第四章 三ツ星冒険者 その3
窓の外ではすっかり日も落ち、魔導ランプに照らされた廊下をサザキは軽い足取りで進んでいた。
トーダ達とはしゃいだ余韻の熱がまだ体の奥に残っていた。トーダに続けと多くの者が付与魔法を使ったスキルを披露し、後半は一発芸の様相を成して良い酒の肴となった。
熱を夜風で冷ましながら部屋に戻ると、部屋の前に一人のメイドがサザキを待っていた。
「馬車の用意が出来ましたのをお伝えしに来ました」
そういえば部屋を出るときに馬車の用意を頼んでいたのだと酒にぼやけた頭で思い出す。ついでにいうならトーダを娼館に誘うのもすっかり忘れていた。
当初と予定が変わってしまった、というか娼館の話をすっかり忘れていたが、思い出してしまえば酒のほてりが別のほてりへと感じられてくる。
「分かった。今から向かう」
もう一度娼館に誘うためだけに顔を出すのも間抜けな話なので、結局サザキは一人で抜かう事にした。
二度目となる娼館『窓越しの月』はやはりどこぞの貴族様の館にしか見えなかった。辺りを意識して見ても娼館を表すものなど一切ない。
出迎えてくれたのは前回お世話になった犬耳の獣人のルルーであった。
「サザキ様、お久しぶりです」
そう微笑まれ、案内された席には既に一人の女性、いや少女が待っていた。
「サザキ様、お待ちしておりましゅ、おりました」
噛みながらも出迎えてくれたのは腰まで伸ばしたストレートの紫がかった黒髪が特徴的な人族のマイサであった。前回は他の人の後ろに隠れる様な印象であったが、今回はまだ落ち着きは無いもののきちんとサザキの前に立っている。
彼女たちに両脇に添われながらソファーへともたれる。こすりつける様に体を寄せてくるマイサに対して、ルルーは触れるか触れないかの距離を保ってくる。常に感触が伝わってくるマイサよりたまに触れてくるルルーに気が向いてしまう。このさじ加減はやはり経験の違いなのだろう。
「前回とは違う子たちも見ていってくださいね」
アルコールを口にしながら紹介されるままに幾人かと話をしたが、サザキは来る前から今日の相手はルルーにしようと決めていた。
前回の対応が良かったことが理由であり、そして彼女をまだ味わい尽くしていない。そんな状態で相性の分からない相手を選ぼうとは思わない。
ルルーに相手をしてもらう、それはもう決定事項だ。しかし問題はサザキにへばりついているもう一人である。
「マイサはもう店に出ているのか?」
その問いかけにマイサは慌てて頭を振って否定した。
「マイサちゃんはまだですよ。本当は授与式でお客さんが多いから人手がほしい所なんですが、サザキさんを待っていたんです」
すでに客を取っているのなら、自分はマイサにとって一顧客となっているのではないかと、どこかで期待を込めて訊ねた返事は逆にサザキを追いつめることになった。
正直にいって、サザキはマイサを抱くつもりが無かったのだ。というのも、年齢的な見た目がクルナイスと被るのだ。ルルーを選んだ理由だって普段傍にいるルーネイやクルナイスと全くタイプの違う、包容力のある大人の女性だからだ。
しかし、自分を待っていたという少女をすっぱりと切り捨てる事も難しい。ひしと抱き着いてくる手を解いて、この後で事に挑んでも気持ち良く楽しめるとはとても思えない。
サザキの心情を察したかルルーが助け船を出してくれる。
「マイサちゃんもすぐにお客さんが付くとも限りませんし、余裕を見せるのも男性として必要ですよ」
今回マイサを買わなくてもいいのだと暗に押してくれたのだろうが、サザキにとってはマイサをすぐに店に出すぞという最後通告に聞こえてしまった。
「いちおう、一応で聞くんだが、マイサを買うのにはいくら必要なんだ?」
そういうのは聞いちゃダメなんですよと言いながらルルーが銀貨の枚数を伝えてくる。
前回の時にはトーダに銀銭数枚しか渡さなかった事を思い出した。分かってはいたが、全然足りていなかったわけだ。
「いや、そっちの額じゃなくてだ……」
「そっちじゃなくて?」
ルルーは首をかしげる。ルルーが教えてくれたのは一晩の値段であろう。しかしサザキが聞きたかったのはそれでは無い。
「え、っと、そっちでなくてだな。そのつまりは、身請けをするとだ。どのくらいかなんて気になったり」
言葉をひねり出すのに初めて告白した時より難儀した。結婚を申し込んでもここまでどもるとも思えない。
ほとんど知らない、年端もいかない、しかも買った事のある少女を金を払って所有するという行為は、本人に所有するという意識が無くても半端なく重たいものであった。
ルルーはまぁと目を丸くして、マイサは抱き着いていた手がギュッと握りしめられた。
「ちょっと思っただけで、好奇心ですただの」
落ち着きなく言葉をつなげるサザキにルルーは笑いかけて答えてくれた。
「正確には分かりませんが、金貨数枚でしょう」
その額は思っていたよりも少ないものであった。
「マイサちゃんにはまだお客様との縁がありませんし、もてなす技術も未熟ですから」
ここまで店の格式が高くなると身請けの値段は他の客を納得させるための額となり高額になるらしい。だから未だ客を取っていないマイサは安いのだというがそれでも銀貨数枚の借金で身を売る街の娼婦とは比べ物にならない値段だ。
「サザキ様はマイサの身請けを希望なさるのですね」
今サザキは三人と向き合うように座っていた。ルルーとマイサ、そしてこの店の店長ゴウラザである。
詳しい者を呼んできますねとサザキが止める間もなくルルーが呼んできたのがこの店長であった。見た目はサザキより若く、常に笑みを浮かべて女性陣のフォローをしている様はキャバクラのボーイを思い出させるが、とがった耳が彼がエルフであり、見た目通りの年齢とは限らない事を伝えていた。
「ええと、そういうこと……かもしれません」
あれよあれよという間にサザキがマイサを身請けすることが決定事項のように話が進められてしまっている。しかし、ここで話の流れを断ち切ってまで違うと言い出すほどの肝っ玉はサザキには無かった。
ゴウラザが身請けする際の規則を読み上げられていく。娼婦の承諾が無くてはいけないなど意外と人道的な部分もあり、また他の客との兼ね合いもありすぐに身請けをすることは出来ないといったルールもあったがマイサには適応されない。
規則にどこか受け入れられない部分があればと必死に耳を凝らして聞いていたが、どれもごくごく当たり前の事でサザキが反対するような内容は残念ながらなかった。
「それでですね、当店としましては彼女にはこれだけの価値があると思っております」
示された額は金貨7枚。当初の予定通りポーションの報酬が金貨20枚であったならルーネイと等分でもサザキの取り分は金貨10枚。これならその後を考えれば払える額では無かった。しかし、幸か不幸か今日渡されたサザキへの報酬は袋に詰まった金貨である。特に使う予定の無いサザキにとっては余裕を持って払えてしまう額だ。
「マイサは嫌じゃないのか?」
「選んだのは、私です」
もしかしたら断るのではと聞いたが、マイサにしては珍しくサザキの目を見てはっきりと断言してきた。
ここまで言われてしまうともうサザキに選択肢は無かった。愛人にする気などないので家事でもやってもらえばいいだろうか。拠点が持てるとの話だったので存外いいタイミングだったのかもしれないと無理やり自分を納得させる。
身請けの代金として出されたトレーに金貨を並べていく。7枚、それを出してもまだ手元の財布代わりの袋はずっしりと重い。
「サザキ様、身請けは店より自分の方がマイサに価値を見出していると示すのです」
ルルーがそっと告げてくる。面白い理由付だなと思いながらもう一枚金貨を取り出す。それを並べて八枚となったところでこれだけの大金を持っていながら相手より一枚多くしか出さないのはケチに見えてしまうのではとサザキは思ってしまった。
そうしてもう一枚を取り出す。
これでトレーの上には9枚の金貨が並んでいる。9枚、その数字を見ると日本人としてはどうにもすわりが悪い。それに2枚の上乗せというのはいかにも一枚の上乗せを避けて見栄を張ったように思われてしまいそうだ。
結局、もう一枚取り出してトレーに並べる。10枚である。それまで何も言わずにじっとしていたゴウラザはトレーに10枚の金貨が並べられるとまるで元からその額が決まっていたかのようにさっとトレーを受け取った。
「私どもよりサザキ様の方がマイサを必要としているという事でしたら、サザキ様の元に居ることがマイサにとっても幸福となるでしょう。どうぞこの子の事をよろしくお願い致します」
慇懃無礼に頭を下げるゴウラザではあるが、サザキにしてみれば店に入ってから今までのすべてが彼の書いたシナリオに沿っていたのではと思いたくなった。
その晩はルルーにひたすら甘えた。暗雲立ち込める先の事など一切を忘れて犬耳をはみ、しっぽを撫でまわした。マイサも一緒に部屋に来ようとしたが、これからも準備もあるだろうし、今後一緒にいることになるからと適当に理由をつけて断っておいた。マイサを買い取ってもはやり抱こうという気にはならなかった。それは見た目が幼い事を理由に誘いを断り続けている相手の存在もきっとあったのだろう。
朝、日はすでに昇り街の朝一の喧騒が幾分落ち着いたところでサザキは遅い起床となっていた。
傍らのルルーが居なくなっていることに寂しさを感じつつ身なりを整えて部屋を出たところでこちらにやって来たルルーに出会った。
「おはようございますサザキ様。お部屋を離れて申し訳ありません」
「それはいいんだけど、何かあった?」
前回来たときにはサザキが店から出るまでルルーが付き添ってくれていた。今のルルーは一時的に部屋を離れていたというより何か別の事をしていてサザキの様子を見に来たようだ。
「マイサの見送りの準備をしていまして」
話を聞けばマイサを見送るにあたりちょっとした祝いの席を設けるらしい。と言っても館内の食堂で少し騒ぐだけらしい。仕事柄夜は空いていないので、午前中が一番集まりがいいらしい。
「それなら俺は出直したほうがいいのかな」
マイサは今日サザキが引き取ることになっている。普通ならひいきの客へのフォローなどで嫌でも日数が掛かり用意のための期間となるのだが、マイサにはそれが無い。そして店側も買われた者を置いておく理由は無い。
「いいえ、みんなそろそろ眠くなるのでお開きですよ」
朝食でも取りながら待っていてくださいと、言われるままに待っていると一刻も経たずに今度はマイサがやって来た。その服装はお店に出るときの薄着とは対照的に布地がふんだんに使われたドレスであった。
「もういいのか?」
「はい」
マイサは一度だけこくりと頷く。部屋を出て廊下を歩き始めて昨日はあれだけサザキにくっついて来たマイサが後ろに控える様についてくる。これがこの世界での買った者と買われた者の距離なのだろう。
それがサザキには世界から自分の行動を非難されているようで嫌だった。所有したかったのではなく、守りたかったのだと弁明したかったが、それを言う相手など居るわけが無い。全て自分の気持ちの問題なのだから。
一度足を止めると振り返り、後ろに付いて来ていたマイサの腕を取って強引に横に並ばせる。マイサは驚いたようだが何も言わずに、ただ握られた手にもう一方の手も添えてサザキの横を付いて来た。
別れはすでに済ませたのか、見送りはルルーと、そして店長のゴウラザだけであった。
サザキはマイサを連れて馬車へと乗り込む。
去り際にルルーが深々と頭を下げていたのが印象に残っていた。
一夜にしてずいぶんと重いものを抱えたものだとサザキは馬車の中でため息をついた。
王城裏に留まった馬車から衣装が運び出されていく。傍らではサザキがその様子を見ている。馬車の半分を埋めていたマイサの荷物、そのほぼすべてが衣装だという。それも今朝方他の人たちから選別に渡されたものでマイサ本人にもどのような服が把握できていないらしい。
女の荷物が多くなるわけだと笑ったら、あの店の有名どころともなれば貴族の嫁入りかと思う様な荷馬車の列ができるらしい。
お目当ての娘の気を引こうとあれこれとプレゼントをするのは平民も貴族も変わらないらしい。
マイサの部屋を後で一室用意してもらおうと思いながらも衣装とそれを抱えるメイドたちをこの場に放っておくわけにもいかないので、サザキが先導して自分に宛がわれた部屋へと運んでもらう。
サザキは続くメイドたちが入りやすいようにと扉を大きく開いて部屋へと入った。
そこには見慣れた人物が二人、サザキを待っていた。
身請けの理由を考えていたら冗長になりすぎてしまった気がします。
しかし、日本人としての感性に整合性をもたせると……
難しいですね




