合ってくれよな。安心しろ、ケツの毛まで毟ろうって訳じゃないさ」
サザキは腕を解こうともがくが、もがけばもがくほど食い込んでくるようでだんだんと頭に血が溜まってくる。
「二人にも付き合ってもらうぜ」
サザキは力尽くではがす事は諦めて手をタップして降参の意思を示すが一向に緩まる気配は無い。だんだんとタップの速度が増していく。
「薬師のねぇちゃんは顔だけは見たことがあったな。そっちのドワーフのは初めてになるな」
サザキの首を絞めている主はサザキの状態に気が付かずにルーネイたちと話し込んでしまっている。サザキの顔が赤から紫、青へと変化していく。視界が外側からモザイクのようにもやがかかって狭まっていく。
「ちょっと何してんのよ!!」
衝撃と共にサザキは解放され、地面に転がりながら咳き込んだ。足りなかった酸素が体中を回り始めるのを感じながら見えた光景は駆け寄ってくるルーネイとクルナイス。そしてサザキの首を絞めていた、いや本人はただ肩を強めに抱いていただけなのであろう人族のスドーンと、一発殴っただけでは気が済まなかったのかポカポカと殴り続けている獣人のモモノ、そして少し離れたところから笑って見ているエルフのジグの3人、サザキが初めて世話になった冒険者のパーティであった。
馬車に揺られながらサザキはひりひりと痛む喉を撫でていた。
「大丈夫ですか?」
そう声を掛けて気にしてくれるのはこの場ではルーネイだけだ。
「なになに、やっぱり二人はそういう仲になったの?」
モモノの再会一言目は「両手に花とはあんたも偉くなったわね」であり、それから今までひたすらサザキをいじってくる。
仲間であるはずのクルナイスはサザキの事など放っておいてスドーンとこの土地の酒について盛り上がっている。
もう一人の乗客であるジグは会話には参加せず今の様子を笑って見ているだけだ。
馬車が向かっている先は酒場らしい。サザキの出世を祝うために知り合いの冒険者たちが場を用意してくれたというのだ。
サザキのための場だというのになぜかサザキが費用を出すことになっていたのだが、これまでの恩を考えれば飲み代くらいいくらでも持つ気でいた。銀貨数枚をケチる様なサザキ様では無いのだ。
そのくらいは任せておけと大見得を切ったところで降ろされたのは普段冒険者たちが集まる様な酒場では無く、レストランといった清潔で品のある建物であった。
「あの、モモノさん。ここって中央区の中じゃないかな。うちらの様な冒険者が来るような所じゃないと思うんだけど」
「三ツ星様を持て成すんだからこれくらいは必要だって」
そう言って首に回してきた手は逃げ出そうとするサザキをがっちり押さえつけて離さなかった。
スドーンが先頭になり店に入っていく。その第一声は「財布を連れてきたぞ」であった。
「街を離れよう」
朝というにはすでに日が昇ってしまった時間、サザキはゴンゴンと騒音の響く館の食堂でテーブルに臥せっていた。
二日連続の二日酔いである。結局昨日は楽しんだ。久しぶりに顔を合わせた人々と飲む酒はうまかったし、皆我がことのようにサザキの事を祝ってくれた。手持ちが足りなくて恥をかいた事なんて些細なことだ。初めて使った三ツ星冒険者の威光がお店に付けにしてもらっただなんて忘れてしまった。
しかし、亡者の呪詛のように頭に響くこの激痛は問題だ。聞けばパーティや晩餐のお誘いが山のように届いているらしい。
館に居ても騒音が鳴り響き、街に出れば野次馬に囲まれる。サザキがゆっくりできる場所が街中には無いのだ。
「街を離れるって王都にでも戻るの?」
今日は元気なルーネイが聞いてくる。ルーネイは昨日ひたすらお酌に徹したためサザキの同士とはならなかった。
「王城暮らしは肩がこるから嫌だ」
すべて生活の面倒を見てもらえるというのは楽ではあったが、とても窮屈な生活でもあった。自分の館がもらえるという今、戻りたい生活では無い。
「じゃあどうにもならないじゃない」
「ダンジョンに行こう」
「ダンジョンに?」
「そうだ。どうせここに居てもルーネイも工事が落ち着くまで何もできないだろ」
自分の研究所を手に入れたにもかかわらずルーネイが食堂に居るのは、精密な作業を要求される研究が今の環境では行えないからだ。
「久々に戻って来たわけだし、冒険者らしいこともしておきたいなと思ってな」
お金にも住むところにも困って居ないのにダンジョンに行きたいなどとサザキが思ったのは明らかにこの街の、冒険者たちの空気に感化されたからであろう。そして一新された装備とくれば、王城での退屈な生活もあり少しはスリルを求めてしまうというものだ。
「わたしは構いませんよ。最近は研究にこもってばかりでしたからフィールドワークも必要ですし」
「じゃあ決まりだな」
今日を準備に当てて明日出かける事に決め、サザキはそれをクルナイスに伝えに行く。
クルナイスは他のドワーフに混じってデカい木槌を使って杭を打ち込んでいたが、サザキに気が付くと呼ぶ前に寄ってきた。
「ダンジョンにいくの?」
「ああ、向こうに三日で五日空けることになると思うからよろしく」
「分かったよ。これから準備するね」
「クーもくるのか?」
サザキはクルナイスが留守番、というか工事をするものだと思っていた。何せ作っているのは自分の工房だからだ。
「当然じゃん。だって同じパーティなんだよ」
クルナイスはさも当然だろと言ってくる。
「森だから鉱石とかは無いと思うけど、かまわないのか?」
「大丈夫だよ。ちょうどゴーテツの試運転をしたかったし」
ゴーテツとはクルナイスの完成させたゴーレムの事だ。名前を付けてほしいと頼まれたサザキが試にと挙げた名前を存外気にいりそのまま命名となった。
クルナイスはそのゴーテツをダンジョンに持っていくというのだ。
「無理だろ。デカすぎて小回り利かないし、音が大きいから魔物も集まって来るんじゃないのか?」
「山だって登れるゴーテツに掛かれば森なんてちょろいよ。魔物だって一発だよ」
クルナイスは自信満々だが、移動はともかく魔物の件は命に係わるのでサザキには不安であった。
「それに、魔物の反応も確かめたい事があるんだよ」
クルナイス曰く、魔物同士でも弱い魔物は強い魔物を避けて通り、また縄張りもあるとの事。動力として強力な魔石を使っているゴーテツは魔物から強力な魔物だと思われて避けられる可能性もあるというのだ。
「浅い所で様子を見るからさ。お願いだよ」
見上げるように頼まれてしまうとサザキに断れる訳がなかった。




