第二章 幕間 ルーネイの調薬
本日2度目の更新となります。ご注意ください。
昨日の失敗は今までで一番ひどいものだった。
一方的な勘違いであんな、あんな…
「サザキが悪いのよ!きちんと説明しないサザキが悪い!!」
思わず声を上げてしまう。が、それに反応する人は居ない。すでに日が沈んでから久しく部屋にいるのはルーネイ一人であった。
少量の魔導ランプの光がわずかに少女のみを照らしだし、少女の動きに合わせて部屋中を影が踊る。昼間とは違い誰の視線も無い今の環境がルーネイにとっては作業がしやすく慣れた手つきで調薬を行っていく。
「まだ残って居たのかい」
背後から掛けられた突然の声に、ヒッと声を上げて飛び上がると手にしていた鍋から中身が跳ねる。
声を掛けた相手もルーネイの反応に驚かされる。
「すまんすまん。驚かすつもりは無かったでの」
謝りながらルーネイが手を出す前にこぼれた薬液を手際よく処理していく。
「ウトカ様?」
傍らから手を伸ばして机を拭いていた相手を認めルーネイが慌てて手伝おうとするも、
「かまわん。もうしまいだ」
手際よく片付けるウトカを仕方なくルーネイは見ているしかできなかった。
「声が聞こえたから来てみたが、遅くまでがんばっているの」
片付け終わったウトカが改めてルーネイと向き合う。
「すいません」
その指摘にルーネイはしおれるように項垂れて謝罪を口にした。
以前にも遅くまで作業をしていた際に、健康の管理も大切だと諭された事があったのだ。
そんなルーネイにウトカはいやいやと否定をした。
「責めているわけでは無い。ずいぶんと楽しそうにしておったからつい何をしているか気になってしまっての」
ルーネイは久しぶりの自由な調薬が楽しくてうかれてた。その様子を見られたと分かると今すぐ逃げ出したい気分であった。
上司にあたるウトカを前に逃げ出すわけにもいかず、ルーネイは気まずい気持ちで視線をさまよわす。
「ここに居るのは辛いかね」
唐突に投げかけられたその言葉をルーネイは即座に否定する。
「そんなことは無いです。ここ以上に薬師が憧れる環境なんてありません」
必死とも取れるその言葉をウトカは何も言わずただただ聞いていた。そして聞き終わった後、再度質問をする。
「では、ここの居心地はいいかね」
それは、と答えようとして、けれどルーネイの言葉は続かなかった。
「お茶に付き合ってくれないか」
そう言うとウトカは近くにあったフラスコでお湯を沸かし始めて、煮立ったところでポケットから包みを取りだし中身を湯へと入れる。
ふわりと辺りに花の香りが広がっていく。
「花茶ですか」
甘い香りが強い事から女性に人気のお茶である。それをウトカが持っていたことがルーネイには意外だった。
「甘いものが好きでの」
そう言って更にポケットから取り出した包みからは数枚のクッキーが出てきた。
フラスコからビーカーに花茶を移したウトカは得意げな顔をしてどうぞとルーネイにお茶を勧めてきた。
一声かければメイドがもっときちんとしたものを用意してくれるというのに、こんな子供のいたずらのようなことをするウトカにルーネイは笑ってしまった。
「ここでの研究は今までとは全く違うだろう」
ひとしきり笑ったルーネイは、肩ひじを張ることなくその質問に答えることが出来た。
「はい」
「わずかな数字の違いをひたすら調べ続ける方法は、効率は良いが合う人間と合わない人間がどうしても出てきてしまう」
王城の研究室は世間一般から言えば異端だ。
一人の発案者によって提唱されたデータの画一化というものを掲げ、分量、温度、タイミングなどすべてを管理し、個性を排して調薬を進める。それは市井で相手を見ながら調薬してきた者にとっては未知の製法になる。
ここに来たばかりのルーネイは周りに必死に追いつこうと、期待に応えようと遅くまで作業を続けていた。けれど結果は芳しくないものであった。理由は簡単だ。ルーネイの至らない部分は試行錯誤でどうにかなるものでは無かったからだ。足りないのは機器の使い方、記録の取り方といった基本的な部分であり、これは覚えて慣れるしかないものだ。全く素人の弟子でさえ覚えるのに半年かけるものを、すでに自分なりの方法を持っている者が数週間で身に付くはずが無い。
それでもと日々やつれながらも作業をするルーネイがあまりにも痛々しくてウトカは夜くらい休ませようとしたのだが、久しぶりに夜に作業をしていたルーネイはずいぶんと楽しげであり思わず声を掛けてしまっていた。
「その薬は彼、サザキ君のものかい?」
「あ、はい。遠征に行くようなので」
ルーネイは少し照れくさそうに視線を外しながら答えた。
ルーネイが手にしていたのは性能が低くて研究には必要ないと判断されたポーションだ。もともとこれらは騎士団などで使う予定ではあったが、ルーネイはサザキのために少しでも効果を上げようと試行錯誤していたらしい。
「面白そうじゃし、儂もやってみよう」
ウトカは半ば強引にルーネイの横へと腰を下ろす。
思えばルーネイの師は市販されているような薬でさえ一人一人に合わせて調薬をしていた。そんな性格のためか全国を行脚するようになったのだ。ルーネイというこの少女は調薬の技術だけでなく、師のそういった考えまで受け継いできたのだろう。
ウトカは隣の少女に、久しく会っていない友人を重ねて目を細めるのであった。




