第三章 ゴーレムの可能性 その6
早朝、ギルドで一番にぎわうのは依頼が張り出される掲示板の前である。少しでも割のいい仕事を得ようと飛びつくように掲示板の端から端まで見て回るのは仕事を選べないルーキー達だ。
それに続く中堅はどの依頼がどの位置に張り出されるか分かっているため迷うことなく目的の掲示板に向かう。
そしてごくわずかに、そんな様子を背後から余裕をもって眺めるのが指名依頼など掲示板の仕事を得なくてもやっていけるベテラン達になる。
そんな掲示板の前だからこそ受ける仕事の相談や情報の交換で様々な声が上がる。
一番人気の情報はどこの工房がどんな金属や素材を求めているかだ。工房を構えているほどの依頼主なら支払いに不安が無く、鍛冶屋と繋がりを持てると冒険者には人気の依頼だ。
そして最近よく聞かれる声がある。
「またおかしな依頼があるぜ」
「どんな?」
「洞窟蝙蝠の糞を集めろってさ」
「なんだよそれ。怪しすぎだろ」
「けど依頼はギルドからなんだよな」
「うっそ!?マジで」
見るからにルーキーといった二人の少年が掲示板の前で張り出された依頼を見比べていた。
ギルドの依頼は仕事としては一番堅実なものになる。支払いも確実だし、価格も適性なのでルーキーにとっては安心して受けることが出来る。
「洞窟蝙蝠ならこっちのヘビースライム討伐の道すがらにいるから一緒にこなしちまおうぜ」
少年は仲間の取ってきたスライムの依頼書と蝙蝠の依頼書、二枚を手に受付に行こうとする。
普段は討伐依頼だけで手一杯になるので、行き返りにおまけで済ませられる仕事が見つかったことに顔がほころぶ。
「おい坊主、待て」
そんな少年の肩が掴まれ、強引に振り向かされる。
肩に手を置いたのは少年より頭二つ分も背丈のある獣人であった。はちきれんばかりの筋肉を抑え込むように付けている鎧の傷が今までこなしてきた修羅場の数を表していた。
「な、ななんでしょうか」
少年はその姿におびえてしまい、声は完全に震えていた。もしかしたら自分たちの仕事を奪う気かもしれない。そう思い依頼書を奪われまいと強く握りしめたのはパーティのリーダーとしての責任感であった。
実のところルーキーがやる様な仕事を中堅がやる意味など無く、仕事を奪われるかもしれないというのは全くの杞憂であったのだが、この時の少年にそこまで考える余裕はなかった。
「これも持って行け」
だから差し出されたそれが掲示板の依頼の一つだと分かるまでに幾分かの時間がかかった。
「わ、わかりまひたぁ」
それが依頼書だと分かると、少年は内容を確認せずに依頼書を抱きしめ慌てて受付へと走り去っていく。
「ちょっと、なにしてるのよ」
残された男を背後から小突く者が居た。男が振り向くと呆れた顔でパーティメンバーの女が立っていた。
「ルーキーの支援だ」
先ほどから変わらずむすっとした顔で男が答える。顔が体毛でおおわれているタイプの獣人はただでさえ感情が読みにくいというのに、男は表情をほとんど変えることが無い。このため不機嫌だと思われて怯えられたり、逆に絡まれたりとトラブルによく巻き込まれた。
「そうは見えなかったけどね」
男が渡したのは今まで値段が付かなかった物の採集と並んで最近のギルドが出している漠然とした部分の多い依頼であった。
柔らかくて柔軟性にとんだ素材がほしい、魔力の通りが良くて軽い素材がほしい、低温で膨張率の高い素材がほしいなどなど様々なものが出されているのだ。
正解があるのかすら分からないその依頼は、その分報酬が良かったりするため冒険者の間では謎解きのように楽しまれていたりする。
「それでどんな依頼を渡したんだい?」
「重くて粘度のある素材集めだ」
「それでヘビースライムね。ところできちんと説明したの?」
「いや、急いでいたようですぐに受付に行ってしまった」
その言葉に女は呆れてしまった。男は周りに対して無頓着で自分が新人にどう見えるかなど気にしないのだ。
「あんたは居るだけで周りが怖がるんだから、そういうのはわたしに任せな」
「すまん」
短くやり取りを済ませると今度は自分たちの仕事を見つけるべく掲示板を眺め始める。
「これにしよう」
男が差し出した依頼書を女が覗き込む。
「鉄蟲のさなぎぃ?依頼はギルドからね。ほんっと、最近のギルドは分かんない依頼ばっかね」
女は口では文句を言いながらもギルドから出ていく足取りは軽い。女だけでは無い。最近は街全体が浮かれたように熱を帯びて来ている。それは街全体で一つの事を行うという一体感、産まれてくるものがとんでもないものだという確信といった様々な感情が混ざり合い、祭りの日のように熱をはらんでいた。
その中心に居るのは間違いなくこのおかしな依頼を出している連中、金属の手足を付けたドワーフの一団なのであった。
ギルド長の家の工房は、先週と比べて更に混沌としていた。サザキにはこの状況を混沌としか表すことが出来なかった。
先週はまだ金属などが散らばる空間であったため鍛冶場と認識してもらえただろう。
それがとあるきっかけで今まで値段が付かなかったような素材でも買い取るという噂が冒険者の間で流れてしまい、冒険者が素材を抱えて大挙するようになってしまったのだ。
普通なら事実無根として断ってしまえばよかったのだが、中には今まで気が付いていなかった素材があったりしたためその案は却下された。
代案として行われたのがギルドを通しての買い取り依頼である。こんな背景があり、ギルドの掲示板には今まで張られる事の無かったような依頼であふれる事となった。
大量の素材が持ち込まれた工房では、今まで金属類に偏っていた材料のすべてが見直されていった。
結果として鉄臭かった工房には魔物の素材が吊るされ、干され、漬けられた状態で至る所に散らばるようになり、薬品と鉄の臭いが満ち溢れるもう何の工房か分からない状態が出来上がった。
その混沌とした空間の中心となっているのがクルナイスとルーネイであった。
クルナイスは当然ゴーレムに関してだ。彼女の操るゴーレムは日々パーツが入れ替えられながら様々な挙動をこなしている。
一方のルーネイはというと、魔物の素材などの加工で中心となっている。薬品を扱う彼女は皮をなめしたり漬けたりする溶液を作り上げて多大な貢献を果たしていた。
そんな工房で頑張る二人に対してサザキはというと街の中を当ても無く漂っていた。
金属の手足を付けた目立つ一団と行動を共にしているため、変な集団といる見かけない冒険者としてサザキの事は街の皆に知れわたっていた。
そんなところにギルドから今回のゴーレム作りがカルドドーチ国との共同事業として大々的に発表されたのだ。しかもクルナイス、ルーネイと共にサザキの名前も取りまとめメンバーとして。
そしてサザキは街を歩けば呼び止められるほどの時の人となっていた。
「それで、洗濯を出来る手なんて無いかね?冬場の水仕事は手が荒れてね」 一人の言葉にそうよねと周りから賛同が上がる。共用の井戸のそばでサザキはおば様達に捕まっていた。
会話の内容は正に井戸端会議そのもので、子育ての不満から近所のおいしいお店など話題は取り留めも無く変わっていく。
しかし、話をしているドワーフ達の容姿は十代かと間違うくらいに童顔なため、聞いているサザキは何とも言えない違和感を抱きながら話を合わせていく。
「どうでしょうね。今いろいろと試しているところなので」
サザキは曖昧な言葉でお茶を濁す。それを情報が隠されたと感じたのだろう。おば様達の隠されたものを暴きたがる癖は世界を超えても共通であった。
「そんなこと言って、男共は力だ硬さだとかばっかりに拘っているんじゃない?」
「鉄を叩ければそれでいいって人ばかりだしね」
「うちの子もね、一人で外に出る様になったら工房にばっかりいくのよ。楽器の一つでも覚えてほしいわ」
関係在りそうな無さそうな、そんな言葉が雨あられとサザキに浴びせかけられる。
「ほら、洗濯って材質によって洗い方を変えないと服が傷むじゃないですか。だから難しいんですよ」
サザキは洗濯用の腕が作られているかなど知らない。つまりこの言葉は全くのでまかせである。しかし、とっさに付いた嘘にしてはうまくいった。
「そういえばこの前お気に入りの下着を洗濯でダメにしてね」
「タンスの奥に取っておいたものが虫に食われた事があるわ」
「洗剤に柑橘系を混ぜると虫もよりにくくなるわよ」
話はあっという間に洗濯での失敗談に変わっていく。
「それじゃあ、私はここら辺で失礼しますので」
これ幸いと自分にまた話が回ってこないうちにサザキはひっそりと輪から抜け出していった。
街の人に捕まっていろいろと聞かれるのはいつもの事だ。その度にサザキはお茶を濁してきた。
話を聞いた人は情報を漏らせないのだろう、口が堅いなどと勝手に思い込んでいるが、実はサザキが答えられるほど知識が無いだけだったりする。
サザキは先ほどのおば様達が話していたパン屋に足を向ける。そこの揚げパンが今女性の間で人気らしいのだ。
ドワーフ達はサザキがきっかけとなる知識や考え方を与えるとスポンジのようにそれらを吸い込み、あっという間に自分の技術としてしまう上にどんどん新たな技術も生み出していった。
今作られているものは万人が扱えるように魔導具の機構を使うなどしていて、サザキの理解できる範疇をとうに超えていたのだ。
それでも手伝えることがあればと工房内をうろうろと漂っていたのだが、工房にモノが増えるに従いとうとう邪魔だと追い出されるに至った。
その時の光景は今でも覚えている。さすがに集められたドワーフ達からは言いにくかったらしく伝えてきたのはルーネイとクルナイスの二人だ。
ルーネイが申し訳なさそうに婉曲に伝えてくる中、クルナイスは良いことを思いついたと言わんばかりにサザキに言ったのだ。
「外に行くんだったらおやつ買ってきてよ。甘いものが食べたいの」
この一言がサザキの役割を決定することとなった。
「まぁいいさ。もともとクーのゴーレムができればいいんだし」
揚げたてのパンが詰まった袋を持ってサザキは工房へと足を進める。
負け惜しみでつぶやいたその言葉は誰に聞いてもらえることも無く街の喧騒にあっという間に押し消されてしまった。
ゴーレム制作プロジェクト取りまとめ、サザキの仲間内での肩書は『おやつ調達係』である。
どうやっても冴えない主人公のサザキです。
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