第三章 ゴーレムの可能性 その4
工房の炉にようやく火が入れられるという早朝、ギルドの一室にドワーフ達が集められていた。
大半が年を食っているが中にはちらちらと若者も見られる。そんな彼らは早朝の澄んだ空気とは対照的に暗く沈んでいた。
一見ドワーフということ以外に共通点がなさそうな彼らだが、よく見れば一つだけ共通する事があった。
ゼプはいらいらしながら呼び出したギルド長のボーボンを待っていた。
事の始まりは昨日の夜に伝えられたギルドからの仕事斡旋である。
ゼプはいつものように自宅で晩酌をしていた。ドワーフは大概仕事が終われば仲間と飲みに出かけるものだが、ここ数年ゼプは一人で飲むのが常であった。
原因は失った腕である。利き腕を些細な不注意から事故で失ってしまったのだ。
酒が入ればドワーフは自分の腕自慢を始める。日々自分の作品について語る仲間たちの話が、腕を失ってからは若手の指導や手伝いしか出来ないゼプには辛かったのだ。
特に今みたいに街全体が仕事に追われるほど忙しくなると若手への指導は後回しにされてベテランが常に炉の前に立つため、ゼプの出来る事など雑用くらいしか無いのだ。
不貞腐れていた。気持ちが荒れて些細なことで怒鳴るようになった。そんな機敏を周りも察してゼプの周りには余計に人が寄らなくなった。
そんな中、ギルド長から任せたい仕事があると言われれば喜びもするだろう。久しぶりに軽い足取りで家を出てきてみれば、ギルドには自分と同じように四肢を失った者達が集められていたのだ。
そう、彼らに共通していたのはいずれも四肢を失っていることであった。
「ゼプ、お前もか」
声を掛けてきたのは、昔は互いの作品を競い合った相手のはずだ。それが今は項垂れるように椅子に座り込んでいる。
他の者達も似たようなもので気概というものがまるで感じられない。
明らかに厄介払いである。忙しい時期に口うるさく、しかし仕事の出来ない者など居ない方が良いのだろう。
理屈では分かっても感情が許さなかった。ドワーフは炉の温もりで育ち、炉の中で朽ちる。それだというのに炉から離されるなどあっていいはずもないと激昂した。
また、周りの者達も気にくわなかった。皆が同じように暗い表情で俯き、誰一人として怒りを燃やす者が居ないのだ。
ゼプの怒りは呼び出したギルド長が来るまでひたすらに腹の中でマグマのように煮えたぎりその勢いを増していった。
ギルド長のボーボンと共に部屋に入ったサザキは怒声でもって迎え入れられた。
「ボーボン、これはどういう事だ」
一番前の席にどっしりとついていた大柄なドワーフが親の敵とでもいわんばかりにボーボンへ詰め寄っていた。
「ゼプか。とりあえず落ち着け。そんなじゃ話も出来ん」
ボーボンがなだめようとしてもゼプは止まらなかった。
「話しも何もあるか。確かに俺たちは役に立ててないかもしれない。それでも炉から遠ざけるなんてあっていいはずがない」
その言葉に幾人かが賛同して声を上げる。ボーボンはその様子を見て大多数が今回呼び出したことを厄介払いだと思い込んでいる事にため息を付いた。
思い込みで行動してしまうのはドワーフの悪い癖だ。
「今回集まってもらったのは伝えた通りしてもらいたい仕事があるからだ。詳しくはこちら、今回の計画を指揮するサザキさんから説明がある」
ボーボンは短くそれだけを言うと一歩後ろに下がった。自然とサザキが矢面にさらされ、ドワーフ達の不躾な視線を一身に向けられることとなる。
予定ではボーボンがある程度説明をするはずだったのだが、ボーボンは丸投げしたのだ。
サザキがボーボンを睨みつけると明後日の方を向いて誤魔化された。
「紹介されたサザキです」
出来れば今すぐにボーボンに改めて説明をさせたいところではあったが、すでにドワーフたちの注目はサザキに集まってしまっている。これから仕事を指示する事を考えるとここでボーボンに説明を頼むのも自分では何もできない様に見えてしまいよろしく無い。結局この場はサザキが仕切るしか無いのであった。
サザキに向けられる視線はほぼ不信感、不安といったネガティブなものである。だがそれは予想していたことであり、また怪我というハンデによってここまで卑屈になった彼らにとってこれからすることは救いになるかもしれないと思うと、プレッシャーと共に興奮を感じていることも事実であった。
「皆さんを集めるように頼んだのは私です。皆さんはゴーレムを扱えますね」
質問では無く確認であった。ドワーフはほぼすべてゴーレムの魔法は使えるのだ。
「今回の仕事はそのゴーレムの魔法を使ってもらいます」
その言葉にまず反応したのは立ったままであったゼプである。
「俺たちに馬車馬の真似をしろってか」
ドワーフ達にとってゴーレムとは荷物運びの手段か、あとは戦闘で即席の壁になる程度のものであった。
ゼプの言葉によって似たような言葉がドワーフ達から上がる。
互いが互いの意見で賛同の意を得たりと、その言葉尻はだんだんと強く、最後にはサザキをなじる様な言葉まで飛び交うようになっていく。
ただそれをサザキはドワーフ達をじっと見ながら黙って聞いていた。あまりにもサザキが何も言わないものだから文句を言っていたドワーフ達も思いつく限りの罵倒によって少しは怒りが冷めたドワーフ達は続く言葉も無くなっていった。
ドワーフ達が静まる様子を見てサザキは冷や汗をかきながら眺めていた。感情で話す相手に何を言っても無駄だろうと落ち着くまで待っていたのだが机に拳が叩き付けられるたびに身をすくませる思いだったのだ。暴れられたらサザキに抑えるすべなどないのだから。
「皆さんには自分の手足を作ってもらいます」
サザキはドワーフ達が静まった事でようやく話の本題に入ることが出来た。
「ハッ、お前さんの手足になれって俺たち全員を雇うってか。随分酔狂な貴族様もいたもんだ」
ドワーフの中からこちらを完全に見下したような物言いが発せられる。聞いているサザキは、なにをどう聞き間違えたらそんな内容になるのだと笑いたかったが、ドワーフ達が真剣な表情のままで居るので改めて説明をし直すことにした。
「私は雇いません。やってもらいたいのはみなさんに自分たちの失った手足の代わりとなる物を作ってもらいたいのです」
その言葉に静まっていた部屋が再び喧騒にまみれる。皆サザキの言葉の意味が分からずに近くの者と言葉を交わし合っている。
「私はここにきて初めてゴーレムの魔法を知りました。そしてクーに出会い、その魔法がかなり精密に物を操作できる事も知りました」
サザキが話し始めたことで、各々で話し合っていた者達が再度サザキに注目する。
「ゴーレムの魔法とは何ですか?」
注目が集まったところでサザキは突っ立ったままだったゼプを差して質問をした。
「何って、物を運んだりする魔法だろ」
ゼプは戸惑ったがきちんと答えてくれた。
「確かにその通りですが、それは結果的に物を運んでいるだけです。ゴーレムの魔法は砂や土などの物を思った通に動かす魔法です」
そこまで言うとゼプはサザキの言わんとすることが分かったようだ。
「それで魔法を使って手足の代わりにしようってのか。言いたいことは分かったが無理だ。手足の代わりを出来る魔法を使うほど集中してたら他に何もできなくなる」
ゼプの言葉はサザキへとの忠告というより、そんな基本的な事すら伝えていなかったのかというボーボンへの非難が籠っていた。
しかし、当のボーボンは素知らぬふりで取り合おうともしなかった。
「その理由は?」
そんなゼプなどお構いなしにサザキは質問を浴びせていく。
「そりゃ、砂を手の形にするだけで一苦労だ。お前は分からんかもしれないが、手ってのはそりゃ複雑な動きをするんだぞ」
「では砂でなければいいのでは?」
取り出したのは以前説明に使った籠手だ。教材としてちょうどいいと工房に転がっていたのを引っ張り出して来たのだ。
「籠手か。そりゃ元の形がある分砂よりは楽だが、そんなものを動かせるのはごく一部だ」
ゼプとて鍛冶で食べていた身だ。籠手の構造くらい分かるし、そのパーツ数から魔法で操作する難しさも分かる。失った手足の代わりを魔法で出来ないかというのはここに居る者なら誰しも一度は思い、そして打ち砕かれた考えた。
ゼプはサザキを完全に見限っていた。彼が今まで話した内容はその場でぱっと思いつく様なものばかりだからだ。
どうせ貴族の道楽か、商人が口八丁でろくでもないものを作らせようとしている。そう判断した。判断したからこそ、次に彼が満面の笑みで見せたもののチープさにあっけにとられた。
「籠手は操作出来ないと言いますが、これは紐一本で開閉できます」
サザキが紐を引いて籠手をにぎにぎと開閉させる。
「これで物は持てると思いませんか?」
その答えには多くのドワーフが反論をした。そんなもの役に立たないと。
「じゃあ具体的にはどういう時役に立たないのですか?」
その答えにも多くの例が上がった。
ハンマーが滑っていく、物をつまめない、陶器を持つと割れてしまう等々。
それらすべてに対してサザキは答えていった。滑り止めを付ければいい、3方向からつまめばいい、クッションを入れればいい。
「お前さんの言っていることはめちゃくちゃだ。硬く丈夫にして、柔らかくして、大きくして、小さくしてと出来もしないものばかりだ。手ってのはな神様が下さったものなんだ。そうそう真似できるもんじゃねぇんだよ」
サザキのひとしきりの受け答えを聞いた後、ゼプはやり取りをそう評した。その言葉には、この相手はろくにものも考えられないのだろうという諦めがあった。
「誰が手の真似をすると言いましたか」
しかし、ゼプの言葉をサザキは一言で否定した。
「私が言ったのは手の代わりです。手をそのまま真似るなんて無理です。だから機能を絞ったものにするんですよ」
そのあまりにも堂々とした断言にゼプの方がたじろいだ。
「けど、そうなったら他の事を出来なくなるだろ」
鍛冶に使えるごっつい手で日常生活が送れるとは思えない。逆も然りだ。
「だったら付け替えればいいだろ。用途に合わせて」
ドワーフ達がその言葉の意味を理解するまでしばらくの時間を有した。だからサザキは追加の情報を与えずにただ待った。
「でもよ、そんな中途半端な腕なんて…」
まだ自分の中の考えを纏められていないのだろう。誰かが上げたその声は尻すぼみで消えていった。
サザキは思う。魔法が万能すぎるのだと。
ゴーレムの魔法は普通では手の代わりにならない。しかし裏を返せば普通でなければ手の代わりになるのだ。例えばクルナイスほど精密に動かせるのなら日常生活をこなすくらいは出来るかもしれない。天才と言われるものが居たなら出来るかもしれない。そう思わせるだけのポテンシャルがあるせいで魔法を完成させるという方向にばかり意識がいってしまい、劣化させる、機能を限定するといったマイナス方向への思考が抜け落ちてしまったのだろう。
結局その日はそれで解散となってしまった。説明されたドワーフ達が呆けてしまってとても話を続けられる状況では無かったからだ。
翌日、改めて話し合いの席が持たれたのだが。
「いや、あんたすげぇよ。あんなこと考えてもみなかったぜ」
上機嫌にサザキの肩を抱いているのは昨日さんざん噛み付いて来たゼプであった。
他のドワーフ達も似たようなもので、昨日の陰鬱な雰囲気が嘘の様であった。
「それで、どんな用途のものを作ればいい?」
話し合いができると思ったら、ドワーフ達はすでに作ること前提で話を始めていた。そんな変わり身の早さに笑いつつサザキは答えた。
「義手、義足といったものは当然作ってもらいます。様々な用途に合わせた上で、魔導具として誰にでも使えるように研究をしてもらいたい」
「その言い分だと他にもあるようだな」
サザキは頷くと部屋の外に呼びかけた。
ガシャンガシャンと音を立てて現れたそれを見て多くの者は取り乱した。ある者は身構え、ある者は逃げようと窓に駆け寄った。
魔物、木と鉄でできた化け物が現れたたからだ。
「じゃーん。ゴーレム君試作4号機登場」
とうっという掛け声とともにゴーレムの影からクルナイスが飛び出すと慌てふためいていたドワーフ達はぴたりと動きを止めた。
「それが、ゴーレム?」
「そだよ。ボクとサザキとルーネイで作ったの。すごいでしょ」
えっへんと胸を張るルーネイの言葉にドワーフ達が恐る恐るゴーレムに近づいていく。
「この新型ゴーレムを作り上げる事、それが今回の目標になる」
未だ制御系が纏まらず巨体の各所から管や紐を伸ばした巨体を前にして呆けているドワーフ達を見て、ボーボンはまた話の続きは明日になるなと嘆息をした。




