第三章 変わる街と出立の時 その1
ギルドの裏手を歩いているサザキを見かけてボーボンは二階の窓から呼び止めた。
「こっちだこっち」
どこから呼ばれたか分からずきょろきょろと辺りを見回してしていたサザキはようやくボーボンに気がつく。
「ボーボンさん、久しぶりです」
言われて最近顔を見ていなかったなと気が付く。工房にほとんどいないサザキとは偶然タイミングが合わないと会う事が無いのだ。
ボーボンは手短に身支度を整えると階段で上がってきたサザキを捕まえてそのまま街へと繰り出した。
「頼まれていたものが出来たから案内してやる」
「頼んでいたもの?」
「装備だよ装備。変わった武器と鎧を注文してただろ」
言われてようやくサザキも街に来た当初に授与式用の鎧を頼んていた事を思い出した。
「忘れてたってのかい。こちとらこのくそ忙しいときにオーダーメイドで受けてやったってのに」
「いやぁ、最近はゴーレムのことばかりだったもんで」
ボーボンはへこへこと頭を下げるサザキにフンと鼻息を荒げる。
「まぁ仕方がねぇのかもしれねぇな。これだけの大事になっちゃ他の事なんて手が付かんだろ」
二人の視線の先に広がる街並みはサザキが来た頃とは二ヶ月も経っていないというのに大きく異なっていた。
街を行き交うドワーフの多くが体に何かしらの金属隗を付けているのだ。
ある者は荷物を支える3本目の手を、ある者は足の横にローラーをと皆それぞれに工夫を凝らしたものを体のどこかに着けている。それは四肢を失った者に限らず健常者の間でも便利だということで広がっていた。失った四肢を補う目的で作られ始めた技術はすでにそれ以上の成果を現していた。
今はまだゴーレムの魔法を使えるドワーフ達だけが身に着けているが、道行く冒険者などが羨ましそうにしている様子を見れば魔導具として売りに出されれば爆発的に広がるだろう。
そこに当初あったような体に異形を付けることに対する忌避はすでに見られない。
「おめぇはすげえよ。こんなことを思いつくなんて」
ボーボンはしんみりとそう言う。
「私としては、ここまで簡単に受け入れられるのに今までこの発想が無かったとこの方が不思議なんですがね」
サザキが本音として言ったのだが、ボーボンは謙遜としてその言葉を受け取った。
半時ほど歩いてたどり着いたのは周りより二回りは大きいであろう工房であった。
「ワ爺おるか」
裏手に回ったボーボンはノックもせずに扉を開けてずんずんと中に入っていく。
慌ててサザキも後を追う。窓の閉じた部屋の中には灯りも無く、薄暗さに目が慣れるまでしばしの時間を要した。
目が慣れるにしたがい部屋の様子が浮かび出てくる。剣や鎧などこの工房で作られたと思われる作品が所狭しと並んでいる。
「誰がきおったか」
扉が開かれて一人のドワーフが入ってくる。ドワーフはそのまま窓を開け放つとようやく部屋が明るくなる。
現れたドワーフは髭の先まで真っ白であり、節くれだち骨と皮だけしか残っていないような手が年齢をうかがわせる。
「お前の無茶な注文に答えたワ爺だ」
「ワジだ。皆ワ爺と呼ぶ」
「サザキです。今回は無茶な要求にこたえてもらってありがとうございます」
紹介されたワジの手を取ったサザキは見た目では予想できないほどに力強く握り返された。
「まったく、今までやってきてこんなものを作らされたのは初めてじゃ。早速だが調整してやるからきてみろ」
ワジに教えてもらいながら鎧をひとつひとつ身に付けて行く。
「それにしても使い捨ての鎧とは、最初聞いた時は耳を疑ったぞ」
鎧は3層構造であり、インナー二枚を重ね着した上から更に複数のパーツに分かれた金属鎧を身に付けて行く。
「費用が掛かりすぎるってボーボンさんにも言われました」
「そうだろうな。わしもどこの貴族のボンボンかと思ったわ。普通ならその時点で断るところだが、それが期待の冒険者って事で試に作ってやったが」
「どうでした?」
「実用性なんぞ全くないな」
ガハハハと大声を上げてワジが笑う。
「それほどですか?」
サザキとしては元の世界の知識を使って合理性を追求したものだと思っていたのでショックであった。
「一番は費用が掛かりすぎる事だ。鎧なんて手間もかかれば素材もかかる。維持費だけでも普通の倍じゃきかないだろ。それに技術の問題もだ。壊れた部品を交換するのは良いが、その部品は壊れたやつとまんま同じでないときっちりとはまらねぇ。これはドワーフでもやすやすと出来るものじゃねぇ」
そこでサザキは自分の感覚が量産出来る工料製品を前提としてしまった間違いに気が付いた。
とはいえ、すでに頼んだ分は予備も含めて出来ているため考え直すにしてもそれらを使い果たしてからだと意識を切り替える。
サザキは鎧を一式つけ終わると感触を確かめるように体を動かしていく。今まで着ていた体だけを覆う革鎧と違い肩や腰までしっかりと覆う上に各所に収納ポケットが付いているためごってりとした感覚は否めない。
さらにはルーネイの毒薬を利用する事も考えて頼んだ毒マスクは視界部分が爬虫類の薄い皮でも使っているのか完全な透明では無くて視界は落ちてしまう。
それでもサザキは自分の思い描く戦いがし易くなるだろうと笑みを浮かべた。
サザキにとって戦い方といわれて思い浮かべるのは銃を持っての現代での戦争である。当然、テレビなどの映像でしか知らないがそれでも隊列を組んで正面から敵となぐり合うよりよほどしっくりと来るのだ。
だからこそ出来上がったものは現代の軍隊の装備に似たものとなっていた。
「気にいったようだな。そしてこれが武器だ」
壁に立てかけられていたそれをワジから受け取る。
注文した時は鉾と言ったが、重量など要望を加えて出来上がったのは大剣の刃を短くして柄を槍まで長くした、そういったものであった。
「言われたとおりに作ったが、そりゃどう戦うんじゃ」
鎧は機能として理解出来たワジであったが、武器の方はさっぱりわからなかった。仕方なく注文通りに作ったはいいが職人としては満足のいかない結果である。
「どう戦うと思います?」
そんなワジの思いを知ってサザキはあえて問い返した。
「先端の刃の部分が重すぎる。小手先の競り合いなど出来ないだろうから、全力で叩き付けるか、突き刺すかの二択しか思い浮かばん」
その答えにサザキは満足した。なぜならそれが思い描いた武器そのものであったからだ。
「それであってます。さすがですよ」
「一発外したら次が無いぞ?正気とは思えんな」
ワジはサザキの付与魔法を知らない。魔法で体勢を崩さずに渾身の一撃を放てるサザキにとっては一撃必殺の攻撃をするに適しており、また投擲スキルを使って突き飛ばせる武器が最善であったのだ。
「スカウト志望だから、奇襲からの一撃必殺用で頼んだんです」
ワジはどこか納得がいかない様子ながら最後にはサザキの考えることなど理解できないだろうと割り切ることにした。
数日後には微調整を終え、鎧には艶消しが、鉾には柄尻に長く丈夫な飾り紐が付けられて完成となっ受け取るに至った。
受け取った時は年甲斐も無く浮かれたものだが、工房へと戻る歩みは次第に遅くなっていった。
これを受け取ったという事は王都へ戻るのがもうすぐという事であり、それは授与式が迫っているという事をサザキが今更ながら実感したからである。
クルナイスはとぼとぼと歩いてくるサザキを見つけて、ゴーレムに乗ったままどたどたと近づいて行った。
「どしたの?」
声を掛けられてサザキはクルナイスを見上げた。目線の位置はゴーレムに乗っている彼女の方が上になる。
ゴーレムはようやく腕が付いてそれらしい見栄えになっていた。
卵形のボディの後ろをくり抜くように操作スペースがあり、クルナイスが立った姿勢で固定されている。足は蜘蛛のような山形を描いたものが4足、交互に動いて進んでいく。そして腕はひじ関節は無く一本の棒だが肩部分で動き、先端が万力になっている。
「なんかえらくごっついな」
最初はクルナイスの精密な操作を活かしてって話だったのだが、出来上がったものは岩すら砕きそうだ。
「そうでしょ。魔物だってぺっしゃんこだよ」
クルナイスの思いは違ったようで、他の人と同じように力仕事が出来るゴーレムに喜んでいるようであった。
ゴーレムの事を話したくて仕方がないようで、聞いても無いことをクルナイスは矢継ぎ早に話していく。
特質すべき機能としてはこのゴーレムは至る所に魔石が組み込まれており、クルナイスの負担をなるべく減らすつくりをしているらしい。
稼働時間が問題となっていた時に魔石で魔導具のように負担できないかと言ってみたサザキの思いつきをあっという間に形にしてしまったのだからドワーフの作るというものに対しての能力は恐ろしいものがある。
その中心を担っているのが50年前の大戦で得られた竜種の魔石が据えられているらしい。ギルドとしての意気込みか、娘への甘さかは知らないがかなりの大盤振る舞いだ。
「しかしこうなると、両腕が同じギミックっていうのもつまらないよな」
サザキはいろいろとギミックが組み込まれている事を聞いて両手が同じというのも芸が無いと思ってしまった。
「そうだよね。けど、いいのが無くて」
「なんかアイデアは無いのか?」
「今のだと叩く、握るが出来るからそれ以外がいいな」
クルナイスもそこは不満があったらしい。それならばとサザキは工作機械を思い浮かべていく。重機でいえばショベルといったすくうという動作だが、さすがにこのロボットの手をスコップにすればいろいろと台無しだろう。
そうなると選択肢はあと一つだろう。それが付いたロボットを想像して含み笑いを浮かべてしまうのは男として仕方がないことだと思う。あれはロマンなのだから。
「ところでサザキ、さっき落ち込んでいたのは」
「あーその話ね」
サザキがせっかく忘れていた授与式の話を思い出してしまいげんなりとする。
「戻ったら授与式があるからさ。それがめんどうでね」
「なんで?すごいことだよ」
「面倒なんだよ。この前も城に居るためのマナーを覚えるために数日閉じ込められたし」
「そんなに嫌なら戻らなければいいんじゃない」
「そういう訳にはいかないよ」
サザキはクルナイスの言葉を子供らしい純粋なものだと笑う。
「なんでよ」
「いろいろとあるんだよ。作ってもらった装備だって費用を持ってもらっているし、ここに来たのだってそうだ」
「そんなのうちのギルドで出してあげるよ。残る理由だってゴーレム作りのためって言えば融通は利くはずだよ」
「ゴーレム作りはもう俺の手から離れているだろ。ここでその理由を上げるとたかっているみたいでいやだよ」
サザキの中ではポーションにしても、ゴーレムにしてもちょっとアドバイスをして甘い汁を吸わせてもらった、面白い体験をさせてもらった程度の認識でしかない。
「そんなことは無い」
そんなサザキにクルナイスは強い口調で反論した。
「サザキはいっぱい役にたってるよ。相談したことに誰も考え付かなかったアイデアをいっぱい出してくれるもん。サザキが嫌なら王都になんて行かなきゃいいんだよ。ボクと一緒にずっとゴーレムを作ってればいいんだ」
真剣な顔で泣きそうになりながらクルナイスがいうものだから慌てたのはサザキである。
「落ち着いて、落ち着いて。俺もどうしても王都に帰りたくないって訳じゃないから。ただ少し面倒になっただけで、愚痴を言いたくなっただけだからさ」
サザキは言い訳を並べるだけ並べて、クルナイスがある程度落ち着いたと見るとこれ以上機嫌を損ねまいと、おやつの準備をしようと言ってその場から逃げるように工房の中へと入っていった。




