第三章 ドワーフの街 その1
サザキは肩をゆすられてようやくルーネイが声を掛けていたことに気が付いた。
「最近ぼうっとしている事が多いけど平気なの? 悩みでもあるの?」
「大丈夫だ」
心配そうなルーネイに短く答える。
武田と話をしてから、サザキは物思いにふけることが多くなっていた。
悩みがあるという訳では無く、元の世界やこの世界の事、勇者についてなど取り留めも無く考えてしまうのだ。
「ところで、なにかあったのか?」
「休憩だから外に出たらどうかと思って」
言われてみれば、すでにBGMとなっていた馬車の揺れが止まっていた。
「それもそうだな」
サザキは何気なく押し開けた馬車の扉からすべり込んできた空気の冷たさに思わず身震いをして、あわてて車内に引き返すと隅に置いていたマントに手を伸ばした。山道をひたすら登っていたのは分かっていたが、予想していたよりはるかに高い標高まで来ていたようだ。
馬車はちょうど小高い丘の頂上らしく、高所で背の高い木が少ない事もあって辺りを一望できた。
「あれが永遠の至高と言われているドワーフ達が住む山々よ」
その光景を説明したルーネイの言葉を、サザキは答えることなく聞き流していた。視界に入る光景に見入っていたのだ。
丘の先に連なる山々は剣の様に鋭く、それが幾重にも連なっている。
大樹、大岩、大河……巨大ということはそれだけで人が信仰するに値するインパクトを与えてくる。果てが見えない山々の連なりはそれだけですでに神秘的なものであっただろう。
けれど、山々は更に含む金属の違いでそれぞれが違う色合いで光を反射しており、それは神々の扱う巨大な剣が幾本も大地に突き刺さっているようであった。
永遠の至高は山々を合わせての俗称になる。
ドワーフが追い求める作品群、まさにそれがこの山々なのだ。
「あれが至高か」
「すごいわね」
休憩時間いっぱいまでサザキやルーネイを含めた多くの者がその光景に意識を奪われていたのであった。
サザキとルーネイがドワーフの国に向かっている理由には一週間ほど遡る。
遠征の後始末も大体落着いた頃にその話は持ち上がった。
「授与式ですか」
久々に会ったイグリエイス第四皇子は、サザキたちへの報酬に式典を開くと切り出した。
「ああそうだ。幸か不幸か、今回の遠征で二人ともが活躍してくれた。そこで他の功労者共々その栄誉を称えようというのだ」
笑顔で手を取りサザキとルーネイ、それぞれの功績を称えてはいるが式典の目的が遠征によって出た被害を取り戻すための戦意高揚であることは明らかであった。
面倒事を避けたいサザキとしては遠慮したかったのだが、がっちりと握られた手からは逃がさないという意思がひしひしと伝わっており諦めるしかなかった。
「ではまた礼儀作法を覚えないといけませんね」
王城での礼儀作法を覚えるだけで数日の缶詰生活を必要としたのだ。再び来るであろう悪夢にうんざり口にすると、ならばと皇子から別の提案がなされた。
「では城の外に行ってみないか?」
城に来たばかりの頃のサザキの苦労を知る皇子は笑ってその提案をしてきた。
「城の外?」
「そうだ。ドワーフ達の元へ行ってもらいたい」
「ドワーフというと、ザザム領ですか?」
言葉を返したのは地理に詳しいルーネイだ。サザキはドワーフの居る場所も、ザザム領の場所も知らないので傍らで聞いているしかない。
「サニジスタ国まで向かってもらう」
「サニジスタですか?」
「今回の要件はお前たちの装備を作る事だ。仮にも王族に連なる貴族の支援を受けた二ツ星冒険者がみすぼらしい装備では見栄えが悪い」
「ですが、でしたら国内でも十分では」
「いや、国内の鍛冶屋は前回の戦いの分も含めて整備や増産に回っているので特注品を作る余裕は無いのだ。それにもともと以前注文したものが完成したとの報告もあって取りに行くついででもある」
地名が行き交うその会話に、ただどこかに行くのかと聞き流していたサザキなのだが後から片道10日もの旅路になると知らされてそれなら城に居た方が良かったとげんなりするのであった。
ドワーフの街の感想を聞かれてほぼすべての人はまず最初にこう答えるだろう。
うるさい所だと。
山をくりぬいて作られたドワーフの街は一言でいえば巨大な洞窟だ。
そんな場所で街の至る所から金属を叩く音が聞こえてくるものだから洞窟内で反響をして音が耐えることが無いのだ。
そんな街でサザキたちはというと皇子と共に街の領主に挨拶に伺った後、一人のドワーフの少女、クルナイスに案内されてギルドに向かっていた。
「それはゴーレム?」
サザキはクルナイスと出会ってから気になっていたことを、領主の館から街中に出たところで訊ねた。
「あ、よく分かったね」
クルナイスが親しげに返してくる。
領主の館でも「迎えに来たよー」と軽い感じで声を掛けてきたのだが、軽いというよりは打ち解けているというイメージで悪い気はしなかった。
そしてクルナイスの答えは予想通りであり、また予想外でもあった。
「分かった?」
「普通の人はゴーレムと言ったらあれを想像するから」
指さしたのは砂の集合体でデカいスライムのようなものであった。街中でよく見かけたそれは、今は丸太を二本の腕みたいなものを伸ばして固定して運んでいる。
一方のクルナイスが連れているのは石が繋ぎ合わさって人型を作っている。大きさは1メートルにも満たず小さいが、それを抜かせばサザキの想像するゴーレムはクルナイスのそれであった。
どこか歯切れ悪く言葉を紡ぐクルナイスにサザキはその話題を切り上げて街の特産など当たり障りのない話をしながらギルドへと向かっていく。
「親父、帰ったよー」
ギルドに付いたサザキたちは正面から入ることはせず、裏口からそのまま2階に案内され、ここまで案内してきたクルナイスは奥まった場所にある重厚そうな扉を領主の館に来た時と同じようにそのまま開け放った。
「おめぇは何度言ったら分かるんだ!!ここではギルド長と呼べと言っただろ」
扉が開くと同時に罵声と共に飛んで来た何かが高速でサザキとルーネイの間を抜けていく。
クルナイスはといえば、そうなることが分かっていたかのようにいつの間にかぴとっと壁に背をつけて避難していた。
ルーネイと二人して恐る恐ると振り返ると、壁に半ば埋もれるようにハンマーが突き刺さっていた。そしてハンマーの周りには同じく何かが刺さったであろう跡がいくつも残っているのを見て更なる恐怖に、事前に何も言わなかったクルナイスに二人の恨みのこもった視線が向けられるのであった。
「なんでぃ、客人も連れてきちまったのか。ったくしょうがねぇな」
奥の机に座っていたドワーフ、ギルド長でクルナイスの父親はちらりとサザキたちに視線を走らす。
「クー、会議室に案内しときな。すぐに向かう」
そして、それだけで話は終わりとばかりに机に視線を落とし作業に戻ってしまった。
連れられた会議室でしばらく待たされていると、どかどかと足音を立てながらギルド長を筆頭にドワーフの一団がようやくやってきた。
「すまねぇな。こいつらが集まるのに時間がかかってな」
そう言われた連れのドワーフ達は口々にギルド長が一番遅かったなどと反論したが、ギルド長は拳骨を振り下ろすことですべてを黙らせていった。
「改めて、俺がこの街のギルドを仕切るボーボンだ」
「冒険者のサザキです」
「同じくルーネイ・ドワルです」
サザキが差し出された手を握り返すと、岩でもさわっているかのように硬く重たい手であった。
「さて、今回重要ってことで割り込みの依頼を受けた訳だが……」
サザキたちは装備を作ってもらうためにこの場を訪れたのだが、挨拶が済むと即座にその話が始まる。
「正直な話、お前さんたちの装備と言われて俺は気が進まない」
そして、ギルド長ボーボンの第一声にサザキとルーネイは強張った。
ギルド長の連れてきたドワーフ達も似た意見の様でそれぞれ頷いたりしており、クルナイスだけはどちらに付いたものかと微妙な様子である。
「理由を聞いても?」
サザキはなんとかその言葉をひねり出と、ボーボンは頷いた。
「今回の依頼で俺たちは実績を上げて二ツ星になる冒険者のための装備を整えてくれと依頼されたから引き受けたんだ。ところが実際に会ってみれば、確かに戦場を知らないわけでは無いがまだまだ駆け出しときた」
言われる通りなのでサザキたちに否定は出来ない。
「今は各地で魔物が活発になっていて鍛冶屋はどこもてんてこ舞いだ。そんな時に駆け出しの装備一式をオーダーメイドで作れといわれても、その時間剣の一振りでも打っていたほうが人の為になる」
「けど俺たちも式に出ないといけない」
「それは出来合いのものを調整して見栄えは整えてやる。それで手を打たないか」
その提案にサザキは口をつぐんだ。室内の誰もが硬い表情で、重苦しい空気が立ち込める。
「ねぇサザキ。ボーボンさんのいう事ももっともだよ。私たちには今までの装備もあるし、お金ももらえるからそれで王都で揃えてもいいじゃない」
場の空気に耐えかねたルーネイのその言葉に悩んでいたサザキは答えを出す。
「言い分は分かった」
サザキの言葉に部屋の誰しもがほっと息を付いた。
が、続けた言葉が再び空気を固まらせる。
「けれど、自分たちの命を担保にしてまで他人に気を配るほどの余裕は俺たちには無い。予定通りこちらのオーダーする装備を作ってもらう」
サザキは腕を組みこちらを睨みつけるように見ているボーボンの目を見てはっきりと答えた。
「譲る気は無いんだな」
無言の後、尋ねられたその言葉にも迷いを見せずサザキは答えた。
「一切ない」
サザキとボーボンのにらみ合いを室内の全員が固唾を飲んで見守っていた。
数分か、それとも数十秒しか経っていなかったか、じりじりと時間が過ぎて行き、折れたのはボーボンであった。
「仕方ない」
ボーボンが膝を叩いて表情を崩すと張りつめた空気も霧散した。
ルーネイなどは疲れ切った様子で椅子にもたれているが、それは反対していたドワーフ達も同じようで自分たちの主張が通らずとも話が纏まったことに安堵しているようであった。
「よかったのか?」
サザキは予想していたよりドワーフ達がすんなり折れたので訊ねた。
「もともと国からの依頼だ。少しでも反対されれば断ることなんぞ出来なかったんだよ」
「自分の気にいる仕事しかしない頑固職人かと思っていた」
それがゲームや小説で仕入れたサザキのドワーフに対する感覚であった。
「ドワーフなんてそんなもんだ。けど、さすがにギルドがそれをやる訳にはいかねぇだろ」
そう言って初めて相好を崩したボーボンは、気の良いおっさんといった感じで好感が持てそうだとサザキは感じた。
ドワーフ達が会議室の机の上にいくつもの洋紙を広げていく。それらはには多様な武器や防具の図面が書き連ねられていた。
「さて、作るからには手を抜くわけにはいかねぇ。聞いた話だと鎧は二人とも軽装らしいな。それならこのタイプの鎧がいいが、サザキは大剣を使うんだよな。重い武器を使うならもう少ししっかりしたこっちの鎧なんてどうだ」
ボーボンが広げた図面からいくつかを引っ張り出していく。ドワーフ言えば金属のイメージをもっていたサザキだが、広げられた図面は布、革、金属と万遍なく用意されていた。
「ちょっと見せてもらっていいか?」
断りを入れてからサザキは積んである図面すべてに目を通していく。詳しい事は分からないのでだいたいどんなものがあるかの確認だけであり、10分もあればそれは終わった。
「その様子だと気にいるものは無かったか」
一通り見終えたサザキを見てボーボンが声を掛けた。
「ここに無い種類の鎧はあるのか?」
「いや、細かな違いはあってもどれかに分けられる」
「ひとつ、作ってもらいたいものがあるんだが」
「実際に使えるものなら作ってやるよ」
サザキの言葉にボーボンは安請け合いをした。
たまに奇天烈な装備の注文というものがあり、それが実用的でない事を諭してすり合わせるのも作り手の仕事の一つなのだ。
「これはまた、何と言うべきか」
そんな思いでサザキの話を聞いたボーボンであったが、聞き終わった後にどう判断したものかと迷っていた。
「どうだ、作れそうか?」
「お前たちが居るのは一ヶ月ほどだったよな。調整なんかはあるが、それだけあればこれは作れる」
「よかった。ならこれで頼む」
「そりゃ作れるが、本当にいいのか?」
「構わない」
「けどこれは、さすがに実用的じゃないだろ」
「だが効率的だろ。金はどうせ皇子が出してくれるからな」
ボーボンの葛藤を気にすることなくサザキは答えた。
譲る気の無いその様子に、ボーボンはサザキに意見を変えさせることなんて無理じゃないかと思いながら、改めてサザキの話を基に作った図面に視線を落とす。
それは三層に分かれた鎧であった。そのこと自体珍しいものでは無い。鎧の下に厚手の生地を仕込んだり、上から魔法耐性の高いマントを羽織ることはよく行われていることだ。
しかし、今回の鎧はそれらとは明らかに異なっていた。
ボーボンはサザキから鎧の構造が衝撃を受ける層、衝撃を吸収する層、刃物などを防ぐ層の三層と説明されたときに、金属鎧の下に更に丈夫な革のスーツでも着込むのかと思った。というのも、普通衝撃を受けるということと刃物などを防ぐ事は金属鎧にしろ、革鎧にしろ、鎧の一番外側にある一番頑丈な部分で行う事だからだ。
その事を指摘した後のサザキの言葉にボーボンは身震いをした。それは今までに無かった新境地への喜びか、どうすればそんな発想が出てくるのかというサザキに対する恐れかは本人も分かっていなかった。
サザキはこう言ったのだ。
「外側の部分は壊れて衝撃を受け流すから」
鎧というものは安いものでは無い。フルプレートなど庶民の家が建つ。だからこそこの世界の鎧は長く使えるように丈夫に、頑強にとされてきた。
しかし、元の世界の知識があるサザキにしてみれば車の構造の様に衝撃を減らすことは別の形で逃がす事であり、また大量消費時代の人間にオーダーメイドのワンオフの手間など分かる訳も無く、装備も消耗品という認識であった。
その上で、サザキの冒険者としてのスタイルが戦闘メインではなくルーネイなどに従う採集メインであり戦闘回数が少ないこと、貧乏生活からポーションの件で一気に大金が手に入り金銭感覚が普通でなかったといういくつもの条件が重なることで、今回の外装を壊して消耗品にするという発想が出てきたのだ。
「分かった。確かに掛かる費用にさえ目をつむればこいつは優れているのかもしれねぇ」
「ああ、あと武器の方も作ってもらいたいんだが、鉾って分かるか?」
ボーボンは聞いたことのない単語をまた発するサザキに、もう深く考えるのは止そうとため息を付いた。




