第二章 遠征 その5
「武田義信って知っていますか? 両親が歴史好きでしてね。戦国武将そのままなのですけど、微妙にマイナーなおかげで武田信玄の嫡男って説明を毎度することになるんですよ」
男は、武田義信は自己紹介のたびに同じことを言ってきたのかつらつらと流れるように話す。
「冒険者のサザキです」
突然日本語で話し掛けてきた武田にサザキは対応を迷ったが、様子を見るためにあえてこちらの言葉で名乗ることにした。
「おぉ、公用語ですね」
感心したという様子の武田なのだが、話し方といい大げさなリアクションといいどうにも鼻についた。
「けれど慣れた日本語でお願いします。勝手に翻訳はされるのですが、ニュアンスが伝わりにくい事があるのですよ」
あと、口の動きと音が違うとむずむずするのですと付け加えた。
武田は理由は分からないがサザキを日本人だと確信していた。
サザキは仕方なく日本語で名乗り直す。
「佐崎健吾です。しがないサラリーマンでした」
名刺は無いですけどと言って手を差し出すと、武田も腰を上げて笑って握手を返した。
それに意味は無い。けれど自分たちが同じ環境からこの世界にやって来たという共感を持てたようにサザキは感じた。
「率直に訊ねます」
自己紹介の後、そう切り出したのは武田であった。
「魔王に、もしくは勇者になにか異常事態があったのでしょうか?」
武田が深刻な表情で口にするも、内容が内容なのでサザキは何を言っていいかと黙り込んでしまう。急に伝説の話などされても返しようが無い。
「僕が調べた限りでは勇者の他に異世界人が呼ばれるという事態はこれまでに無いことです。魔王が50年で復活を遂げるという異常事態に神が新たにあなたを呼んだと考えますが、ステータスを見る限り純粋な戦力増強ではありませんよね」
「すまないが、話している内容が分からないんだが」
サザキがさっぱりだと言った様子で答えると武田はふむと腕を組んだ。
メガネを頻繁にさわるのは癖なのだろう。
「わたしには伝える事の出来ない事ですか。でしたら詳しくは聞きません」
サザキの返答を、けれど武田はそのまま受け取らずに勝手に話を進めていく。
「ところで佐崎さんはこれからどうするのですか?新しいポーションは頂きましたが、魔法を使った剣術もあるそうですね。もしやそれを勇者に教えるために?」
頭の回転が速いというべきか、人の話を聞かないというべきか、一人で話を進める武田にサザキは嘆息する。
「いや、だから勇者とか神だとか俺にはさっぱり分からないんだが」
「は?」
苛立ちを含み、語尾が強く成ってしまった言葉はようやく武田に届いたのであった。
誤解が解ければ話は早かった。
武田は勇者と共に神によってこの世界に連れてこられたらしい。そしてその時に神の口から神に呼ばれる以外にこの世界に異世界の者が来ることは無いと言われていた。
「そうなると、あの時でしょうね」
「そうだよな」
梅雨の合間に晴れた休日、武田は街中で偶然にも勇者の召喚に巻き込まれたらしい。体が触れていたという理由から。
「俺が神に会わなかったのは直接触れていなかったからか」
「いや、なんか申し訳ないですね。僕を助けようとして苦労をさせてしまったようで」
「まぁそこは、結果的にはなんとかなっているから」
武田が勇者の召喚に巻き込まれた場所、日付、時間、それらはサザキにも記憶にあるものであった。むしろ、召喚されたであろう瞬間自体を知っていた。
サザキが憶えていた日本での最後の記憶、ふざけ合う学生のカップルとぶつかって体勢を崩すサラリーマン、そしてそれを支えようとするサザキ自身。この4人が勇者召喚に巻き込まれたのだ。念のため武田と確認をしたが、4人以外には接触していた人物は居なかった。
「それにまぁ、帰る目途が立ったのは何よりの行幸だからな」
それが今のサザキの偽らざる気持ちだ。
王城で勇者などが元の世界に帰っている事が分かると郷愁の念が沸くものである。
「ところで佐崎さん。神に会っていないという事ですが、そのステータスと後、異世界の理って何ですか?」
「何って言われても、ステータスは普通だろ、冒険者にしては低いかもしれないが。あと異世界の理は俺も分からない。というか何でスキルとか分かんだ?」
≪名前≫ サザキ
≪レベル≫ 34
(体力)82 (魔力)13 (筋力)90 (器用)111 (敏捷)96
(知力)128 (精神)153
≪スキル≫
異世界の理、付与魔法
現在のサザキのステータスになる。
日頃の訓練や遠征が効いたのだろう。レベルが7上がりステータスが100を超えるものも出てきている。
事態を理解出来ていないサザキに仕方がないといった様子で武田が答える。
「ステータスが分かる理由ですが、それが僕の神からもらった能力だからです。見たものがどういったものであるかが分かるのです」
「すごいな。あ、俺が日本人だと気が付いたのもそれでか」
「そうです。そしてステータスですが、佐崎さんのステータスはレベルに対して値が高すぎますよ。ステータス100なんてレベル60の値です」
「いや、だって俺のステータス低いって言われたぞ」
「いつの話ですか」
話を纏めるとこうだ。
サザキのステータスがおかしい理由は、この世界に来たときサザキという存在を強引にこの世界に当てはめたためにスペックがそのままレベル1のステータスとなったのだと予想できた。
これは武田の元ステータスがサザキのステータスと似たようなものだったからだ。武田の元ステータスと言ったのは、今は神に強化されて元の10倍になっているのだという。
「ステータスがそうなると、スキルも同じ感じですかね」
「異世界の理ってやつが?」
武田は頷いて説明を始める。どうやら考えることが好きで人にそれを話したい性分らしい。
「まず理というスキルですが、これは普通にあります」
「それは予想外だな」
「異世界の、はありませんがね。火の理や水の理と言ってその分野で秀でた魔法使いなどが獲得でき、効果は魔法の威力アップと他人へ魔法を享受した際に習得率が上がります。このことからそのものに対しての理解力に影響があると思われます」
「なるほどね」
「ちなみに勇者の彼女が持っているのは魔術の真理、理の上のスキルです」
「ほんと楽しているな」
「ところで佐崎さん。あなたが使う付与魔法ですが、それって物理の法則にのっとってますよね」
「ああ、そうだな」
「実はですね、この世界って平面なんですよ」
「平面?」
「はい。平らな大地の周りに海があり、その水は世界の端から零れ落ちている。神に見せてもらったこの世界です」
「あ~、異世界ならそういうこともあるのか」
「気が付いてないようですが、つまりこの世界では元の世界の物理法則とは違うはずなのです」
「いや、けど現に・・・ああ、それでスキルという訳か」
「ええ」
「なんというか、微妙なスキルだな」
「ぱっと分かるすごさは無いですね」
「そうだよなぁ」
しばらく二人で有効な利用法が無いかと唸ってみるも、微妙なスキルという結論に落ち着いてしまう。
「ところでだ、気になっていたんだが今回の王女様の一件」
「ノーノ王女の病気ですか。ポーションは本当に助かりました。あなたたちが居なければ彼女は持たなかったでしょう」
現代知識にモノが分かる眼があって、それでも子供を助けられなかった事がかなり堪えているのか、武田の表情には陰りがあった。
「ああ、それに関して報酬はもらうから気にしないでくれ。それよりも王女が体調を崩したのは不衛生が原因じゃないのか?」
「不衛生ですか?掃除や食事の管理はきちんとしていたはずですが」
「いや、そういった点でなくトイレとか風呂とかがさ」
この世界のトイレと言えば穴を掘っただけのものが一般的であり、風呂はタオルでふくか井戸や川で水浴びがせいぜいだ。
実は王城に来れば立派な風呂が在ったりするのではという期待があったのだが、トイレは汲み取り式、風呂はお湯が出てくるようになっただけだ。
「身を寄せている客分で我儘も無いと思ったんだが、賢者なんて呼ばれていたらそのくらい融通できるだろ」
「言われてみれば…なんで今まで気が付かなかったのでしょうか」
「やっぱり武田さんもこんな世界に来ていっぱいいっぱいだったんだろ」
「そうかもしれませんね。けれど風呂やトイレですか。結構大掛かりですね」
「そうか?魔法を使えば何とかならないのかな。ほら、魔導具を使って」
「確かに魔導具があれば!!なんでこんなことを今まで思いつかなかったのだ」
王城という環境か、賢者と祭り上げられたためか、サザキが思っていたより武田はいっぱいいっぱいだったらしい。
浸しぶりの同郷の者との話という事で語る内容は尽きず、結局は昼を挟んで夕刻まで語り合ってしまった。
サザキは王女の件と魔導具による改善案をひたすら感謝してくる武田に風呂とトイレが出来たらくれとだけ伝えて部屋を後にした。
自室に戻る廊下を歩みながら先ほどの話を反芻していた。
サザキがドイルズレイド領、ダンジョンの街に拠点を持つ事を話すとやけに手伝いを申し出てくれたのだ。武田は王都以外も見てみたいだの、王宮の陰謀に巻き込まれた時にだのと冗談めかして話してはいたが、どうにも腹に一物抱えているような気がしたのだ。
結局相手の考えを読めるわけも無く、何かあったらお互い助け合いましょうという日本人らしいグレーの返答で連絡だけは取れるようにしておいた。
話の熱が冷めてみれば、自身のスキルやこの世界の事など得るものは多かったのだが、同時にすぐに思いつきそうな衛生管理など現代の知識を極端に隠ぺいしているように感じられる武田の行動など違和感が大きく占めるものとなりサザキを悩ませるのであった。




