第二章 遠征 その4
トロールの討伐完了により戦況は逆転をした。
砦内に侵入していたシャドウウルフたちが機敏に戦況を感じ取り、闇が明ける前にと森へ逃げていくと魔物が押し返されるまでに時間はかからなかった。
散発的な襲撃は続いたが、戦闘の大勢は夜明けとともに決したのであった。
戦っている間は闇に閉ざされており、またその熾烈さから辺りを見る余裕など無かったが、空が白むに従いようやく戦場の全容を見ることができた。
光が差し込み明らかになっていく戦場の凄惨さに誰もが息を飲んだ。
砦の柵は魔物の血肉がこびり付いており元の木材を見ることはできない。
砦の外には魔物の死骸が他の魔物により踏み荒らされ、絨毯のように赤黒く染まった地面が砦と森の間に広がっていた。
砦内でも一晩中踏み荒らされた地面には怪我を負った者がじかに寝かされ、その隙間に精根尽きたといった様子の兵士が幾人も座り込んでいる。
誰もが自分が生きていることがまだ信じきれておらず、どこか熱に浮かされたように浮ついていた。この一晩はそれほどのものであった。
王都の南に位置する交通の便たる大門、そこは日頃から絶える事なく往来が続くのだが、今日は商品を山と積んだ商人の馬車も艶やかに飾り付けのなされた芸人達の馬車も見受ける事は出来ない。
代わりに屈強な軍馬にひかれた軍用の馬車がせわしなく行き交っている。
その様を集まった街の人たちが不安げに見つめていた。
数日前に自分たちが盛大に見送った騎士団がダンジョンにて魔物との死闘を行った事は知れ渡っていた。
招集される医者や薬師に治療師、下町の魔法屋からまでポーションなどの薬が集められたことから事態が芳しくない事は誰の目にも明らかであった。
第二騎士団は市井により結成されており、街の者で身内に兵士が居る者は少なくない。兵士に知り合いが居る者となれば、市井のほとんどが該当するだろう。
聡い者は魔物の脅威に備え始めていたが、大半の者は魔物より知り合いの安否を今は祈っていた。
王都中心部、王城でも魔物の襲撃は大きな波紋を呼んでいた。
連日この度の魔物の異常な行動への対策が行われ蜂の巣をつついた様な騒ぎであった。それはポーションを開発していた研究所でも変わらず、負傷した兵士の治療用と今後の備蓄のために24時間体制でポーションを作り続けていた。
ルーネイも当然その中で忙しなく動き回っていたのだが、今日はその姿を見つけることが出来なかった。
朝から続々と帰還してくる兵士たちを王都の人達は少しでも早く友人の、恋人の、家族の無事を確認しようと押しかけるように出迎えていた。
至る所で探し人を見つけた者達が抱き合い、笑い合い、涙していた。
そんな中でルーネイも人の隙間から必死に顔を出して探し人が、サザキが居ないかと目を凝らす。
けれど朝から数えて3部隊目にもサザキの姿を見つけることは出来なかった。
ルーネイは戻ってきた部隊を城門で確認た上に、更に王城内の訓練所まで行き帰還した者たちの名簿を確認させてもらうという二重の確認を今朝から3回も繰り返していた。
戻ってくる兵士たちは後になるほど疲労の色が濃く、負傷している者も増えてきている。そのことに手を血の気が失せて白くなるほどに握りしめてルーネイは新たに戻ってきた一団へと目を凝らしていく。
4部隊目の今までと違う面持ちに人々からざわめきが起こる。
これまでは輸送にだけ使われていた馬だが、今回は10機ほどの騎兵が先導しており、その先頭に立つのは第二騎士団団長のトーダであった。
ルーネイはその中にへっぴり腰で馬にまたがるサザキを見つけた。
「サザキ」
人混みをかき分けて行くとサザキもルーネイに気が付いたようで手を上げて答える。
けれどルーネイが止まらずに馬の元まで駆け寄っていくと、慌てて止めようとして馬を降りるのだが、その様はずり落ちるといった様であり駆け寄ったルーネイがずり落ちてきたサザキを受け止めるような形になってしまった。
そんな状況にサザキは自分はとことん締まらないのだなと思う。
「ただいま」
サザキが声を掛けるとぴったりとくっつくように抱き着いていたルーネイはがばりと顔を上げる。
「怪我は!?」
言いながら体中をまさぐっていくものだからサザキは恥ずかしくなってルーネイを引きはがす。
「大丈夫だから」
「ほんとう?」
「本当だ」
サザキはそれでも近寄ってこようとするルーネイの肩をがっちりと抑え込む。
「お熱いね」
周りからの野次にルーネイがようやく今の状況を思い出す。
先ほどまでの様は、よほど熱烈に抱擁していたように見えた事だろう。その事に気が付いて顔が真っ赤に染まる。
「おおぅ、愛い反応だな。そんな彼女が居るんじゃ意地でも帰ってくるわな」
冷やかしてきたのはサザキのそばで馬にまたがっていた兵士の一人であった。
気が付けば皆馬から降りており、部隊は街に入った所で停止していた。
停止した部隊を街の中、王城から出立した一団が出迎える。
白を基調とし重装備に身を包んだそれは第一騎士団であり、その中心には同じく白を基調とした馬車が6頭もの馬に挽かれて進んでくる。
側面に描かれる聖花と剣の文様が王家の物だと人々が気が付くころ、馬車の上に一人の男が姿を現した。
訳も分からずサザキ達に合わせて膝をついたルーネイは現れた人物に驚いていた。
ザッハス・カルドドーチ、この世界で最も知られるその名を受け継いだ者、現国王その人である。
「第二騎士団、ただ今ダンジョンにてトロール5体を含む魔物3千体以上を討伐し、この事態を報告すべく帰還致しました」
トーダの指示に合わせて後ろに連なっていた馬車の幌が外される。
そこにあったのは5つのトロールの首。人がようやく抱えられるといったそのサイズに、またトーダが言った3千という想像もつかない魔物の数に辺りにいた者たちは身震いをした。
「よくぞ帰った。数多の魔物を打ち取った功労、また、いち早く異常を伝えるために部隊を連れ戻ったその判断、見事であった」
「それもこれも皆の尽力があってこそのものです」
「うむ、その方らの活躍聞き及んでおるぞ。街の者が見えるように馬に乗れ」
その言葉に予定されていたかのようにサザキたちが戸惑うことなく馬に跨っていく。
いや、予定されていたのだ。この凱旋は王城とトーダ達が綿密に連絡を取って用意したものであった。
サザキは一番不安だった乗馬をなんとかこなせてほっとしていた。だからひょいと渡されたものを何も考えなしにあっさりと受け止めてしまったのだ。
「ほら、忘れものだ」
サザキも含めて周りが乗馬する中、自分がここに居ていいのかとルーネイは戸惑っていた。
だからサザキの乗馬を手伝った兵士が差し出した手をあっさりと掴んでしまった。兵士は苦も無くルーネイを抱き上げると、ルーネイが文句を言う間も与えずに重さを感じていないかのように軽々とルーネイを放り投げたのであった。
急に飛んできたルーネイを落とさないように抱えたサザキと、落ちないように掴まったルーネイの二人は馬上でサザキがルーネイを抱きかかえる様な体勢で固まっていた。いわゆるお姫様だっこであった。
ルーネイの事を気にせずに王が話を始めてしまったため降ろすに降ろせず、サザキたちは好奇の視線にさらされるその恰好のまま王の話を傾聴することとなってしまった。。
「―この場に居る者は特に功労を上げた者達である」
順に名が読み上げられ、その活躍が語られていくがサザキの意識はルーネイに向いてしまっていた。
そばで感じるルーネイの香りが、布越しの体温が、触れている肌の感触がこの前の夜の事を思い出させてしまうのだ。その上こちらを覗うようにチラチラと、位置的に上目使いで見てくる様はなかなかにくるものがあった。
「冒険者、ワイバーンのサザキ」
「ひゃい」
ルーネイに気を取られていたせいで返事を噛んでしまうサザキではあったが、さすがにその後は姿勢を正した。
「そなたは一人でトロールを抑え込んだと聞き及ぶ。また新たなる剣技を編み出し騎士団の指南も受けているとの事。その実力は正に次世代を担う事となろう。この国のためその剣を存分に振るうがよい」
「魔物を砕く剣となり国を、民を守るために尽力したします」
このセリフも、両手で捧げるように剣を掲げているのもすべてトーダの指示によるものだ。ダンジョンから帰ってくるまでの付け焼刃にしてはかなりましだろうとサザキ本人は思った。
「薬師ルーネイ・ドワル」
「は、はい」
ガチガチに固まっているサザキに笑いをこらえていたルーネイは突然に自分も呼ばれたことに返事というよりは驚きの声を上げた。
「そなたの伝えた新しきポーションの製法により多くの兵が命を救われた。それだけでなくわが娘ノーノムリンの命も救って頂いた。王としてだけでなく、一人の親として感謝をする」
「いえ、私は師の志に従ったまでです」
落ち着いた様子でルーネイが答える。その様は新しい知識を授ける賢者の様に威厳に満ちていると周りで見ていた者達は感じていた。
「民の中で息づく薬作りであったな。可能な限りの支援を約束しよう」
「ありがとうございます」
ルーネイはつつがなく返事できたことにほっとしていた。落ち着いて対応できた理由は、今言った内容は皇子に表されるときを考えて何度も練習していたからだ。
とはいえ、さすがに体は緊張に強張ってしまっておりその事に気が付いたサザキが先ほどから笑いをこらえて体を震わせている。
「皆の者、この度の遠征では不測の事態により少なくない被害が出た。幾壮年繰り返してきた魔物との戦いはまだ終わりが見えておらず不安にもなるだろう。だが、この者たちを見よ。次代を担う若者たちは逆境を跳ね除け、より高みへと駆け昇っておる。彼らが居る限り、人が魔物に屈することなど無いのだ」
王が掲げる剣に歓声があふれる。歓声を後押しするかのように楽隊の演奏が響き渡る。
勇ましい演奏と共に王に率いられて城へと戻るその姿は、先までの陰鬱な雰囲気などどこかへ忘れ去り、勝利を祝う凱旋へと変わっていた。
帰還から三日、王都もようやく落ち着きが見え始め、サザキも疲れを感じなくなったことにその呼び出しはあった。ノーノムリン第二王女の容態が回復したため、直にその礼を言いたいと。
「この度は本当にありがとうございました」
互いに名乗ったあと、第二王女はその幼い容姿とは裏腹の大人びた言葉づかいでルーネイとサザキに礼を言った。
笑った時の子供らしいかわいさと凛とした姿勢が、紫がかった髪の色と相まって菫のようなイメージをサザキは受けていた。
おおむね好印象を抱いた王女ではあるが、10歳程度の子供との話し方など知らないサザキはそそくさと話の相手をルーネイに任せてしまう。
今サザキたちが居る部屋にはサザキたちと王女の他に3人の警備の者がいる。何かあった時のためその者達がサザキに気を払うのは当然なのだが、サザキはその中の一人がやけにサザキを見てくることに気が付いた。
サザキを見ていた男は、剣を帯びてはいるが他の者と違い細身であり、警備というよりはそばに控えていることからも王女の執事といった印象を受けた。
そんな男は、サザキが見つめ返しても視線を外すことは無くじっとこちらの中を覗き込むかのように見据えてくる。
さすがに居心地が悪かったが、こちらを見るなとも言えず結局部屋を後にするまで男に見られ続けるという実に嫌な経験をすることになったのであった。
ルーネイもそれには気が付いていたらしく、その晩、再開された夜のお茶会ではその話題が中心となった。もっとも、理由など分かる訳が無いので、嫌がるサザキをルーネイがその話題でいじるというものであった。
けれど翌朝、サザキはあっけないほど簡単にその理由を知ることとなる。
朝一番にサザキは昨日の男に呼び出されて普段は立ち入らない城の奥へと進んでいた。
案内役のメイドに聞いたところ男は最近登用されて、知らぬことは無いほどの見識をもって賢者と言われているらしい。
サザキが部屋に入るとメイドは中には入らない様でそのまま扉を閉めた。
「コーヒーでいいかな。僕は紅茶よりコーヒー派でね」
事前に用意させていたのか、昨日の男がカップへとこげ茶の液体を注いでいく。
部屋は作業部屋らしく、本やら資料やらが床に直接置かれて積みあがったりはしているが、それでも二人がいるスペースは十分にあった。
だというのに、サザキにはそこが息苦しくなるほど空気が薄く狭苦しいように感じられた。
「まずは自己紹介をしよう」
男は突っ立ったままのサザキを気にすることも無く椅子に座ると焦らすように一口コーヒーを飲んだ。
「僕の名前は武田義信。日本人だ」
男はサザキが部屋に入ってから名乗るまですべてを、日本語でサザキに話し掛けていた。
遠征の最終話です。
文章力が足りず、設定を流すだけのようなすごくもやもやした出来の話になってしまいました。
とりあえず遠征はこれで終わりとなり次に進みますがそのうちに直したいですね。




