第二章 遠征 その3
7/13 17:10 表現等微妙に修正を入れました。
トロールの報告は更に続いた。
最初にトロールが現れた方角から2体が、続いて別の2方向から1体ずつの計4体が姿を現したのだ。それだけでなく鳴りを潜めていた魔物達が先ほど以上の数で押し寄せていた。
最初にトロールが現れた方角の2体は、元々魔法が使える者を集めていたため抑え込む事に成功している。
潤沢な火力でトロールを押さえつけ、確実にダメージを与えて行った。
しかし、すぐに倒せるほどの火力は無く、結果として魔法を使えるものがそちらの方角で足止めされる事となっていた。
相手の策にいいようにはまっている。そのことにトーダは焦りを禁じ得なかった。
「残っている魔法が使える奴を一方に集めろ。もう一方は俺が打って出るぞ」
トーダの率いる一団は、破竹の勢いというに相応しく魔物の集団を引き裂いて突き進んでいく。
トロールを捉えると、トロールを相手にする者達と、壁を作って他の魔物を寄せ付けない者達にと分かれるその手際は見事なものであった。
トロールの正面に陣取るのがトーダだ。
トロールとの戦いは必殺の攻撃を避け、重鈍な弱点を突くために足を使って攻めるのが基本である。
魔物に囲まれ足を使えないセオリーから外れる戦場。
普通なら避ける絶望的な状況に、しかしトーダはトロールを抑え込んでいた。
振り下ろされる棍棒に盾の一撃を叩き込む。
シールドバッシュ、ナイトのスキルであるバッシュをシールドで用いる騎士団伝統の技である。
棍棒を弾かれた事によって体勢を崩したトロールの、露わになった手頸へとトーダの剣が這う。
幾度も切りつけられたトロールの手首からは少なくない量の血が滴っており、戦況の優劣を明確に示していた。
トロールを完全に抑え込んでいたトーダであったが、内心では致命打を与えられない事に大いに苛立っていた。
トーダが最も警戒している攻撃はトロールの大ぶりな薙ぎ払いである。
今トーダの後ろにはトロールと戦うトーダ達を守るために背を向けて戦う部下たちが居るのだ。この状況でどう伸びるか分からない大ぶりな攻撃をさせるわけにはいかなかった。
トーダはトロールが棍棒を持つ側に身を置き相手の動きを最小限に抑え込んでいた。
しかしこれは攻撃する隙が少なくなることも意味しており、必然的にトーダ達は攻める機会を自分たちで減らすことになってしまう。
剣で盾を叩いいたことで金属音が響く。
安い挑発ではあるがトロールにはそれで充分である。
トロールの意識がトーダに固定されたところで取り囲んでいた者たちは一斉に切りかかっていく。
さすがにこれは追い払おうとトロールが腕を振るい、捕まえてやろうと手を伸ばすが今度はトーダが躍り掛かる。
飛び上がるようにして高い位置へと切りつけた剣は、勢いの無い形だけの攻撃ではあったがトロールの意識は視界の中で攻撃をしてくる相手に引き寄せられ、特段に怒りを覚えてトーダを追うようになっていく。
ようやくトロールの動きに陰りが見え始めた。トーダがそう感じ始めたころに砦で声が上がる。
怒声や悲鳴、それは予期せぬ事態が起きた事を意味していた。
自分が出てきたのは軽率だったかとトーダは舌打ちをするも、今更思ったところで仕方のない事である。
トーダは強引に砦から意識を引きはがし、一刻も早くこの戦いを終わらせるべく剣と盾を構えた両の腕に力を込める。
幸い、といっていいのかサザキの受け持つ方角にトロールは現れなかった。
ただし視界の隅にその攻防は捉えていた。
トーダの指示により、残って居た魔法を使えるものが集められ対応に当たったわけだが、やはり火力が足りていない。
魔物による絶え間ない侵攻に対応しながらの迎撃は強力な魔法を唱える時間も作れずに、じりじりとトロールに距離を詰められていた。
そんな緊迫した戦況だったからこそサザキに限らず多くの物はトロールに意識を奪われており、その接近に気が付けるものが居なかったのだ。
ぐわんと視界が周り、星ひとつ見えない墨汁を流し込んだような夜空が映り込む。砦では盛大に篝火がたかれているが、その限定的な光源が周りの闇を一層深いものとしていた。
サザキは背中からの衝撃に息が詰まり、そこでようやく自分が押し倒されたという事に気が付いた。
「シャドウウルフだ!!」
周りで悲鳴が上がる。
サザキに覆いかぶさる様に漆黒の巨体を持つオオカミがそこには居た。
サザキを押さえつけている四肢の爪は鎧をあっさりと突き破り肉に食い込み、過敏になった神経はくい込んだ爪の本数まで分かりそうな詳細な感触を伝えてきており、また眼前に並ぶ真っ白な牙の隙間からは生臭いと息が漏れだしてくる。
時間にすれば一瞬だろう。
控えていた兵士が駆け寄る前にシャドウウルフはあっさりと退き人の隙間を縫うように駆けて行った。
「大丈夫か」
「あ、ああ」
肩を貸してもらいながら立ち上がろうとすると足に力が入らず座り込んでしまう。
混乱してか、気分がハイになっているのか痛みをそれほど感じていなかったサザキは、実は大怪我で痛覚が麻痺したかと慌ててポーションを飲もうとして気が付く。
ポーションが容器の中で激しく波打つ。
ポーションを持つ手が、力の入らない足が、いや、全身が震えていた。
事態についていけていなかった感情が、ようやく死の恐怖を染み渡らせるかのように全身に広げていった。
つんっとその臭いが鼻に入ると猛烈な嘔吐が込み上げてくる。
サザキはとっさに近くにあったタライを手にする。
「ほら、ゆすいで」
渡されるまま口をゆすいでから当たりを見る余裕が出来て、自分が救護班の元に居ることに気が付いた。
「戻って来たね。まだ行けるだろ」
肝っ玉母さんという表現が似合っているおばちゃんが覗き込んでくる。
恐怖に震えて立つことすら出来なくなったサザキは引っ張られるように救護班まで連れてこられて手当をされたのだ。その間の事がまるで他人事の様に感じられた。
「きびしいなぁ」
そんなサザキは呆然自失の状態から薬で強引に引き戻されたわけだ。
「それだけ口が動くなら平気だね。さ、これで気合入れな」
おばちゃんが強引に肉と飲み物をサザキの口に押し込める。
「かっらっっっ、ぐッゲホッ」
激辛肉の舌を刺すような感覚に悲鳴を上げよとすると、続く高アルコール度数の酒で喉が焼付く。
「もうひと踏ん張り行ってきな」
背中を押す力はとても力強く、立ち上がったサザキの足からは震えが取れていた。
砦内に入り込んだ数体のシャドウウルフにこちらの陣形はいいように崩されていった
逃げに徹し人の隙間を縫って駆けまわるシャドウウルフは味方への被害を恐れ思うように攻められず、混乱は砦全体に及んだ。
サザキは自分の槍の他に補給物資の大剣2本を抱えて砦内を突っ切る。
先ほどの恐怖の反動か、口にした物に薬でも入っていたのかやけに気持ちがたかぶっていた。
魔物が柵に取りついた今、攻防は柵を突破できるかに掛かっていた。その状況では柵にトロールがたどりつけるかどうかが戦況を決定づけるものであった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ボトルネックとなっている、唯一抑えられていないトロールの元へと雄叫びを上げながらサザキが駆けつける。
声に驚いた者たちが何かと振り返り、そしてサザキの形相に道を開けていく。
ぶん投げた。
技術も何もなく、ただ走ってきた勢いと魔法で加速させてサザキはトロールへと大剣を右手一本でぶん投げたのだった。
新人がパニックに陥ったか。
そう思われた一撃は大剣が円形に映るほど高速回転をしながらゴウと風切り音を鳴らし、柵を越えようとしていたゴブリンを弾き飛ばし、トロールの横を通り過ぎて行った。
まるで一本の道を作るかのように魔物を吹き飛ばし、押し潰して進んでいったその一撃に誰もが目を見張った。
投擲スキルと魔力による加速を合わせた一撃はサザキの予想を上回る威力であったが、きちんと投げなかったことで投擲スキルが発動しなかったか、はたまた魔力の影響がスキルを上回ったかトロールには届かなかった。
「大丈夫、想定通りだ」
サザキは自分に言い聞かせる。
大剣はもともと投擲出来るようなものでは無い。一撃目は様子見で二撃目で決めるつもりでいた。全ては予定通りなのだ。
「これでっっ、くたばれっ!!」
素早く槍を構えるて、肩に構えるやり投げの要領で投げつける。
大剣の時より早く、鋭く。
音すら追い越そうというそれは一筋の光のようにトロールへと吸い込まれて行った。
舞い上がった土煙の中から聞こえる破裂音と何かが飛び散る様子に兵士たちから歓声が上がる。
ここが、この場所が戦況を決定付けることを誰もが分かっていた。
が、しかし歓声はすぐにトロールの雄叫びによって掻き消されることとなる。
土煙の中から現れたトロールは、棍棒こそ半ばで砕けていたが他にこれという怪我も無く健在であることをアピールするように雄叫びを上げていた。
「畜生が」
誰かが怒鳴るように叫ぶ。
サザキにとって今の一撃は会心のものであった。
けれど鋭くはあるが、直線的で軽い槍の一撃はトロールの棍棒により防がれてしまった。
もし、最初に槍を投げていれば不意を突いて命中したかもしれない。けれど警戒された今となっては槍を当てることはほぼ無理であった。
サザキはトロールを打ち取れる千載一遇のチャンスを失ったのであった。
「こっちに来いよデカぶつがっ」
サザキはトロールへと声を張り上げる。
お前を倒してやるから早く来い。そうアピールするかのように大剣を構える。
槍では足りない威力も、大剣のあの勢いなら十分だ。当たらないなら近くに来てもらえばいい。
その挑発を受けて、しかしトロールは動かない。
近づけば先ほどの大剣の一撃がくることが、そしてそれを自分が防げないことが分かっているのだろう。
サザキとトロール、この場の優劣を決める双方のにらみ合いが続く。
そして戦況は両者を大将と頂くかのように、互いにサザキとトロールを狙い、そして守り魔物と兵士の攻防が繰り替えされていく。
動いたのはトロールであった。
そばに居た魔物をサザキに向かって投げつけてくる。最初は小さなモーションで、サザキが反撃してこないと見るや次第に大きなモーションで勢いを増して。
MPの少ないサザキに今反撃するという選択肢は無かった。飛んでくる魔物に大剣を盾代わりにひたすら防いでいく。
どれだけ時間が経っただろうか。体力を削られながら、ただ意地のようにサザキは飛んでくる魔物を防いでいった。その数は辺りに魔物の死体が山を成すほどであった。
「足をやられてな。魔物相手の立ち回りは出来ないが、あんたを支えるくらいは役に立つぜ」
魔物がぶつかる衝撃によろめきそうになったサザキを後ろから兵士が支える。
「ちゃんと討伐数数えとけよ。これだけ倒せば絶対に特別報酬がでるぜ」
別の兵士が上げた声に周りから笑いが漏れる。
「その時は大通りのベルグーテで打ち上げだな」
「隊長に奢らせようぜ」
口々に皆がモノを言う。
砦側から放たれる魔法の量は明らかに減っていた。可能な限り打ち落としていた魔物の投擲は、サザキに当たるコース以外は迎撃をせず盾を構えた者たちが体を張って受け止めていた。
悲惨であろう状況にもかかわらず誰もが弱音を吐かず、それどころか軽口をたたいていく。
そんな軽薄な口調とは異なり、皆ぎらついた視線を正面の魔物たちから離そうとはしなかった。
「帰ったら貸切りでおごってやるよ」
サザキは喉の渇きを感じてルーネイに渡されていたポーションを煽る。
救護班での治療から時間は経っていないので効果は無いはずだが、それでも気持ち楽になったような気がした。
少し回復した集中力が意識を尖らせ、世界が自分とトロールだけに収束していく。それ以外には暗闇が広がるだけで音すらしない。
トロールが魔物をつかみ構える。魔物を持ち上げた腕の、張りつめる筋肉の音が、投げる時の止めた後の力強い息遣いが耳元で確かに聞こえる。
相手の動きが分かれば魔物が飛んでくる方向、勢いは分かる。ならばそれに合わせて受け止めていくだけでいい。
それが幾度も、幾度も幾度も繰り返されていく。
そんな二者だけの世界がおかしくなる。
サザキが何もしていないのにトロールがよろける。
疲れが出たのかと思ったが違った。傷を負っている。
なにで傷を負ったか? 魔法によってだ。
なんで魔法が? 飛んで来たからだ。
飛んで来た? そう、砦から飛んで来た。
雨の降り始めのようにぱらぱらと魔法が飛んで来たかと思うと、すぐに本降りとなり大量の魔法がトロールへと殺到しその姿を掻き消した。
「またせたな」
肩を叩かれて初めてトーダが自分の隣に来ていた事に気が付いた。辺りの様子も一変しており魔法による飽和攻撃が行われている。
肩に乗ったトーダの手が急に重さを増したように感じられて、サザキはその場に座り込んだ。
体に全く力が入らなくなっていた。
極度の緊張にさらされ続けた体はもう指の一本も動かせる気がしない。
「おいしい所を持って行かれたな」
後ろでずっとサザキを支えてくれていた兵士も同じように座り込んでいる。
「いや、実はだな…」
視線を上げるとようやく白んできた空に星がぼんやりと広がっていた。
「もう大剣を投げるだけの余力は残って無かったんだ」
ただでさえ少ないサザキの魔力はそれまでの戦いと、2回の投擲で空になっていた。
武器を3つ持っていたのは、3個目は普通に戦うために持っていたのだ。
「全部はったりだったのかよ」
座り込んだ兵士以外にも、近くで聞いていた者達が目を丸くする。
「近づいてきたら剣を振るくらいは出来たさ」
救護班がこちらに駆けてくる。
見ればサザキの体中傷だらけで、大剣を握り続けた手に至ってはすべて皮が剥けており、疲労が取れたとしても剣なんて握れない状態であった。
「まったく大した玉だぜ」
我ながらそう思う。
そう言おうとした言葉は、けれど声にするまえにサザキの意識は眠りへと落ちていった。
サザキの活躍をどうするかでかなり悩むこととなりました。
サザキの能力はあくまでMPを使って強打が打てるというのみなのでシャドウウルフに攻撃を当てるには技量が足りません。
またトロールも近づいて先制を取れれば倒せるでしょうが、魔物の中を突っ切る実力はありません。
そんな中で考えた活躍が書かせていただいたものになります。
無双とは言えませんが、戦いのイロハを知らないものの戦果としては十分なものだと思います。




