第二章 王都での生活 その4
遠征の話が出たのはサザキが騎士団員の顔と名前がおぼろげながら一致しだした頃であった。
「年に2回、第一騎士団と合わせれば4回ダンジョンに遠征に行くのだ。近々その遠征が行われるのだが、サザキも参加しないか?」
槍を手に唸っているサザキに声を掛けたのはトーダであった。
「それは訓練としてか?」
「そうだ。ダンジョンの監視も兼ねて訓練が行われている」
ダンジョンでの大規模な行軍に興味を持ったサザキはそれに二つ返事で承諾した。
久しぶりのダンジョンという事で気がはやっていたサザキはその晩、当然のようにルーネイにダンジョンへ行くことを告げた。
「聞いてくれ、実は今度な…」
もったいぶるように話を止めてベッド脇の棚に遠征の事について書き記したメモを取りに行く。
「どうかしたの?」
夕方置いたはずのメモは、どこかに入り込んでしまったのか見つからない。
「ねぇ、何の話?」
答えないサザキを訝しんでルーネイが改めて訊ねてくる。
「いや、そのな…」
引き出しを上から漁っていくもやはりメモは見つからない。どこかに潜り込んだかと隙間などを確認しながら、これ以上待たせるのも悪いと思い言葉を続けた。
「ダンジョンに行くことにしたんだ」
「えっ!?」
「誘われてっ」
ようやく棚とベッドの隙間に入り込んでいるメモを見つけたサザキは届かないものかと手を伸ばす。
「いい機会だろ」
背後での物が倒れる大きな音にサザキが振り返ろうとすると、それよりも早くベッドに押し倒されていた。正確に言うならルーネイが背後から抱き着いて来て、その勢いでベッドに倒れ込んだのだ。
「置いて行かないで」
何が起こったのかと混乱するサザキにルーネイは囁くように言った。
「わたしを置いて行かないで」
懇願するようなその言葉尻には嗚咽が混じり始めていた。
「ひとまず落ち着こう。まずは手を離してだな…」
背中から回されたルーネイの手にサザキが触れると、強引に引きはがされるかと思ったかルーネイは何も言わずにギュッと力を込め直して密着してくる。
このお茶の時間が無くなることが嫌だ、という事が今のルーネイの行動理由では当然ないだろう。サザキはルーネイがこんな行動に移った理由に頭をひねった。
一番可能性が高い理由としては、この王城という慣れない場所で一時的にとはいえ一人になることを嫌がっていることか。
サザキは遠征に行かない事を考えるが、それを否定する。
年上としてルーネイに対して保護者のような気持ちは持っているが、この世界で自活する能力で見ればサザキよりルーネイの方が上なのだ。ルーネイも今回の事で王城に出入りする機会もあるかもしれないのだから、お互いのためにも分かれて動けなくてはいけない。
そう決心をしてサザキはなるべく優しくルーネイに諭すように話しをすることにした。
「だからお互いのためにも別々に行動をするべきなんだけどなぁ」
ポーション作りは自分が居なくても出来るからサザキに付いていくとまで泣きながら言い出したルーネイに、さすがのサザキも語尾が弱くなっていた。
「分かった。ダンジョンには行かないよ」
30分近くの説得の末、折れたのはサザキであった。
「ほうとうに?」
体をひねって覗き込んでいたサザキに、ルーネイが顔を上げて見つめ返してくる。
「ああ、ほんとうだ」
視線を離さずにしっかりと答えてやると安心したのかルーネイの口も度が少しほころんだ。泣き腫らした目といい、その表情はサザキにルーネイの幼さを特に印象付けるものであった。
いくら成人するのが早いといっても未だ10代半ばの少女なのだ。そんな子供が王城の研究所で王女の命を懸けて最先端の研究をするなど並大抵の負担では無かったはずだ。もう少し自分が気を使ってやるべきだったな、そうサザキは思い直した。
「となると、騎士団にも連絡をしないとな」
それはルーネイにというよりはただぼやいたものであった。
「騎士団に?」
「ああ、遠征の準備をしているからな」
「なんで?」
「何でって言われてもな。抜けるんだから知らせないと」
その言葉にルーネイは無言になり、ただその表情は次々と変わっていった。
「騎士団の遠征に参加するの?」
「そうだが?」
「そんなの聞いてない!」
何をいまさらとサザキが答えると、ルーネイがきつい口調で返してきた。
そして顔を真っ赤にしながらそれ以上顔を見られまいとサザキの背中に押し付ける。
サザキはというと、自分の言った言葉を思い返していた。練習の成果を知るために、ルーネイ以外とダンジョンに行くのは今後のためになる。説得をしようとばかり考えて行く理由は話したが、遠征に付いていくという方法は話していなかった。
「それで置いて行かないでか」
分かってしまえば最初から言い回しがおかしかったのだ。
「だまって」
ぽかりと頭を叩かれる。ルーネイはまだしがみついたままなのでサザキは仕方なくベッドに倒れ込んだままだ。
勘違いとはいえ、互いに分かれるという選択にここまでルーネイが拒絶をしてくれたことが、異世界に来て、元の世界でさえ作れなかった心の底から仲間と呼べる存在が出来たことがサザキにはどうしようもなくうれしかった。
「きもい」
そんなサザキの様子を知ってかルーネイがつぶやくが、背中から離れる様子は無かった。
そんな気持ちと背中から伝わってくる暖かさにサザキは次第に微睡へと落ちて行った。
翌朝、目覚めると既にルーネイの姿は無かった。メイドのタバチナが遠征までの今日、明日は夜のお茶会はしないと伝言を受けていた。
サザキの体調を考えてと理由をつけていたが、昨日の事があってルーネイ自身が恥ずかしかったのだろうと予想する。
次話との関係で短くなっております。
次の二話はルーネイとサザキそれぞれの後日談となり、また短いかもしれません。




