第三章 ゴーレムの可能性 その5
この世界での生活は日の出とともに始まり、日の入りと共に終わる。その後は寝るだけなのだが、たまには自分へのご褒美として晩酌をしたりもする。
ドワーフも人族もそれは変わることが無い。ただ違うとすれば、ドワーフはたまにのご褒美を毎晩行うことぐらいだ。
ごく普通の食事処を兼ねた宿屋『岩穴の苔』にはギルドが近い事もあり、仕事終わりのドワーフ達だけでなく冒険者たちも多く訪れる店であった。
お互いに血の気の多い客たちがいざこざを起こすのはもう日常であり、喧嘩が起きなかった日など無い。
そんな店がここ最近やけに静まり返っているのである。
客が入らなくなった訳では無い。最近はギルドに雇われた一団が足しげく通ってくれるので客は増えたほどだ。ただ、その一団が静けさの原因にもなっていたのだ。
金属のこすれる音をさせながらかしましい一団が店へと入ってくる。
それまで騒がしくしていた店内は一転静まり返る。一団が席に着くころにはそれぞれのテーブルで会話も再開されているが、それでも控えめであった。
声を潜めて話す者達の視線は総じて新たに入ってきた一団に向けられる。彼らは鍛冶で鍛えられたドワーフらしく、窯の火で焼けた肌に縮れた髭とどこにいる身なりをしていた。ある一点を覗いては。
鎧がこすれ合う様な音を立てて一人のドワーフが酒を受け取っている。酒場にフルプレートの鎧を着てきた馬鹿が居るわけではない。音を上げているのはドワーフの腕だ。
腕、なのだろう。金属の棒の先に付いた湾曲した二枚の鉄板が、彼の失われた腕の代わりにジョッキを受け取っている。
「おうおう、ようやくきおったか」
酒を受け取ったドワーフは受け取ったジョッキをすぐさま口元に運びうまそうに中身を飲み干していく。鉄の腕は緩むことなくジョッキを支えていた。
小声でささやき合う者達は皆その異様な光景に目を奪われていた。
やっていることは分かる。しかし理解が出来なかった。
ドワーフの腕についているモノが手を模していたなら、5本の指がありそれが折れ曲がってジョッキを掴んでいるのなら良かったのだ。しかし、彼らが身に着けているそれらは手を、足を模すことを諦めてしまっていた。自分の身に異形なものを付けていることがその場にいた多くの者には理解できなかったのだ。
その異様さは不気味さとなり、その場にいた新米の冒険者は逃げかえるように会計を済ませていくほどであった。
一方で残ったベテランの冒険者やドワーフ達は不気味にも感じつつそれに魅力も感じていた。ギルドが支援する新技術の話を噂で聞いていたこともあり、どれほどのものか見極めようと情報集めに余念がないのだ。
自分たちが入ると同時に店の空気が変わることも一週間続けばサザキでも慣れるようになる。
それよりもこの後の酒盛りをうまい具合にやり過ごすことの方がサザキにとっては重要な事であった。ドワーフに付き合っていては明日二日酔いで何もできなくなる事を経験として知っていた。
案の定、仕事仲間のドワーフ達は店の雰囲気など気にもせずに酒を浴びるように飲んでいく。
最初の音頭とそれぞれのグループに分かれるまで飲んだところでサザキは他のグループに移る振りをしてこっそりと酒場を抜け出した。
店の外に出ると夜風が火照った肌に気持ちがいい。昼間は窯からの熱気で街全体が蒸すように熱いが、夜ともなれば上空で冷やされた風が吹き抜けてきてここが山の中腹であることを思い出させてくれる。
「おい、おっさん」
涼んでいたサザキに無粋な声を掛けてきたのは店から出てきたサザキより幾分か年下と思われる男であった。年下と言っても、日々鍛え上げられた肉体に厳つい顔を見れば貫禄はサザキと比べるまでも無い。
「なにか?」
酔っ払いに絡まれると厄介だと、ドワーフ達の元へ戻りたかったが男が店の入り口側に立っているため店の中に戻ることもかないそうにない。
「お前あのドワーフ達の連れだろ」
男との距離は数歩分空いているというのに、しゃべるたびに酒臭い息がこちらにまで届いてくる。
「そうですが」
酒臭さに辟易としてサザキはなるべく短く答えていく。
「あの手足はなんだ?神具なんかじゃねぇだろ、けったいすぎる。魔導具なのか?それは知らないぞ。どこで買える?いや、あいつらのでいいから売れ!」
話しているうちに興奮したのか男がサザキにどんどん近寄る。サザキは後ろに下がろうとするが、手すりに背を預けており下がることが出来ず、ただ距離だけは取ろうと体をのけぞらせる。
それでも近寄ってきた男にまるで覆いかぶさる様に詰め寄られていく。
恐れというよりは密着される事で悲鳴を上げそうになったところにゴンという音が鳴り響き、男が崩れ落ちていく。
崩れ落ちる男の背後から現れたのは真ん中がへこんだトレイを持って笑うクルナイスと、倒れた男に慌てて駆け寄るルーネイであった。
「一人で抜け出そうとするから罰が当たるんだよ」
クルナイスはそう言うと外まで持ってきていたジョッキを傾けて中身を流し込む。なんとなく他のドワーフとは違う考え方を持つように思えるクルナイスだが、それはゴーレムに限ったことで酒に場に関しては大勢で楽しく飲むべしというドワーフ共通の考えを持っている。
「ルーネイも戻るよ」
「え、あ、でもこの人…」
倒れた男を見てどうすればときょどるルーネイをみてクルナイスは仕方ないなぁとため息を付くと、倒れた男の足を掴んで店の中へと引っ張っていく。
「ほら、二人も早く」
店の入り口で振り返るクルナイスはこれで心置きなく飲めるでしょうという親切心にあふれた笑顔を向けてくる。
引きずられていく男は何がしたかったのか分からないままであった。
果たして酔っ払いに絡まれるのと、クルナイスに付き合わされるのとどちらがマシだったのだろうかとサザキは悩むが、そんな悩みはすぐに酒に流されていくことになる。
「サザキ、客だぞ」
ただでさえ騒がしい工房の音が頭に響くというのに、それに負けじと叫ばれた声が脳みそをいっそ揺さぶる。
それでも何とか体を起こして呼ばれた方に行くのはそうしなければ何度でも声を張り上げられるからだ。
「なんでぃ、青白い顔しやがって」
幽鬼のような顔をしたサザキを見てボーボンは言うが、サザキにしてみればボーボン達ドワーフの方が異常なのだ。
昨日の飲みはクルナイスに連れ戻されてから抜けるタイミングを逃してしまい、結局明け方近くまで付き合わされてしまった。ほうほうの体で宿までたどり着き、起きたのは昼過ぎだ。なんとか工房まで来たはいいが仕事になる訳も無く、夕時になる今まで青白い顔で座り込んでいたのだ。
一方のドワーフ達はというとけろりとした顔で朝から仕事にいそしんでいたらしい。あいつらの腹の中には酒を燃料に動くエンジンがあるに違いないとサザキはひっそり悪態づいていた。
ボーボンに小突かれて入口まで行くとそこには冒険者のパーティらしい者達がいた。
「何か用で?」
サザキはぱっと見たところ知り合いでは無かったため訝しんで声を掛ける。
「おお、昨日はすまなかったな」
サザキは大声が頭に響いたため顔をしかめるも、言葉と声で相手の男が昨日の酔っ払いであることに気が付いた。
「いや、気にしてないから」
わざわざ謝りに来たのだとしたら律儀な性格なのかもしれないが、今のサザキに人を気遣う余裕なんて無い。ただただ早く用事が住んでほしいとの思いのみが頭を占めていた。
「それでだな、昨日の詫びついでと言ってはなんだがこれを良ければ使ってみてくれ」
男が袋から取り出したのは薄い布に見えた。ただ、粘質の液体のようなものが付いており、また匂いも酷かったためサザキは手の込んだ嫌がらせかと思った。
「くせぇな。なんだそりゃ」
傍らにいたボーボンは鼻をつまみながら差し出された布をつまみ上げた。
「石ミミズの皮だ」
「石ミミズだぁ?穴を掘るだけで金にならない魔物をわざわざ狩って持ってくるなんざ、どんだけ手の込んだ嫌がらせだ」
ボーボンもサザキと同じことを思ったらしくギロリと男を睨むと、男は慌てて否定した。
「嫌がらせじゃねぇよ。ただ、昨日聞いた話で言ってただろ。魔力が通って弾力がある素材があれば作業が進むって。岩ミミズは皮の固さを自在に変えられるから役に立つんじゃないかって思ったんだ」
慌てて弁解をする男の様子は嘘をついているようには見えなかった。
そういえば昨日、目を覚ました男はサザキに襲い掛かろうとした罰としてドワーフ達からゴーレム作成で今抱えている問題を解決する素材を考えろなんて無茶ぶりをされていた。いろいろと突っ込みどころが多すぎたが酔っ払い達に何を言っても無駄だろうと放っておいたら、最後にはドワーフに混ざって飲んでいた。
「そういやぁそんな特性もあったな。討伐するほどの相手でもなく、買取もしてないから忘れてたぜ」
ギルド長がそれでいいのかとも思わなくもないが、ボーボンはあっけらかんとして言ってのけた。
「わざわざありがとう。少ないがこれで買い取るよ」
嫌がらせで持ってきたのか、本当に善意で持ってきたのか分からなかったが、とにかくサザキは戻って休みたかった。だから適当に取り出した金を渡してこの話を終わらせようとした。
「金はいいって。昨日の詫びって言っただろ」
意外なことに男はあっさりとそれを辞退した。案外いい奴だったのかもしれない。
「それじゃこれは有り難く頂いていくぜ」
男の言葉を聞くとボーボンは石ミミズの皮をもってあっさり工房に戻って行ってしまった。
「あれが使えるかは分からんが気持ちは確かに受け取ったから」
タダで受け取っていいものかとサザキは思ったのだがボーボンが持って行ってしまってはどうしようもない。
「ああ、また何かあればもってくるよ。それに買い取ってくれるなら周りにも声を掛けてみるぜ」
男も気にした様子もなくとっとと帰っていった。あっさり引いたことに疑いすぎたかな思いながらサザキも重い体を引きずって工房へと戻っていく。




