第三章 変わる町と出立の時 その2
クルナイスとの話しを逃げるように去ってしまった事をサザキは一晩中後悔して眠れぬ夜を過ごすことになった。
そんな状況なので翌日にクルナイスと会うのは気が重かったのだが、会ってみればクルナイスは昨日のことなど無かったかのようにいつも通りであった。
サザキはあまりにもあっさりとしたものだったので拍子抜けしたのだが、出立の準備に追われるうちにそのこと自体を忘れてしまった。
出立の日はそれを祝うかのような快晴であった。そんな天気の元、街を出ていく一団の足取りは重かった。良くしてもらった人々へ後ろ髪を引かれる思いがあるのは確かだが、それ以上に昨日の深酒が祟っているためだ。
送り出しの席はそれこそ盛大に行われた。サザキやルーネイといったドワーフ達の飲み方をしっている者達はちゃっかり逃れたようだが、大半の者達は青い顔をしながら最後の荷物を積み込んでいる。
サザキはそんな中に元気よく動き回っている一団を見つけた。
「クー?」
その指示を出しているのはクルナイスであった。見れば周りで動き回っているのはドワーフ達だ。
サザキの声に気が付いたクルナイスが馬車から飛び降りて駆け寄ってくる。
「昨日ぶりだね」
「そうだな。ところでこれは何を積んでいるんだ?」
大方の積み込みは昨日の時点で終わっているはずである。しかし目の前では馬車数台に及ぶ荷物が積み込まれている。
「ゴーレムとか部品とかいろいろね」
クルナイスのゴーレムを基にゴーレムは5基作られた。その半分、3基がサザキ達と一緒に運ばれる事になっている。
昨日までに終わっていると思っていたが、そうでは無かったらしい。
せっせかと動き回るクルナイスを見て邪魔をするのも悪いと思いサザキは自分たちの馬車へと戻ることにした。
「またあとでねー」
後ろから呼びかけてくる声に手を上げて答えておく。別れを言うのは出立の直前でいいだろう。
馬車でルーネイと二人して時間をつぶしていると、ようやく作業が終わったのかボーボンとクルナイスが二人の元へやってきた。
「積み込みは終わった?」
「急な話で迷惑したわ」
ボーボンの小言にクルナイスが舌を出す。
どうやら先ほどの積み込みはクルナイスの要望だったらしい。
下手につつくと機嫌を悪くしそうなので早々に話題を変える。
「見送りに来てくれたんですか」
「そりゃ、当然じゃろ」
いろいろと迷惑をかけたにもかかわらずそう言ってくれるボーボンにサザキは本当に感謝していた。
「厄介ごとばかり持ち込んだからてっきり嫌われているのかと思っていました」
「本当に騒がしい時間だった。できれば二度と顔も見たくないが、娘の事もあるからな」
ボーボンは鼻息荒く言って顔をそむけてしまった。
「クーもいろいろとありがとう」
「こっちこそ、言葉には出来ないくらいにありがと」
代わりにサザキはクルナイスと別れの挨拶をする。
「ルーネイも手伝ってくれてありがと」
「ううん、私も楽しかったから」
二人して抱き合っている。気軽にボディタッチできる女性同士を羨望の眼差しでサザキが見ていると隣から鼻をすする音が聞こえてきた。
「ボーボンさん」
ボーボンが涙ぐんでいた。自分たちとの別れをそこまで惜しんでくれるのかとサザキもつられて涙ぐんでしまった。
「うるさいわい」
声を掛けるとボーボンは拗ねたように後ろを向いてしまう。
そうこうしている間にクルナイスが戻ってきて手を差し出す。
サザキも自然と手を取る。なんか青春の一ページって感じでいいななんて思ってしまう。
この先クルナイスと再びえあえることは無いだろうが、思いでならゴーレムと言う形でしっかり残っている。
「クー、一緒に居て楽しかったよ。これはお礼の気持ちとして受け取ってほしい」
サザキは事前に用意していた物を取り出した。
それは髪留めであった。ドワーフの女性は髪の量が多い。だからか髪のおしゃれにはかなり気を使っているようなのだが、クルナイスは簡素に紐で結わく程度でしかなかった。
そこで感謝の気持ちを込めて髪留めを送ることにしたのだ。クルナイスのピンクの髪に合うようにと銀細工に緑の宝石がはまった結晶体を模したような幾何学的なデザインのものだ。
髪留めを差し出されたクルナイスはポンッと顔を赤く染め上げる。
「あの、これ本当にボクに?」
そわそわとしながらも受け取ろうとしないクルナイスにサザキは好みに合わなかったのかと思ってしまった。
「気にいらなかったら別に受け取らなくてもいいから。なんなら今から別のものを」
引っ込めようとしたサザキの手をクルナイスががっしりと掴む。
「いい、かまわないから。これがいいから」
奪い取るようにサザキから髪留めを受け取るとクルナイスはその場で付けてみせた。
「どうかな。似合ってる?」
くるりと回ってはにかむクルナイスは飾り気がない普段とのギャップもありとても女の子らしく見えた。
「ちょっとサザキ、どういう事なの!」
互いに照れるサザキとクルナイスの間にルーネイが割り込むように身を滑らせてサザキに掴みかかってきた。
「どうって、クーには世話になったからそのお礼に」
「お礼に!? お礼にって何よ。サザキがそんな人だとは思わなかった」
ルーネイは鬼の形相でサザキをガクガクと揺さぶってくる。
これ以上は首がもげるのではと思ったとき、今度は首にがっしりとした腕を回されて固定される。
「なんだサザキ、髪留めなんて用意してやがったのか」
ボーボンが陽気に語りかけてくる。
「そうだよな。なんたって俺の娘だ。男が放っておくわけないよな」
ガハガハと笑いながらもその腕にはどんどんと力がこもっていく。サザキが腕をタップするも、気が付いていないのかこちらの世界にそういった文化が無いのか腕が解かれれる様子は全くない。ルーネイも相変わらず頭を揺さぶってきているので首はいっそう締め上げられていく。
そんなサザキを助けたのはクルナイスであった。
例えそれが足を引っ張って二人の間から引きずり出すという方法であっても今のサザキにはまさに女神であった。
サザキはクルナイスが笑顔で差し出した手をひしと握り返す。なぜなら彼にとってそれは救いの手であったからだ。
「サザキの気持ちうれしいよ。これからよろしくね」
満面の笑みで告げてくるクルナイス。
「え?」
サザキの口から出るのは疑問のみである。
「クーよ、子供が出来たら戻ってくるんだぞー」
ボーボンが感極まった様子でおんおんと泣きながらクルナイスに抱き着く。
「とうちゃん、分かったから、恥ずかしいから」
クルナイスはボーボンを強引に引きはがす。
引きはがされたボーボンはというとサザキを睨みつけてくる。
「クーに何かあったらただじゃ済まさんからな」
そう言われてもサザキには訳がわからなかった。
「いや、話が分からんのだが」
「子育てはやっぱりサザキもしたいの?ドワーフは普通女集だけでするんだけど」
「え、うそ!? もうそこまでの関係になっていたの!!」
さっきまで怒っていたルーネイが今度は悲壮な顔をする。
「そこまでの関係ってなんだよ。俺とクーには何もないよ」
サザキはルーネイに必死に訴えるが、今度はボーボンが絡んでくる。
「なんでぇまだ手を出してねぇのか。うちのクーに不満でもあるってのか!」
「いやそんなことは無いですよ。だから首を絞めないで」
「ちょっとサザキ、どういうことかきちんと答えて」
「ルーネイ揺さぶらないでお願いだから」
せっかく救い出されたというのにさっきの状態にあっという間に逆戻りである。
「あ、大丈夫だよルーネイ。ドワーフは気にいった男性と子供を作るだけで家庭は持たないから。ルーネイは気にせずサザキと結婚できるよ」
「ちょ、私はそんなことをいってるんじゃないのよ。そもそもサザキと結婚なんて話がどこからでてきたのよ」
そこに更にはクルナイスまで絡んで来てルーネイと口論を始めてしまった。
首を絞められた状態で問いただされる。文句は言われる。しかもこちらの話をきかない状況でさすがにサザキの堪忍袋の緒が切れた。
「い・い・か・げ・ん・に・しろーーー」
付与魔法に投擲スキルまで使って3人を順に放り投げていく。
「ぐへぇ」
「うわっ」「げほぉ」
「きゃっ」「ごっっ」
馬車の屋根くらいまで飛ばされた三人はボーボン、クルナイス、ルーネイの順に落ちていった。
女性陣を地面に落とすのはさすがに遠慮してボーボンの上に落ちるようにした。
何をするんだという3人の視線を受けてもサザキはたじろかなかった。
「子供がとか結婚とか何の話をしているんだ」
サザキがそう言うと3人は互いに顔を見合わせてた後、ルーネイがおずおずと手を上げた。
「サザキはクーに髪留めを上げたよね」
「それがどうした?」
「つまり告白したんだよね」
「はぁ?なんでそうなる?」
「だって、ドワーフの女性に髪留めを送るってそう言う事でしょ」
本当かとドワーフの二人を見ればコクコクと頷き返される。
「ドワーフにとって髪や髭は自らの象徴だ。髪留めを渡すってのはつまり相手を自分のものにしたいって意思表示だ」
ボーボンの説明にサザキは頭が真っ白になる思いであった。
「もしかしてサザキ知らなかったの」
声を上げたクルナイスをサザキは見る勇気が無かった。
「で、でもさ。クーはまだ若いし、結婚とか子供とかそういう話は早いでしょう。そりゃ、かわいいよ。かわいいと思うけどまだ早いし、俺なんかとは釣り合わないしさ」
なるべくクルナイスを傷つけないようにとサザキは思いつく限りの理由を並べていった。
「……で、そういうことなんだけど」
あらん限りの言い訳を並べたてた。結局のところクルナイスはかわいいけれどまだ若いからそういった話は早いでしょうと、それを繰り返しただけであったが親バカっぽいボーボンならそれで納得してくれると思ったのだ。
恐る恐る三人の様子を伺う。
ボーボンはにやにやと笑っていた。
クルナイスは照れた様子で顔を隠してしまっている。
ルーネイは先ほどより不機嫌になっていた。
「なんでぇ。もうべたぼれじゃねぇかよ。良かったなクー。これなら安心して送り出せるってもんだ」
「何でそんな話になるんだ!」
「だってお前にとってクーは若くてかわいいんだろ。なら問題はねぇ」
ボーボンに押し出されるようにクルナイスがサザキも前に歩み出る。
「えっとね。行き遅れなんて言われていたのに、あんなふうに言われてすごくうれしい」
クルナイスはそれだけ言うとまた顔を手で覆って隠してしまった。
「クルナイスさん、失礼を承知でお聞きしたいのですが」
サザキは大きな勘違いをしていたのだ。ドワーフ達と生活をしていたのだから気が付いても良かったはずなのだが、やはり元の世界の影響か、もしくはクルナイスの子供の様な言動のせいであったか。
「おいくつでしょうか」
どちらにしてももう手遅れであった。
「25歳」
恥ずかしそうにそう言うクルナイスは、サザキにとってはやはり10代半ばにしか見えないのであった。




