第三章 ゴーレムの可能性 その2
朝一番から始まった会議は昼時を大きく過ぎてようやく終了となった。
各地で増え始めた魔物への対応のため武具の生産を担うドワーフ達は連日目が回る忙しさである。そこに先日のダンジョン騒動での大量の修理依頼を持ち込んだ今回の件は書類上の手続きだけでも膨大なものとなった。
ようやく片付いた仕事にボーボンとイグリス皇子が共に一息ついたところで扉が激しくノックされた。転がり込むように部屋に入ってきた者の服装を見てボーボンは顔をしかめた。街の警備隊のものであったからだ。
平時、街の警備は警備隊が担っているが緊急の際にはギルドも応援として冒険者を派遣する。警備隊の者が慌てて飛び込んでくるという事は、つまりギルドの手を借りたいほどの異常事態が起こったという事であった。
「何があった」。
「はっ、街中に魔物が現れました」
その言葉にボーボンの眉の皺が深いものになる。
「数と種類、それと侵入経路は分かっているのか?」
「数は確認されただけで一体、種類は分かりません。侵入経路も不明です。突然街中に現れたとのことです」
警備を破ってと言うのなら話は簡単であったのにとボーボンは歯ぎしりをした。予期せぬ進入路の発見、それは人手と時間が必要になる。
「冒険者に緊急招集をかけろ。街の者の避難も同時にだ」
「うちの護衛も貸し出そう。数が多いほうがいいだろう」
「助かる」
イグリス皇子の提案をありがたく受け、ボーボンは職員を召集すべく部屋を出ようとした。
そこを警備隊員が止めに入る。
「まだ何かあるのか」
「それが……」
「いいから早く言え」
緊急時だというのに言いよどむ警備隊員に詰め寄るボーボン。その迫力におびえて慌てて続きを話す。
「不確かなのですが、娘さんが、クーさんが魔物に捕まっているという情報があります」
ボーボンはそれを聞くなり止めようとした周りの者を跳ね除けて矢のようにギルドを飛び出していた。しかし扉を壊さんばかりの勢いで大通りに転がり出たところで足を止めた。
魔物の場所が分からないことに今更気が付いて向かうべき方向が分からなかった事もあったが、それ以上に街の様子がおかしかったからだ。
大通りでは多くの人が立ち止まり、不安げに交わされる言葉が喧騒となって満ちていた。
だがそれは街中に魔物が現れた、しかも掴まっている者が居るにしてはどこか他人事のように落ち着いており、例えるなら火事の野次馬に近い様子であった。
ボーボンが何事かと皆が見ている方を見てみれば人波を飛び跳ねる何かが居る。 件の魔物かと身構えようとして自分が武器も何もない事に気が付いた。それでも娘を助けるためならと拳を構えたところで、魔物は路地へと飛び込み姿を消してしまった。
ボーボンはあっさりと居なくなってしまった魔物に拍子抜けをして、幾分か落ち着きを取り戻して今の状況を考える。装備を取りに戻るべきか、急いで後を追うべきか逡巡していると大通りがまた騒がしくなる。
路地に入ったはずの魔物が再び大通りへと姿を現したのだ。周りにいた者たちは蜘蛛の子を散らすように慌てて辺りへと散っていく。
魔物はその大通りにぽっかり空いたスペースに勢いよく着地すると、その勢いのまま反対の路地へと突っ込んでまた姿を消していった。
あっけにとられるボーボンの見ている前でそれが幾度となく繰り返されていく。
周りの者達も襲ってくるでもなく奇怪な動きを繰り返す魔物をボーボンと同じように逃げるでもなくどうしたものかと眺めてしまっていた。
しばらく魔物の奇行を眺めていたボーボンだが、魔物からかすかにクルナイスの声が聞こえてきたことで目的を思い出した。
慌てて近づいた魔物は異様な姿をしていた。その魔物はところどころ金属のような色合いが見られるが、主だった場所は木で出来ているようであった。大きめの木箱にバッタの足を間に合わせでつけた様なその外観は今まで見てきたどんな魔物とも似てはいなかったが、生き物らしさを全く感じさせない姿はどんな魔物より気味が悪く感じられた。
ボーボンは気味の悪さに一度は腰が引けそうになったが、それも魔物と一緒にいるクルナイスの姿をみるとそんな感情は吹き飛んだ。
魔物の元にでは警備隊の幾人かが魔物を追っていたが、奇抜な動きに翻弄され、またはクルナイスが居ることで攻撃することも出来ずにただ追いかけるだけであった。
「どいてーーーーー」
捕まりながらもクルナイスは魔物の進行方向に居る者たちに叫んでいた。
自分の身よりも他の者を案じる我が娘にボーボンは目頭が熱くなった。
「クー、今助けてやるぞ」
ボーボンは他の者が慌てて避ける中、一人で魔物の正面へと躍り出た。
今でこそギルド長などという座に収まっているが、クルナイスが生まれるまでは冒険者として鳴らしていたのだ。獲物が無いのは心もとなかったが、クルナイスを傷つけないためにはちょうど良い。
ボーボンは魔物を押さえつけるべく、腰を下ろして全身に力を漲らせた。
「とうちゃん!?どいてどいて!!!」
突然現れた父にクルナイスは慌てた。なんせ進路上を塞ぐようにこちらに構えを取っているのだ。
普段から事あるごとにポカポカと頭を叩かれ、時には取っ組み合いになることもあってクルナイスは父親の事を知っているつもりであったが、今自分の前に立ちはだかる真剣な眼差しの姿にぞっとしたものを感じた。
だから必死に叫んだのだが、聞こえているのかいないのかその場を一向に動かない。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「ぎやぁぁぁぁーーー」
二つの叫びが辺りに響き渡った。
魔物は立ちふさがったボーボンに勢いを緩めることなく突っ込んできた。
速度と全体重を乗せた魔物の一撃。果たして現役を退き、防具も付けていない身で耐えられるのかという不安を抱きながらもボーボンは逃げなかった。
それはただただ娘を、クルナイスを救うためであった。
辺りが固唾を飲んで見守った両者の邂逅は一瞬であった。
ボーボンはその時何が起こったのか理解出来なかった。魔物を受け止めようと構えていたらぶつかってきた魔物が爆発したのだ。
周りの者達はもう少し正確に事態を把握できていた。
現役を引退してなお鍛え続けたドワーフの肉体は上位職ナイトのブロックスキルと相まって魔物の前に鉄壁として立ちふさがったのだ。
そしてそこに突っ込んだ魔物は自分の速度をそのまま衝撃として返されて、あっけなく粉砕されたのだ。
そして掴まっていたものを壊されたクルナイスは悲鳴を上げながら破片と共にポーンと飛ばされていった。
「ふぎゃっ」
そして壁に激突してようやく止まったのである。
後に残ったのは破片となった魔物と道の脇で目を回すクルナイス、そして無傷のボーボンであった。
片手で庇を作りながらサザキは空に飛んで行った試作3号とクルナイスを眺めていた。
「出力が高すぎだろ」
魔力の伝導が良く出来るかもというルーネイの発案を受けて試作3号は至る所に霊水が染み込ませてある。その効果は目の前で実証された訳だが、まだまだ改良の余地があるようだ。
発案者のルーネイは慌ててクルナイスを追って飛び出していった。
最高地点まで跳ね上がった試作3号は重力にひかれて落下に入る。クルナイスは振り落とされないように必死にしがみついているが、生憎としがみつけるような場所など操作レバーくらいしか無い。きっとまともに操作など出来ていないだろう。
サザキの予想を肯定するように一度は町並みに消えた試作三号とクルナイスが再び跳ね上がって姿を見せ、そして落ちていく。
「体を固定するベルトが必要だな」
サザキは盛大にため息を付いて、ようやく二人を追うために腰を上げた。




