第三章 ゴーレムの可能性 その1
「おはよう、クー」
「うひゃう」
朝一、ギルドに入ろうとしたところで背後から声を掛けられたクーは驚いて、みっともない声と共に跳ね上がった。
そこを更に背後から抱き進められて余計に混乱する。
「ほら、暴れない」
子供にするように持ち上げられたところでそれを行っているのがサザキであることに気が付く。
「ちょ、ちょっと待って。降ろして」
慌てて言うもサザキには聞く気が無い。
「ダメ。昨日みたいに逃げるかもしれないから」
「逃げないって。それにあたしこれからギルドで仕事が」
「ボーボンさんの許可はもらっているから、俺に付き合ってくれ」
結局、クルナイスは背後から抱きかかえられるという子供を運ぶような形でサザキに運ばれる事になった。
サザキも暴れて逃げようとする子供を逃がさないように運んでいる気分であった。それは140センチほどしかないクルナイスの身長と、実用性を取った、しかしサザキにとっては子供が良く着せられているオーバーオールという服装から、サザキにとってクルナイスは子供でしか無かったからである。
クルナイスにとって幸いだったのはサザキの目的地がギルドの裏手にあるクルナイスの家であり、抱きかかえられて運ばれる様子を誰にも見られなかった事であった。
「まったくなんなのさ」
運ばれてきた自分の家の、併設された作業場でクルナイスはお冠であった。それだというのにサザキはまっとうに取り合いもしない。
「それで、あたしになんなのさ。ルーネイは?」
サザキに文句を言っても暖簾に腕押しだと諦めて、席に着いたクルナイスは尋ねた。
「ルーネイはギルドの施設を借りるって言ってたぞ。昨日の素材を使っていろいろやるんだろう」
クルナイスはふーんと興味なさげに返事をしたが、実は親しくなったのに逃げるように去ってしまった昨日の事を謝りたくて、サザキよりルーネイに会いたかったのだ。
「それで俺の用なんだが」
乗り出すようにサザキが切り出してくる。
「クーのゴーレムについて詳しく教えてほしいんだ」
昨日の晩にゴーレムについての簡単な説明はルーネイから聞いた。物を魔力で覆う事で形を作り操作をするらしいのだ。
ゴーレムを操る魔法はそれ単体で独自の魔法とされているが、この話を聞いたサザキはすぐにそれが普通の魔法の『把握』と『指示』のプロセスに特化したものでは無いかと考えた。だから今日はそれを確認するためにクルナイスを捕まえたのだ。
「動いたぞ」
クルナイスは憮然と言い放つ。
柱に結ばれたロープが、誰にも引っ張られていないというのに持ち上がり、空中にピンと張る。
「おー、すごいな」
サザキはクルナイスの様子を気にせずに、引っ張っても元に戻ろうとするロープに感心しつつ強さなどを確認していく。
「ただのロープじゃなくて魔力のこもったものだともっと強く成るぞ」
サザキに乞われてしぶしぶ魔法を披露したクルナイスだったが、褒められて悪い気はしない様で今は結構上機嫌である。
「しっかし、離れたモノを把握するってどうやってるんだろうな」
ゴーレムに用いている『把握』と『指示』の魔法はサザキが使っている付与魔法と原理は同じであった。ただ、サザキには離れているモノを動かすことも、今クルナイスがやっているように力を加えた状態を継続させる事も出来ない。技術の根本が違うのか、それともただの習熟度の違いなのかサザキに分かる訳も無く、今はただそういうものだと割り切って考える。
「昨日クーの話を聞いてさ、細かい事を気にし過ぎてゴーレムをうまく動かせないって言っていただろ」
ロープの確認がひとしきり終ったらしくサザキがクーの隣に腰を下ろす。話の内容がクルナイスには触れてほしくないものだ。
「それで思ったんだよ、みんながやっているゴーレムの扱い方って大雑把すぎないかって」
サザキは一人で語っていく。
「そう思うならサザキもあたしと同じでゴーレムを扱うセンスが無いね」
自分を慰めるつもりだったのかもしれないが、クルナイスはゴーレムを扱った事の無い人間に分かったような口を利いてほしくなかった。だからこそその言葉にはこの話は終わりだといわんばかりに精一杯の嫌味が籠っていた。
「そうとも限らないぞ」
けれどサザキは話を変える気がないらしく手に持った縄をクルナイスの眼前に突き出す。
「この縄を浮かせられるか?」
「はぁ?そんなこと出来るわけないだろ」
何を言っているのだとクルナイスは思うが、サザキは続ける。
「じゃあ、地面に立てることは?」
「無理に決まってるだろ」
支えのない縄が立つ訳が無い。クルナイスは呆れて答えながらサザキを胡乱げに見た。
「じゃあ、この長さなら?」
サザキが示したのは先ほどの腕を広げた長さの半分の長さだ、が結果が変わるわけでは無い。
「無理」
サザキは楽しそうにクルナイスに質問をしていく。
もしかして自分はからかわれているのだろうか、もし次に同じ質問をしてきたら殴ってやろうとクルナイスが考えていると、凝りもせずにサザキが同様の質問をしてくる。
「これなら出来るか?」
無理に決まってるだろうと怒鳴って殴ろうと拳を握りしめたところでクルナイスが動きを止める。
予定が変わってしまったのだ。
「それなら……出来る」
サザキが示したのは手のひらに乗る程度の長さであった。その程度なら魔法でバランスを取れるのだ。
「じゃあ倍の長さなら?」
「……出来ると思う」
「その倍は?」
「……無理」
出鼻を挫かれる形でクルナイスはサザキを殴る機を逸してしまった。一度タイミングを外してしまうと、改めて殴ろうという気も起ってこない。
そのあとも縄の先に物をつけたり、複数本同時にであったり、別の縄と結んだりと様々な状態での縄の操作をサザキは聞いて来た。
「それにいったい何の意味があるのさ」
クルナイスにとってサザキのやっていることは初めて魔法が使えるようになった子供が遊ぶそれにしか見えなかった。けれど、本人には何かしら意図がある様で、それが分からない事がむずがゆく感じられて嫌だったのだ。
「それにいったい何の意味があるのさ」
そう問われたところで、サザキは手元の作業を止めてクルナイスに向き合った。
他のドワーフがどうかは知らないが、クルナイスならサザキの思ったことが出来ると感じられた。
「ロボットを作ろう」
言葉を発したサザキの表情は、童子のように純粋に輝いていた。
「サザキもクーもなんなのよ」
ぷりぷりと怒りながらルーネイがギルド長の部屋を後にする。
採集に行った日から4日、クルナイスの事は任せろとサザキが言ってからすでに3日が過ぎていた。それだというのにサザキから何も音沙汰が無いのだ。
「ギルド長の家に入り浸っているって、サザキ、クーに変な事してないでしょうね」
ルーネイは大股で足を進めていく。向かう先は先ほどギルド長のボーボンに教わったギルド裏にある彼の家だ。
ギルド長の家の作業室ではサザキとクルナイスが昨日作ったもののチェックをしていた。
「魔力の通りが悪いとこの重さは厳しいよ」
2日掛けて突貫で形にした試作1号のアームを動かしながらのクルナイスの発言を受けてサザキが手元の洋紙で作ったチェックシートに注釈を入れる。
そんな場にガラガラと引き戸を開けてルーネイが現れた。
「二人とも何をしているのよ」
作業場を一瞥したルーネイの目には、ガラクタの山に登って遊ぶクルナイスとそれを止めもしないサザキが映っていた。
「クー、危ないでしょ。降りなさい。サザキも注意しなさい。ガラクタが崩れたらどうするのよ」
サザキとクルナイスは互いに顔を見合わせ、サザキが言う。
「ガラクタはさすがに酷いだろ」
「見た目はあれだけど、強度は十分に作ってあるんだぞ」
クルナイスが続いて胸を張る。
「作った?私が薬を作っている間にこんなもので遊んでいたの」
ルーネイは呆れてしまった。
「こんなものってな、それに遊んでいるわけじゃないぞ。これは立派な実験だ」
サザキが意気込んでガラクタの説明をするが、ルーネイにはタマゴ型のものを四方に支えを付けて支えているようにしか見えない。その支えがワシャワシャと動いてタマゴが動くのだが、その動きが虫みたいなのだ。
「はっきり言って気持ち悪いです」
「「ヒドッ」」
ルーネイの率直な物言いに二人の悲鳴がはもった。
衝撃的?な出会いから場を変え、作業場の隅でサザキたちの休憩がてら三人はお茶をしていた。
「それで、ルーネイは何か用か」
サザキの問いかけでルーネイは当初の目的を思い出す。
「クーの様子を見に来たのよ。サザキも何も言ってこないし」
「あたしの様子?」
「えっと、なんていうか、この前変な別れ方になったでしょう。それで……」
それはクルナイスも同じことを思っていたが、二人とも何を言っていいか分からずに沈黙が下りる。
「またクーに採集を手伝ってもらうためにもこれを作っているんだぞ」
二人の沈黙を砕くように、ちゃらけた口調でサザキが口を挟む。
「そうなの?」
「うん。これが出来ればあたしにも手伝えることがあるの」
はにかみながらクルナイスが答える。
「そう言う事なら早く言ってよね。サザキは気が利かないんだから」
ルーネイは言うが早く試作一号に近づくとところ構わず障り始める。
「ストーーップ、そこはまだバランスが!!」
「あ、 」




