第四章 三ツ星冒険者 その4
床には十分な厚さの絨毯が敷いてあるとはいえ20分もすると足の感覚が無くなってくる。
部屋に戻ったサザキは、有無を言わさずルーネイたちに床の上に正座をされていた。なぜ正座があるのかと思ったが、2代前の勇者が相手と誠意をもって向き合う作法として伝えたらしい。しかし、今の状況を見るにこちらの世界では苦行と取られているようだ。
「それでサザキ、説明してくれるかしら」
椅子に座ったルーネイが見下すように冷めた視線を向けてくる。隣で座っているクルナイスはお店に行くならボクに言ってくれれば良かったのになどと茶化して楽しげな様子だ。
先ほどまでマイサの衣装を運び込んでいたメイドは空気を読んで全員退散してしまった。ルーネイもそれが終わるのを待っての発言である。
「ところで、ルーネイとクーは何でここに居るのかな」
「質問しているのは私なのだけど。いいわ答えてあげる。折角3人そろって表彰されたのだから一緒にお祝いをしようってクーとサザキが帰ってくるのを待っていたのよ」
部屋に用意されていた食べ物はそのためだったのかとサザキは納得した。そして午前中にアルコールを用意して押しかけるとは思わない。
「……昨日の夜から?」
「そうよ」
一晩待ちぼうけにされれば不機嫌にもなるはずだ。サザキはルーネイたちが来ることを予想できなかった昨日の自分を心の中で激しく罵る。
「もしかして、寝ていないなら一回部屋で休んできたらどうかな。ほら、寝ぼけた状況じゃ頭もうまく働かないし」
「結構よ。しっかり寝たから」
その答えにサザキは疑問を持った。てっきりご立腹の様子から一晩中この部屋で待っていたのかと思ったのだが、寝たという事は部屋に戻ったのだろう。少しだが気持ちが楽になった。
「一晩中待っていた訳じゃなかったのか」
「違うよ。一晩中この部屋で過ごしてたんだよ。それがねルーネイったらサザキが帰ってこないって分かってながらここで待つとかいろいろ理由をつけてベッドに潜りこ」
「ちょっとクー、なに言っているの!? そもそもあなただって」
にやにやしながら話し出したクルナイスをルーネイが抱き着くように押さえつける。
「とにかく、この場でサザキにはしっかりと説明してもらいます」
もがくクルナイスを抱え込みながらのルーネイがキッと目を吊り上がった目をサザキから離す様子は無かった。
「だから、前に騎士団との付き合いで行った娼館で彼女を見かけてだな。金を払えば…あくまで人助けとして…やましい気持ちは無くてだ…」
サザキの描いた筋書きはこうだ。トーダに連れて行かれた娼館でマイサを見かけ、境遇に同情したサザキは彼女を救うために買い取ることにする。昨日は金が出来たので彼女を助けに行き、一晩掛かったのは値段の交渉をしていたからだ、と。
窓越しの月の方々にはこれもアフターケアとして受け入れてくれと心の中で謝りつつサザキはひたすら話を盛っていった。
「その、マイサ…ちゃんはお店に出ていてサザキと知り合ったのよね」
マイサに向けたルーネイの質問にサザキの背筋がピンと伸びた。話をいくら盛ったところでマイサの口から抱かれたと告げられればサザキがそちら目的で身請けしたと決められてしまうだろう。
直接的な言葉でそれを聞かないのは、そこがルーネイの限界なのだろう。今の質問ですら耳まで真っ赤にしてどもりながら訊ねている。
「わたしは、まだお店には、出てなかった」
「そ、そうなんだ。そうよね、まだこんなに子供だし」
分かっていてなのか、単に尋ねられたことにそのまま答えたのか、マイサのその答えをルーネイは勘違いしてくれた。
しかしそれだけではルーネイの疑惑が晴れたわけでは無い。主に将来への先行投資として身請けしたのではないかと今度は問い詰められるようになったのだ。
「それで、この子を連れてきてサザキはどうする気だったのよ」
サザキはここで新しい拠点でメイドとして働かせるつもりだったと言っても話が終わるとは思わなかった。お手付きになるメイドの話などこの世界でもいくらでもあるからだ。
なにかもっと、一発でルーネイを圧倒できるくらいのインパクトが必要なのだ。勢いだけで押し切ってしまえるほどのインパクトが。
「彼女は俺の養子にするつもりだ」
追いつめられていたせいで思いつきをそのまま言ってしまった。そしてすぐに後悔した。ルーネイはもとよりさっきまで様子見に徹していたクルナイスも驚きに目を見開いている。唯一当人であるはずのマイサだけが分かっているのかいないのか変わらぬ様子だ。
「養子って、そんな簡単に」
ルーネイが責めるように言うが、しかしサザキも今更発言をひっこめるわけにもいかなかった。
「俺はマイサを保護した。大人として子供をきちんと育ててやるのが義務だと思う。ならば親となってやるのが一番正しい事だとは思わないか?」
俺は暴論過ぎると思うけどな、とサザキは心の中で付け足した。しかし、そんなサザキの気を知らないルーネイとクルナイスはサザキの爆弾発言に取り乱していた。
二人でこそこそと何かを言い合うも結論は出ないようであった。
「とにかく、この件については後でもう一度ゆっくり話そう。今はマイサも休ませてあげたいし」
サザキはこの好機を逃がすまいとして混乱する二人を強引に部屋から追い出すことに成功した。後が更に怖くなった気もするが今は考えない。
部屋にはサザキとマイサの二人だけが残ることとなった。さて、マイサにはどう説明をするべきだろうかとサザキが頭をひねっていると、くいくいとマイサに服を引っ張られた。
「おとう、さん?」
サザキの頭に浮かんだ言葉、それは父性本能、では無く援助交際の四文字。中年による援助交際の実態、大人の欲に翻弄される子供などといった週刊誌の見出しの様な絵図らが頭の中を駆けまわる。
「いや、急な話だしマイサはどうなんだ?」
サザキとしては自分の保身のためにマイサの生涯を左右しかねない発言をしてしまった事に後ろめたさしかなかった。とっさに言ってしまった事を後悔し、発言を取り下げる言い訳をすでに考え始めている。しかし一方のそんなことなどマイサは気にした様子も無かった。
「養子で引き取る話、よく聞く、聞きます。世間体のため。それに、子供の間はパパや御父様って、お客さんを呼んだ方が稼げるって皆が」
サザキは知りたくない闇を覗いてしまったきがしてあーとかうんとか頷いた。
「ちょっと休ませてくれ」
サザキはマイサにそれだけ言うと、ふらふらとおぼつかない足取りでベッドまで這いよると力無く倒れ込んだ。今は考えを纏めるためにも休みがほしかった。
その場しのぎの言葉であったとはいえ、マイサを養女にするという案は悪くないというのが改めて考え直したサザキの意見である。日本人である自分が幼いマイサを専属の娼婦と割り切れるはずも無く、また専属のメイドとして付きまとわれてもサザキの気持ちが休まらない。
すでにお手付きを養女になどかなり背徳的な匂いがしたがあえてそこは無視をした。自分なりにもう二度と手を出さないという戒めでもある。というか、今更発言を撤回するなどすでに保護者気取りでいろいろと世話を焼いているルーネイとクルナイスが許さないだろう。
そう、ルーネイとクルナイスが昼に再び顔を合わせたときには既に養子にするという事を受け入れてしまっていたのだ。
サザキの部屋から去った後、二人の気持ちにどのような変化があったのか、サザキが何か言う前に、
「サザキの養子だというなら同じパーティとして私も親代わりになってあげるわ」
口早にそれだけを言うとルーネイたちはマイサを自室に連れ込んで、それ以降3人でかしましく騒いでいる。主にマイサの持ち込んだ衣装のチェックであり、ちゃっかり自分たちで使えるものがないかなども探していたりしている。
サザキも最初はその空間に居たのだが、無いとは思っていたがルーネイたちがマイサに悪意を持っている様子も無いので早々にその場を去ることにした。その場に居る限りこれが似合うと思わないか、あっちのほうが合うのではないかとひたすら意見を求められるのだ。しかも、思った事を言うとサザキはセンスが無いと貶され、いいんじゃないかなとお茶を濁して答えるといい加減な事を言ってと叱られるという理不尽さだ。
「それでこっちに逃げてきたわけか」
部屋を見ればその人の性格が分かると言うが、この部屋の御仁はずいぶんと肝っ玉が据わっているようである。
サザキは与えられた部屋をそのまま、ホテルに泊まるつもりで使っているが、この部屋は宿泊客の意向がふんだんに加えられている。
趣があり、重厚すぎて一人では移動できなかったテーブルは機能さえ果たせばいいという薄い木のテーブルに変わり、出されたお茶の入っているカップも薄く文様の入った高価そうなそれでは無く、市井で売っているような厚手のマグカップだ。見渡せば部屋の至る所がそのように手が加えられている。
「あれは男が居るべき空間じゃない」
サザキと武田はそう言って笑い合った。
サザキは時間が作れたことで気になっていたことを聞くため召喚された勇者一行の賢者こと武田信義を訪ねていた。
「私は良いと思っているよ。倒せるなら倒してしまった方がこの世界の人の為になるだろう」
今までと違い魔王本体を討伐する事に対してのサザキの不安に武田は杞憂だろうと返した。
「ずいぶんと余裕があるように見えますが」
「それは多分、私や白石君が神に出会っているからだろう」
「こっちに連れてこられた時に会ったっていう」
「そう。あれは正に神というべき存在だったよ。それを知っていると、むしろなぜ魔王が未だ存在できているのか不思議なくらいだ」
神はその身をもって魔王を地の底に封じ込めたと伝えられている。しかし、武田たちがあった神は魔王など圧倒しそうなほどの存在感であったというのだ。
そこらの事は神に会った事も無く、勇者の実力も知らないサザキには判断のしようの無い話であった。
「それにしても、なんで急に魔王本体の討伐なんて話が出てきたんだろうな」
明確な答えがあると思っての言葉では無かった。話が途切れたタイミングでなんとなく言ってみたモノだ。けれど、予想外の事に武田から答えがあった。
「ここ50年、つまり先代勇者が召喚された後から世界の状況が一変したんだよ。例えるなら産業革命みたいなものだ。それまでの長い年月を農耕で成り立たせていた文明が一気に変わったように」
そこで武田はいったん話を止めて、思わせぶりにサザキにその理由が分かるかと訊ねてきた。
「分からない。そもそもこの世界で産業革命って言われても、見る限り農耕社会に見えている」
魔法というものはあるが、サザキの知る限り文明は農耕社会だ。それが産業革命と言われてもピンとくるものが無い。
「じゃあヒントだ。変わったのは主に魔法だ。それまでは火の魔法といえば手のひらから炎を出すだけだったのが、ボールみたいに投げたり、矢みたいに鋭くしたりするようになった。魔導具が出来たのもこのあたりからだ」
武田はよほどこのネタを引っ張りたいのか焦らしてくる。が、サザキには全く想像もつかない。
「分からない。それこそ天才魔法使いでも現れたのか?」
サザキは降参とばかりに両手を上げて肩をすくめる。
「マンガだよ。この革命はマンガによってもたらされたんだ」
「は? マンガ?」
サザキは武田の言う意味が分からず、オウム返しで聞き返してしまった。武田はその反応に満足したようでひとしきり笑った後にネタばらしをした。
「先代勇者が持ち込んだ物らしくてね。有名なファンタジーものだけど、この世界の人たちはそのマンガから発想を得て魔法の技術革命を行ったらしい」
聞けばそのマンガはサザキも知っていて、もともとはゲームで設定を使って漫画化された作品の一つだった。
「もしかして、前回の大勝とかいうのもそれのおかげなのか?」
「そうらしい」
思わずうなってしまった。確かに日本ではマンガなどでありもしないというのに魔法の設定をひたすら考察を重ねて練り込んできた歴史がある。その思いが本家を超えたという事だろうか。
どことなく納得がいかない事を感じつつ、しかし目の前に事実としてあるので認めないわけにはいかない。
「今回の事はそういった面でもチャンスだと思っている。魔物の中には魔法を使うモノも居るが、今の時点で人のように工夫した魔法を使う魔物は確認されていないんだ。魔王もそうとは限らないが、今の魔法が使えない可能性がある。確証など無いが、時間が経つごとにその優位性が失われる確率は高くなっていく。だからこそ今、打って出る必要があるんだ」
その熱弁にサザキは意外なものを感じた。武田にとってはこの世界はいわば旅行先の外国の様なものだ。それなのに国の行く末を真剣に考えている。
一方のサザキと言えば、この世界の為に何かしようという気も無ければ、帰るために積極的に勇者を手伝う事もしていない。どうにも自分がとても半端な存在に思えてしまった。
なぜそこまでこの世界の為に行動できるのか、それを聞こうとしたところで部屋にノック音が響いた。訪問客はノーノムリン第二王女であった。
「まぁ、サザキ様もいらっしゃったのですね」
大きな瞳を見開き驚きの声を上げる。豊かに変化するその表情に病気の後遺症は見て取れない。
「お元気になられたようで何よりです」
「その節は本当にありがとうございました。サザキ様はノ、賢者様に御用だったのですか?」
「ええ、知識をお借りしに」
「そうでしたの。では私は出直したほうがよろしいでしょうか」
「いえ、もう用件は済みましたから大丈夫です。私はこれで失礼しますので」
王女が持つバスケットからはパンの香ばしい香りが漂ってきている。時間的にはランチだろうか。
サザキは軽く挨拶をして、一緒にどうですかなどと誘われる前に武田の部屋を後にした。聞きたいことは聞けたことだし、あまり勇者一行と深い関係だと思われたくは無い。今更一行に加われなどと言われてもたまったものではない。
王都では授与式からサザキ達が発つまでの間に魔王討伐の熱が冷めることは無かった。サザキ達の出発もドイルズレイド領へ向かう騎士と同行となったため出立式の様な見送りを受けて王都を出発した。
正月の間に投稿するつもりがずいぶんと間が空いてしまい申し訳ありません。




