第四章 三ツ星冒険者 その1
サザキの王都への帰路はクルナイスへの説得に費やされた。しかし、話せば話すほど分かるのは人とドワーフの文化の違いであった。
そもそもドワーフは結婚をしない。悪く言えば動物的で、その時々で女性が自分の気に入った相手を選んで子を成すのだそうだ。これはドワーフの男が何よりも工作を優先してしまうことも一因のようだ。
クルナイスは今までこれといって気になる相手がおらず、それが今回サザキと会いゴーレムを作った事でこんな考えを持てる相手との子がぜひ欲しいと初めて思ったらしい。
そんな様に言われるとサザキも男である。悪い気はしないのだが、傍らで同じく説得をしているルーネイの機嫌がサザキが丸め込まれていくほど悪化していくので、クルナイスの事を受け入れることは出来なかった。
だからサザキは王都の外壁が見えたときにはこの狭い馬車の中で一日の大半を過ごさなくてはならない状況が終わってくれると喜んだ。そして授与式までの期間は教師をつけてもらい可能な限り礼儀作法などの学習で時間を埋めていった。つまり二人から逃げて結論を先送りにしたのであった。
授与式までの数日をなんとか凌いだサザキは国王の前で膝をついていた。
王城前の広場に設けられた舞台の周りには街中から押し寄せたかのような人、人、人。
近くの家のすべての窓から誰かしらが覗いている。それほどまでにこの授与式は住民を熱狂させていた。
第二騎士団と共に街を練り歩いて来たのだが、ほうほうの体で泥にまみれながら帰って来た二ヶ月前と違い兵士たちは生気に満ちている。破損した装備も修理され、磨き上げられて輝きを放っている。
何も知らない者が見たなら戦後ではなく、戦前の出陣式だと思うだろうとサザキは考えながら列の中央で馬車に乗って周りにぎこちなく手を振っていた。
一緒に乗っていたルーネイは身構えた様子もなく、緊張しているサザキの横で優雅に住民に手を振り返しながらサザキのぎこちない表情をからかう余裕まであった。
「冒険者サザキよ。トロールを相手に一歩も引かず奮戦したその姿は多くの兵たちに希望を与えた」
団長をはじめとした第二騎士団への授与が終わり最後に唯一の部外者であったサザキの番となった。
騎士団の団員は記章を貰っていたが、サザキは団員では無く冒険者であるため剣が贈られるらしい。
「この功績をここに表する」
サザキは話が終わったと思い顔を上げようとしたが、王の口上はまだ続いた。上げかけた顔を慌てて視線を落とす。遠目に見ればきれいな真紅の絨毯が会場の入口から王の前まで伸びており壮観だが、近くで見れば使い込まれたほつれや汚れが目につく。顔を上げるタイミングを逃さないようにと王の話に耳を傾けながらも暇を持て余して目ではそんな汚れを追ってしまう。
「また、魔物討伐だけでなく自ら編み出した剣技を騎士団の者達へ指南し、秘伝技すら伝えたという」
サザキには王の言葉に覚えが無かった。秘伝技にいたってはその言葉の意味すら分からない。かろうじて予想できることは第二騎士団に教えた付与魔法に関してだろう。しかし、それも数日片手間で教えただけで功績と呼べるようなものでは無いはずだ。
サザキとルーネイ、そしてクルナイスは今回騎士団以外の者として一纏めで授与を受ける。その場合トロールを倒したというサザキの功績は王女を助けたルーネイ、ゴーレムを作り上げたクルナイスに比べて明らかに劣る。それを埋め合わせるために形だけ騎士団への教示を含めたのかもしれないとサザキは考えた。
「他の者の盾となり、また自らの技を明かすことにためらいが無い。その姿勢は伝え聞く二代前の勇者ハチサノエスケ様を思い起こさせる。是非、その技と心を人々へ広めてほしい」
サザキは周りが静まり返ったことで返事が求められていると察した。秘伝技や二代前勇者と言われてもサザキには話の半分も理解できなかった。だが、こういう場面では別に話なんて分からなくても対応は出来るのだ。
つまり、YESと言っておけば問題は無い。そもそも王様相手にNOと言う選択肢など在りはしない。
「未だ至らぬ身ではありますが、私の技術が人々の役に立つというのであれば喜んで尽力させて頂きます」
それっぽく言えたと思った。わずかに在った不安は王の満足そうな顔を見て拭うことが出来た。
傍に控えていた兵士から王が剣を受け取る。今までの記章は王自ら渡すことはしなかったのだが、部外者の冒険者ということで特別扱いなのかもしれない。
王から差し出された剣を恭しく受け取ると、その重さに違和感がありまじまじと剣を見てしまった。
「そなたの返答、嬉しく思うぞ。ハチサノエスケ様が残していかれた宝剣ムミョウノカタナ剣を授けよう。流派開門の暁には御印とするがよい」
手に収まったのはこの世界でよく見かけた肉厚の両刃の剣ではなく、細く軽い、抜けば波紋の浮かんだ片刃の刀身が現れるであろう剣が、刀が収まっていた。
サザキに続いてルーネイが壇上に上がる。
化粧を施しローブでは無くドレスを纏ったその姿は普段の愛らしさではなく、大人びた女性らしさが感じられた。
観客の歓声も男が多いように感じるのはサザキが意識し過ぎただけでは無いだろう。
ルーネイの功績はポーションの新製法の開発とそれによって第二王女ノーノムリンと前回の戦で多くの兵を救った事である。
彼女には金銭の報酬の他に国からの名誉職とそれを証明するマントが贈られた。受け渡しには第二王女自らが現れ、彼女の快気後初の姿見せであり、無事な姿を見て涙するものまでいた。
ルーネイが控えの列、サザキの横に戻ってきたところで壇上では王に替わってイグリス皇子が立っていた。
「私からもこの場で皆に紹介したい者達が居る」
イグリス皇子の合図と共に地響きを立てながら会場へと入ってくる者達がいた。
その姿に近くの者は魔物の襲来とでも思ったのか逃げ出そうとする者までいた。
サザキ達と一緒に来たドワーフ達である。先頭を進むのはゴーレムに乗ったクルナイスであり、人々の視線を一身に集めている。
皆が目を丸くしてゴーレムを凝視する。
がっしりとしたドワーフ達と、そしてゴーレムが観客に向き合う形で並ぶとそこに壁があるような迫力があった。
「彼女が操っているモノに驚いたであろう。これは新しいゴーレムである。魔法で自在に操れ、人の数倍の力を持つ。この力があれば魔物への対策はもちろん、土木や建築といった様々な生活面での助けとなろう」
語りかける皇子は仕草ひとつとっても人を引き付けるカリスマがあった。王の纏う空気は重く硬い威厳であったが、イグリス皇子は熱く勢いがある。
「これを今ゴーレムを操っているクルナイスと、そしてルーネイ、サザキの三人が作り上げたのだ。これほどまでに才能にあふれた若者たちがこの場に集まってくれた事に私は感謝する。また、我が国とギルドは彼らを支援する事を約束し、パーティ『ワイバーン』を三ツ星冒険者として認定する」
壇上での出来事がまるで夢のようにサザキには映っていた。クルナイスとサザキたちが同じパーティとはどういう事だろうか。そもそもサザキとルーネイは、パーティは組んでいても名前なんて付けていないし、よりにもよってワイバーンは無い。ランクだって下手にさわがれるのが嫌だから二ツ星を頼んだはずだ。
それなのに今サザキはルーネイと共に周りの兵たちに押し出させるように壇上へと進んでいる。
「ルーネイ、知ってた?」
「何がですか?」
「クーとのパーティとか、三ツ星の事とか」
「知ってましたよ。私たちが決めたんですから」
「私たちって、俺知らなかったんだけど」
「それはサザキが式の事は全部任せるって」
確かにサザキはルーネイたちと顔を合わす機会を極力減らすため段取りの打ち合わせなどはすべてまかせっきりであったし、いちいち自分に断る必要は無いとも伝えた。
「それでも限度があるんじゃないか?」
事前に決めていたランクを変えることもそうだが、チーム名のワイバーンなどサザキへの嫌がらせかと思ってしまう。
「予定が変わるなら相談してくれてよかったのに」
「知りません。人から逃げ回っているのが悪いんです」
未練たらしいサザキにルーネイはプイと顔をそむけてしまった。どうやらワイバーンという名前は本当にサザキへの嫌がらせであったらしい。
サザキがようやく二度目の壇上から戻ってくると、壇上ではイグリス皇子と共にホーフロト第一皇子が並んでいた。
名前だけは知っていたが、冒険者として鍛え上げられたイグリス皇子と並ぶと線の細いホーフロト皇子はどこか頼りなく思えてしまう。
それでも堂々たる態度で民衆に向けて語る姿には惹きつけられるものがあり、王族とは誰もがカリスマを持つものなのだろうかと思ってしまう。
「ここで皆に伝えなくてはならない事がある」
ホーフロト皇子の第一声に、授与者の話で盛り上がっていた観衆は何事かと声を潜め、耳を傾けた。
「皆が知るように昨今魔物が活発になってきており、不安に思う者も多いだろう。我々も力を尽くしてはいるが、至らぬところがあり被害が出ていることも事実である。その事をこの場で謝罪しよう」
ホーフロト皇子の言葉に至る所から擁護の言葉が上がる。
「ありがとう。皆の言葉で騎士団は誇りを持って戦う事が出来るだろう」
皇子が手を振るうと参列していた騎士たちが剣を眼前に掲げてみせた。民に剣をささげる、その意思表示である。
サザキはその一糸乱れぬ様子を感心して見ていた。予定されていた行動なのかも知れなかったが、単純に壮観であり出来れば客席から全容を見たかった。
「我々は魔物の発生原因の究明に努めた。その結果、一つの結論に達した。その事を皆に伝えなくてはならない」
騎士たちに沸いていた民衆が静まっていく。それは予感であり、予兆であり、確信であった。
「魔王の復活の兆候が見られる」
混乱は、起こらなかった。
ただその場にいたすべての者が息を飲み、空気が薄くなったような息苦しさを誰もが感じた。
普通なら、数百年の時間を挟んでの魔王復活ならば世界の異常に人々は混乱したであろう。それは歴史を紐解けば史実として残されている。平和に慣れた世界の住民は突如現れる忘れていた災厄に戸惑い、嘆き、怒った。
それらは自暴自棄になった者や暴徒を生み出し社会に少なくない混乱をもたらしてきた。
けれど今回は50年という短期間でそれが起こった。
身を持って戦を感じた者、親や祖父母から聞かされた者、村の年寄りから伝えられた者、誰もがどこかでその話を聞いていた。街の外には当時の砦の残骸などが未だに残っている。
だからこそ、今起こっている世界の異常に人々は心の底では確信を持っていた。
混乱することなく黙りこむ人々を見てホーフロト皇子の後ろでイグリス皇子は満足していた。
「しかし、神は我々を見捨てはしない。常に我々を見守り、救いの手を差し伸べてくれる」
大仰とも取れる身振りで背後を示してホーフロト皇子は一歩下がり舞台の中央を空けた。
そこに新たな者を迎え入れるために。観客を一望できるその場所でここに集まった者たちを見てもらうために。全ての観客にその者を見てもらうために。
「紹介しよう。勇者シラキ・コーイチとその仲間たちである」
舞台背後の幕が挙げられて現れたのは白銀の鎧に身を包んだ普通の少年であった。
少なくともサザキはそう感じた。それなりに整った、人のよさそうな笑みを浮かべた少年はサザキにはどこにでもいる学生にしか見えなかったし、それが事実だと武田から話を聞いて知っている。
勇者白木光一の左右には武田と、光一の彼女であるという佐藤恵那がそれぞれローブを羽織り杖を持って佇んでいる。
複雑な文様が掘られたローブと身長を超えるほどの杖、鎧姿の光一と合わせればいかにも勇者一行といった様相である。
しかしあまりにもそれっぽ過ぎてサザキには逆にコスプレのように感じてしまった。
サザキにとっては勇者一行はどこまでいっても同郷の、しがないサラリーマンとどこにでも居る学生カップルでしかなかったのだ。
しかし、周りの者達はそうでは無かったようだ。会場ではシラキコールが終わることなく続いており、驚いたことに隣では普段の大人しい姿からは想像もつかないほど熱のこもったシラキコールを飛び跳ねながらルーネイがしていた。
この世界において勇者というのはそれほどのものなのだ。
勇者たちの紹介が終わると、その熱が冷めやらぬうちに壇上ではイグリス皇子が対魔王戦について語りだした。
イグリス皇子は戦争では勇者たちと共に前線で戦うらしい。
「今までに50年という短い期間で魔王が現れたことは無い。これは異常事態である。しかしこれは窮地であろうか?私はそうは思わない」
壇上から投げかけられたその言葉に多くの者が首をかしげた。
「知っての通り前回の大戦で我々は歴史に類を見ない大勝を収めた。今この時をもってしても魔王と戦うだけの力を存分に蓄えている。そして50年という短い年月は、長命種の多くは未だ現役であり、我らが大戦で磨いた技の数々も廃れる事無く受け継がれている。魔王復活を聞いても取り乱さなかった諸君らのその態度が何よりの証拠だ。我々はこれを千載一遇のチャンスであると捉える。これほどまでに短期間で攻めてきたのは魔王がそれだけ追いつめられてのことである」
誰もが熱くイグリス皇子の言葉に聞き入る中でサザキには嫌な予感があった。詳しくは分からないが、イグリス皇子は今までと違う何かをしようとしているらしい。歴代の勇者は皆無事に役目を果たして元の世界に戻っていったらしいが、イレギュラーな事をしてそれが覆されないかと心配したのだ。
「このタイミングでワイバーンの様な優秀な冒険者達が現れた事も決して偶然では無いはずだ。これは神の意思である」
そんなサザキの心配など知る訳もなく、イグリス皇子の演説はより熱を帯びていく。
「我々はここに宣言しよう。長きにわたる魔王との戦いに終止符を打つべく、この度の戦いで魔王を討ちおとることを」
皇子の振り上げた拳に呼応して多くの者が拳を振り上げる。
「魔王って今までも討たれていたんじゃないのか?」
隣で雄叫びを上げて両手を突き上げていたルーネイを強引に振り向かせる。
「知らないんですか? 魔王は神によって封印されているんですよ。私たちは封印から漏れ出した魔王を弱らせて封印内に追い返しているのです」
「じゃあ封印されていた本隊を倒すって事か」
ラスボスの後の裏ボスを倒すようなものだろうか。今までと違う事をするという点に一抹の不安を感じつつも、行うのはこの世界の神に選ばれた勇者であるから大丈夫なのだろう。そう信じたい。




