第四章 三ツ星冒険者 その2
ボスンと音を立ててサザキはベッドへと盛大に倒れ込んだ。午前中から始まった授与式は午後には食事会となりサザキたちワイバーンの3名は終わりなく訪れる客の相手をし続ける羽目になった。
午後のお茶の時間を過ぎてようやく閉会となりサザキは逃げるように宛がわれた部屋へとやってきた。
朝食は緊張で食事が喉を通らず、昼食も手を付ける時間が無かったので胃の中は空っぽのはずだが、疲れのせいで空腹は感じない。
何もする気が起きずベッドの上でゴロゴロと転がっていると扉がノックされた。
声を掛けると入ってきたのは王城に居る間ずっと専属となってくれているメイドのタバチナともう一人、服装からして文官の男であった。
「お休みのところ失礼します。この度の褒賞をお持ちしました」
サザキがテーブルに着いたところで、トレイに積まれた金貨と会場で預けてきた刀が目の前に置かれる。
「ずいぶんと多いようだけど」
積まれた金貨は考えていた額よりもずいぶんと多い。
「これまでの業績への対価とこれからの準備金とのことです」
答えたのは文官の男であった。準備金と聞いてつい顔をしかめてしまう。ドワーフの所に行ったのは元々二ツ星としてみっともなく無い装備を作るためだ。三ツ星になってどれだけの体裁を整えなくてはならないかを考えると目の前の金貨を素直に喜べない。
「ルーネイと話し合うから、内訳を教えてくれ」
もともとはポーションの対価であったはずだが授与の際に述べられた口上では内容がずいぶんと増えていた。どう分けるにしても内訳は知っておきたい。
「ルーネイ様には別に報酬が用意されております」
それに対する返答は意外なものであった。
「それってポーションの対価として?」
「はい。精製技術の提供になりますので、当初よりはるかに高額になります。またクルナイス様に対してもゴーレムの報酬が支払われたとのことです」
つまり二人分だと思っていた褒賞はサザキ一人分だったらしい。
「多いなぁ」
先ほどと同じ言葉がサザキの口から洩れた。もらえるものはもらおうと思ったのだが、その量が予想の数倍ともなると自分を押し潰さんとしているようなプレッシャーを金貨から感じてしまう。
サザキを気遣ったのか、はたまた関わるのは面倒だと思われたのかタバチナと文官は要件を澄ますとさっさと退室してしまった。
二人が出ていくとサザキはさっきと同じようにベッドに倒れ込んでいた。やることはいろいろとある。いくらサザキの分だと言われてもルーネイとお金の使い方について相談が必要だろう。またクルナイスとパーティについても話が必要である。可能ならば武田とも話がしたい。
けれど指一本動かすことも億劫になるほどに体がずっしりと重かった。
「なにかやらないとな」
ベッドで幾度か寝返りを打った後、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
やらなくてはいけない事は分かっている、分かっているのだがどれも面倒事になりそうで行動に移せないのだ。
サザキはのろのろとテーブルの上に手を伸ばし封筒を手に取った。
タバチナが出ていく際にサザキ宛てだと言って置いて行ったものだ。
封筒は真っ黒なものであり、日本であれば不幸の手紙かと思ってしまっただろう。
しかし手触りの良い紙質は決してこれがいたずらに使われるようなものでは無い事を伝えてきていた。
また黒の下地に銀色で書かれた文字は達筆なこともありずいぶんと品の良いものに見えた。表にサザキ様へと書かれているだけで裏返して見ても送り主は書かれていない。
共に置かれていたナイフで封を切るとふわりと花の香りがした。
入っていた便せんはごくごく普通の白地に黒インクで書かれていた。どこの世界でも達筆というものは読みにくい物であるらしい。
まず並べられているのは時候の挨拶だろう。そして今回の授与を祝う言葉が並び、その後に本題である。
サザキは単語を拾い上げながらなんとか訳していく。
待っている、一同、店……
ひいきにしている店など無いどころか、王都では一度も買い物をしたことの無いサザキである。広告にしては品が良すぎるし、さっきの今でさっそくどこかの商人が自分に唾をつけに来たのかと相手の名前を探す。
『窓越しの月 一同』
その単語を理解してガバリと体を起こす。先ほどサザキは王都で店など知らないと言ったが、それは嘘だ。一軒だけサザキが行った店がある。まるで屋敷の様な佇まいであった娼館『窓越しの月』である。
一度ベッドから立ち上がってしまえば後は素早かった。鏡の前に立ち乱れた服をいそいそと直したところで自分がまだ式典用の衣装のままだったことに気が付く。これはこれでありかと一度は思ってしまったが、さすがに狙い過ぎだろうと考え直して王城内での普段着に着替える。
歯を磨き、髪を整え準備が出来たところで外を見れば、時刻はようやく日が落ち始めたころ、夕飯時にもわずかに早く夜の闇が訪れるにはまだずいぶんと時間が必要だ。
時間はまだあるのだが、今更ベッドに戻る気にはならなかった。部屋の中を動物園の熊のようにうろうろと回り、20周した辺りではたとトーダ達の事を思い至った。
結果としては国に用意してもらったが、連れて行ってくれたのはトーダ達だ。誘うのが礼儀というものだろう。なにより、このはやる気持ちを共有する相手がほしかった。
サザキが訪れたとき第二騎士団の面々は訓練場にテーブルや御座を持ち込んで宴会をしていた。
「おー、三ツ星冒険者のサザキ様じゃないですか」
第二騎士団団長のトーダはグラスを片手に笑って出迎えてくれた。
その胸元には立派な記章が輝いている。見れば団員の多くが記章を身に着け、もしくは手に取ってにやけていたりする。
サザキはその者達と自分が共に戦った事が誇らしくもあり、また同じ制服を身に着けていない事にわずかばかりの寂しさを感じた。
「事前の話では二ツ星だったのに、急に言われて焦ったよ」
「ああ、そりゃ俺も推薦したからな」
トーダはさも当然と語ったがサザキには寝耳に水であった。あの戦いは全員で勝ち取ったものであり自分だけ特別扱いというのはすわりが悪い。
「あのトロールは団員全員で倒したものじゃないですか」
険のあるサザキの声に気が付いたかトーダがすぐに否定をする。
「そっちじゃねぇよ。お前に教えてもらった魔法だよ」
魔法と言われて思いつくのが付与魔法だ。授与式でもそんなことを言われた。
「付与魔法がどうかしたんですか?」
「どうかしたって、簡単に言いやがるぜ。こんなすげぇもんを教えてもらっていたとはな」
トーダの言葉にいつの間にか集まって来ていた団員たちが同意する。
「ああ、みんなお前がドワーフン所にいっている間にそれなりに形にしたぜ」
団長見せてくださいよと隊員の一人が武器を投げてよこす。
あっという間にテーブルが避けられ、訓練用の丸太まで持ってこられてはトーダに断ることは出来ない。
「仕方がねぇな。これが俺流の使い方だ」
はやし立てる団員を適当に殴りつつ、丸太の前に構える。先ほどまでのほろ酔いはどこに行ったのか、後ろで見ているサザキにまで気迫が届いてくる。
装備は訓練用の片手剣に盾と変わらない。
前傾姿勢でタックルを掛けるかのようにトーダが丸太へと突っ込む。ぶつかるか、そう思った時に前に出した足を踏ん張って、全身の勢いをすべて乗せるかのように盾を下から振り上げた。
ナイトスキルのバッシュ、それをシールドで行うトーダの得意技シールドバッシュである。
訓練の時にサザキも幾度となく受けた。正面から武器で防げば手がしびれ、少しでも受けそびれたなら吹き飛ばされる技だ。
やっていることはサザキの知っているシールドバッシュと変わらないはずだった。それなのに結果は全く別のものとなっていた。
トーダのシールドバッシュを受けて丸太が宙を舞った。倒れた、では無く宙を舞っただ。しかも宙を舞った丸太は一つでは無く二つ。丸太はシールドバッシュで真っ二つに叩き割られたうえで吹き飛んだのだ。
「団長、壊しちゃダメじゃないですかー」
囃し立てる団員をトーダが怒鳴り返している。
「なんですかあれ」
少し前までと全く違う結果をトーダ達は気にした様子は無い。つまりこれが今の彼らの今の日常なのだ。
「どうにも俺たちにはな。お前さんの言うイメージってのをその都度することが出来なかったんだよ」
魔法にはイメージが必要である。サザキの付与魔法もそれは変わらず、どちらの方向に加速させるかを考えなくてはいけない。トーダ達に付与魔法を教える際にサザキが言った言葉だ。
「それで無理かとも思ったんだが、スキルだけは考える必要が無い事に気が付いたんだ」
「考える必要が無い?」
「スキルってのはあれだ。何度も反復して自分の最高の一撃を体に覚え込ませていつでも再現できるようにする事だろ」
その話自体サザキが知らなかった事だ。サザキの中でスキルとはパッシブ、自動で発動して行動を補正するものと考えていた。しかしトーダの言い分ならスキルとはとっておきの一撃という事になる。
「だとしたら柔軟には対応できないじゃないですか」
「そこは技術でカバーよ。お前さんはスキルで補えない分を魔法でカバーしようとしたんだろうが、俺たちにはそんな器用な事は出来ないし、今までだって技量でカバーしてきた。スキルを放てる状況まで持って行けるのも技だよ。でだ、そのスキルなら何も考えずに体が動く。だからスキルをひたすら強化すればいいだろうって結論になったんだ」
つまりスキルというのはサザキの思っていたパッシブでは無くアクティブ、能動的に行うものであり、且つ高威力の必殺技では無く自分なりの会心の一撃が打てるというものだったというのだ。
ゴーレム作りでこちらの世界の人たちの事もそれなりに知ったと思っていた分衝撃的であった。まだまだ自分はこの世界の事を知らな過ぎるとサザキは改めて感じた。
そしてトーダ達が行ったのは今まで会心の一撃で自身の100%の威力の攻撃を行っていたのを、付与魔法を使う事で自身の限界以上の200%の威力の攻撃、必殺技に昇華させたというのだ。
「すごいなぁ」
心からの驚嘆である。ゴーレムの時の順応もすごかったがあれはまだサザキ自身、異世界の者が係っていた。しかし今回はきっかけはサザキだが、あとはトーダ達のみで成し得てしまった。
「おいおい、魔法を編み出した奴が言っても嫌味にしかならねぇぜ」
サザキの気持ちを知らずにトーダは言ってくる。事情を知らないとはいえこれだけの事を成しても驕らずに純粋に自身の糧とする、この世界の住民は本当に純真でたくましい。




